召し使い様の分際で

月齢

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第15章 四家vs.アーネスト軍団

王様は怒っている

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「僕の可愛い息子たちがさあ、めっちゃ危険な催淫薬を飲まされていたことがわかったんだよねえ」

 広い謁見室の玉座におさまった王は、肘掛けにもたれて頬杖をつき、長い脚を組んで、ふう、とため息を吐く。
 玉座の左右には、寒月と青月の両王子。
 図抜けて大柄な親子三人が、目の前で跪く者たちを冷たく見下ろしていた。

 段差のついた床に跪いているのは、いま醍牙で権勢をふるっている四家の当主(うちひとりは当主代理)たち。
 そろって、表情をこわばらせている。

 丸いお腹で片膝をつくのに四苦八苦している守道モチ子爵。
 つるんとした頭頂部に、くるんとした髪の束が乗っている蟹清カニスガ伯爵。
 長い髭が目を引く弓庭後ユバシリ侯爵。
 そして神経質に視線を走らせているアルデンホフ大臣。

 この四人が御前に召し出された場合、通常なら、跪かされたまま王との会話が進むことなどあり得ない。
 だがいつまでたっても「楽にせよ」の言葉がかからないところに、王の怒りの強さを痛いほど感じた当主たちは、ひたすら首を垂れていた。
 
 彼らは当初、国王から呼び出された理由を、娘たちが双子王子のいる離宮に押しかけたことや、ウォルドグレイブ伯爵と揉めたことであろうと予想していた。
 娘たちから、ドーソンと御形が用意した催淫薬に問題があったらしきことは聞いていたが、当人たちを問い質したところ、

「そんな……そんな危険な薬だとは聞いたことがありません! ウォルドグレイブ伯爵の作り話では!?」

 蒼白になった御形ゴギョウがそう言い、

「その通りです。それに万が一その話が本当だとしても、殿下方がその薬を服用したと、証明することはできますまい。服用を止めれば長く体内に残らぬよう、処方してあります。
 ウォルドグレイブ伯爵は手柄を上げたつもりで調子に乗っているのでしょうが、彼が殿下方の服用を止めたおかげで、そろそろ薬も抜け切る頃合い。逆にこちらを助けて、自分たちは服用の証明の機会を失ったことに気づいていないのです」

 ドーソンも、自信ありげにそう釈明していた。
 であるなら、大胆なようで思慮深い国王のこと。
 証拠も無く「毒を盛られた」などと口に出すことは無いだろう。

 だとすれば、召し出される理由はせいぜい、娘たちが無断で離宮に入ったことくらい。そこからこちらの反応を窺う狙いもあるかもしれないが。
 その程度のことであれば、「若者のやることです」と許しを請えば済むはず。
 娘たちとて、ウォルドグレイブ伯爵やハグマイヤーからひどい目に遭わされたのだから、その件を持ち出して、うやむやにすればいい。

 ――そう、高を括っていたのに。

「で、さあ。うちの優秀な家令によると、きみたちのとこのお嬢さんが、離宮に忍び込んだというじゃない? 手回しの良いことに、あらかじめ離宮の使用人まで買収してさあ。
 その状況で催淫薬が盛られたとなれば、まず疑われるのは誰か。わかるよねえ?」

 王はいつものように飄々とした口調だが、話す内容は直球で容赦ない。それが当主たちの背筋を粟立たせる。

 こういうとき、これまでなら、まず正妃の兄である弓庭後侯が、釈明なり反論なりをしていた。
 しかし皓月コウゲツ王子を使ってウォルドグレイブ伯爵を陥れようと画策し、王の不興を買って以来、発言の影響力が急低下している。ここで下手に口をひらけば逆効果であろう。
 横目で催促し合ったのち、口をひらいたのは蟹清カニスガ伯爵だった。

「陛下、畏れながら申し上げます。確かに我々の娘が、若さに任せて配慮の足りぬ行動に走りましたこと、衷心よりお詫び申し上げます。
 しかしそれもすべては、王子殿下方をお慕いするゆえの行動。愛すればこそ、箱入り娘の恥じらいもかなぐり捨てて、そのような行動に出たのです。そんな娘たちが、最愛の殿下方に危険な薬を飲ませるなど……それでは筋が通りませぬ」

「そう、その通りでございます!」

 アルデンホフ大臣が、ギロリと睨んでくる王子二人におどおどしつつ、声を上げた。

「そもそも、そのお話はどこから出たのでしょう。我が娘は離宮で、ウォルドグレイブ伯爵から難癖をつけられ、ひどく屈辱的な扱いを受けたとか」

「勝手に忍び込んだ罰としてドレスに汚水をかけて、廃棄予定の雑穀袋をお嬢さんたちのドレス代わりにしたのは、アーちゃんじゃなくてハグマイヤーだよ。
 ハグマイヤーにはその権利があるからねえ。僕のだいじな息子たちを守るよう、無法者が現れたなら好きなように排除していいと、僕が命じたんだから」

 王の言葉は、四人に大きな衝撃を与えた。
 つまり王は、彼らの娘を「無法者」と断じたのだ。
 その上で、家令が『排除』しようと文句は言わせない、お前たちの娘は家令より格下だとも告げた。それは当然、王子妃候補に対する扱いではない。

 この王が、これほど露骨に怒りを表明するなんて。
 完全に当主たちの想定外だった。

 なぜだ。薬物を使った証拠は無いはずだ。
 ――と、弓庭後侯爵は、王と双子の様子を窺っていたが。
 焦ったアルデンホフ大臣は顔を引きつらせ、早口で「もちろん、家令殿にはその権利がありましょう」とまくしたてた。

「しかしそもそも、その危険な催淫薬の話に、どれほどの信憑性が? どうしてただの人間ごときが、殿下方ですら気づかなかった薬の混入を嗅ぎつけることができましょう。しかもそれが毒入りだなんて。
 すべては、本来の婚約者である我らの娘を陥れんとした、ウォルドグレイブ伯爵の作り話なのでは? ひっ、ひょえっ! も、もちろん、殿下方にはご不満な話でありましょうが!」

 双子王子が凄い形相で見下ろしてきたので、アルデンホフ大臣は奇妙な悲鳴を上げたが、ここで怯んでは今後の『生涯生活設計』へのダメージが計り知れないと開き直ったか。声を裏返しながらも言い切った。

「まずウォルドグレイブ伯爵に、殿下方に毒が用いられたという、その証拠を示していただきたい!」
「アーちゃんは、とっくに出してくれてるよ」
「……はい?」
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