召し使い様の分際で

月齢

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第28章 裏・春の精コンテスト

おくすりとお手紙

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 カタリナさんとリアンさんのみごとな舞と歌が終わると、八尋様が立ち上がって、一同を見回した。

「すまんなあ、この二人が最初に登場しちまうとは! このあと出てくる奴らは、どうしたって見劣りしちまうよな。わりぃわりぃ」
「八尋様ったらぁ。そういうことは、思っても口に出さないものでしょお?」
「けど、おれたちもそう思うけどね~」

 双子姉弟も呼吸を整えながらそんなことを言ったものだから、拍手は一転、盛大なブーイングに取って代わった。寒月など「しっ、しっ」と八尋様たちを追い払うように手を振っている。

「確かに褒美をとらせるレベルの出来だったが、俺らの嫁とは比較にならねえよ! アーネストが出てきた途端に、お前らごとき、その辺の有象無象と化すんだから」
「その通り」

 青月も冷静に同意している。
 またあんなことを言って……。
 ……。
 ……浮気したと決めつけて、悪かったかも……。
 い、いや、でもまだ、美男美女に見惚れていた疑惑は晴れていないもんね!
 火照る頬を押さえながらうつむくと、繻子那嬢がしらけたように僕を見た。

「ご覧になって、壱香様。ウォルドグレイブ伯爵の嬉しそうなこと」
「ほんと、ニヤけるのをごまかそうとしているのがバレバレですわね」
「に、ニヤけてませんけど?」
「「どこがじゃ!」」

 素に戻るほどツッコまずにいられなかったらしい。
 いかんいかん。周囲にバレバレなほど喜んでいる場合ではない。双子が根拠のない自慢をしてしまったおかげで、無駄にハードルが上がった。
 案の定、カタリナさんとリアンさんの顔に、挑戦的な笑みが浮かんだ。

「殿下方がそこまで仰るほどのお方ならぁ、しっかり拝見しなきゃねぇ? ねぇ、リアン?」
「そうだね。今や醍牙中に『妖精伯爵』と謳われるお方だもんね~」
「俺も俺も! 早く噂の『アーちゃん』を拝みてえよ! お前ら全然会わせてくれないし。あのチビ銅までもが、この二人を『ハン!』って顔で格下と見なしてたんだからな。興味をそそられっぱなしだぜ」
「白銅は正しい。そして八尋、お前は見なくていい」
 
 青月の冷めた声に、寒月も「だな!」と同意し、「なんでだよ!」と八尋さんが抗議すると、曄灯ヒバナ様や音威オトイ様が「視線がエロいから」「すべてにおいてスケベだから」と代わりに答え、どっと笑いが起こったところで、五識さんが声を張り上げた。

「ではでは、お次の方たちにご登場願いましょう! えーと……灯曄将軍が推される、緑花リョクカ渉大ショウダイですぞい!」
「「「どうぞーい!!!」」」

 酔っ払いたち、ますます元気になっている。
 カタリナさんとリアンさんも客席に下りて杯を傾け始めた。ほんとよく飲むなあ、この人たち。
 ――と、思っていたら、灯曄様が少し離れた場所に置かれていたリュートを手にして、そのまま演奏を始めた。酔っ払いとは思えない、確かな技巧。なんの曲だろう……勇壮な行進曲みたい。
 双子たちも曲に合わせて太鼓を叩いたり、ドンドンと床を踏み鳴らしたり、ノリノリで「ヘイ!」とか「ウェイ!」とか合いの手を入れているから、醍牙では有名な曲なのかもしれない。

 みんな器用に演奏するし、実は歌も上手いんだなあ。
 寒月と青月も、太鼓以外にも何か弾けるのかな?
 二人について僕が知らないことは、まだまだたくさんあるのだろう。
 そりゃあそうだよね。出会って以来、濃密な日々を過ごしてきたけれど、期間で考えればまだひと冬を共に過ごした程度。

 ……僕は次の冬も次の春も、迎えられるのだろうか。
 あとどのくらい、双子のことを見つめていられるのだろうか。
 僕の人生に残された時間は、あとどのくらいなのだろうか。

 考えたところでどうにもできない、自分の気持ちと歩みを停滞させるだけのことなら、考えない。――そう自分で自分を、訓練してきたつもりだけれど。

 楽しいときや幸せなときほど、ふっと暗い思考が頭をよぎる。強い陽射しを受けたときの、真っ黒な影みたいに。

 そんなことを考えたせいで、一瞬にして心が闇に呑み込まれた。
 いつのまにかすべての音が消えて、目には映っても見えていない、虚無の世界で思考が停止する。 
 でもそれも、そう長い時間ではなかったはず。だって……

「あー。アーネストにピアノを弾いてもらえば、さらに盛り上がるのになあ!」
「確かに」

 勇ましい音楽と掛け声の中で、寒月と青月の声が不思議なほど鮮明に耳に飛び込んできた。その声にハッと我に返ったとき、ちょうど舞台上に緑花さんと渉大さんが登場したところだったから。
 僕は呆然と、始まった素晴らしい剣舞を見つめた。

 緑花さんと渉大さんは、先ほどの二人の妖艶な美しさとはまた違う、凛々しく涼やかな美貌の二人だった。
 白銅くんの話からも健康的な印象を受けていたけど、想像していたよりずっと力強い。筋肉隆々な渉大さんはもちろん、細身に見える緑花さんも、大剣を軽々操るたびに、綺麗に筋肉が盛り上がった。

 彼らの装いは全身に蔦が絡みついている意匠で、こちらも露出は多いけれど、胸も下半身も要所はきっちり隠してある。
 ただし、大きく脚を振り上げながら剣を振り回した渉大さんのほうは、はみ出しそうになったようで、踊りながら「おっとっと」と下衣を直そうとする様子に、爆笑が沸き起こった。

 寒月が「お前、それ狙ってただろう!」と野次ると、珍しくフッと笑った青月の横顔が見えた。

 そんな二人を見ているうちに、ドクンドクンと大きく響いていた鼓動が安らいで、胸の中があたたかなもので満たされていく。

 ――彼らは僕の、最高のお薬だ。
 初めて遠慮なく怒ったり泣いたり喧嘩したりさせてくれて、愛し愛されることや、ヤキモチまで教えてくれて。
 僕の中の影と悲観を追い払ってくれる、こんな素敵なお薬はほかにない。

 剣舞に合わせて杯を掲げたり歌ったりする双子を見ながら、僕は腰に手を当てた。そこに隠しポケットがある。ピュルリラさんは、僕の衣装には白銅くん用の隠しポケットが必須だと思っているのかも。

 でも今そこに入っているのは、子猫ではなく、双子が迎えに来る寸前に受け取った手紙だ。しまう時間がなくて、そのまま持ってきた。
 ジェームズからの、ある報告が書かれた手紙。
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