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第7章 薬草研究の賜物
深夜の来訪者
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「そうだったんだ……ジェームズと藍剛将軍が」
「すまない。お前に黙って」
「全然! 謝ることないよ。みんな僕の心配をしてくれてるって、ちゃんとわかってる」
困り顔のイケメンが、「寒月がうるさいだろうな」と呟いた。
「あいつ、全部上手くいってからアーネストに伝えて驚かせるって、張り切ってたんだ」
「寒月らしいね」
思わず小さく吹き出した。
全部上手くいくという前提で考えるところが、本当に寒月らしい。
僕の虚弱体質を改善すべく、ジェームズは昔からあらゆる情報を集めてくれていた。当然、先祖の手記もくまなく目を通したはずだし、成長後は僕自身も積極的に調べた。
おかげで薬草やその育て方、処方に至るまで詳しくなったが、「虚弱を克服して長生きしました」という記録は、ついぞ見たことが無い。
だから、新たな解決法が見つかるのは望み薄だと思うけど……こうして思いやってくれる人たちがいることが、何よりありがたい。
特に双子は……安心して僕が感情をぶつけられる相手は、二人だけだから。
「ありがとう、青月。本当に感謝してます。寒月と藍剛将軍にもお礼を言わなきゃ」
「アーネスト……」
「けど、だとするとあのボロボロになったジェームズの手紙には、『ほかの者に知られては差し障りのある』ことが書かれていたんだね。うーん。ますます気になるな」
「手紙だけなら、荷物と一緒よりは早く届くと思うぞ?」
「うん。早く届いて早く返事がもらえるといいなあ」
僕を抱きしめる青月の腕に、力がこもった。
「……暖かい時期に、里帰りをさせてやれたら良いんだが」
「え。でも無理だよ、賠償金を払わないうちは」
「……すまない」
目を伏せた青月の、銀色の長い睫毛に、伸び上がってキスをした。
驚いて目を瞬かせる顔に、苦笑を返す。
「謝ってばかりだ、青月。きみたちの温情で、僕ら元皇族は生き残れてるのに」
青月が何か言おうと口をひらいたとき、寝静まりかけていた邸内が、急に騒がしくなった。
玄関のほうだろうか。何やら複数の人たちが、驚いたような声を上げている。
と、青月が眉をひそめて舌打ちした。
「何してんだ、あいつ」
「あいつ? 何か聞こえるの?」
青月が答えるより早く、廊下から「あっ、お待ちを!」と大きな声が聞こえて、その直後、いきなりドカン! と凄い勢いで扉がひらかれた。
驚愕の声を上げた僕を胸の中に抱きしめたまま、青月が憤りの声を上げる。
「寒月! この馬鹿、アーネストを驚かせるな!」
『うるせえ! すまん!』
反論と謝罪を同時に怒鳴ったのは、なんと金の虎だった。
体当たりで扉を開けた勢いのまま、室内に転がり込んできたのだ。
「寒月!?」
仰天する僕に向かって、巨大な虎がニイッと犬歯を見せて笑った。
『よう、アーネスト。会いたかったぜ』
「ど、どうしたの? こんな夜遅くに」
『急用ができたんだ』
「急用?」
『ああ。途中まで馬で来たけど、闇の中ではこの姿のほうが速えから』
「ほおお、そうなんだ」
感心しながらモフモフに手をのばそうとした僕を、青月がグイッと自分に引き寄せた。
「寒月。湯浴みしてこい。汗と埃にまみれた躰でアーネストに触るな」
『んだと? コラ。ったくしゃーねえな』
また文句を言いつつも素直に従い、来たときと同じ勢いで部屋を出て行ったかと思うと、しばらくしてホカホカのガウン姿で戻ってきた。
……モフモフ姿ではないことを、ちょっと残念に思ったことは内緒だ。
青月の部屋の机には、執事さんたちが急遽用意してくれたお茶や葡萄酒や軽食が並べられていて、寒月は濡れた髪のままそれを次々口に放り込んだ。
「生き返るー。腹減って行き倒れるかと思ったぜ」
「醍牙に来たときの僕みたいに?」
「ワハハハハ! それな!」
「『それな』じゃないだろう、馬鹿寒月」
青月は相変わらず僕を抱きしめたまま、ギロリと氷点下の視線を送った。青いおめめが真冬の海みたいになっとるよ。
「お前は城に仕事が溜まってるはずだろう。何しに来た」
「アーネストと二人きりの時間を邪魔されたからって、そう怒るなよ。心の狭い奴だな」
またも双方、ガルルと唸り合っている。まったくもう。
「寒月。急用って、お城の仕事?」
睨み合いを切り上げさせるべく尋ねると、思った通り寒月は、コロリと表情を変えて、「いや」と僕を見た。
「お前の薬の偽物が出回ってる」
「……え?」
「で、変な噂まで広まってる。『ウォルドグレイブ伯爵の薬舗の処方は、別の薬師の処方の丸パクリだと」
「へ?」
「何だそれは」
驚きのあまり目をぱちくりさせることしかできない僕に代わって、青月が声を荒らげた。
「こいつの処方がパクリのわけないだろう! 誰がそんな噂を流した!」
「アーネストを知る者ならみんな、こいつがパクるわけがないと、ちゃんとわかってるさ。くだらねえ噂を流した奴は必ず痛い目見せてやる。が、その前に」
「――何か問題が起こったか」
「それ」
寒月の言いたいことを、素早く察した様子の青月。さすが双子だなあ。
僕がぼーっと聞いてるあいだに、寒月は珍しく深刻な顔で話を進めた。
「孤児院の子らが次々発熱して、それをアーネストの薬のせいにされてる」
