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第9章 薬湯勝負
彼の主張と、刹淵さんの補足訂正
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双子に「反論の時間も取ってもらうから、それまで黙って我慢して」と重ねてお願いして、ようやく皓月王子の主張が始まった。
彼はぷくぷくとした手に用意していた原稿を持ち、切々と読み上げ始めた。
「ぼくと、ぼくの母泉果は、長年たいへんな苦労を強いられてきました。
傲慢で聞く耳を持たない異母兄二人と、さらに聞く耳を持たない異母姉から、無実の罪で逆恨みされてきたからです。
暴虐な三人の嫌がらせはとどまることを知らず、ついには命の危機に晒され、根坤州の母の領地に逃げ込まざるを得ませんでした。
ぼくたち母子は、正妃と正妃の唯一の王子です。
なのに、王都に戻ることすらできない惨めな境遇なのです。
ぼくと母の頬が涙で濡れぬ日はありませんでした。寄り添い合い、励まし合って耐えました。
母の実家に土下座して頼る以外に生きるすべのない、心細い暮らし。
朝から晩まで畑仕事に精を出し、朝晩の粥一杯と山羊の乳をやっとのことで手に入れ、飢えをごまかす毎日。
そんな日々を、ずっと繰り返してきたのです。
そんな過酷な生活の中でもぼくは、疲れた躰に鞭打って、日が沈めば星と月の明かりで勉学に勤しみ、日の出前から畑に出て、仕事の合間に薬草の知識をたくわえるようになりました。
毎日土と接しているのですから、薬草に親しむのは自然な流れです。
僕は乾いた砂のように、薬草に関する知識をぐんぐん吸収しました」
ここで刹淵さんが、片手を上げて皓月王子の話を止めた。
実は王子が主張を始める前に、刹淵さんから条件が出されていたのだ。
「陛下より、皓月殿下のお話の内容によっては、適切に補足や訂正を入れるよう仰せつかっております」
とのことで。
刹淵さんには話の途中でも発言する権利があることを、皓月王子に了承させていたのだが。
早速いま刹淵さんは、その権利を行使し補足した。
「現在、泉果様の腰回りは、領地に移り住む前より大玉のスイカ一個分ほど増え、皓月王子の体重は、百キロの大台まであと一キロです」
「それ今言う必要ある!? ていうか、なんでそんなこと知ってるんだよ!」
皓月王子の猛抗議に、刹淵さんは「侍従長ですので」と納得できるようなできないような答えを返すと、さらに補足訂正した。
「泉果様のご実家の弓庭後家はたいへん裕福なことで知られる上、泉果様が陛下から賜ったご領地は、高級賭博場で有名な観光地です。富裕層が落とす大金で殊のほか潤っておりますから、畑仕事の必要は無いかと」
「ギャーッ! 余計なこと言うな!」
「あと、皓月殿下は日が沈む前に高級娼館に飛んで行き、お小遣いを使い切るまで入り浸る。『そんな日々を、ずっと繰り返してきたのです』」
「真似するなっ!」
……刹淵さん、面白がってるな……。
双子はしらけた顔で「「そんなん知ってたし」」と呟き、ドーソン氏たちすら生ぬるい目で見ているのに、皓月王子は怯まず「続き読むからもう黙れ!」とわめいた。
「ぼくは醍牙の王子として、学んだ薬草の知識を民のため役立てようと決意しました。謙虚に学ぶため、そして異母兄姉たちに見つかって妨害されることを防ぐため、王子であることは隠して、ハーケンという偽名を使いました。
さまざまな医師や薬師に師事し、下積みからコツコツ努力し……自己流ながらも自信を持って送り出せる処方を、いくつも生み出すまでに至ったのです。――なのに」
ここで皓月王子は、ぎょろりと僕を見た。
「最近になって、ぼくのだいじな処方が盗まれていることに気づきました。――そう、ウォルドグレイブ伯爵の、薬舗の商品です!」
大仰に言葉を切った皓月王子は、悲しそうに首を振り、涙を拭う素振りをした。
「ぼくは陰ながら、広く人々に薬湯や薬を配ってきましたから……ぼくの薬湯を手に入れ、処方を調べることは可能なのです。
