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第7章 薬草研究の賜物
楽しい時間
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「……その薬師だかいう奴の正体は、目星がついてるのか?」
冷ややかな青月の問いに、寒月は「うーん」と腕を組んだ。
「推測の域を出ないってやつだな。俺たちの嫁に正面切ってケチつけるなんざ、俺たちに喧嘩売ってるのと同じことだ。それだけのことを、薬師ひとりでおっ始めるとは思えんし」
「そうだな。とりあえず泳がせて様子見か。だがアーネストの悪い噂をひとり歩きさせてはおけないし、孤児院が巻き込まれてるのも座視できない」
「だろ。だからこの俺が自ら、お迎えに来てやったってわけよ。てことで、悪いが二人とも予定を切り上げて王都に戻れ」
青月の眉が、不愉快そうにピクッと動いたが。
僕への悪評はともかく、子供たちが心配だし……もちろん、きちんとした医師が手配されているはずだけど、早く帰って様子を知りたいから、僕に異論は無い。
「寒月。孤児院の子たちの状態は? 重症なの?」
「いや、俺が王都を出る時点では、微熱程度だった」
「微熱……ほかに症状は?」
「動くと躰が痛いと言ってる子もいたな」
発熱で関節痛の症状が出る人もいるが、その痛みだろうか。
僕の薬湯は効能を知り尽くした薬草や自然原料しか使っていないし、副作用で発熱を誘発するほど強いものは、今のところ薬舗では扱っていない。
気になる。早く直接症状を確かめたい。
「……帰るか?」
僕の気持ちを察して、青月が訊いてくれた。
「うん。ごめんね、せっかく連れてきてもらったのに」
「いや、俺のことはいい。だが、やりたいことがあったんだろう?」
「あちこち見てまわりたかったけど、今日だけでもたくさん収穫があったから。充分だよ」
「そうか……。だが、来たばかりでまたすぐ長時間の移動では、疲れが溜まる一方だ。せめてもう一日は滞在してからにしよう」
王都から碧雲町まで、三日かけてやって来た。
青月ひとりなら一日かからないらしいけど、僕の躰を気遣って、ついでに観光も楽しめるようにと、ゆったりと旅程を組んでくれたのだ。
でも今は、一日も早く王都に戻りたい。
「僕なら大丈夫だよ」
「いや、青月の言う通りだ。無理して肝心なときに寝込む羽目になったら困るだろ?」
うう。寒月まで。
こんなときばかり二人仲良く意見を同じくして、綺麗に左右対称に僕を見つめながらウンウンとうなずいてくる。
でも旅のエキスパートが揃って言うのだから、致し方ない……。
丸一日、しっかり休養しておこう。
⁂ ⁂ ⁂
「何だこれ! マジか! マジ温泉じゃん!」
一夜明け。
昨日見つけた温泉に寒月を案内すると、寒月は「うおーっ!」と歓喜の声を上げるや、服を脱ごうとした。
「ちょっ、何やってんの寒月!」
あわてて止めたが、
「何って、入るに決まってんだろ」
すぐさま飛び込みそうな勢いだったのを、青月がパシッと金髪の後頭部を叩いて止めた。
「いてえな! 何すんだクソ青月!」
「落ち着け、馬鹿寒月。じき執事がお茶を持ってくる時間だ」
「あ、そうか。肉もあるかな」
いや、そうじゃなくて。
「水質をまったく調べてないんだから、いきなり全身浸かるのは危険だよ」
そう言うと、双子は顔を見合わせた。
「危険かどうか、入ってみりゃわかるだろ」
「そう」
くっ。寒月の言葉に、青月までうなずいている。
体力自慢はこれだから!
