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第15章 四家vs.アーネスト軍団
ロウセンツヅラ
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結局、令嬢たちは、双子に薬を使ったことを認めぬまま帰って行った。
着替えを持って迎えに来た侍女たちが、ズタ袋の貫頭衣姿の自分の主人を見た途端、盛大に吹き出したことに激怒しつつ。
王子たちの命を危うくする媚薬を盛って、強引に既成事実をつくろうとしたのだから、その罪の責任を問われることを恐れる気持ちはわかるが……。
あまりに自分勝手なその態度を見て、僕はもう、彼女たちに対して抱いていた罪の意識を、綺麗さっぱり捨て去ることにした。
彼女たちが夢見ていたであろう『王子様との結婚』を邪魔してしまったのだから、恨まれても罵られても仕方ないと思っていた。
でも、よく知りもしない薬を、自分たちに都合が良いからという理由だけで使って、しかも意識朦朧とした相手に性交を強いるなんて許せない。
浬祥さんによると、
「獣人はやっぱり、多かれ少なかれ獣の性質が混じっていてねえ。動物の世界は雌が番となる雄を選ぶ種も多いだろう? そのためか、『優れた女性から選ばれるなら、男性も光栄に思うだろう』という、おかしな思い込みがまかり通っているのだよ。
もちろん、アーネストくんと同じ感覚を持ち、『これだから獣人は野蛮と言われるんだ』と眉をひそめる獣人もいる。ぼくもそのひとりだ。けど、生まれ持った性質と育った環境により培われた価値観を覆すのは、容易なことではないのさ」
……とのこと。
だったら。
令嬢たちが『獣人の理屈』で無罪を主張するならば、僕は僕の価値感で、彼女たちに罪を認めさせてみせる。
強姦も、薬草の悪用も。
許せん。許せん。ぜったい許さん……!
しかし、今は冷静にならなければ。
僕はハグマイヤーさんに、
「呪われし裸祭りで双子殿下に捧げられていたものを、できる限り回収したいのですが」
とお願いしていた。
真剣にお願いしたのに、真顔で「なんじゃそりゃ」と呟かれたが、ハグマイヤーさんも薬物の混入を疑っていたので、すぐさま協力してくれた。
僕らが裸祭りに乗り込んだ当日、双子が口にした食事と酒。それに薬湯の茶葉と頭痛薬も。
もしも令嬢たちが思惑通りにことを運べていれば、悪事の証拠となり得るものは、さっさと処分されていただろう。ぎりぎり間に合ったのは、本当に運が良かった。
時間が経ったぶん匂いも変質しているけど、気温が低いから保存状態は悪くない。
「出でよ、嗅覚妖精!」
そんな妖精がいるのか知らないが。
気合いを入れるために言ってみた。
そうして嗅覚に集中すべく、狭く薄暗い一室にこもり、一心不乱にクンクンクンクンする僕。白銅くんには見られたくない光景だ。
しかし可愛い子猫は今、コーネルくんの頭に乗って、薬舗の倉庫へお使いに行ってくれているから大丈夫。
そんなわけで納得いくまでクンクンし、凝視し、探り、「なるほど」と顔を上げたところで、タイミングよくココココココンッ! と扉がノックされた。
このリズミカルな音は彼だなと思ったら、案の定、「ズバーン!」と浬祥さんが入ってきた。
「ぼく登場! 調子はどうだい、アーネストくん!」
「はい。判明したことが」
言いかけたところへ、コーネルくんも戻って来た。
「お邪魔します。あの、こちらでよろしいでしょうか」
「わあ、どうもありがとう!」
礼を言って、彼の頭の上で眠ってしまっている子猫を受け取ると、「あの、そっちじゃなくて」と手にした薬草の束を差し出して来た。
もちろん、それも受け取るよ。
倉庫に保管していた薬草を採って来てと、お願いしていたんだ。
