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おまけ 罪滅ぼしはエンジョイできない陰キャ

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 留目奈留とどめなるはひねくれた男だった。
 両親は仕事命の共働き、お金は残すが家には居なかった。
 幼少期に親と触れ合ってこなかった少年はコミュニケーションのとり方を学ばなかった。
 小学校の頃、子供の癖に髪を染めた間抜け面の同級生に、参観日にいつも親がいないことを馬鹿にされた。
 留目はそんな事で落ち込んだり泣いたりする繊細な生き物では無かったので、お返しにそいつの親の悪口を散々言って殴られた。
 担任は当然殴った方を重点的に叱り、留目はざまあみろと思ったものだ。
 ただその件がきっかけで、留目はクラスから浮きに浮く結果となったのである。
 元々自分から話しかけに行くこともなかったが、周囲からもまた徹底的に避けられるようになったのだ。
 特に最初に絡んだ間抜けは、ちょっと肩が当たっただけで、ぶつかった箇所を汚物にでも触れたように払ったりしていた。その都度悪口で返したが。
 そんな風に荒んだ小学時代を過ごし、中学に上がった頃、留目は深夜アニメに出会ったのだった。
 画面の中で国のために戦い傷付く少女たちの気高さや潔さに触れ、現実の汚さを思い知ると同時に、二次元にしか存在しない綺麗な精神に胸躍らせた。
 その中でも、熱血バトル百合系アニメであるバトスカに出てくるサツキという名の少女に、留目はどハマりした。
 自分の命すらかけて大事な主人公を守り、支え、最後には主人公と対峙する予定だった強敵に単身で向かい刺し違え、主人公がそれに気付かず仲間と勝利を喜ぶ中、一人病室で彼女の笑顔を想像して微笑むその健気な少女は、留目の理想の女性となった。
 留目も彼女みたいに、無償で愛して誰よりも自分のことを優先して尽くしてくれる人に出会ってみたいと思いつつ、そんな人間など存在しないからこそ、留目の中で少女サツキは神格化されていったのである。



 留目は盛大にひねくれ、同じ趣味を持つ人すらをも蛇蝎だかつのごとく嫌っていたため、潔いほど友人がいなかった。
 高校生活は冗談抜きで誰とも喋らずに終わると思っていた。
 高校三年の秋、男に罰ゲームで告白されるまでは。

 清白九郎すずしろくろうと名乗った男子生徒は、染めた髪にチャラついた雰囲気と、留目にとってド地雷の塊のような人間だった。
 下らない遊びに巻き込んだ上に、こちらに罰ゲームだと知らせて、自分だけ善人ぶろうとするその性根が何より気に食わなかった。
 負けず嫌いな性格も相俟あいまって、兎に角こいつの思い通りにだけはさせないという怒りに脳が支配され、その怒りのまま告白を受け入れた。
 肉を斬らせてもこのクソ野郎に男と付き合ったという黒歴史を刻んでやりたかった。とことん貶めてやる。それしか考えられなかった。
 しかし留目にとって最悪な事に、この男のメンタルは鋼どころの騒ぎではなかったのである。



「オープニングの曲格好良いよな、あとここの戦闘マジやばい! これ本当に人が描いてんの? CGとかじゃなくて?」
「この作品は敵以外大体全部作画」
「すげえな……えっ何枚描くのこれ」
「平均的なOPの動画枚数は3000枚位じゃない?」
「嘘だろ……一日1枚描いても10年くらいかかるじゃん……」
「一日1枚じゃ食べていけないでしょ、動画1枚の単価約200円だよ」
「このスタッフロールの人達修行僧か何か?」

 清白九郎は驚くほど何でも受け入れ、柔軟に興味を持ち、そして心底楽しそうにする。
 今まで誰とも趣味の話をしてこなかったのが勿体無かったかもしれないと自分の根幹を揺るがす程度には、彼との会話に充足感を得てしまっていた。
 昼ご飯に夕ご飯まで作らせてしまっているが、それらも普通に美味しかった。
 弁当の肉が毎日鶏肉(理由を聞いたら安いからと返ってきた)にも関わらずバラエティ豊かに調理するという謎のこだわりを見せてくるところも面白く感じた。
 気が付くと生活の半分を嫌いだと断じた男で埋めていたのだ。

