26 / 299
第二章 吸血鬼編
第26話 エインヘリヤル
しおりを挟む
「……状況は理解した」
今までの経緯を説明し終わると、ルーナは小難しい顔をした。
「……つまり、お前は、私が気を失っている間に、他の女と浮気をしていたということか?」
「失礼な。お前、俺の話をちゃんと聞いていたか?」
心外である。
どこをどう聞き間違えれば、そんな解釈になるんだ。
そもそも浮気ってなんだ。
俺は別にルーナと付き合っているわけではないので、浮気などという現象は成立しない。
「ちゃんと聞いていた。あの女が吸血鬼で、油断させるためにキスをしていたら、あの女が発情して脱ぎだしたのだろう? そもそもなんで油断させるためにキスをするのかがわからない」
「……あれ?」
たしかに。
そう言われるとすごく浮気っぽい。
浮気しちゃったんだろうか、俺。
なんかもっと激しいバトル的な事をしていたような気もするが、俺の乏しいコミュニュケーション能力では、そんな事を伝達できないのだ。
引きこもりとは因果なものである。
「……ねえ、なんで他の女とキスなんてするの?」
ルーナは瞳をうるうるさせながら、詰め寄ってくる。
ダメだ。この状況は既に詰んでいる。
俺の理屈で言えば、キスなんて誰とでも出来るっつーので終わるのだが、多分ほとんどの人間は理解できない。理解してくれるのは日本クズ連盟(ヒモ、博打狂い、アル中などが所属)の仲間だけだ。
そもそもなんで事細かに、セレナとの情事を説明してしまったのか。
そこはボカしとけよと思うが、ルーナが気絶していた中で、あそこが一番印象的だったのだ。
ややコミュ障も患っている俺は、素直に話してしまった。
仕方ない。
セレナくらいの美人とチューしたら、誰でもそうなるはずだ。
とにかく、今ルーナに出来る言い訳はない。
今までの人生で、こういう状況を乗り切れた例がない。
とりあえず、ダメ元でルーナを抱きしめて、耳元で囁いてみた。
「悪かった。お前が死んだと思って、気が動転してたんだ」
「…………ん」
ふざけんな、と言われてビンタが飛んでくるものと思っていたが、ルーナは素直に頷くと、俺に向かって唇を突き出してくる。
一瞬、何やってんだと思ったが、とりあえずルーナにキスをする。
触れ合うだけの軽いキスだ。
「……えへへ。そんなに私の事が心配だったのか?」
ルーナの機嫌は一瞬で直り、嬉しそうに額を押し付けてくる。
「お、おう」
俺はルーナのチョロさに戦慄を覚えた。
大丈夫だろうか、こいつ。
絶対、夜の歌舞伎町とかを一人で歩かせるのはやめようと思った。
「そもそも、お前はなんで無事なんだよ?」
ルーナの機嫌を取り終えた所で、俺は今回の騒動最大の疑問をぶつけてみた。
あれだけの雷に打たれて無傷でいられる訳がない。
「うーん、それはあの吸血鬼に聞いてみないとわからないけど。多分、私が受けたのは気絶雷(スタンパルサー)っていう風魔法の上級呪文だと思う。発動が物凄く早いけど、相手を気絶させるだけの呪文なんだ。かなり高位の風魔法使いじゃないと使えないんだぞ」
「……ほほう」
そんな便利技があるのか。
確かに、物凄い発動速度だった。
ただ見た目も派手だったんどけどなー。
もう少しわかりやすいエフェクトにしてくれないだろうか。
気絶させた相手の頭の周りにヒヨコを出すとか。
つまりなんだろう。
俺が情弱だったから、発生した勘違いということだろうか。
なんというか、物凄く。
「……恥ずかしい」
思わず口に出してしまった。
メチャクチャ恥ずかしいんだけど。
何熱くなって、新魔法開発したり、武器スキル上げたりしてんだろう。
全て勘違いだったんですけど。
カーっと顔が熱くなってくる。
「ふふっ、だから安心しろ? お前の大切な私は無傷だぞ」
嬉しそうにルーナは抱きついてくる。
俺はちょっとイラッとした。
こいつ本当にわかっているんだろうか。
俺がどんな気持ちだったか。
平和な日本育ちの俺にとって、人を殺したいと思った事なんてなかった。
ましてや、そのまま殺してしまったのだ。
セレナは人ではなくて、吸血鬼なのだが。
「……本当に、無傷なのか?」
「え?」
なので、少し仕返しをしてみようと思った。
「本当に無傷なのか見せてみろ」
「ええ!? ここで?」
俺の意図を察したルーナが顔を真赤にする。
「ああ。全身だからな? 全身」
要は、全裸になれと言ってみたのだ。
ルーナはもじもじしながらも、チュニックの胸元を緩め始める。
え、まじで脱ぐの?
