召し使い様の分際で

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第15章 四家vs.アーネスト軍団

ドッサリートを阻む者

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 アルデンホフは混乱していた。

 近頃……というか、この冬に入った頃から。
 いや、もっと具体的に言うなら、エルバータからアーネスト・ルイ・ウォルドグレイブという、恐ろしいほど美しい元皇子がやって来た頃から。
 順調だったはずの彼の『生涯生活設計』は、音を立てて崩れ始めた。

 アルデンホフは、醍牙の二十一州のひとつ、シネロヴェント州の豪商の家に生まれた。
 貧しく学も無かった祖父が始めた小さな材木店が、時流に乗って急成長し、苦労人の勘で広げた商売は、父の代にはシネロヴェント有数の豪商と呼ばれるまでに発展した。
 そんなアルデンホフ家の成功を妬む輩が、

「成金」
「田舎臭さが抜けない」

 などと陰口を叩くけれど、アルデンホフは、そんなものは貧乏人のみじめな嫉妬だと思っている。もしくは、金も無いくせに気位ばかり高い、落ち目の貴族どもの悪あがきだと。

 醍牙の州は、元から醍牙国の領土であった地域と、戦や内乱などで属国や保護国となったのち、吸収された地域がある。醍牙文字でない州名は、殆どが後者だが、いずれも獣人の国という共通点はあった。

 醍牙という国は大らかなのか大雑把なのか、そうした州に対して無理な言語政策をとらなかったので、地方に行くと今でも、醍牙の言葉と共にさまざまな言語が使われている。

 アルデンホフは、商都として発展してきたシネロヴェント州を誇りに思っている。
 シネロヴェント語も好きだし、シネロヴェント風のアルデンホフという家名も気に入っている。

 唯一気に入らないのは、自分の名前だ。
 ドロンコ・ドッサリート・アルデンホフ。
 それが彼のフルネームである。

 シネロヴェントから出なければ素敵な名前だ。
 ドロンコは『歌』、ドッサリートは『希望』という意味が込められ、祖父の祖父から引き継いだ名なのだから。
 しかしこの名は、醍牙語を母語とする王都や州で口にした途端、大部分の者にブホッ! と吹き出される。なんとひどい屈辱だろうか。

 とはいえ、王都の山母里ヤマモリ伯爵家の娘と結婚し、祖父や父らの念願叶って、もう少しで爵位を得られるというところまで来た。

 現当主の山母里伯爵は高齢で、精神的には未だ憎たらしいほど元気だが、身体的な衰えを理由に表舞台からは引退している。
 アルデンホフを後継者として育てている最中で――アルデンホフに言わせれば、『ただの時代遅れの口うるさいジジイ』だが――次代の山母里伯爵は、アルデンホフになる予定だ。

 ただ、そうなるとまた、悩ましいことがあった。
 実質的に入り婿のアルデンホフだが、爵位を継ぐ際には、正式に婿養子の手続きがなされ、山母里姓となる。
 それは承知の上だ。
 外野が「爵位目当てにみっともない」と嘲笑しようが、これを機に、アルデンホフ一族が社交界でも一目置かれる存在となる。そう思えば安いもの。

 ただ……変わるのは、姓だけだ。
 ドロンコ・ドッサリート・山母里ヤマモリ
 それが彼の新たなフルネーム。
 醍牙の庶民風に呼ぼうものなら、山母里ドロンコ。
 改名後に華々しくお披露目をした暁には、「ブホッ!」と吹かれるどころの騒ぎではあるまい。絶対どこぞの悪ガキが、「山もりのドロンコ」もっと酷ければ「山もりのウンコ」と落書きするに決まっている。
 
 しかしそんな苦悩も、伯爵と呼ばれる身分になるのだと思えば耐えられた。
 金はある。実家に頼めばいくらでも用立ててくれる。
 ここ数年は、「もっと賢く運用できんのか」と眉をひそめられることも増えたが、祖父も父もアルデンホフには甘いから、結局は望む通りにしてくれた。

 あとは名門の称号だ。
 成金と自分たちを見下してきた者らを、逆に見下してやるための爵位だ。

 そして何より、あの、心底気に食わない双子王子に、物申せる肩書きだ……!

