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第14章 アーネストvs.令嬢たち
禁じられた処方
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怒り心頭に発し、思わず怒りの達人ジェームズみたいな言葉が口から飛び出した。今までこんなに怒ったことがないから、お手本が必要だったんだ……。
しかしこれで、今度こそ通じたであろう。僕の渾身の怒りが!
……と、思ったのに、また浬祥さんが肩を震わせているし、ハグマイヤーさんまで口元をプルプル震わせて、真っ赤な顔で、いかにも『必死で笑いをこらえています』という感じ。
令嬢たちも、僕の怒りに気圧された様子はまったく無く、むしろ余計に活気づいた。
「ハレンチ詰めのウンコ団子とはどういうことよ!」
「バカ裸族の血筋って何!? 意味わかんないけどムカつくわ!」
怒りが通じないショックを押し隠し、僕は咳払いして心を落ち着けた。
「……これほど言っても理解できないのなら、説明してさしあげましょう」
しかし咳払いが空咳を誘発し、またもコホコホと止まらなくなる。
「コホッ。一気に喋って疲れたので、ちょっと薬湯をいただいて」
「またか! 早く説明しなさいよ!」
「いちいち疲れてるんじゃないわよ!」
そんなに急かさなくても……せっかちだなあ。
「あんたが『重大な用件がある』と脅すから、仕方なく居てあげてるのに。ハレンチだ何だと罵倒するのが目的なら、付き合っていられないわ!」
「その格好で帰るのかい?」
ハグマイヤーさんが差し出してくれたお水を、お礼を言って受け取っていた僕に代わって、浬祥さんが尋ねると。
またも次々、抗議の声が叩きつけられた。
「そんなわけないでしょう! 早くドレスを返しなさいよ、ハグマイヤー!」
「どろどろに濡れて臭いままでよろしければ、すぐにお返しいたしますが」
「いいわけないでしょ! ここに着替えが無いなら、今すぐ家に使いを出して!」
わぁわぁとハグマイヤーさんを責め立てる令嬢たちに、何やら無力感を煽られたけれど……『重大な用件がある』のは本当なので、大きなため息をこぼしてから、改めて彼女たちに切り出した。
「僕は、あなた達のしたことは、正真正銘の犯罪だと思っています。しかしあなた達が『双子殿下は同意していた』と主張するのなら、ここで議論しても時間の無駄でしょう。ですからそれは、双子の回復を待って結論を出すことにして」
双子の回復と聞いた途端に、令嬢たちはギクリと顔を見合わせた。
が、すぐに琅珠嬢が小さな声で、
「それは当然ですわ。けれど……殿下はなぜだか、朦朧としていらっしゃいました。ですから正確なことを思い出せるかどうか」
「そう、そうよ! その通りよ!」
琅珠嬢の理屈に、ほかの令嬢たちが全力で乗っかった。
ムカムカして、思いのほか冷たい声が出た。
「意識が朦朧としているのに、同意していると、よくわかったものですね」
「それは……ずっと朦朧とされていたわけではなくて、」
そんな言いわけは要らぬ。
「申し上げた通り、『同意があったか否か』の議論は後回しにしましょう。もうひとつ、重大な用件についてお伺いしたいので。それにお答えいただいたら、何を着て帰宅されようとかまいません」
「召し使いふぜいが偉そうに。何よ、言ってみなさい!」
繻子那嬢の言葉にうなずき、先ほどから胸をムカムカさせていた疑念をぶつけた。
「皆さんにお尋ねします。まさか双子殿下に、薬を盛ってはいないでしょうね」
その瞬間の、彼女たちの表情を見れば、答えは明らかだった。
琅珠嬢のみ、怪訝そうに眉をひそめただけだが、ほかの三人は顔をこわばらせて、わかりやすく動揺している。
それでも気丈に、壱香嬢が訊き返してきた。
「く……薬って、何のことかしら。いったい何を言い出すの!?」
「僕は薬草に関しては、獣人である皆さんより鼻が利くのです。双子殿下からも以前、そう評価されましたから、自惚れではありません」
「だから何よ」
「先刻、寒月殿下の室内で、ある薬草の匂いがしました」
その言葉にビクッと肩を揺らした壱香嬢の隣で、琅珠嬢が困惑したように僕を見る。