軽い冗談だったのだが、ルーナはやる気のようだ。
人間、言って見るものである。
「……なあ、そ、その、見るだけ、なのか?」
恥ずかしそうに、上目遣いで服を脱いでる女にそんな事を言われたら。
俺の何かがプッツンする音が聞こえて。
俺は思わず――。
「……他人の城で、痴態を繰り広げるのは止めてもらいたいんだけど」
突然、第三者の声が聞こえた。
思わず振り返ると、そこには全裸になったセレナが立っていた。
「……お前」
咄嗟にルーナを背中に隠すようにして、剣を生成する。
「酷いじゃない。燃やされるのなんて何百年ぶりかしら。さすがに灰の状態から再生するのは時間がかかるわね」
セレナの美しい肢体には火傷一つなく、とても灰になるまで燃やされた人間とは思えない。
というか、どうやったら死ぬんだよ。
「その上、苦労して再生してみれば、飽きもせず2人でイチャコライチャコラと……」
ぶわっと可視化出来るほどの魔力がセレナから放出される。
「……お前には関係ないだろ!」
俺の背中にしがみつくようにして隠れているルーナがそんな事を言う。
ルーナのセリフに、セレナは眉を吊り上げながら、牙をむき出しにした。
「ここは、私の城よっ!」
どうしよう。
正論過ぎて何も言えない。
それでも、今にもルーナに飛びかかりそうな勢いのセレナの前に立ちふさがる。
「…………」
セレナは、そんな俺を見ると目をすうっと細めた。
「ねえ、あなたは何?」
「何と言われても、善良な一般人としか答えようがないが」
セレナは俺の答えを聞いて、鼻で笑った。
「嘘おっしゃい。あなたが人間のわけないでしょう? 私に噛まれても眷属にならない。その若さで超高等魔術を使いこなす。剣術の腕も一流。それに、ねえ? 私が刺したお腹のキズはどうしたの? なんで塞がっているの?」
あれから結構な時間が立って、俺のHPは全快ではないにせよ、結構回復していた。
腹の傷もルーナが気付かないくらいには治っていた。
「あなたの正体を言いなさい。それとも、力ずくで言わされたいの?」
セレナがバキバキと爪を鳴らせる。
正直、もう勝てる気はしない。
「正体と言われても……」
俺は本当にただの一般人のつもりなのだが。
「ダメだ。絶対に言っちゃダメだ!」
ルーナが悲痛な声を上げる。
「あら、お前は知っているの? ならお前が言ってもいいのよ? 言わなければ、お前をグールに犯させて、その横でその男を私が犯してやるわ。私結構好きなのよ? 拷問」
ルーナは俺の肩をギュッと掴んだ。
そんな事は俺がさせない。
させないが、足掻いた所で結果はあまり変わらないだろう。
セレナをもう少し苦しめる事はできるかもしれないが、倒す方法は思い浮かばない。
「……俺がなんなのか話せば、見逃してくれるのか?」
「あなたが見逃せる存在ならね」
まあ、俺なんて大した存在じゃないだろう。
俺はルーナの手をとって、目配せをする。
ルーナは、そんな俺の目を見て、力なく頷いた。
「俺はこの世界の人間じゃない。もともとは別の世界に住んでいて、その世界で死んだ後に、ヴァルキリーっていう女性に言われて、この世界にやってきたんだ」
俺がそう話すと、セレナは眉間に皺を寄せた。
考える時の癖なのだろうか、口に手を当てて俯いている。
「……続けなさい」
「お前に噛まれても無事だったのは、ヴァルキリーさんにつけてもらった能力のお陰だ。腹の傷が塞がったのもそうだが、剣とか魔法はこっちに来てから独学で覚えた」
「こっちに来てからどのくらいが経つの?」
「1ヶ月半くらいかな」
「そう。たった1ヶ月半で無手魔法(アイサイトスペル)を覚えたのね。……冗談じゃないわ」
「なあ、頼む! こいつが勇者だっていうのは黙っていてくれないか?」
突然、ルーナが口を挟むと、セレナはギロリと睨みつけた。
「……勇者? 馬鹿じゃないの、小娘。この私が勇者なんかに灰にされるわけないでしょう? この子は、人間如きに召喚された勇者なんて生易しいモノじゃないわ。神に遣わされた英霊(エインヘリヤル)よ」
「エイン……?」
「あーなんか、ヴァルキリーさんもそんな事を言っていたな」
「はあ」
セレナは小さなため息を付くと、なんでわざわざ私の所にとかブツブツ呟いた。
「……いいわ。停戦協定を結びましょう。後、安心しなさい小娘。この子の事は人間には言わないわよ」
セレナはそう言って、腰に手を当てた。
大きな胸がぷるんと揺れる。
ルーナはホッとしたため息をついている。
「グラード! カレリア!」
セレナがそう叫ぶと、突然、扉が開いた。
そして、死人みたいな顔色をした老執事とメイドが入ってくる。
俺は初めて見る人間に対人恐怖症を発動させて、ルーナの手を握る。
え、セレナって一人暮らしじゃなかったの……?
