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第30章 その頃、元皇族たちは……
元皇太子とアーネスト+白銅くん
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「アーネスト様、アーネスト様!」
「なんだい? 白銅くん」
「このお屋敷はお掃除がしやすそうですね! こういうのを『硬派』っていうんでしょうか」
「なるほど。そうかもしれないねえ」
頬を紅潮させて辺りを熱心に観察している、今日も可愛い従僕くんの猫っ毛を撫でると、「えへへ」とさらに可愛い笑顔が返ってきた。ああ、癒しの塊。
いま僕は白銅くんと、藍剛将軍の弟さんである昌宗さんのお屋敷に、お邪魔している。
昌宗さんは将軍と三つ違いで、二人いる弟さんの、次男のほうだ。
昌宗さんのお屋敷があるこの地は、本来、王都から馬車だと三日はかかるらしいのだけど、今回は双子が――僕の躰を気遣って多めに休憩を取りつつも――愛馬と自身の脚を使って、二日足らずで連れてきてくれた。
獣型の二人の背に乗って運ばれていたとき、白銅くんが大喜びしていたので、なんだかもうそれで充分というくらい満足しているのだが……
もちろん、こんなに遠出させてもらった目的は、虎の背に乗って遊ぶためではない。
僕は改めて、昌宗さん邸の応接間を見回した。
室内の調度品は必要最低限という感じで、飾り気はないけれど頑丈そうな椅子と机、大きな暖炉と燭台。目につく調度品はそれくらいしかない。
玄関ホールや廊下でも、絵画や置物等は見かけなかった。昌宗さんは装飾は不要というスタイルなのかも。
だから白銅くんの言う通り、掃除がしやすそうではあるけども……
ダースティンの僕の屋敷とは比べ物にならないほど部屋数が多そうなので、やっぱりお掃除は大変だと思う。
そしてこれは王城と同じく、虎獣人の体格に合わせた家具は高さがある。
先ほどこの部屋に通されたとき、長椅子の僕の隣に座ろうとした白銅くんが、よじ登るべきか後ろ手で飛び乗るべきか、そのどちらもお行儀が悪いだろうかと思案していることに気づいた僕は、抱っこして乗せてあげようと思ったのだが。
それより先に昌宗さんが、「使え」と踏み台を置いてくれた。
昌宗さんと藍剛将軍は、顔はあまり似ていない。双子と同じく、父親似か母親似かで分かれたのかもしれない。
まだ会って間もないけれど、ちょっとぶっきらぼうで不機嫌そうというのが第一印象で、快活で親しみやすい藍剛将軍とは対照的だなと、最初は思った。
けれど。
実は僕は本日、異母兄のテオドアに会いに来たのだが。
あらかじめ、「元皇太子のテオドアと話をさせていただきたいのです」という手紙は出していた。もちろん、王様からいただいた許可証も一緒に。
しかし会ったこともない元皇族の召し使いからそのような申し出をされたら、自分の管理下で面倒ごとを起こす気ではと、警戒されて当然だと思う。
でも昌宗さんは、びっくりするほど迅速に了承の連絡をくれて、お言葉に甘えてやって来た僕を牽制するでもなく、無条件で迎え入れてくれた。
ぶっきらぼうながら堅苦しさは感じさせず、すぐに暖炉の炎が燃え盛る部屋へ通してくれて、「今連れてこさせるから、茶を飲んであったまってろ」と言い置いて出て行った。
醍牙の春はまだまだ冷えるとはいえ、客が双子だけなら、こんなに念入りに部屋を暖めなくても大丈夫だと昌宗さんはわかっていたと思う。実際二人とも暑がっていたので、ほかの部屋に移動させたし。
そうでなくても、異母兄のテオドアが来たら、席を外してもらうつもりだったのだけど……彼は双子を怖がるので、話がややこしくなるから。
とにかく昌宗さんへの僕の印象は、自分を良く見せようという見栄や虚栄心からは縁遠い、思いやりがあるのに不器用な御仁というものに変わった。そう思うと失礼ながら微笑ましくて、顔がにやけてしまった。
「アーネスト様。昌宗様は藍剛将軍と似ていないようで、似ていましたね」
「白銅くんもそう思う? 僕もそう考えていたところなんだ。肝が据わった感じもよく似てる。さすが兄弟だよね」
ふふっと笑みを交わして、卓の上から、すっきりとした香りのお茶をいただいた。これは疲労回復効果のある薬草が使われているみたい。嬉しい。
そこへ当の昌宗さんが、コココッと素早いノックと共に客室に戻ってきた。
が、なにか揉めていると思ったら、騒いでいるのはテオドアだった。
開け放たれた扉から、背中を押されてよろめきながら入ってきた異母兄は、僕の姿を認めるなり、「うあっ!」とこちらを指差し叫んだ。その背後で昌宗さんが腕組をして立っている。