渋い表情になっているであろう僕に、寒月が不思議そうに言った。
「てかアーネスト。こんな良いもん見つけたのに、入ってみもせずに帰るつもりだったのか?」
「というか、まず調べようと。腕とかに湯をつけて肌の反応を見て」
「かーっ! まどろっこしい! いいから俺たちに任せとけ。俺らが浸かって何ともなければ大丈夫だ!」
「そう」
またも強引な寒月の理屈に、青月がうなずく。
「そうは言っても、健康の権化みたいなきみたちと、傷病兵の方たちとは違」
「アーネスト様ーっ!」
反論の途中で、白銅くんが走ってきた。
今日もキノコ狩りに熱中している猫耳くんは、持参したバスケットいっぱいにマルム茸を入れている。
「どうしましょう、アーネスト様! 本当に妖精が来てるかもしれません! こんなに採ってるのに、全然マルムが減らないんです!」
「ただ事じゃねえよな」
マルムの輪も今日初めて見た寒月は、恐ろしいものを見るようにバスケットの中を覗き込んだ。
何の躊躇も無く謎の温泉に入ろうとするくせに、なぜマルム茸を恐れるのだろう……。
いや。そんなことより今気にすべきことは、
「そんなにいっぱいあるなら、やっぱりマルム茸を売っ払ってウハ」
「いけません! 執事さんとのお約束でしょう、アーネスト様!」
またも途中で阻まれた。
白銅くん……なんてよい子のしっかり者なんだ。
「はい。すみません……」
諭されている僕を見た寒月から、
「アーネスト……子供から叱られるなよ……」
呆れられたくらいにして。
こうしてひそかに目論んだ『マルムでウハウハ作戦』は、白銅くんの清い心に阻まれ、即お蔵入りとなったのだった。
楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
明日の帰り支度――大量のマルム茸をいかに安全に運ぶか――に心を砕いていた白銅くんは、執事さんと満足いくまで打ち合わせていたが、湯浴みが済むとまたコテンと眠りに落ちた。
子供って、熟睡するとまず起きないよね。睡眠力に満ちている。
白銅くんの様子を確かめてから青月の私室に戻り、就寝前にもう一度、今日集めた薬草を調べておこうと思ったら。
なぜか外套を着た双子が、僕の外套も持って待ちかまえていた。
「ど、どうしたの、その格好」
驚いて立ち止まった隙に、青月が素早く外套を着させてくる。
「何ごと!?」
わけのわからぬままマフラーを巻かれた僕に、寒月が笑顔全開で答えた。
「温泉入りに行こうぜ!」
冷ややかな青月の問いに、寒月は「うーん」と腕を組んだ。
「推測の域を出ないってやつだな。俺たちの嫁に正面切ってケチつけるなんざ、俺たちに喧嘩売ってるのと同じことだ。それだけのことを、薬師ひとりでおっ始めるとは思えんし」
「そうだな。とりあえず泳がせて様子見か。だがアーネストの悪い噂をひとり歩きさせてはおけないし、孤児院が巻き込まれてるのも座視できない」
「だろ。だからこの俺が自ら、お迎えに来てやったってわけよ。てことで、悪いが二人とも予定を切り上げて王都に戻れ」
青月の眉が、不愉快そうにピクッと動いたが。
僕への悪評はともかく、子供たちが心配だし……もちろん、きちんとした医師が手配されているはずだけど、早く帰って様子を知りたいから、僕に異論は無い。
「寒月。孤児院の子たちの状態は? 重症なの?」
「いや、俺が王都を出る時点では、微熱程度だった」
「微熱……ほかに症状は?」
「動くと躰が痛いと言ってる子もいたな」
発熱で関節痛の症状が出る人もいるが、その痛みだろうか。
僕の薬湯は効能を知り尽くした薬草や自然原料しか使っていないし、副作用で発熱を誘発するほど強いものは、今のところ薬舗では扱っていない。
気になる。早く直接症状を確かめたい。
「……帰るか?」
僕の気持ちを察して、青月が訊いてくれた。
「うん。ごめんね、せっかく連れてきてもらったのに」
「いや、俺のことはいい。だが、やりたいことがあったんだろう?」
「あちこち見てまわりたかったけど、今日だけでもたくさん収穫があったから。充分だよ」
「そうか……。だが、来たばかりでまたすぐ長時間の移動では、疲れが溜まる一方だ。せめてもう一日は滞在してからにしよう」