「カレリアは、私とこの子の着替えを用意しなさい。グラードは、そこの小娘に別室でお茶を出して上げなさい。今からこの2人を客人とするわ」
「はい、お嬢様」「かしこまりました、お嬢様」
老執事とメイドがセレナに頭を下げる。
多分、老執事がグラードさんで、メイドがカレリアさんなのだろう。
「今日はもう遅いから、泊まっていきなさい」
セレナのそんな提案に、ルーナは俺をちらりと見てから頷いた。
まあ、たしかに疲れたしな。
「さあ、あなたは私と服を選びに行くのよ。ごめんなさいね、服破いちゃって」
セレナに腕を取られる。
生乳に腕が埋まった。
なんだろう。
みなぎってくる。
「お、おい!」
不満の声を上げるルーナをセレナが、睨みつけて黙らせる。
蛇に睨まれた蛙のようにたじろぐルーナ。
正確には吸血鬼に睨まれたエルフだが。
「心配するな。ただ着替えてくるだけだよ。変なことはしない」
「……本当だな?」
頷きながら、不安そうな表情を浮かべるルーナの頭を空いている手で撫でてやる。
不意にセレナに胸を押し付けられた気がした。
……変なことになっても我慢できる自信は全くなかった。
<i368860|21594>
今までの経緯を説明し終わると、ルーナは小難しい顔をした。
「……つまり、お前は、私が気を失っている間に、他の女と浮気をしていたということか?」
「失礼な。お前、俺の話をちゃんと聞いていたか?」
心外である。
どこをどう聞き間違えれば、そんな解釈になるんだ。
そもそも浮気ってなんだ。
俺は別にルーナと付き合っているわけではないので、浮気などという現象は成立しない。
「ちゃんと聞いていた。あの女が吸血鬼で、油断させるためにキスをしていたら、あの女が発情して脱ぎだしたのだろう? そもそもなんで油断させるためにキスをするのかがわからない」
「……あれ?」
たしかに。
そう言われるとすごく浮気っぽい。
浮気しちゃったんだろうか、俺。
なんかもっと激しいバトル的な事をしていたような気もするが、俺の乏しいコミュニュケーション能力では、そんな事を伝達できないのだ。
引きこもりとは因果なものである。
「……ねえ、なんで他の女とキスなんてするの?」
ルーナは瞳をうるうるさせながら、詰め寄ってくる。
ダメだ。この状況は既に詰んでいる。
俺の理屈で言えば、キスなんて誰とでも出来るっつーので終わるのだが、多分ほとんどの人間は理解できない。理解してくれるのは日本クズ連盟(ヒモ、博打狂い、アル中などが所属)の仲間だけだ。
そもそもなんで事細かに、セレナとの情事を説明してしまったのか。
そこはボカしとけよと思うが、ルーナが気絶していた中で、あそこが一番印象的だったのだ。
ややコミュ障も患っている俺は、素直に話してしまった。
仕方ない。
セレナくらいの美人とチューしたら、誰でもそうなるはずだ。
とにかく、今ルーナに出来る言い訳はない。
今までの人生で、こういう状況を乗り切れた例がない。
とりあえず、ダメ元でルーナを抱きしめて、耳元で囁いてみた。
「悪かった。お前が死んだと思って、気が動転してたんだ」
「…………ん」
ふざけんな、と言われてビンタが飛んでくるものと思っていたが、ルーナは素直に頷くと、俺に向かって唇を突き出してくる。
一瞬、何やってんだと思ったが、とりあえずルーナにキスをする。
触れ合うだけの軽いキスだ。
「……えへへ。そんなに私の事が心配だったのか?」
ルーナの機嫌は一瞬で直り、嬉しそうに額を押し付けてくる。
「お、おう」
俺はルーナのチョロさに戦慄を覚えた。
大丈夫だろうか、こいつ。
絶対、夜の歌舞伎町とかを一人で歩かせるのはやめようと思った。
「そもそも、お前はなんで無事なんだよ?」
ルーナの機嫌を取り終えた所で、俺は今回の騒動最大の疑問をぶつけてみた。
あれだけの雷に打たれて無傷でいられる訳がない。
「うーん、それはあの吸血鬼に聞いてみないとわからないけど。多分、私が受けたのは気絶雷(スタンパルサー)っていう風魔法の上級呪文だと思う。発動が物凄く早いけど、相手を気絶させるだけの呪文なんだ。かなり高位の風魔法使いじゃないと使えないんだぞ」
「……ほほう」
そんな便利技があるのか。
