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第9章 薬湯勝負
これ……
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敵状視察とばかり、異母弟の様子を見に行っていた双子は、腑に落ちないという表情で戻ってきた。
僕が元気に目ざめたと知って喜んではくれたものの、皓月王子の話になると、また難しい顔になった。
「大急ぎで患者さんを集めるの、大変だったね」
疲労回復効果の薬湯を淹れながら話しかけると、「いや、それは問題ない」と寒月が苦笑した。
「城の使用人や兵士たちにも、関節痛持ちは大勢いるからな。薬湯勝負の噂を聞きつけて、お前の薬湯ならぜひ飲ませてほしいと、向こうから申し出てくれたくらいだ」
「わあ。それはありがたいねえ」
「だから、抽選であの馬鹿の薬湯を飲むほうに回された者たちは、露骨にがっかりしてたんだ。……馬鹿の薬湯を飲むまでは」
皓月王子の薬湯を飲んだ人々は、ひとくち口にした途端、目を輝かせて、
「すごく美味しい」
「普通にお茶として、毎日飲みたくなります」
「躰がぽかぽかしてきた」
などなど、まずは味と温まり効果がとても好評だったらしい。
関節痛を和らげる効果はすぐに出るものではないので、個人差はあるが、少なくとも一週間は様子見となるだろう。
勝負期間は三週間と区切られているから、なるべく長く服用してもらうほうが有利なわけで。
それでなくとも今回のような鎮痛系の薬湯は、健康茶と違って、ひとりひとりの体型や年齢などに合わせて調整しなければいけないぶん、時間のかかる作業だ。
なのに僕は出だしから寝込んで、貴重な一日を無駄にしてしまった。やれやれ。
「意外にもまともな薬湯……いや、ものすごく良質な薬湯だったようだ」
青月が怪訝そうな面持ちで、会場から持ってきた皓月王子処方の薬湯茶葉を手渡してくれた。
礼を言って受け取りながら、ちょっと笑ってしまった。
「良質な薬湯だったなら問題ないじゃないか。むしろ喜ばしいのに。どうしてそんなに不機嫌そうなの?」
「あの馬鹿に薬湯を処方できるはずがない!」
「昨日もあいつは、茶を淹れるための湯を飲んで、『味しない! 茶葉をケチるな!』と怒鳴り散らしていたんだぞ?」
え、何それ。皓月王子おもしろい。
思わず声を出して笑ったら、「「笑ってる場合か!」」と声をそろえて言われた。隣で白銅くんがビクッと驚いている。
「まかり間違ってあの馬鹿が勝ちでもしたら、お前はありもしない盗作の汚名を着せられるんだぞ!」
寒月の言葉に青月もうなずき、
「賠償金をぶんどるどころか、逆に罰金をふんだくられるかも」
その言葉に、僕はカッと眦を吊り上げた。
「そんなことにはさせない! 守銭奴の名に懸けて!」
また白銅くんがギョッとして肩をすくめている。
ごめんよ、大人の醜い争いを見せてしまって……。
僕はこほんと咳払いをして、
「相手が何を出そうが、僕は僕にできる最上の薬湯を提供するだけだもの。やれることは変わらないのだし、焦っても仕方ないよ」
白銅くんを怖がらせないよう、努めて冷静に言うと、双子は困ったように顔を見合わせた。
心配してくれて、ありがとね。
でも僕は自信があるんだ。ダースティンのみんなにも、いつもとても喜んでもらえた薬湯だから。
それにしても皓月王子は、本当にお湯とお茶の区別がつかなかったのだろうか。
それが事実なら、癖の強い味の多い薬草を、多くの人に美味しく飲んでもらう調合なんて……双子の言う通り、難しそうだけれど。
僕も、今回出そうと思っている薬湯の風味は、長いこと改善を重ねて、ようやく満足いくものになった。美味しくないと続けて飲んでもらえないからね。
とにかくまずは、皓月王子の薬湯をいただいてみようかな。
僕は青月が持ってきてくれた茶葉の袋を開封した。
「……ん?」
ふわりと立ちのぼった香り。
涼やかな花のような、清らかなこの香りは。
「んん?」
「「どうしたアーネスト」」
「アーネスト様?」
双子と白銅くんが訝しむような視線を向けてきたが、僕は手早く机に紙を敷き、その上に茶葉を広げた。
――んんん?