子猫を上着の懐に入れてから、改めて浬祥さんに説明した。
「口直しの薬湯に、香り付けのダム草のほか、イパネ草とロウセンツヅラ草などが入っています」
「ロウセンツヅラ……ですか?」
怪訝そうな表情のコーネルくんに、「うん」と首肯した。
彼は……疑問は感じているようだが、動揺の色は見えない。
「ロウセンツヅラは、嘔吐や発熱や関節痛などを引き起こすのですよね?」
「そう。だから要注意の薬草です」
浬祥さんに向けて言うと、
「双子を害そうとしたということかい?」
「えーと……」
もう一度、コーネルくんを見る。
――彼は知らないのだろうか。
「双子の体格と体力を考えれば、重篤な症状を引き起こす量とは思えません。でも、たとえば……毒に躰を慣らしている双子の抵抗力を下げるため、ロウセンツヅラを使って少々躰に負担をかけ、レイオウとコチネクトの催淫効果が充分に発揮されるよう仕向けた……と、いうことも考えられます」
「双子の頭痛も、その薬湯のせい?」
「無いとは言い切れません。ただ、レイオウとコチネクトの副作用のほうが強いかと。香辛料で紛れさせていますが、肉料理のソースから強く匂いますし、催淫薬は食事に混ぜられていたかもですね。
双子の治療のためにも、元の薬の処方内容を知ることができれば一番良いのですが……ロウセンツヅラ入りの薬湯に限って言えば、似た処方をよく知っていますけど」
「ほう。よく知られた処方なのかい?」
「いえ。元は僕の処方だからです」
「んん? きみの処方?」
「はい。皓月殿下方が、僕が孤児院などに寄付した薬湯の茶葉を、ロウセンツヅラ入りの茶葉とすり替えたことがありました。
あのとき、孤児たちに熱を出させるため使われた処方と、この薬湯の茶葉の内容はよく似ています」
「なるほど。皓月くんと、ドーソンと、御形が手を組んだ、あの冤罪騒ぎのアレだね」
僕だけでなく、浬祥さんの視線もコーネルくんに向けられた。
彼はぽかんと口をあけて僕たちを見つめ返していたけれど、そのひらいた口が、『まさか』と動いた。
「ま、まさか……まさか、今回も師匠が関わっていると、そう仰りたいのですか……?」
重い沈黙が降りて。
僕の懐から、眠る子猫の鼻息が、スピースピーと鳴っているのが聞こえてきた。
着替えを持って迎えに来た侍女たちが、ズタ袋の貫頭衣姿の自分の主人を見た途端、盛大に吹き出したことに激怒しつつ。
王子たちの命を危うくする媚薬を盛って、強引に既成事実をつくろうとしたのだから、その罪の責任を問われることを恐れる気持ちはわかるが……。
あまりに自分勝手なその態度を見て、僕はもう、彼女たちに対して抱いていた罪の意識を、綺麗さっぱり捨て去ることにした。
彼女たちが夢見ていたであろう『王子様との結婚』を邪魔してしまったのだから、恨まれても罵られても仕方ないと思っていた。
でも、よく知りもしない薬を、自分たちに都合が良いからという理由だけで使って、しかも意識朦朧とした相手に性交を強いるなんて許せない。
浬祥さんによると、
「獣人はやっぱり、多かれ少なかれ獣の性質が混じっていてねえ。動物の世界は雌が番となる雄を選ぶ種も多いだろう? そのためか、『優れた女性から選ばれるなら、男性も光栄に思うだろう』という、おかしな思い込みがまかり通っているのだよ。
もちろん、アーネストくんと同じ感覚を持ち、『これだから獣人は野蛮と言われるんだ』と眉をひそめる獣人もいる。ぼくもそのひとりだ。けど、生まれ持った性質と育った環境により培われた価値観を覆すのは、容易なことではないのさ」
……とのこと。
だったら。
令嬢たちが『獣人の理屈』で無罪を主張するならば、僕は僕の価値感で、彼女たちに罪を認めさせてみせる。
強姦も、薬草の悪用も。
許せん。許せん。ぜったい許さん……!
