召し使い様の分際で

月齢

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第28章 裏・春の精コンテスト

嫁登場

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 剣舞を終えて客席に下りてきた緑花さんと渉大さんに、称賛と杯が贈られた。二人とも嬉しそうに礼を言いながら杯を受け取り、次々飲み干していく。
 ……やっぱり『本家』のコンテストで彼らが二日酔いになっていたのは、ほかの出場者に勝ちを譲るための演技だったのではなかろうか。
 ポケットを探りながらそんなことを考えていたら、五識さんの元気な声が響いた。

「さあて、お次は嘉織カオリ様と音威オトイ様ご兄弟の推しお二人が、満を持して登場ですぞい! 揚羽アゲハ紋白モンシロ、どうぞい!」
「「「またあいつらかー!」」」

 ……ん? 反応がこれまでと違うな?
 不思議に思う間に歌いながら登場したのは、先の二組と違って小柄な二人組だった。頭からすっぽりと黒い長衣で身をつつみ、顔が見えない。
 なにやら幻想的でありつつ、不穏さも感じさせるハーモニーを奏でる歌声は、思わず聴き入ってしまうほど美しい。酔っ払いたちも大騒ぎするのをやめて、耳を傾けているみたい。

 静かな余韻を残して歌い終えると拍手が上がったが、やはり虎の方たちのノリがこれまでと違う。どこか身がまえているような……?

 妙な空気の中、二人が深く被っていたフードを下ろした。
 薄闇に浮かび上がったのは、人形のように白い肌と端整な容姿の男女。
 先の双子姉弟や緑花さんたちが大柄で大人の色気代表のようなタイプだったから、余計にこの二人が華奢で幼く見える。背丈も僕より頭半分ほど低いのではなかろうか。

「黒髪を結い上げている女性が揚羽、白い長髪を垂らしている男性が紋白ですわ。幼げに見えますけど、今回の出場者の中で一番年上でしてよ」
「えっ、そうなの!?」
「嘉織様たちの地区の代表は、昨年もあの二人でしたの。愛らしい見た目に油断なさらぬよう。あの二人は蝶の名を持つ毒蛾ですから」

 繻子那嬢と壱香嬢が、小声で情報をくれたのは助かるけど……毒蛾っていったい。
 きょとんとしていたら、舞台上の二人が歌劇のごとく歌い語りをしながら、長衣を脱ぎ始めた。
 衣の下は、全裸に細い金鎖を巻いた姿。
 胸やお尻にぐるぐると金鎖を巻き付けているのだが、隙間からあれこれ覗いている。

 僕もだいぶ慣れてきたので、もういちいち驚かないけれど。
 人形じみた二人の裸体は、色気というより妖気を醸し出しているように思えた。妙な薄暗さを感じるというか。
 二人はからくり人形のように、一糸乱れぬ動きで踊りながら歌った。

「我らは歌で神秘の星とつながる者」
「迷える者の道しるべ」

 顔をしかめた繻子那嬢が、僕に耳打ちした。

「あの二人は『自称・占いが得意』なのです。あくまで自称ですけど」
「二人は面識があるの?」
「面識というか、頼みもしないのに一方的に占われたのですわ。廊下ですれ違ったときに不躾に占われて、腹立たしいったら……!」
「仰る通りですわ繻子那様! あの毒蛾どもときたら、面白がっているだけです!」

 つまり一方的に占われて嫌なことを言われたのか。それは毒蛾呼ばわりもしたくなるだろう。

「いったい、なにを占われたの?」
「……ですわ」
「え?」

 繻子那嬢の呟きが小さすぎたので訊き返すと、眦を吊り上げた二人が、ひそめた怒声を放った。

「「王子殿下方はあなたたちなど眼中にない、性格も諦めも悪いあなたたちは、じき決定的にフラれると言われたのですわ!」」
「お、おお……」

 それはまた、返す言葉に困る話を。
 令嬢たちはニョキッと爪を伸ばしながら、「あんなのは占いじゃない」と唸るように言った。

「殿下方との縁談は、フラれるかフラれないかの二択だったのですもの。誰だって二分の一の確率で当てられるじゃないの」
「そうですわよ。無礼者が毒舌を吐いたというだけのこと。あの者たちが二回続けて地区代表に選ばれたのも、ほかの候補者たちが奴らの性格と口の悪さに恐れをなしたからと言われているし!」