王都から碧雲町まで、三日かけてやって来た。
青月ひとりなら一日かからないらしいけど、僕の躰を気遣って、ついでに観光も楽しめるようにと、ゆったりと旅程を組んでくれたのだ。
でも今は、一日も早く王都に戻りたい。
「僕なら大丈夫だよ」
「いや、青月の言う通りだ。無理して肝心なときに寝込む羽目になったら困るだろ?」
うう。寒月まで。
こんなときばかり二人仲良く意見を同じくして、綺麗に左右対称に僕を見つめながらウンウンとうなずいてくる。
でも旅のエキスパートが揃って言うのだから、致し方ない……。
丸一日、しっかり休養しておこう。
⁂ ⁂ ⁂
「何だこれ! マジか! マジ温泉じゃん!」
一夜明け。
昨日見つけた温泉に寒月を案内すると、寒月は「うおーっ!」と歓喜の声を上げるや、服を脱ごうとした。
「ちょっ、何やってんの寒月!」
あわてて止めたが、
「何って、入るに決まってんだろ」
すぐさま飛び込みそうな勢いだったのを、青月がパシッと金髪の後頭部を叩いて止めた。
「いてえな! 何すんだクソ青月!」
「落ち着け、馬鹿寒月。じき執事がお茶を持ってくる時間だ」
「あ、そうか。肉もあるかな」
いや、そうじゃなくて。
「水質をまったく調べてないんだから、いきなり全身浸かるのは危険だよ」
そう言うと、双子は顔を見合わせた。
「危険かどうか、入ってみりゃわかるだろ」
「そう」
くっ。寒月の言葉に、青月までうなずいている。
体力自慢はこれだから!
渋い表情になっているであろう僕に、寒月が不思議そうに言った。
「てかアーネスト。こんな良いもん見つけたのに、入ってみもせずに帰るつもりだったのか?」
「というか、まず調べようと。腕とかに湯をつけて肌の反応を見て」
「かーっ! まどろっこしい! いいから俺たちに任せとけ。俺らが浸かって何ともなければ大丈夫だ!」
「そう」
またも強引な寒月の理屈に、青月がうなずく。
「そうは言っても、健康の権化みたいなきみたちと、傷病兵の方たちとは違」
「アーネスト様ーっ!」
反論の途中で、白銅くんが走ってきた。
今日もキノコ狩りに熱中している猫耳くんは、持参したバスケットいっぱいにマルム茸を入れている。
「どうしましょう、アーネスト様! 本当に妖精が来てるかもしれません! こんなに採ってるのに、全然マルムが減らないんです!」
「ただ事じゃねえよな」
マルムの輪も今日初めて見た寒月は、恐ろしいものを見るようにバスケットの中を覗き込んだ。
何の躊躇も無く謎の温泉に入ろうとするくせに、なぜマルム茸を恐れるのだろう……。
いや。そんなことより今気にすべきことは、
「そんなにいっぱいあるなら、やっぱりマルム茸を売っ払ってウハ」
「いけません! 執事さんとのお約束でしょう、アーネスト様!」
またも途中で阻まれた。
白銅くん……なんてよい子のしっかり者なんだ。
「はい。すみません……」
諭されている僕を見た寒月から、
「アーネスト……子供から叱られるなよ……」
呆れられたくらいにして。
こうしてひそかに目論んだ『マルムでウハウハ作戦』は、白銅くんの清い心に阻まれ、即お蔵入りとなったのだった。
楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
明日の帰り支度――大量のマルム茸をいかに安全に運ぶか――に心を砕いていた白銅くんは、執事さんと満足いくまで打ち合わせていたが、湯浴みが済むとまたコテンと眠りに落ちた。
子供って、熟睡するとまず起きないよね。睡眠力に満ちている。
白銅くんの様子を確かめてから青月の私室に戻り、就寝前にもう一度、今日集めた薬草を調べておこうと思ったら。
なぜか外套を着た双子が、僕の外套も持って待ちかまえていた。
「ど、どうしたの、その格好」
驚いて立ち止まった隙に、青月が素早く外套を着させてくる。
「何ごと!?」
わけのわからぬままマフラーを巻かれた僕に、寒月が笑顔全開で答えた。
「温泉入りに行こうぜ!」
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