 寒月王子と青月王子。
 彼らほどアルデンホフの劣等感を刺激する存在は、ほかに無い。
 ……双子の姉の歓宜カンギ王女からも大概ひどい目に遭わされたが、所詮、女だ。男の自分とは立つ舞台が違う――と、己に言い聞かせることもできる。

 しかし双子は……同じ男として生まれながら、どうしてこんなに不公平なのか。
 王子という、誰からも敬われる存在として生まれ、虎一族の中でも『選ばれし優れた血の証』ともてはやされる、金と銀の毛色を持って。

 体格にまで恵まれ、目を引く長身と、憎たらしいほど長い脚。全身を鋼のような筋肉に覆われて、その上。
 二人そろって、際立って風采が良い。
 言いたくないが美形だ。野性的でありながら、彫像じみた端整さだ。

 当然、どこへ行っても黄色い声が飛び交い、女たちは繁殖期を迎えたごとく目の色を変えて熱狂する。とにかく民たちは、我がことのように彼らを称え、恐れながらも誇りにしている。

 それだけでも歯ぎしりするほどムカつくのに、双子は、アルデンホフの最大の武器である『財力』をも凌ぐ金持ちなのだ。そこが最も、アルデンホフを苛立たせる。

 安く買った鉱山に、豊富な鉄や宝石が眠っていたなんて。
 その話を聞いたときには、天に向かって「ふざけるな」と怒鳴りつけたくなった。
 そんな幸運にまで恵まれずとも、彼らはもう充分、恩恵を受けているではないか……! 

 その双子に、最愛の娘である琅珠ロウジュを嫁がせろと義父から命じられたときには、絞め殺してやろうかと思ったが。

 よくよく考えれば悪くない。いや、すごく良い。
 つまり自分は王族の縁戚となり、双子の舅となる。
 あの傲慢な双子に、舅として上から物申せる立場になるのだから、こんな痛快なことは無い。

 婚約者候補はほかにもいるが、琅珠が選ばれるに決まっている。
 アルデンホフはそう信じていた。

 なのに双子は、エルバータの元皇子なんぞに惚れて、彼が嫁だと公言し。
 婚約者候補だった四家の令嬢たちは、あっさりと切り捨てられた。

 義父は憤慨し、アルデンホフが無能だから王子たちに娘を売り込めないのだと責め立てられ、「そんな男に爵位を継がせる気にはならん」とまで言われた。

 アルデンホフは激怒した。
 そんな馬鹿なことがあるか。
 ふざけるな、自分は必ず伯爵になるのだ。

 そうして、王子妃の座を射止めるのは、我が娘だ――
 と、同じように考えた四家。
 彼らは今回ばかりは手を結び、双子が繁殖期に入ったという情報に飛びついた。

 ちょうど邪魔なウォルドグレイブ伯爵も王都にいない。
 美女揃いの娘たちが四人がかりで迫れば、血気盛んな王子たちだ。辛抱たまらず、むしゃぶりつくだろう。
 念のため、ドーソンと御形ゴギョウに特製の薬も用意させた。
 これですべて元通り。
 王子妃は、四家の娘たちから選ばれる。

 そのはずだったのに。

 またしても、ウォルドグレイブ伯爵に計画を阻まれ、ぶち壊された。
 娘たちはひどく罵倒されたらしく、憤慨して帰ってきた。

 許さない。
 このまま済ませてなるものか。

 怒りに燃える四家が、今後の対策を練るべく話し合いの場を持とうとした、そんなとき。
 国王から呼び出しがかかった。

『四家の当主は、至急、御前に集まるように』
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