 二人の話を裏づけるように、今まさに舞台上と客席で応酬が始まっていた。
 揚羽さんが八尋様に向かって、「見えます」と指差したのがきっかけ。

「あなた様の背後に、魔物のごとき形相の女人が見えます。結婚には向かない下半身だと、『離縁の星』があなた様に忠告しております」
「すでに二度失敗したし三度目の予定はねえけど、結婚に向かない下半身てなに?」

 みんなが爆笑するのにはかまわず、紋白さんが、カタリナさんとリアンさんを指差した。

「あなたたち、商売を始めようとしていますね?」
「……それ占い? 仕入れた情報を言っているだけでしょ~?」

 カタリナさんが馬鹿にしたように問い返すと、紋白さんが眉根を寄せて首を振った。

「やめておきなさいと、『悲哀の星』が忠告しております。あなたたちはそろって『愚者の星』の下に生まれ、致命的に頭が悪いので、成功しようがありません」
「なんですってぇ!」
「そっちは致命的に性格が悪いじゃないか!」

 激怒する双子姉弟にはかまわず、揚羽さんは緑花さんと渉大さんに顔を向けた。

「あなたたちは筋肉以外取り柄がないので、力仕事が向いていると、『力こぶの星』が助言しております」
「「力こぶの星なんてあるの!?」」

 緑花さんと渉大さんが叫んだ疑問と同じことを、僕も思った。
 虎さんたちも野次り出して大騒ぎになったが、当の揚羽さんたちはまるで他人ごとという表情。
 歓宜王女が顔をしかめて嘉織様たちを見た。

「おい、なんで今年もあいつらを連れてきたんだ!」
「そりゃあ、地区予選を勝ち抜いたから。それに……」

 音威様の答えの続きは聞こえず、代わりに揚羽さんたちが一堂に言い放った。

「この場にいる出場者の中で、まともな『守護の星』を持つ者は、わたしたち以外おりません」
「春の精選びは自己アピールも重要視されています。それは美貌と色気のみならず、知性や才覚も要求されるからです。この場でそのすべてを満たしているのは我らのみ。よって勝者は我らに決定、ということでよろしいですね」
「「「よろしくねえわ!」」」

 揚羽さんたち以外の全員が怒鳴った。
 繻子那嬢と壱香嬢まで、隠すことなく怒声を上げている。
 寒月が「おいおい」と片手を振った。

「肝心のうちの嫁がまだ出てねえのに、なに勝手に決めてんだ」
「……そうでしたね。しかし殿下。噂の妖精の血筋のお方は、とても清楚でお美しいとか」
「ああ、その通りだが?」

 寒月が首肯するのを見て、揚羽さんと紋白さんがうなずき合った。

「ならば繁栄の象徴である春の精に要求される『色気』を、我らのようにこの場でアピールするというのは、難しいのではありませんか?」
「うっ。そ、それはそうだけどよ、」
「ではやはり、我らが勝者ということで」
「「「だから勝手に決めるなっつーの!」」」

 またも一斉に抗議の声が上がったところで、僕は五識さんの紹介を待たず、トコトコと客席の背後からみんなの元へ向かった。

「あのー」
「「アーネスト!」」

 双子がすごい勢いで振り向いた。それにつられて全員の顔がバネ仕掛けのように僕を向く。そうして双子以外の全員みごとにそろって、「え!?」と目を丸くした。
 王女が、珍しくプルプル震えながら問うてきた。

「お前……なんなんだ、その格好」
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