召し使い様の分際で

月齢

文字の大きさ
上 下
45 / 259
第9章 薬湯勝負

さっそく出遅れたアーネスト

しおりを挟む
 審問会が終わり。
 皓月王子から「性悪め! 何が妖精の血筋だ、この妖魔め!」と罵られながら会議室を辞した。

 はっはっはっ。
 何と言われようと意気軒昂。
 守銭奴と化した僕の胸には、「これで賠償金五千億キューズのうち一千億を返せるかも!」という夢と野望があふれているのだから。

 廊下に出たとたん空気が冷たくて、息が白くなったけど、すかさず双子が左右から温めてくれる。やっぱりまだ体調が回復しきっていないので、二人の体温がとてもありがたい。
 部屋まで一緒に歩きながら、寒月はずっと愉快そうに笑っていた。

「確かに、金儲けの話となるとアーネストは生き生きしてるよな」
「ぶんどる気満々という気迫がみごとだった」

 青月まで吹き出してるし。
 でももう、気持ちを薬湯勝負に切り替えないと。
 
「すぐに患者さんを手配して、明日のこの時間から服用してもらおうと言ってたよね」

 皓月王子側と双子とで、王様と似た症状の患者を五十名ほど集め、公正を保つためクジ引きで彼らを半数に分ける。そうして自分が担当する患者たちに薬湯を飲んでもらい、評価をもらう。
 ――という方法は良いとして。
 明日からすぐ始めるというので、そこは驚いた。

「手回しがよすぎることも、やけに急いでいることも、何もかも怪しい」

 青月が言うと、寒月も心配そうに眉根を寄せた。

「もう少し奴らの背後を調査してから、返事すりゃよかったんじゃね?」

「うん。でも薬舗の新商品で、ちょうどいいのがあるから。ほら、碧雲町で青月から『それは何の薬だ?』って訊かれた薬湯」

「ああ、古傷の痛みや関節痛に効くから、傷病兵の療養施設で提供したいと言ってたアレか」
「へえ。それは確かに、今回の勝負で出すのにちょうどよさげだな」

「そうなんだ。とても繊細な配合なんだけど、ダースティンでよく作っていたから不安は無い。ただ今回は醍牙産の原料のみで作ることにしたから、試用期間を長めにとったんだけど。でももう、」

 あ。

 ぐらりと視界が歪んだ。

「「アーネスト!?」」

 傾いた躰が、双子の太い腕に支えられる。
 いやあ、安心安心。二人がいると安心して倒れられるよ。
 ……とか考えている場合ではないな。
 躰に力が入らない。
 くんにゃりと萎れた雑草みたいに、二人の腕に引っかかってる。

 ……ああ、またか……。
 これ、さっき倒れたときと一緒だ。
 やはり原因はアレか。なるほどよくわかった。

「おいアーネスト!」
「医者だ。医務室に連れて行くぞ」

 本当に雑草程度の重さしかないように、軽々僕を抱き上げた寒月の腕の中で、僕はようやく声を絞り出した。

「……いい……寝てれば治るやつ、だから……」
「さっきもそんなこと言ってたじゃないか!」

 青月の怒ったような声。
 うぅ。ご心配ごもっともです。本当に申しわけない。

「原因、わかってる……から……」
「そうなのか!?」
「そうだとしてもっ」

 困惑しきった二人の声を聞きながら、僕の意識はストンと途切れた。


⁂ ⁂ ⁂


 夢を見ていた。
 これは夢だとわかっている夢。
 亡くなった母が、目の前にいるから。
 母の柔らかな手につながれた僕の手も、ずいぶんちっちゃい。

 二人で庭の花を見ている。
 そういえば、昔はよく母と花を見ていた。

 真っ白な芍薬に似た、大輪のその花は、たいへん珍しい花らしく。
 ジェームズは『ローズマリー様のお庭にしか咲きません』と言っていた。

『このお花、いつもは真っ白でしょう? でも妖精さんが宿ると、色が変わるのよ』 

 優しい声。胸が震えるほど懐かしい。
 もうすっかり思い出せなくなっていた声。

『なんのお色になゆの?』
『母様が見たときは、とっても可憐な薄桃色だったわ』
『妖精さん、桃がおしゅき?』
『ふふっ。そうかもしれないわね。でもね、薄桃色だったのは、きっと――……』


⁂ ⁂ ⁂


 目ざめると、見覚えのある私室の天井が、ぼんやりと見えた。

「ああっ! アーネスト様が起きたーっ!」

 泣き出しそうな声が聞こえたと思ったら、視界に白銅くんが飛び込んできた。

「白銅くん、帰ってたの……?」
「はい! ちゃんと王女殿下に普通マルムを届けてきました! でも戻ったら、アーネスト様が倒れたと聞いて……ううっ。心配しましたよう」
「ごめんね。でももう大丈夫だからね」

 そう言ったのは強がりでなく、本当に、頭もすっきり覚醒していた。
 覚醒しすぎて、早くも夢の内容が曖昧。
 なんだかとても、おぼえておきたい夢だったのに。

 えっと……花の色。そう、花の色。

 ダースティンに落ち着くまで、母は僕と共に国内を転々と移り住んでいた。でも借り家の庭であっても、母が世話する庭には、あの花が咲いていた。
 艶々とした緑の葉っぱに白い大輪の花が映えて、次々咲き誇ると、庭に小さな月を集めたみたいに明るく見えた。

 母亡きあとも、忘れた頃に咲くことはあったけれど。
 近年はさっぱり見かけなくなり、忘れていた。

「妖精が宿ると……」
「どうしましたか? アーネスト様。どこか痛みますか?」
「あ、ううん。大丈夫だよ。あれ? まだ日の入り前? もう少し長く眠っていたと思ったのに」

 日の傾きが、倒れる前に見たのと同じくらいだ。
 すると白銅くんが、気遣わしげに僕の手を握った。

「アーネスト様はほんとに長く眠っていらっしゃいましたよ。昨日お倒れになってから、丸一日眠りっぱなしだったんです」

 ……え?
 ほんとに?

「……あれまー」

 間の抜けた声が出た。
 道理で、白銅くんが涙目で心配していたわけだ。

「殿下方も代わるがわるいらしてましたが、アーネスト様の代わりに薬湯勝負の様子を見てくると行って、先刻お出かけに」

「あっ! そうだった!」

 がばっと起き上がると、胸の上からマルム茸が転がり落ちた。
 白銅くん……こんなところにマルム茸を置いて。お見舞いのつもりかな?
 いや、マルムのことは今はいい。

 双子が様子見に行ったということは、僕がいなくても勝負は始まっているということか。

「ほへー……初っ端から出遅れたなあ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

男ふたなりな嫁は二人の夫に愛されています

BL / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:138

貴方の駒になど真っ平御免です

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:4,040

人の心、クズ知らず。

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:264

異世界クリーニング師の記録

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:50

聖女の取り巻きな婚約者を放置していたら結婚後に溺愛されました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,911pt お気に入り:410

【完結】前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:82,232pt お気に入り:4,605

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。