「どどど、どうしてお前が!? ななな、なぜ今、こここここに!」
えらく動揺しているな。
けどまあ、僕を見たときの反応を確かめたくて、わざわざやってきたのだけど。
……ふむ。
この様子では、僕の推測は正しそう。
「ごきげんよう、異母兄上」
「ごきげんようって……本当にお前、なにしにきたんだ……?」
テオドアは、講和会議で見かけたときと変わらずふっくらとして、苦労はしているのだろうけれど肌艶もよく、以前よりもかえって健康そうに見える。
白銅くんは、いきなり大騒ぎした異母兄に顔をしかめているが……僕はにっこり笑って、異母兄を見た。
「異母兄上のお顔を見にお邪魔したのですが、お元気そうで安心しました。このあと、ランドル異母兄上のところへも伺う予定です」
「えっ。おれの……と、ランドルのところ……?」
混乱しているらしきテオドアに、「長居する気はありませんので」と言って立ち上がってから、もう一度「異母兄上」と呼びかけた。
「講和会議のときに僕が言ったことを、おぼえていますか?」
「お前が言ったこと? ……お前が獣人王子たちと喧嘩して泣かされてたこととか、一心不乱に尻尾を吸って笑われてたことならおぼえているが……」
「それは忘れてください」
僕はコホンと咳払いして続けた。
「『生きて償う機会をいただけたのですから、絶対に無駄にしてはいけませんよ』と言ったのです」
「……ああ、そういえば……そんなことを、母上に言っていたような……?」
「ええ、そうです。本来僕たちは、処刑されているはずでした。醍牙の人たちの慈悲と寛容さのおかげで、今ここにこうしていられるのです」
「奴らの寛容さ!?」
ずっと困惑顔だったテオドアの表情が、怒りに変わった。
「元皇太子のおれを召し使いに貶めて、奴隷のように所有して、笑い者にして! これのどこが慈悲で寛容だ!」
「充分気遣われているではありませんか。健康そうなお姿を見ればわかります」
「なな、なんだと!? い、田舎の貧乏領主だったお前になにがわかる! おれたちのこの屈辱が、お前なんぞにわかるわけがない!」
「その話は置いといて」
「置くの!?」
目を剥いているテオドアに、改めて向き合った。
「あの戦で、双方にどれほどの犠牲が出たことか。その責任と、償いの意味に、どうか真摯に向き合ってみてください。……どうか、生きることを許してくれた醍牙の人たちを、裏切らないでください」
「なんだい? 白銅くん」
「このお屋敷はお掃除がしやすそうですね! こういうのを『硬派』っていうんでしょうか」
「なるほど。そうかもしれないねえ」
頬を紅潮させて辺りを熱心に観察している、今日も可愛い従僕くんの猫っ毛を撫でると、「えへへ」とさらに可愛い笑顔が返ってきた。ああ、癒しの塊。
いま僕は白銅くんと、藍剛将軍の弟さんである昌宗さんのお屋敷に、お邪魔している。
昌宗さんは将軍と三つ違いで、二人いる弟さんの、次男のほうだ。
昌宗さんのお屋敷があるこの地は、本来、王都から馬車だと三日はかかるらしいのだけど、今回は双子が――僕の躰を気遣って多めに休憩を取りつつも――愛馬と自身の脚を使って、二日足らずで連れてきてくれた。
獣型の二人の背に乗って運ばれていたとき、白銅くんが大喜びしていたので、なんだかもうそれで充分というくらい満足しているのだが……
もちろん、こんなに遠出させてもらった目的は、虎の背に乗って遊ぶためではない。
僕は改めて、昌宗さん邸の応接間を見回した。
室内の調度品は必要最低限という感じで、飾り気はないけれど頑丈そうな椅子と机、大きな暖炉と燭台。目につく調度品はそれくらいしかない。
玄関ホールや廊下でも、絵画や置物等は見かけなかった。昌宗さんは装飾は不要というスタイルなのかも。
だから白銅くんの言う通り、掃除がしやすそうではあるけども……
ダースティンの僕の屋敷とは比べ物にならないほど部屋数が多そうなので、やっぱりお掃除は大変だと思う。
そしてこれは王城と同じく、虎獣人の体格に合わせた家具は高さがある。
先ほどこの部屋に通されたとき、長椅子の僕の隣に座ろうとした白銅くんが、よじ登るべきか後ろ手で飛び乗るべきか、そのどちらもお行儀が悪いだろうかと思案していることに気づいた僕は、抱っこして乗せてあげようと思ったのだが。
それより先に昌宗さんが、「使え」と踏み台を置いてくれた。
昌宗さんと藍剛将軍は、顔はあまり似ていない。双子と同じく、父親似か母親似かで分かれたのかもしれない。
まだ会って間もないけれど、ちょっとぶっきらぼうで不機嫌そうというのが第一印象で、快活で親しみやすい藍剛将軍とは対照的だなと、最初は思った。