 このまま話の合う友人になってもいいかなと考えていた留目が彼に劣情を催してしまったのは、あまりにも従順で献身的な態度が自身の好みに合い過ぎたからである。
 本当か嘘か、平気で留目を好きだと宣う彼がどこまでその姿勢を保てるか試したかったのもあるが、命じた口淫を躊躇いながらも素直に始めた時は眩暈がした。
 もしかすると既に同性とこういうことをした経験があるのかもしれないと彼に対して乱暴な気持ちが湧き上がった時、彼自身の口から口淫どころか口付けすら未経験だと知らされて、留目の中の何かがビックバンを起こした。
 この時初めて、彼がされて嬉しいことは何だろうと考えだしたのである。

 いつしかネットニュースに愚痴を書き込む趣味がつまらなく感じるようになり、そんなものより清白が面白いリアクションをしてくれそうな動画を探す方がずっと楽しくなった。
 何度も読んだ漫画を彼に貸して、自分が感動した場面と同じような箇所で大騒ぎする彼を見ているだけで穏やかな気持ちになった。
 何も知らなかった彼が留目との口付けだけで少しずつ学習し慣れていく様にぞくぞくした。

 ミイラ取りがミイラになり始めた頃、清白九郎は留目のせいで大怪我を負った。

 彼は咄嗟に留目を庇い、自らを生贄にして留目を逃がし、留目がやられる筈だった拳を何発も受け、笑って戻ってきた。
 そこには媚びも打算も無く、ただ留目だけを一心不乱に守ろうとする崇高な魂だけがあった。
 こんな時ですら素直に謝れず泣くことしか出来ない自分が誰よりも矮小で最低なクズに思えた。

「別れたくなったら、おれのこと大嫌いって言って」

 それなのに彼は、留目がどれだけ醜態を晒しても決して離れていかないと言ってのけたのだ。
 その上で己が負担になるなら切り捨ててもいいよと、そう伝えてくるのだ。
 留目はあの気高い少女サツキの心に陥落した瞬間を思い出した。
 そうだ。彼の志はあの少女に近いんだ。
 決して得られないはずのものを得てしまった事実に全身が震えるのを感じた。

 その後つい人生初の性交を経験したのは本気で想定外だった。
 これに関しては清白にも落ち度があると思っている。
 仕方がないだろう、何の指示もしていないのに、努力が報われないかもしれないのに、毎日留目に抱かれてもいい身体にしてきていると告げられて兆さない者が居ようものか。
 彼が怪我をしている事も頭から吹き飛び、ひたすらがむしゃらに貪った。生で中出しまでしてしまった。流石に反省した。
 ついでに翌日も思わず手を出してしまい、いい加減この揺れ動きやす過ぎる感情を制御する方法を考えねばと本気で思い始めた。

 自分の事ばかり考えていた罰か、清白九郎が留目の知らない場所で痛めつけられ続けていた事を他人の口から知らされた時の衝撃は尋常ではなかった。
 呑気に彼の愛情だけ搾取して、自分は何も出来ていなかった。悔しさにまた涙が出そうになる。泣きたい程の仕打ちに遭っているのは彼の方だというのに。
 清白は友人だという男子生徒の告白を突っぱねている。
 あの男は自分などより余程清白のことを想っているだろうに、彼は頑なに、彼にとってお荷物でしかない留目への好意を語り続ける。

 このままじゃいけない。
 彼に守られているだけじゃなく、彼を守れる人間になりたい。
 彼が今まで留目に与えてくれた膨大な献身を返したい。
 そうしないと、自分には彼の隣に立つ資格がないと思った。