「それは頭痛薬ではなくて? 殿下方は頭痛薬を飲んでいらしたわ。そうよね、ハグマイヤー?」
「はい。ですが……」
もの言いたげなハグマイヤーさんに、僕は小さくうなずいた。
きっとハグマイヤーさんも、双子が口にしたものに薬が仕込まれていたのだと、見当をつけていたんだ。でもまずは令嬢たちの行動を阻止することを優先し、そのあと調べるつもりでいたのだろう。
僕は琅珠嬢をじっと見つめ返した。
「調べなければ確かなことは言えませんが、僕が強く感じたのは、強壮と催淫効果のある、レイオウとコチネクトという二種の薬草の匂いです。
この二種はその昔、エルバータの皇族も房事に用いたという記録があります。けれど実は、とても危険な組み合わせです。実際は催淫というより、男性の勃起時間を長引かせるだけ。体力を根こそぎ奪う代わりに持続時間を延ばしたところで、それを悦楽と呼べるかどうか」
僕の言葉に、浬祥さんが「うわあ」と嫌そうな声を上げた。
「考えただけで、ちんこが擦り剥けそうだよ」
「事後の体力消耗が凄まじそうですね」
ハグマイヤーさんも顔をしかめている。
「そうなんです。レイオウはコチネクトと合わせると強壮効果が倍増するそうですが、乱用すると特に血管に負担が大きく、死亡例も複数あるので、現代では禁止されている処方です」
令嬢たちの目が、驚愕に見ひらかれた。
死亡例があることまでは知らなかったということか。
しかし――
「この処方が皇族に用いられたのは、とにかく性交の回数を増やすためでした。子づくりのために」
子供を得るために歓迎された処方だということは、令嬢たちも知っていたに違いない。
この処方は庶民たちにまで広まっていたという。だから醍牙にもそれを知る医師や薬師がいても不思議は無いし、彼女たちはそこから入手したのだろう。
ゆえに自信満々、浬祥さんに伝言させたのだ。
『子供を授かったら、子守りに雇ってあげてもよろしくてよ』と。
懸命に平静を装う令嬢たちに、もう一度確認した。
「僕は薬草を悪用する人が許せない。その上、双子殿下を苦しめたのですから、必ず真実を突き止めて償わせますよ。ですから身におぼえがあるのなら、今のうちに仰ったほうが身のためです。
もう一度お訊きします――双子殿下に、薬を使ったのですか」
しかしこれで、今度こそ通じたであろう。僕の渾身の怒りが!
……と、思ったのに、また浬祥さんが肩を震わせているし、ハグマイヤーさんまで口元をプルプル震わせて、真っ赤な顔で、いかにも『必死で笑いをこらえています』という感じ。
令嬢たちも、僕の怒りに気圧された様子はまったく無く、むしろ余計に活気づいた。
「ハレンチ詰めのウンコ団子とはどういうことよ!」
「バカ裸族の血筋って何!? 意味わかんないけどムカつくわ!」
怒りが通じないショックを押し隠し、僕は咳払いして心を落ち着けた。
「……これほど言っても理解できないのなら、説明してさしあげましょう」
しかし咳払いが空咳を誘発し、またもコホコホと止まらなくなる。
「コホッ。一気に喋って疲れたので、ちょっと薬湯をいただいて」
「またか! 早く説明しなさいよ!」
「いちいち疲れてるんじゃないわよ!」
そんなに急かさなくても……せっかちだなあ。
「あんたが『重大な用件がある』と脅すから、仕方なく居てあげてるのに。ハレンチだ何だと罵倒するのが目的なら、付き合っていられないわ!」
「その格好で帰るのかい?」
ハグマイヤーさんが差し出してくれたお水を、お礼を言って受け取っていた僕に代わって、浬祥さんが尋ねると。
またも次々、抗議の声が叩きつけられた。
「そんなわけないでしょう! 早くドレスを返しなさいよ、ハグマイヤー!」
「どろどろに濡れて臭いままでよろしければ、すぐにお返しいたしますが」
「いいわけないでしょ! ここに着替えが無いなら、今すぐ家に使いを出して!」
わぁわぁとハグマイヤーさんを責め立てる令嬢たちに、何やら無力感を煽られたけれど……『重大な用件がある』のは本当なので、大きなため息をこぼしてから、改めて彼女たちに切り出した。
「僕は、あなた達のしたことは、正真正銘の犯罪だと思っています。しかしあなた達が『双子殿下は同意していた』と主張するのなら、ここで議論しても時間の無駄でしょう。ですからそれは、双子の回復を待って結論を出すことにして」