けれど。
実は僕は本日、異母兄のテオドアに会いに来たのだが。
あらかじめ、「元皇太子のテオドアと話をさせていただきたいのです」という手紙は出していた。もちろん、王様からいただいた許可証も一緒に。
しかし会ったこともない元皇族の召し使いからそのような申し出をされたら、自分の管理下で面倒ごとを起こす気ではと、警戒されて当然だと思う。
でも昌宗さんは、びっくりするほど迅速に了承の連絡をくれて、お言葉に甘えてやって来た僕を牽制するでもなく、無条件で迎え入れてくれた。
ぶっきらぼうながら堅苦しさは感じさせず、すぐに暖炉の炎が燃え盛る部屋へ通してくれて、「今連れてこさせるから、茶を飲んであったまってろ」と言い置いて出て行った。
醍牙の春はまだまだ冷えるとはいえ、客が双子だけなら、こんなに念入りに部屋を暖めなくても大丈夫だと昌宗さんはわかっていたと思う。実際二人とも暑がっていたので、ほかの部屋に移動させたし。
そうでなくても、異母兄のテオドアが来たら、席を外してもらうつもりだったのだけど……彼は双子を怖がるので、話がややこしくなるから。
とにかく昌宗さんへの僕の印象は、自分を良く見せようという見栄や虚栄心からは縁遠い、思いやりがあるのに不器用な御仁というものに変わった。そう思うと失礼ながら微笑ましくて、顔がにやけてしまった。
「アーネスト様。昌宗様は藍剛将軍と似ていないようで、似ていましたね」
「白銅くんもそう思う? 僕もそう考えていたところなんだ。肝が据わった感じもよく似てる。さすが兄弟だよね」
ふふっと笑みを交わして、卓の上から、すっきりとした香りのお茶をいただいた。これは疲労回復効果のある薬草が使われているみたい。嬉しい。
そこへ当の昌宗さんが、コココッと素早いノックと共に客室に戻ってきた。
が、なにか揉めていると思ったら、騒いでいるのはテオドアだった。
開け放たれた扉から、背中を押されてよろめきながら入ってきた異母兄は、僕の姿を認めるなり、「うあっ!」とこちらを指差し叫んだ。その背後で昌宗さんが腕組をして立っている。
「どどど、どうしてお前が!? ななな、なぜ今、こここここに!」
えらく動揺しているな。
けどまあ、僕を見たときの反応を確かめたくて、わざわざやってきたのだけど。
……ふむ。
この様子では、僕の推測は正しそう。
「ごきげんよう、異母兄上」
「ごきげんようって……本当にお前、なにしにきたんだ……?」
テオドアは、講和会議で見かけたときと変わらずふっくらとして、苦労はしているのだろうけれど肌艶もよく、以前よりもかえって健康そうに見える。
白銅くんは、いきなり大騒ぎした異母兄に顔をしかめているが……僕はにっこり笑って、異母兄を見た。
「異母兄上のお顔を見にお邪魔したのですが、お元気そうで安心しました。このあと、ランドル異母兄上のところへも伺う予定です」
「えっ。おれの……と、ランドルのところ……?」
混乱しているらしきテオドアに、「長居する気はありませんので」と言って立ち上がってから、もう一度「異母兄上」と呼びかけた。
「講和会議のときに僕が言ったことを、おぼえていますか?」
「お前が言ったこと? ……お前が獣人王子たちと喧嘩して泣かされてたこととか、一心不乱に尻尾を吸って笑われてたことならおぼえているが……」
「それは忘れてください」
僕はコホンと咳払いして続けた。
「『生きて償う機会をいただけたのですから、絶対に無駄にしてはいけませんよ』と言ったのです」
「……ああ、そういえば……そんなことを、母上に言っていたような……?」
「ええ、そうです。本来僕たちは、処刑されているはずでした。醍牙の人たちの慈悲と寛容さのおかげで、今ここにこうしていられるのです」
「奴らの寛容さ!?」
ずっと困惑顔だったテオドアの表情が、怒りに変わった。
「元皇太子のおれを召し使いに貶めて、奴隷のように所有して、笑い者にして! これのどこが慈悲で寛容だ!」
「充分気遣われているではありませんか。健康そうなお姿を見ればわかります」
「なな、なんだと!? い、田舎の貧乏領主だったお前になにがわかる! おれたちのこの屈辱が、お前なんぞにわかるわけがない!」
「その話は置いといて」
「置くの!?」
目を剥いているテオドアに、改めて向き合った。
「あの戦で、双方にどれほどの犠牲が出たことか。その責任と、償いの意味に、どうか真摯に向き合ってみてください。……どうか、生きることを許してくれた醍牙の人たちを、裏切らないでください」
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