しかし、今は冷静にならなければ。
僕はハグマイヤーさんに、
「呪われし裸祭りで双子殿下に捧げられていたものを、できる限り回収したいのですが」
とお願いしていた。
真剣にお願いしたのに、真顔で「なんじゃそりゃ」と呟かれたが、ハグマイヤーさんも薬物の混入を疑っていたので、すぐさま協力してくれた。
僕らが裸祭りに乗り込んだ当日、双子が口にした食事と酒。それに薬湯の茶葉と頭痛薬も。
もしも令嬢たちが思惑通りにことを運べていれば、悪事の証拠となり得るものは、さっさと処分されていただろう。ぎりぎり間に合ったのは、本当に運が良かった。
時間が経ったぶん匂いも変質しているけど、気温が低いから保存状態は悪くない。
「出でよ、嗅覚妖精!」
そんな妖精がいるのか知らないが。
気合いを入れるために言ってみた。
そうして嗅覚に集中すべく、狭く薄暗い一室にこもり、一心不乱にクンクンクンクンする僕。白銅くんには見られたくない光景だ。
しかし可愛い子猫は今、コーネルくんの頭に乗って、薬舗の倉庫へお使いに行ってくれているから大丈夫。
そんなわけで納得いくまでクンクンし、凝視し、探り、「なるほど」と顔を上げたところで、タイミングよくココココココンッ! と扉がノックされた。
このリズミカルな音は彼だなと思ったら、案の定、「ズバーン!」と浬祥さんが入ってきた。
「ぼく登場! 調子はどうだい、アーネストくん!」
「はい。判明したことが」
言いかけたところへ、コーネルくんも戻って来た。
「お邪魔します。あの、こちらでよろしいでしょうか」
「わあ、どうもありがとう!」
礼を言って、彼の頭の上で眠ってしまっている子猫を受け取ると、「あの、そっちじゃなくて」と手にした薬草の束を差し出して来た。
もちろん、それも受け取るよ。
倉庫に保管していた薬草を採って来てと、お願いしていたんだ。
子猫を上着の懐に入れてから、改めて浬祥さんに説明した。
「口直しの薬湯に、香り付けのダム草のほか、イパネ草とロウセンツヅラ草などが入っています」
「ロウセンツヅラ……ですか?」
怪訝そうな表情のコーネルくんに、「うん」と首肯した。
彼は……疑問は感じているようだが、動揺の色は見えない。
「ロウセンツヅラは、嘔吐や発熱や関節痛などを引き起こすのですよね?」
「そう。だから要注意の薬草です」
浬祥さんに向けて言うと、
「双子を害そうとしたということかい?」
「えーと……」
もう一度、コーネルくんを見る。
――彼は知らないのだろうか。
「双子の体格と体力を考えれば、重篤な症状を引き起こす量とは思えません。でも、たとえば……毒に躰を慣らしている双子の抵抗力を下げるため、ロウセンツヅラを使って少々躰に負担をかけ、レイオウとコチネクトの催淫効果が充分に発揮されるよう仕向けた……と、いうことも考えられます」
「双子の頭痛も、その薬湯のせい?」
「無いとは言い切れません。ただ、レイオウとコチネクトの副作用のほうが強いかと。香辛料で紛れさせていますが、肉料理のソースから強く匂いますし、催淫薬は食事に混ぜられていたかもですね。
双子の治療のためにも、元の薬の処方内容を知ることができれば一番良いのですが……ロウセンツヅラ入りの薬湯に限って言えば、似た処方をよく知っていますけど」
「ほう。よく知られた処方なのかい?」
「いえ。元は僕の処方だからです」
「んん? きみの処方?」
「はい。皓月殿下方が、僕が孤児院などに寄付した薬湯の茶葉を、ロウセンツヅラ入りの茶葉とすり替えたことがありました。
あのとき、孤児たちに熱を出させるため使われた処方と、この薬湯の茶葉の内容はよく似ています」
「なるほど。皓月くんと、ドーソンと、御形が手を組んだ、あの冤罪騒ぎのアレだね」
僕だけでなく、浬祥さんの視線もコーネルくんに向けられた。
彼はぽかんと口をあけて僕たちを見つめ返していたけれど、そのひらいた口が、『まさか』と動いた。
「ま、まさか……まさか、今回も師匠が関わっていると、そう仰りたいのですか……?」
重い沈黙が降りて。
僕の懐から、眠る子猫の鼻息が、スピースピーと鳴っているのが聞こえてきた。
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