 そうして留目奈留は、決して使うまいと思っていた呪文を唱えたのだった。



 一人になって行動時間が増えた留目はまず母親に連絡した。

「懲らしめたい奴がいるんだけど、バイト派遣会社に伝手ある?」

 久しく会話していなかった母親は怪物でも見るかのように顔を歪めて、「正当な理由を述べよ」なんてテストの問題文もかくやといった返事を寄越してくる。留目は素直に「好きな奴がそいつからカツアゲされてる。大怪我もした、診断書は取ってる」と伝えた。
 母親は驚いたように目を見開いた後、留目そっくりの悪い顔で笑った。

「そういう事なら手伝ってあげる。母さんはコネ作りの天才ですからね、伊達に家庭蔑ろにしてないわよ」
「自覚はあったんだ」

 清白は特に返事もしない留目に土日のバイト先の話までペラペラとぬかしていたので、まず金子カネコという破落戸ごろつきと彼を引き離すという第一段階はあっさりクリア出来た。より条件のいいバイトを紹介するだけで良かった。
 そして母親の指導の元、地位のある悪者に見えるよう容姿を整え、任侠系のゲームや漫画で話し方を覚え、金子に近づいたのだ。
 こういう輩は腕力と権力に弱い。威圧感を学んで臨んだ留目にあっさり懐いた愚かな中年を心中で嘲り笑った。
 留目の目的は男のスマートフォン。
 同じ現場に入り、油断させ、ダイヤル式ロッカーにいつも設定する番号とスマートフォンの解除パターンを記憶し、こっそりと中の画像を自分の端末と共有した。
 作業後の金子に自分の端末の画面を見せる。
 悪者を裁く時間だ。

「こんなの送られてきたんだけど」
「は、な、なんスかそれ、知らねえよ俺じゃねえ」
「そう? 送り主記載されてるから誤魔化してもわかるよ? 同じ画像フォルダアプリ使用してる人に無差別に画像を送れる機能らしいねえ、誤作動でもした?」
「そんな、そんな筈……」
「これウチで働いてる子だよね、犯罪かな?」
「い、いや……そういう訳じゃ……」

 しどろもどろになる金子に胸がすく。
 画像の消去と二度と清白に関わらないこと、巻き上げた金は発生した治療費だけ残して全額返却することを命じた。

「……あんたアイツの知り合いだったのか」
「俺の知り合いは会社の方。随分派手にやらかしてたみたいだねえ君、苦情が何件も来てるんだよ。知ってるかな、ブラックリスト入りしたら他の会社も仕事回さなくなるんだよね」
「…………」
「ねえ、俺の言いたいことわかる?」

 嘘も方便。すっかり留目を信じきった金子は青ざめた顔で頷いた。
 ようやく彼を守れたと思った。
 これが留目奈留の罪滅ぼしの軌跡だ。





「本当は金子倒したらもう二度と九郎に近付かないようにしようと思ってたのに」
「そんな事考えてたんだ?」
「あのゴミクズが纏わり付いてるのが許せないし」
にれな」
「アンタはアンタで律儀に俺に操立てするし」
「ちょっとその言い方照れるんすけど」

 結局今度は留目の方から告白してしまったその帰り。
 久々に触れた彼の身体は酷く熱くて、何度も繋いだ穴もまた最初の頃のように硬く窄まっていて、全てが愛らしかったもので、つい今までで一番長い時間彼を抱き潰し続けたのだった。
 遮光カーテンの向こうはきっともう星空になってしまっているだろう。
 清白は下着だけを穿いて股関節のストレッチを始めた。情緒も何も無い。
 それでも留目は、彼のこういうところを愛していた。

「奈留くん」
「何」
「おれ卒業したらいっぱい働くからさ」
「……うん」
「したらお金貯めて一緒の老人ホーム入ろうな」

 また泣きそうになって、顔を見られないように彼を抱き締めた。
 腕の中で擽ったそうに笑うこの男が尊い。
 一生離せそうにない。もうこれ以上の人には生涯出会えない。

「……あのさ」
「ん、どした」
「くろ、もっかいしよ……」
「……しょーがないなあ」

 おいで、と笑う彼の表情は心から嬉しそうに蕩けていた。





 おまけも終わり





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