双子の回復と聞いた途端に、令嬢たちはギクリと顔を見合わせた。
が、すぐに琅珠嬢が小さな声で、
「それは当然ですわ。けれど……殿下はなぜだか、朦朧としていらっしゃいました。ですから正確なことを思い出せるかどうか」
「そう、そうよ! その通りよ!」
琅珠嬢の理屈に、ほかの令嬢たちが全力で乗っかった。
ムカムカして、思いのほか冷たい声が出た。
「意識が朦朧としているのに、同意していると、よくわかったものですね」
「それは……ずっと朦朧とされていたわけではなくて、」
そんな言いわけは要らぬ。
「申し上げた通り、『同意があったか否か』の議論は後回しにしましょう。もうひとつ、重大な用件についてお伺いしたいので。それにお答えいただいたら、何を着て帰宅されようとかまいません」
「召し使いふぜいが偉そうに。何よ、言ってみなさい!」
繻子那嬢の言葉にうなずき、先ほどから胸をムカムカさせていた疑念をぶつけた。
「皆さんにお尋ねします。まさか双子殿下に、薬を盛ってはいないでしょうね」
その瞬間の、彼女たちの表情を見れば、答えは明らかだった。
琅珠嬢のみ、怪訝そうに眉をひそめただけだが、ほかの三人は顔をこわばらせて、わかりやすく動揺している。
それでも気丈に、壱香嬢が訊き返してきた。
「く……薬って、何のことかしら。いったい何を言い出すの!?」
「僕は薬草に関しては、獣人である皆さんより鼻が利くのです。双子殿下からも以前、そう評価されましたから、自惚れではありません」
「だから何よ」
「先刻、寒月殿下の室内で、ある薬草の匂いがしました」
その言葉にビクッと肩を揺らした壱香嬢の隣で、琅珠嬢が困惑したように僕を見る。
「それは頭痛薬ではなくて? 殿下方は頭痛薬を飲んでいらしたわ。そうよね、ハグマイヤー?」
「はい。ですが……」
もの言いたげなハグマイヤーさんに、僕は小さくうなずいた。
きっとハグマイヤーさんも、双子が口にしたものに薬が仕込まれていたのだと、見当をつけていたんだ。でもまずは令嬢たちの行動を阻止することを優先し、そのあと調べるつもりでいたのだろう。
僕は琅珠嬢をじっと見つめ返した。
「調べなければ確かなことは言えませんが、僕が強く感じたのは、強壮と催淫効果のある、レイオウとコチネクトという二種の薬草の匂いです。
この二種はその昔、エルバータの皇族も房事に用いたという記録があります。けれど実は、とても危険な組み合わせです。実際は催淫というより、男性の勃起時間を長引かせるだけ。体力を根こそぎ奪う代わりに持続時間を延ばしたところで、それを悦楽と呼べるかどうか」
僕の言葉に、浬祥さんが「うわあ」と嫌そうな声を上げた。
「考えただけで、ちんこが擦り剥けそうだよ」
「事後の体力消耗が凄まじそうですね」
ハグマイヤーさんも顔をしかめている。
「そうなんです。レイオウはコチネクトと合わせると強壮効果が倍増するそうですが、乱用すると特に血管に負担が大きく、死亡例も複数あるので、現代では禁止されている処方です」
令嬢たちの目が、驚愕に見ひらかれた。
死亡例があることまでは知らなかったということか。
しかし――
「この処方が皇族に用いられたのは、とにかく性交の回数を増やすためでした。子づくりのために」
子供を得るために歓迎された処方だということは、令嬢たちも知っていたに違いない。
この処方は庶民たちにまで広まっていたという。だから醍牙にもそれを知る医師や薬師がいても不思議は無いし、彼女たちはそこから入手したのだろう。
ゆえに自信満々、浬祥さんに伝言させたのだ。
『子供を授かったら、子守りに雇ってあげてもよろしくてよ』と。
懸命に平静を装う令嬢たちに、もう一度確認した。
「僕は薬草を悪用する人が許せない。その上、双子殿下を苦しめたのですから、必ず真実を突き止めて償わせますよ。ですから身におぼえがあるのなら、今のうちに仰ったほうが身のためです。
もう一度お訊きします――双子殿下に、薬を使ったのですか」
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