「なんだと」
「しかも怪しい薬師が現れて、『自分の薬を飲めば治る』と吹聴している」
「すまない。お前に黙って」
「全然! 謝ることないよ。みんな僕の心配をしてくれてるって、ちゃんとわかってる」
困り顔のイケメンが、「寒月がうるさいだろうな」と呟いた。
「あいつ、全部上手くいってからアーネストに伝えて驚かせるって、張り切ってたんだ」
「寒月らしいね」
思わず小さく吹き出した。
全部上手くいくという前提で考えるところが、本当に寒月らしい。
僕の虚弱体質を改善すべく、ジェームズは昔からあらゆる情報を集めてくれていた。当然、先祖の手記もくまなく目を通したはずだし、成長後は僕自身も積極的に調べた。
おかげで薬草やその育て方、処方に至るまで詳しくなったが、「虚弱を克服して長生きしました」という記録は、ついぞ見たことが無い。
だから、新たな解決法が見つかるのは望み薄だと思うけど……こうして思いやってくれる人たちがいることが、何よりありがたい。
特に双子は……安心して僕が感情をぶつけられる相手は、二人だけだから。
「ありがとう、青月。本当に感謝してます。寒月と藍剛将軍にもお礼を言わなきゃ」
「アーネスト……」
「けど、だとするとあのボロボロになったジェームズの手紙には、『ほかの者に知られては差し障りのある』ことが書かれていたんだね。うーん。ますます気になるな」
「手紙だけなら、荷物と一緒よりは早く届くと思うぞ?」
「うん。早く届いて早く返事がもらえるといいなあ」
僕を抱きしめる青月の腕に、力がこもった。
「……暖かい時期に、里帰りをさせてやれたら良いんだが」
「え。でも無理だよ、賠償金を払わないうちは」
「……すまない」
目を伏せた青月の、銀色の長い睫毛に、伸び上がってキスをした。
驚いて目を瞬かせる顔に、苦笑を返す。
「謝ってばかりだ、青月。きみたちの温情で、僕ら元皇族は生き残れてるのに」
青月が何か言おうと口をひらいたとき、寝静まりかけていた邸内が、急に騒がしくなった。
玄関のほうだろうか。何やら複数の人たちが、驚いたような声を上げている。
と、青月が眉をひそめて舌打ちした。
「何してんだ、あいつ」
「あいつ? 何か聞こえるの?」
青月が答えるより早く、廊下から「あっ、お待ちを!」と大きな声が聞こえて、その直後、いきなりドカン! と凄い勢いで扉がひらかれた。
驚愕の声を上げた僕を胸の中に抱きしめたまま、青月が憤りの声を上げる。
「寒月! この馬鹿、アーネストを驚かせるな!」
『うるせえ! すまん!』
反論と謝罪を同時に怒鳴ったのは、なんと金の虎だった。
体当たりで扉を開けた勢いのまま、室内に転がり込んできたのだ。
「寒月!?」
仰天する僕に向かって、巨大な虎がニイッと犬歯を見せて笑った。
『よう、アーネスト。会いたかったぜ』
「ど、どうしたの? こんな夜遅くに」
『急用ができたんだ』
「急用?」
『ああ。途中まで馬で来たけど、闇の中ではこの姿のほうが速えから』
「ほおお、そうなんだ」
感心しながらモフモフに手をのばそうとした僕を、青月がグイッと自分に引き寄せた。
「寒月。湯浴みしてこい。汗と埃にまみれた躰でアーネストに触るな」
『んだと? コラ。ったくしゃーねえな』
また文句を言いつつも素直に従い、来たときと同じ勢いで部屋を出て行ったかと思うと、しばらくしてホカホカのガウン姿で戻ってきた。
……モフモフ姿ではないことを、ちょっと残念に思ったことは内緒だ。
青月の部屋の机には、執事さんたちが急遽用意してくれたお茶や葡萄酒や軽食が並べられていて、寒月は濡れた髪のままそれを次々口に放り込んだ。
「生き返るー。腹減って行き倒れるかと思ったぜ」
「醍牙に来たときの僕みたいに?」
「ワハハハハ! それな!」
「『それな』じゃないだろう、馬鹿寒月」
青月は相変わらず僕を抱きしめたまま、ギロリと氷点下の視線を送った。青いおめめが真冬の海みたいになっとるよ。
「お前は城に仕事が溜まってるはずだろう。何しに来た」
「アーネストと二人きりの時間を邪魔されたからって、そう怒るなよ。心の狭い奴だな」
またも双方、ガルルと唸り合っている。まったくもう。
「寒月。急用って、お城の仕事?」
睨み合いを切り上げさせるべく尋ねると、思った通り寒月は、コロリと表情を変えて、「いや」と僕を見た。
「お前の薬の偽物が出回ってる」
「……え?」
「で、変な噂まで広まってる。『ウォルドグレイブ伯爵の薬舗の処方は、別の薬師の処方の丸パクリだと」
「へ?」
「何だそれは」
驚きのあまり目をぱちくりさせることしかできない僕に代わって、青月が声を荒らげた。
「こいつの処方がパクリのわけないだろう! 誰がそんな噂を流した!」
「アーネストを知る者ならみんな、こいつがパクるわけがないと、ちゃんとわかってるさ。くだらねえ噂を流した奴は必ず痛い目見せてやる。が、その前に」
「――何か問題が起こったか」
「それ」
寒月の言いたいことを、素早く察した様子の青月。さすが双子だなあ。
僕がぼーっと聞いてるあいだに、寒月は珍しく深刻な顔で話を進めた。
「孤児院の子らが次々発熱して、それをアーネストの薬のせいにされてる」
「なんだと」
「しかも怪しい薬師が現れて、『自分の薬を飲めば治る』と吹聴している」
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