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第11章 守銭奴アーネスト
確定!
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「き、さ、まぁ……!」
弓庭後侯の血走った目が、僕を睨みつけている。
王妃も憤怒の眼差しを向けてきたけれど、思い出したように、あのちょび髭弁護役のほうへ向き直った。
「弁護役! 早く何とかしなさい! あんな法外な金額に応じる必要は無いはずでしょう!?」
「……それは……通常であれば、そうなのですが」
ちょび髭氏の位置からは、王妃の隣で笑顔の圧を放っている王様もよーく見えているだろう。先ほどとは打って変わって歯切れの悪い弁護役に、王妃の額の青筋がビキビキと動いた。
「何という役立たずなの! おぼえてらっしゃい!」
吠えるように怒鳴りつけ、ギロリと僕へ視線を戻す。
「……いいでしょう! 賠償金にも慰謝料にも応じます! ただし前例を元にした適正な金額内での話よ。千億なんて、そんな馬鹿な話は無いわ!」
僕はじっと王妃を見つめた。
「馬鹿な話でしょうか」
「当然でしょう!」
「では僕は、正式に訴えますよ」
「……なんですって?」
「訴えると言っているのです。本来、そうすべきことですから」
王妃の顔が、噴火しそうなほど真っ赤になった。
「正気なの!? 王族を裁判にかけるなんて、そんなことをしたら王家の権威は失墜するわ! あなたは王子たちの妻に望まれている身でありながら、陛下への大恩を仇で返すというの!? 寒月と青月だって、これまでのようには尊敬されなくなるわよ!」
「そんなわけないでしょう」
「……え?」
「ご自分たちの恥ずべき行為を、ほかの王族の方々になすりつけないでください。僕はきちんと、事実のままに訴えます。
すべての悪行は皓月殿下、弓庭後侯爵、王妃陛下の主導のもと行われ、そこに加担した者たちと共に実行された。しかし陛下と双子殿下と歓宜殿下は、身内だからと妃陛下たちの肩を持つことなく、危機に陥った僕を全力で守ってくださったと」
「な……っ!」
わなわなと震え出した王妃の横で、弓庭後侯が「妖魔め」と吐き捨てた。
「そのよく回る頭を駆使して、我が弓庭後家の金を奪い取りたいわけだな! さすがエルバータの元皇族、目的のためなら手段を選ばず、恥も外聞も無い!」
「陛下! 本気でこのようなずる賢い人間を庇うおつもりですか!? いずれこの者は、王家の財産も根こそぎ奪おうとするでしょう!」
兄妹そろっての罵倒に双子が怒りを爆発させる前に、僕はまた「あ……」とよろめいた。
それで察してくれたらしき双子は、すぐさま気持ちを切り替え、またも「「アーネスト!」」とノリよく叫んで支えてくれた。この二人、どう倒れても必ず受け止めてくれるから頼もしい。……好き。
僕はひっそりときめいた胸を押さえた。
「妃陛下も侯爵も、あまりに酷い物言いです……胸が痛くてたまりません……」
「「アーネストーッ!」」
「アーちゃあぁぁん!」
弓庭後家の三人とも、『ツッコミたい気持ちでいっぱいです』という顔をしているが、王様が『傷心の僕』を認めているのに下手なことは言えまい。
「可哀想にアーちゃん……か弱い妖精さんの血筋をこんなにいじめるなんて。ひどいよ、弓庭ちゃんに泉果ちゃん!」
「父上! そいつむしろ、けっこう逞し……」
「皓月までぇぇ! ひどいよおぉぉ!」
皓月王子の言葉をぶった切った王様は、筋肉隆々の躰で身悶えながら嘆いた。
いいなあ、寒月と青月は。こんな楽しい人がお父さんで。
「ごめんねアーちゃん。酷い目にばかり遭わせて」
「いいのです、陛下……やっぱり侯爵と妃陛下に要求する慰謝料は二千万キューズにさせていただきますので、それだけで僕は……」
「「「はあああ!?」」」
息ぴったりの驚愕の声が上がった。
「きさま、何を言っている! 一千万でも許し難いというのに」
「どさくさ紛れに図々しい! 頭おかしいんじゃないの!?」
「母上の言う通りだ! おまえ頭おかしい!」
僕は息も絶え絶えという風情で陛下を見上げた。
「陛下……また新たに傷つきました、三千万キューズで……」
「おっけー!」
「「「えええぇ!?」」」
口をぱくぱくさせている三人を、僕はまっすぐ見据えた。
