召し使い様の分際で

月齢

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第12章 マルム茸とは

そういえば

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 めでたく弓庭後ユバシリ御一行に一千億三千万キューズの支払いを確約させて、謝罪の履行も盛り込んだ正式な書類を、王様立ち会いのもと作成してもらい。
 その日のうちに僕は、両替商番頭の輪塗リンズさんに、受け取りと支払いの代行を依頼した。

 つまり得たお金のうち千億キューズは、そのまま醍牙国への賠償金として納める。残り三千万は、僕を陥れる策略の巻き添えになった孤児院などの各施設へ、お詫びとして寄付を。
 ……一千億と三千万って、机に積み上げたらどんな感じなのか、ちょっと見てみたかったけど……。

 しかしこれで、五千億の賠償金が、一気に千億も減って!
 なんと、残りたったの四千億キューズ!
 すごいすごい! あと四千億!
 たった……四千億……。

 ……パタリ。


⁂ ⁂ ⁂


 スピー……スピー……

 ちっちゃな寝息が耳元で聞こえる。

「まーた白銅がいる。コイツいつのまに入り込んでるんだ? ちっこくなったことを有効活用してるな」
「そのままにしとけ。俺たちがいないときにアーネストが起きても、白銅がいれば寂しくないだろう」

 双子の低い話し声が聞こえていても、目が開かない。
 全身が鉛のように重くて、ずぶずぶと寝台に沈み込んでいくようで、高熱も出たし節々も痛むし頭痛もするし、ほんともう、しんどいとしか言いようがない。

 ――そう。
 弓庭後家の皆さんとの賠償金交渉に全力を尽くした僕は、その夜、例によって倒れてしまい。例によって寝込んで、今日で三日目。
 どうしていちいち倒れるかなあ……。

 子猫になった白銅くんには、従僕のお勤めは休んで良いと言ってある。
 でも心配して何度もお見舞いに来てくれて、ふと気づくと枕元で寝ている。子猫だけあって、眠くなりやすいみたい。

 子猫な白銅くんは最初は枕の横で僕を見ていたけど、そのうち枕に乗ってくるようになり、冷たい鼻息がかかるほど至近距離で『ピャア……アーネスト様ぁ……』と悲しそうに鳴く。
 心配してくれているのに申しわけないけど……可愛すぎて、心の中で笑い転げた。

 夜は金と銀のモフ虎が添い寝をしてくれて。
 念願のモフり放題なのに、ぐったりしている僕はモフモフに顔を埋める気力も無い。
 双子はよく、寝台で僕を挟んだまま、お互いを蹴り落そうとすることがあるんだけど、さすがに寝込んでいる者のそばでは静かに会話していた。

「――で、こいつがあと三日のうちに治らなかったら、クソ女どもの棲家をぶっ壊しに行こうと思ってんだ」
「あと二日でいいんじゃないか」
「いや、やっぱあと一日で」
「ご自慢の湖の畔のデカい城だ。瓦礫と一緒にクソ共を湖に放り込んでやろう」
「いいじゃん。どっちが遠くまでぶん投げられるか勝負しようぜ」

 ……静かにとんでもないことを話していた。
 夢うつつでもそんな話を聞かされたら、(至急、治らねば)と焦るではないか。

 しかしそうして己を追い込んだ効果か、その翌日にはだいぶ熱も下がって、翌々日にはほぼ回復した。僕的には感動的な早さだ!
 それでも、

「油断せずまだ寝てろ」

 双子から念入りに言い渡されたし、病み上がりに無理は禁物と経験上わかっているので、今日と明日くらいは自室でおとなしく白銅くんと過ごすことにした。
 弓庭後邸討ち入りも阻止できたようだしね。お城を壊すなんて、そんなもったいない。


 窓の外には粉雪が舞い、見ているだけでキンと冷えた空気を感じる。
 けれど部屋の中は暖炉の炎が赤々と燃え、敷き詰められたふかふかの絨毯の断熱効果も抜群で、ほわっと脱力するほど暖かく心地良い。

 暖炉の前に置かれた揺り椅子に座り、ひざ掛けの上に灰色子猫の白銅くんを乗せて、薪が燃える音を聞きながらまどろんでいると。
 急にあることを思い出して、「あっ」と声が漏れた。
 お腹を見せて寝ていた子猫が顔を上げる。

『ニャ? どうかしましたか? アーネスト様』
「いや、ちょっと以前見た夢のことを思い出して……。あれ? そういえば、あのとき」
『あのとき?』
「僕が審問会のあと倒れたこと、おぼえてる? ほら、薬湯勝負に出遅れたとき」
『もちろん、おぼえてますよう! あのときも心配しましニャ……しました』

 可愛いから『心配しましニャ』のままでいいのに。

「いつも心配かけてごめんね。それであのとき、僕の胸の上にマルム茸を置いたのは、白銅くん?」
『マルム? 胸の上に? いえ、そんなことしていませんよ?』
「だよねえ……」

 僕は白銅くんを抱っこして立ち上がった。

「あのとき上半身を起こしたら、マルムがコロンと胸から転がり落ちたんだ。でもそのまま忘れてた。あのマルム、その後どうしたんだったかな」

 寸前まで、とても懐かしい夢を見ていた。
 幼い頃の、母との想い出の。
 そのあとマルムに気づいて、でも薬湯勝負のあれこれに気を取られて、すっかり失念していた。

 僕は白銅くんを寝台におろすと、寝台の下や周辺を探してみた。が、どこにも見当たらない。

「寝台に残っていれば、とっくに気づいていたはずだよねぇ」
『そうですねぇ』
 
 白銅くんも寝台をトテトテ歩いて探してくれたが、『ありません』と小首をかしげた。ふふっ、可愛い。
 子猫のフォルムって、キノコっぽくもあるなあ、そういえば。
 細い胴体の上に丸い頭が乗っていて。
 そう。ちょうどいま白銅くんのうしろに置かれている、桃色のマルム茸のよう……に?

「って、えええっ!? マル、桃ーっ!?」

 マルムがあったことと、オレンジのはずの傘が桃色であることに驚いたあまり、大声を上げてしまい、驚いた子猫がぴょんと跳びはねた。
 その振動でマルムがコロンと倒れて、子猫の隣に転がる。
 子猫のオレンジの瞳もマルムを捉え、しばしの間を置いて、可愛い声が上がった。

『ニャーッ! マル、桃ーっ!』
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