しかもウォルドグレイブ伯爵には、凶暴双子王子と乱暴王女という後ろ盾がいます。寄る辺なく無力で善良ひとすじのぼくとは大違いで、権力も財力も使い放題です。
ぼくは最初、気づかぬフリをしてあげようと思っていました。
どうにか処刑を免れた敵国の伯爵が、自分の存在価値を認めさせようと焦る気持ちは理解できますし。
ぼくへの嫌がらせのために異母兄姉たちが伯爵と手を組んだのだとしても、彼らのねじ曲がった性根は骨身にしみてわかっておりますから、むしろ憐れだとすら感じていたのです」
……おそるおそる双子の顔を見上げると、二人そろって薄笑いを浮かべている。
怒ったり怒鳴ったりしているより、かえって怖いんですけど……。
この不穏な空気に気づかない皓月王子の、鈍感力の高さよ。代わりに協会員さんたちが真っ青になっている。
「しかし、ウォルドグレイブ伯爵の知識はぼくには及びませんでした。処方を盗むだけでは、真に正しい薬など作れません! それほどに、ぼくの処方は繊細かつハイレベルなのですから。
間違った処方で金儲けと名声の一挙両得を得ようとした伯爵の行いは、弱き者たちを傷つける結果を生み出しました。犠牲となったのは、孤児院の子供たちや、救貧院の憐れな者たちです」
皓月王子、今度はギョキッと僕を睨んできた。
なんだかちょっと、クセになる面白さがある人だなあ。
「僕の我慢が、弱者の犠牲に繋がりました……。ぼくは……ぼくは……なんて臆病者だったのでしょう! 凶悪双子を恐れるあまり名乗り出なかったツケが、弱者に向かったのですから!
ぼくが悪いのです、ぼくの責任ですーっ! うわああああ!」
大声で泣き崩れた王子は、皆の注目を浴びる中、充分間を置いてから、「よいしょ」としんどそうに躰を起こした。
「そんなわけでぼくは、野蛮な双子王子と、強欲なウォルドグレイブ伯爵との怒りを買うことを覚悟で、王都に戻ってきたのです!」
今度は両手に胸を当てたポーズで、ドーソン氏らを見る。
するとドーソン氏や御形氏らは、我に返ったように、あわてて拍手を送った。
「さ、さすが皓月殿下!」
「なんてご立派なお心掛けでしょう!」
彼はぷくぷくとした手に用意していた原稿を持ち、切々と読み上げ始めた。
「ぼくと、ぼくの母泉果は、長年たいへんな苦労を強いられてきました。
傲慢で聞く耳を持たない異母兄二人と、さらに聞く耳を持たない異母姉から、無実の罪で逆恨みされてきたからです。
暴虐な三人の嫌がらせはとどまることを知らず、ついには命の危機に晒され、根坤州の母の領地に逃げ込まざるを得ませんでした。
ぼくたち母子は、正妃と正妃の唯一の王子です。
なのに、王都に戻ることすらできない惨めな境遇なのです。
ぼくと母の頬が涙で濡れぬ日はありませんでした。寄り添い合い、励まし合って耐えました。
母の実家に土下座して頼る以外に生きるすべのない、心細い暮らし。
朝から晩まで畑仕事に精を出し、朝晩の粥一杯と山羊の乳をやっとのことで手に入れ、飢えをごまかす毎日。
そんな日々を、ずっと繰り返してきたのです。
そんな過酷な生活の中でもぼくは、疲れた躰に鞭打って、日が沈めば星と月の明かりで勉学に勤しみ、日の出前から畑に出て、仕事の合間に薬草の知識をたくわえるようになりました。
毎日土と接しているのですから、薬草に親しむのは自然な流れです。
僕は乾いた砂のように、薬草に関する知識をぐんぐん吸収しました」
ここで刹淵さんが、片手を上げて皓月王子の話を止めた。
実は王子が主張を始める前に、刹淵さんから条件が出されていたのだ。
「陛下より、皓月殿下のお話の内容によっては、適切に補足や訂正を入れるよう仰せつかっております」
とのことで。
刹淵さんには話の途中でも発言する権利があることを、皓月王子に了承させていたのだが。
早速いま刹淵さんは、その権利を行使し補足した。
「現在、泉果様の腰回りは、領地に移り住む前より大玉のスイカ一個分ほど増え、皓月王子の体重は、百キロの大台まであと一キロです」