「青月。これは確かに、皓月王子が出したもの?」
「ああ、そうだ。間違いない。会場で出されたものを持ってきた」
「どうしたんだ、アーネスト」
僕はもう一度じっくり茶葉を調べた。
間違いない。
「これ、僕のだ」
「「「え?」」」
「僕が出そうと思っていた薬湯と、内容が同じだよ……たぶん」
「「なんだって!?」」
もちろん細かな配合までは、見ただけではわからないけど。
使用している薬草はもちろん、その比率もほぼ同じくらいに思える。
ウォルドグレイブ家に伝わる処方で、かなり扱いの難しい薬草の炒り時間を変えたものを三種加えているのだけど、茶葉の状態を見る限り、そうした特殊な下準備までそっくり同じに見える。
「ど、どういうことでしょう」
おろおろしている白銅くんとは対照的に、双子の目が据わった。
「処方をパクられたんじゃねえのか」
地を這うような寒月の声に、白銅くんがすくみ上がった。
僕が元気に目ざめたと知って喜んではくれたものの、皓月王子の話になると、また難しい顔になった。
「大急ぎで患者さんを集めるの、大変だったね」
疲労回復効果の薬湯を淹れながら話しかけると、「いや、それは問題ない」と寒月が苦笑した。
「城の使用人や兵士たちにも、関節痛持ちは大勢いるからな。薬湯勝負の噂を聞きつけて、お前の薬湯ならぜひ飲ませてほしいと、向こうから申し出てくれたくらいだ」
「わあ。それはありがたいねえ」
「だから、抽選であの馬鹿の薬湯を飲むほうに回された者たちは、露骨にがっかりしてたんだ。……馬鹿の薬湯を飲むまでは」
皓月王子の薬湯を飲んだ人々は、ひとくち口にした途端、目を輝かせて、
「すごく美味しい」
「普通にお茶として、毎日飲みたくなります」
「躰がぽかぽかしてきた」
などなど、まずは味と温まり効果がとても好評だったらしい。
関節痛を和らげる効果はすぐに出るものではないので、個人差はあるが、少なくとも一週間は様子見となるだろう。
勝負期間は三週間と区切られているから、なるべく長く服用してもらうほうが有利なわけで。
それでなくとも今回のような鎮痛系の薬湯は、健康茶と違って、ひとりひとりの体型や年齢などに合わせて調整しなければいけないぶん、時間のかかる作業だ。
なのに僕は出だしから寝込んで、貴重な一日を無駄にしてしまった。やれやれ。
「意外にもまともな薬湯……いや、ものすごく良質な薬湯だったようだ」
青月が怪訝そうな面持ちで、会場から持ってきた皓月王子処方の薬湯茶葉を手渡してくれた。
礼を言って受け取りながら、ちょっと笑ってしまった。
「良質な薬湯だったなら問題ないじゃないか。むしろ喜ばしいのに。どうしてそんなに不機嫌そうなの?」
「あの馬鹿に薬湯を処方できるはずがない!」
「昨日もあいつは、茶を淹れるための湯を飲んで、『味しない! 茶葉をケチるな!』と怒鳴り散らしていたんだぞ?」
え、何それ。皓月王子おもしろい。
思わず声を出して笑ったら、「「笑ってる場合か!」」と声をそろえて言われた。隣で白銅くんがビクッと驚いている。
「まかり間違ってあの馬鹿が勝ちでもしたら、お前はありもしない盗作の汚名を着せられるんだぞ!」
寒月の言葉に青月もうなずき、
「賠償金をぶんどるどころか、逆に罰金をふんだくられるかも」
その言葉に、僕はカッと眦を吊り上げた。
「そんなことにはさせない! 守銭奴の名に懸けて!」
また白銅くんがギョッとして肩をすくめている。
ごめんよ、大人の醜い争いを見せてしまって……。
僕はこほんと咳払いをして、
「相手が何を出そうが、僕は僕にできる最上の薬湯を提供するだけだもの。やれることは変わらないのだし、焦っても仕方ないよ」
白銅くんを怖がらせないよう、努めて冷静に言うと、双子は困ったように顔を見合わせた。
心配してくれて、ありがとね。
でも僕は自信があるんだ。ダースティンのみんなにも、いつもとても喜んでもらえた薬湯だから。
それにしても皓月王子は、本当にお湯とお茶の区別がつかなかったのだろうか。
それが事実なら、癖の強い味の多い薬草を、多くの人に美味しく飲んでもらう調合なんて……双子の言う通り、難しそうだけれど。
僕も、今回出そうと思っている薬湯の風味は、長いこと改善を重ねて、ようやく満足いくものになった。美味しくないと続けて飲んでもらえないからね。
とにかくまずは、皓月王子の薬湯をいただいてみようかな。
僕は青月が持ってきてくれた茶葉の袋を開封した。
「……ん?」
ふわりと立ちのぼった香り。
涼やかな花のような、清らかなこの香りは。
「んん?」
「「どうしたアーネスト」」
「アーネスト様?」
双子と白銅くんが訝しむような視線を向けてきたが、僕は手早く机に紙を敷き、その上に茶葉を広げた。
――んんん?
「青月。これは確かに、皓月王子が出したもの?」
「ああ、そうだ。間違いない。会場で出されたものを持ってきた」
「どうしたんだ、アーネスト」
僕はもう一度じっくり茶葉を調べた。
間違いない。
「これ、僕のだ」
「「「え?」」」
「僕が出そうと思っていた薬湯と、内容が同じだよ……たぶん」
「「なんだって!?」」
もちろん細かな配合までは、見ただけではわからないけど。
使用している薬草はもちろん、その比率もほぼ同じくらいに思える。
ウォルドグレイブ家に伝わる処方で、かなり扱いの難しい薬草の炒り時間を変えたものを三種加えているのだけど、茶葉の状態を見る限り、そうした特殊な下準備までそっくり同じに見える。
「ど、どういうことでしょう」
おろおろしている白銅くんとは対照的に、双子の目が据わった。
「処方をパクられたんじゃねえのか」
地を這うような寒月の声に、白銅くんがすくみ上がった。
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