「仰る通り、陛下や双子殿下の多大なる恩情に感謝が尽きないからこそ、皓月殿下を最初から訴えることはしなかったのです。ですが裁判が決まれば、僕は弓庭後家門の皆様のみに国民の批難の目が向くように話します。そのくらいはできますよ。
それからもうひとつ。双子殿下が、僕の処方を皓月殿下に売った人物を特定したそうです」
王妃たちがギクリと目を剥いた。
寒月が「アーネストの薬舗の従業員だったぞ」と補足する。
「瀬頭という男だ。優しく尋ねたら素直に白状してくれた。瀬頭やドーソンや御形たちに、裏切りを促した奴をな。そいつは連絡役でしかなかったが、その雇い主を調べていくと――」
捕食者の笑みを浮かべて、翠玉の瞳が王妃たちを射た。
「皓月のクソ馬鹿に、悪巧みする頭脳はねえ。ただの駒だ。馬鹿はさぞ扱いやすかっただろうな。なあ、クソ女にクソ髭」
すると皓月王子が、「瀬頭?」と眉根を寄せた。
「そいつなら行方不明のはずだぞ、話を聞けるはずがない!」
「皓月!」
すごい剣幕で息子に怒鳴った王妃に、青月が軽蔑しきった目を向ける。
「隠す必要は無い。もう全部露呈して、瀬頭は某所で保護している。きさまらが暴漢にアーネストを襲わせようとしたことの、大事な証人だからな」
その言葉に、固唾を呑んで見守っていた大臣たちが、「襲わせようとした!?」とざわついた。
「そんなことまでしていたのか」
「……ひどいな」
皆が王妃たちを見る目が、遠慮なく冷たくなっていく。
蒼白になり、それでもなお何か反論しかけた王妃より先に、僕が問いかけた。
「いかがです?」
「……何がよ」
「法廷で争うとなれば、今この場で向けられている白眼視など比ではない、国中の注目と非難を浴びます。
そこですべての行状が暴露されたとき、民はこの国の正妃として、あなたを認めるでしょうか。そればかりか弓庭後家が握る利権にも、疑問の目を向ける者が出てくるでしょうね」
「――払おう」
弓庭後侯が固い声で言った。
「お兄様!?」
「伯父上!」
王妃と皓月王子があわてて止めたが、弓庭後侯の中で、損得勘定の結果が確定したらしい。
「一千億と三千万キューズだ」
「お兄様……!」
振り返り、キッと睨みつけてきた王妃に、僕は笑顔で応えた。
「最初に申し上げましたよね」
「何をよ!」
「『その金額を選ぶのはあなた達ですよ』」
弓庭後侯の血走った目が、僕を睨みつけている。
王妃も憤怒の眼差しを向けてきたけれど、思い出したように、あのちょび髭弁護役のほうへ向き直った。
「弁護役! 早く何とかしなさい! あんな法外な金額に応じる必要は無いはずでしょう!?」
「……それは……通常であれば、そうなのですが」
ちょび髭氏の位置からは、王妃の隣で笑顔の圧を放っている王様もよーく見えているだろう。先ほどとは打って変わって歯切れの悪い弁護役に、王妃の額の青筋がビキビキと動いた。
「何という役立たずなの! おぼえてらっしゃい!」
吠えるように怒鳴りつけ、ギロリと僕へ視線を戻す。
「……いいでしょう! 賠償金にも慰謝料にも応じます! ただし前例を元にした適正な金額内での話よ。千億なんて、そんな馬鹿な話は無いわ!」
僕はじっと王妃を見つめた。
「馬鹿な話でしょうか」
「当然でしょう!」
「では僕は、正式に訴えますよ」
「……なんですって?」
「訴えると言っているのです。本来、そうすべきことですから」
王妃の顔が、噴火しそうなほど真っ赤になった。
「正気なの!? 王族を裁判にかけるなんて、そんなことをしたら王家の権威は失墜するわ! あなたは王子たちの妻に望まれている身でありながら、陛下への大恩を仇で返すというの!? 寒月と青月だって、これまでのようには尊敬されなくなるわよ!」
「そんなわけないでしょう」
「……え?」
「ご自分たちの恥ずべき行為を、ほかの王族の方々になすりつけないでください。僕はきちんと、事実のままに訴えます。
すべての悪行は皓月殿下、弓庭後侯爵、王妃陛下の主導のもと行われ、そこに加担した者たちと共に実行された。しかし陛下と双子殿下と歓宜殿下は、身内だからと妃陛下たちの肩を持つことなく、危機に陥った僕を全力で守ってくださったと」
「な……っ!」
わなわなと震え出した王妃の横で、弓庭後侯が「妖魔め」と吐き捨てた。
「そのよく回る頭を駆使して、我が弓庭後家の金を奪い取りたいわけだな! さすがエルバータの元皇族、目的のためなら手段を選ばず、恥も外聞も無い!」