「それ今言う必要ある!? ていうか、なんでそんなこと知ってるんだよ!」
皓月王子の猛抗議に、刹淵さんは「侍従長ですので」と納得できるようなできないような答えを返すと、さらに補足訂正した。
「泉果様のご実家の弓庭後家はたいへん裕福なことで知られる上、泉果様が陛下から賜ったご領地は、高級賭博場で有名な観光地です。富裕層が落とす大金で殊のほか潤っておりますから、畑仕事の必要は無いかと」
「ギャーッ! 余計なこと言うな!」
「あと、皓月殿下は日が沈む前に高級娼館に飛んで行き、お小遣いを使い切るまで入り浸る。『そんな日々を、ずっと繰り返してきたのです』」
「真似するなっ!」
……刹淵さん、面白がってるな……。
双子はしらけた顔で「「そんなん知ってたし」」と呟き、ドーソン氏たちすら生ぬるい目で見ているのに、皓月王子は怯まず「続き読むからもう黙れ!」とわめいた。
「ぼくは醍牙の王子として、学んだ薬草の知識を民のため役立てようと決意しました。謙虚に学ぶため、そして異母兄姉たちに見つかって妨害されることを防ぐため、王子であることは隠して、ハーケンという偽名を使いました。
さまざまな医師や薬師に師事し、下積みからコツコツ努力し……自己流ながらも自信を持って送り出せる処方を、いくつも生み出すまでに至ったのです。――なのに」
ここで皓月王子は、ぎょろりと僕を見た。
「最近になって、ぼくのだいじな処方が盗まれていることに気づきました。――そう、ウォルドグレイブ伯爵の、薬舗の商品です!」
大仰に言葉を切った皓月王子は、悲しそうに首を振り、涙を拭う素振りをした。
「ぼくは陰ながら、広く人々に薬湯や薬を配ってきましたから……ぼくの薬湯を手に入れ、処方を調べることは可能なのです。
しかもウォルドグレイブ伯爵には、凶暴双子王子と乱暴王女という後ろ盾がいます。寄る辺なく無力で善良ひとすじのぼくとは大違いで、権力も財力も使い放題です。
ぼくは最初、気づかぬフリをしてあげようと思っていました。
どうにか処刑を免れた敵国の伯爵が、自分の存在価値を認めさせようと焦る気持ちは理解できますし。
ぼくへの嫌がらせのために異母兄姉たちが伯爵と手を組んだのだとしても、彼らのねじ曲がった性根は骨身にしみてわかっておりますから、むしろ憐れだとすら感じていたのです」
……おそるおそる双子の顔を見上げると、二人そろって薄笑いを浮かべている。
怒ったり怒鳴ったりしているより、かえって怖いんですけど……。
この不穏な空気に気づかない皓月王子の、鈍感力の高さよ。代わりに協会員さんたちが真っ青になっている。
「しかし、ウォルドグレイブ伯爵の知識はぼくには及びませんでした。処方を盗むだけでは、真に正しい薬など作れません! それほどに、ぼくの処方は繊細かつハイレベルなのですから。
間違った処方で金儲けと名声の一挙両得を得ようとした伯爵の行いは、弱き者たちを傷つける結果を生み出しました。犠牲となったのは、孤児院の子供たちや、救貧院の憐れな者たちです」
皓月王子、今度はギョキッと僕を睨んできた。
なんだかちょっと、クセになる面白さがある人だなあ。
「僕の我慢が、弱者の犠牲に繋がりました……。ぼくは……ぼくは……なんて臆病者だったのでしょう! 凶悪双子を恐れるあまり名乗り出なかったツケが、弱者に向かったのですから!
ぼくが悪いのです、ぼくの責任ですーっ! うわああああ!」
大声で泣き崩れた王子は、皆の注目を浴びる中、充分間を置いてから、「よいしょ」としんどそうに躰を起こした。
「そんなわけでぼくは、野蛮な双子王子と、強欲なウォルドグレイブ伯爵との怒りを買うことを覚悟で、王都に戻ってきたのです!」
今度は両手に胸を当てたポーズで、ドーソン氏らを見る。
するとドーソン氏や御形氏らは、我に返ったように、あわてて拍手を送った。
「さ、さすが皓月殿下!」
「なんてご立派なお心掛けでしょう!」
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