召し使い様の分際で

月齢

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第19章 勝敗と守銭奴ごころ

美容術対決

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 笑いをこらえていたために、肩が震えていたらしい。
 レイニア妃がまた気遣わしげに声をかけてきた。

「ウォルドグレイブ伯爵、本当に大丈夫? おつらいようなら、少し休憩を挟みましょう」
「そうだね。ぼくらが伯爵の体調を考慮せず、二度も演奏をお願いしてしまったから、そのぶん負担を増やしてしまったんだ。エイくん、休憩時間を少しもらっても大丈夫だよね?」

 気のいいイストバ大公も、王様にそう提案してくれたが。
 にっこり笑った王様が何か答えるより先に、失礼にならぬよう「いいえ、大丈夫です」と申し出た。

「お心遣いに感謝の思いでいっぱいです。ですが僕はこの世に生を享けたときから、このひ弱な躰と向き合ってきました。ですからこの程度の疲労であれば、自分の節度を守る限りはなんとかなると感覚でわかります。どうか、このまま続けることをお許しください」

「もちろん、続けていただきたいけれど……おつらいでしょうに」

 本当に優しい大公夫妻だなあ。王様と仲良しなだけあるよ。
 このお二人の言葉に乗っかるのは申しわけない気もするが、当初の作戦通りの流れなので仕方ない。
 ……つやうる鼻毛を思い出し笑いしたことまで活かされるとは、予想外だったが。

「もちろん、病弱であることはつらいです。幼い頃から付き合ってきた悲しみです。友達と外で遊び回ることもできませんでした。皆が当たり前のように持っている『健康』という宝ものに、恵まれなかったことは残念でなりません」

 レイニア妃に答えながら、僕は久利緒クリオ嬢へもまっすぐ視線を向けていた。

「けれど、完璧な人間などおりません。誰しもどこかに不足や不満や痛みを抱えていて、それでも自分なりに向き合ったり抗ったりしながら、これが自分なのだと受容していくのでしょう。そうしてできれば、そんな自分を幸せにしてやりたいと願うのでしょう」

 顔をこわばらせながら睨み返してくる彼女には、僕が

『人は美点も欠点も併せて生まれる』

 と先ほど彼女が発言したことを利用したのだと、ちゃんと伝わっているみたい。

 彼女は僕を『何の努力もせずとも生まれながらに美しい幸運な方』とも言いたいらしいが、誰も他人の本当の気持ちなんてわからない。
 何が本当に『幸運』なのかは、自分自身で感じることで、他者が決めつけることではない。

 いつしかしんと静まり返り、耳を傾けてくれていた皆さんから、ぽつぽつと言葉が漏れた。

「妖精伯爵様もご苦労が多かったのね……おいたわしいわ」
「失念しがちだが、エルバータでもほかの元皇族から虐げられていたそうじゃないか。加えて今は莫大な賠償金を背負う身」
「伯爵の仰る通りね。完璧な人間などいないわ」

 よしよし。
 これで久利緒嬢が狙った『お集まりの皆さんとわたくし、みんな美しくなりたいお仲間。ただし妖精伯爵を除く』という作戦の効力は薄れた。
 対抗策として虚弱を武器にするとは、我ながらセコい。

 でも『美容術』を得意とするなら、それのみで勝負すべきだったと思う。
 相手を下げることで、勝ちに行こうなんて。
 そんなセコい手を使うから、セコさの達人である僕につけ込まれるのだ。
 相手の発言も再利用。使えるものは何でも使う。それが貧乏領主の心得。
 そういうわけで――。

「それでは、美容術のお話に戻りましょう。とは言っても、僕は『美』についての専門知識を持ちません。ただ、このような躰ですから、昔から薬草の世話になってきました。
 命をつなぐために蓄えた知識ではありますが、その中でさまざまな症状に対処する薬湯や軟膏なども生まれて、領民たちに役立ててもらえました。その一環として化粧水やクリームを作ると喜んでくれる者が多かったので、工夫を重ねて処方し直したものです」

「そうそう、ウォルドグレイブ伯爵は薬舗を経営されているのだったね。庶民も手に取りやすい価格なのに、とてもよく効くと大評判だとか」

「恐れ入ります」

「先ほどから思っていたのだけど、ウォルドグレイブ伯爵はうっとりするほどお肌がお綺麗よね。もしかして、その化粧品を使われているの?」

 理想的な反応をくれたレイニア妃に、僕は「はい」と感謝の笑顔を向けた。
 すると「綺麗……」とレイニア妃の頬が色づいて、そんな妻を大公が二度見している。
 さらに臣下席のご夫人たちも、ギン! と目の色が変わった。

 よし、絶好のタイミング。
 刹淵さんに視線を向けると、微笑を崩さずうなずいて、小壜を二つ、演壇まで持ってきてくれた。
 白銅くんに刹淵さんへの伝言を頼み、控室から取ってきてもらった、試供品の化粧水とクリームだ。

 薬舗のみんなに試用してもらって大評判だったこの化粧品は、そもそも競い合いの場で宣伝して派手に売り出そうと考えていたものだ。
 それを見込んで増産したものの、予想外に規模の大きな舞踏会になってしまったため、地味に試供品を配って商品説明をするという当てが外れた。

 しかし何かしら機会があるかもと、諦め悪く持参してきて大正解!

 久利緒嬢が自分の領地の特産品を使った泥炭パックを持ち出してくれたおかげで、僕も宣伝しやすくなったし。
 しかも当初の予定より、人がたくさんいる会場だもんね!

 それもこれも、この流れを作ってくれた弓庭後ユバシリ家の皆さんのおかげです。
 ――と、いう感謝を込めて、僕は当主席の弓庭後侯を見た。

 長い髭を扱いていた弓庭後侯と目が合うと、射るように睨まれる。
 とっても憎たらしそうに僕を睨みつけてくる顔が、よく似ているなあ。
 まあ、それは置いといて。

「こちらは、これから売り出す商品の試供品なのですが、店の者たちに使ってもらったところ、男女問わず大好評でした。躰の不調を薬湯などで補っていただきつつ、こちらも役立てていただけると幸いです」

 この日のために、もっちりプリッと仕上げたつもりのほっぺで、レイニア妃や演壇に近い席のご夫人たちに笑いかけると、あちらこちらでガタッと椅子を蹴立てる音が上がった。

「伯爵様っ、そのお化粧品は予約できますかしら!」
「うちにもお願いしますわ!」
「俺も……」
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