「陛下! 本気でこのようなずる賢い人間を庇うおつもりですか!? いずれこの者は、王家の財産も根こそぎ奪おうとするでしょう!」
兄妹そろっての罵倒に双子が怒りを爆発させる前に、僕はまた「あ……」とよろめいた。
それで察してくれたらしき双子は、すぐさま気持ちを切り替え、またも「「アーネスト!」」とノリよく叫んで支えてくれた。この二人、どう倒れても必ず受け止めてくれるから頼もしい。……好き。
僕はひっそりときめいた胸を押さえた。
「妃陛下も侯爵も、あまりに酷い物言いです……胸が痛くてたまりません……」
「「アーネストーッ!」」
「アーちゃあぁぁん!」
弓庭後家の三人とも、『ツッコミたい気持ちでいっぱいです』という顔をしているが、王様が『傷心の僕』を認めているのに下手なことは言えまい。
「可哀想にアーちゃん……か弱い妖精さんの血筋をこんなにいじめるなんて。ひどいよ、弓庭ちゃんに泉果ちゃん!」
「父上! そいつむしろ、けっこう逞し……」
「皓月までぇぇ! ひどいよおぉぉ!」
皓月王子の言葉をぶった切った王様は、筋肉隆々の躰で身悶えながら嘆いた。
いいなあ、寒月と青月は。こんな楽しい人がお父さんで。
「ごめんねアーちゃん。酷い目にばかり遭わせて」
「いいのです、陛下……やっぱり侯爵と妃陛下に要求する慰謝料は二千万キューズにさせていただきますので、それだけで僕は……」
「「「はあああ!?」」」
息ぴったりの驚愕の声が上がった。
「きさま、何を言っている! 一千万でも許し難いというのに」
「どさくさ紛れに図々しい! 頭おかしいんじゃないの!?」
「母上の言う通りだ! おまえ頭おかしい!」
僕は息も絶え絶えという風情で陛下を見上げた。
「陛下……また新たに傷つきました、三千万キューズで……」
「おっけー!」
「「「えええぇ!?」」」
口をぱくぱくさせている三人を、僕はまっすぐ見据えた。
「仰る通り、陛下や双子殿下の多大なる恩情に感謝が尽きないからこそ、皓月殿下を最初から訴えることはしなかったのです。ですが裁判が決まれば、僕は弓庭後家門の皆様のみに国民の批難の目が向くように話します。そのくらいはできますよ。
それからもうひとつ。双子殿下が、僕の処方を皓月殿下に売った人物を特定したそうです」
王妃たちがギクリと目を剥いた。
寒月が「アーネストの薬舗の従業員だったぞ」と補足する。
「瀬頭という男だ。優しく尋ねたら素直に白状してくれた。瀬頭やドーソンや御形たちに、裏切りを促した奴をな。そいつは連絡役でしかなかったが、その雇い主を調べていくと――」
捕食者の笑みを浮かべて、翠玉の瞳が王妃たちを射た。
「皓月のクソ馬鹿に、悪巧みする頭脳はねえ。ただの駒だ。馬鹿はさぞ扱いやすかっただろうな。なあ、クソ女にクソ髭」
すると皓月王子が、「瀬頭?」と眉根を寄せた。
「そいつなら行方不明のはずだぞ、話を聞けるはずがない!」
「皓月!」
すごい剣幕で息子に怒鳴った王妃に、青月が軽蔑しきった目を向ける。
「隠す必要は無い。もう全部露呈して、瀬頭は某所で保護している。きさまらが暴漢にアーネストを襲わせようとしたことの、大事な証人だからな」
その言葉に、固唾を呑んで見守っていた大臣たちが、「襲わせようとした!?」とざわついた。
「そんなことまでしていたのか」
「……ひどいな」
皆が王妃たちを見る目が、遠慮なく冷たくなっていく。
蒼白になり、それでもなお何か反論しかけた王妃より先に、僕が問いかけた。
「いかがです?」
「……何がよ」
「法廷で争うとなれば、今この場で向けられている白眼視など比ではない、国中の注目と非難を浴びます。
そこですべての行状が暴露されたとき、民はこの国の正妃として、あなたを認めるでしょうか。そればかりか弓庭後家が握る利権にも、疑問の目を向ける者が出てくるでしょうね」
「――払おう」
弓庭後侯が固い声で言った。
「お兄様!?」
「伯父上!」
王妃と皓月王子があわてて止めたが、弓庭後侯の中で、損得勘定の結果が確定したらしい。
「一千億と三千万キューズだ」
「お兄様……!」
振り返り、キッと睨みつけてきた王妃に、僕は笑顔で応えた。
「最初に申し上げましたよね」
「何をよ!」
「『その金額を選ぶのはあなた達ですよ』」
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