確かに、物凄い発動速度だった。
ただ見た目も派手だったんどけどなー。
もう少しわかりやすいエフェクトにしてくれないだろうか。
気絶させた相手の頭の周りにヒヨコを出すとか。
つまりなんだろう。
俺が情弱だったから、発生した勘違いということだろうか。
なんというか、物凄く。
「……恥ずかしい」
思わず口に出してしまった。
メチャクチャ恥ずかしいんだけど。
何熱くなって、新魔法開発したり、武器スキル上げたりしてんだろう。
全て勘違いだったんですけど。
カーっと顔が熱くなってくる。
「ふふっ、だから安心しろ? お前の大切な私は無傷だぞ」
嬉しそうにルーナは抱きついてくる。
俺はちょっとイラッとした。
こいつ本当にわかっているんだろうか。
俺がどんな気持ちだったか。
平和な日本育ちの俺にとって、人を殺したいと思った事なんてなかった。
ましてや、そのまま殺してしまったのだ。
セレナは人ではなくて、吸血鬼なのだが。
「……本当に、無傷なのか?」
「え?」
なので、少し仕返しをしてみようと思った。
「本当に無傷なのか見せてみろ」
「ええ!? ここで?」
俺の意図を察したルーナが顔を真赤にする。
「ああ。全身だからな? 全身」
要は、全裸になれと言ってみたのだ。
ルーナはもじもじしながらも、チュニックの胸元を緩め始める。
え、まじで脱ぐの?
軽い冗談だったのだが、ルーナはやる気のようだ。
人間、言って見るものである。
「……なあ、そ、その、見るだけ、なのか?」
恥ずかしそうに、上目遣いで服を脱いでる女にそんな事を言われたら。
俺の何かがプッツンする音が聞こえて。
俺は思わず――。
「……他人の城で、痴態を繰り広げるのは止めてもらいたいんだけど」
突然、第三者の声が聞こえた。
思わず振り返ると、そこには全裸になったセレナが立っていた。
「……お前」
咄嗟にルーナを背中に隠すようにして、剣を生成する。
「酷いじゃない。燃やされるのなんて何百年ぶりかしら。さすがに灰の状態から再生するのは時間がかかるわね」
セレナの美しい肢体には火傷一つなく、とても灰になるまで燃やされた人間とは思えない。
というか、どうやったら死ぬんだよ。
「その上、苦労して再生してみれば、飽きもせず2人でイチャコライチャコラと……」
ぶわっと可視化出来るほどの魔力がセレナから放出される。
「……お前には関係ないだろ!」
俺の背中にしがみつくようにして隠れているルーナがそんな事を言う。
ルーナのセリフに、セレナは眉を吊り上げながら、牙をむき出しにした。
「ここは、私の城よっ!」
どうしよう。
正論過ぎて何も言えない。
それでも、今にもルーナに飛びかかりそうな勢いのセレナの前に立ちふさがる。
「…………」
セレナは、そんな俺を見ると目をすうっと細めた。
「ねえ、あなたは何?」
「何と言われても、善良な一般人としか答えようがないが」
セレナは俺の答えを聞いて、鼻で笑った。
「嘘おっしゃい。あなたが人間のわけないでしょう? 私に噛まれても眷属にならない。その若さで超高等魔術を使いこなす。剣術の腕も一流。それに、ねえ? 私が刺したお腹のキズはどうしたの? なんで塞がっているの?」
あれから結構な時間が立って、俺のHPは全快ではないにせよ、結構回復していた。
腹の傷もルーナが気付かないくらいには治っていた。
「あなたの正体を言いなさい。それとも、力ずくで言わされたいの?」
セレナがバキバキと爪を鳴らせる。
正直、もう勝てる気はしない。
「正体と言われても……」
俺は本当にただの一般人のつもりなのだが。
「ダメだ。絶対に言っちゃダメだ!」
ルーナが悲痛な声を上げる。
「あら、お前は知っているの? ならお前が言ってもいいのよ? 言わなければ、お前をグールに犯させて、その横でその男を私が犯してやるわ。私結構好きなのよ? 拷問」
ルーナは俺の肩をギュッと掴んだ。
そんな事は俺がさせない。
させないが、足掻いた所で結果はあまり変わらないだろう。
セレナをもう少し苦しめる事はできるかもしれないが、倒す方法は思い浮かばない。
「……俺がなんなのか話せば、見逃してくれるのか?」
「あなたが見逃せる存在ならね」
まあ、俺なんて大した存在じゃないだろう。
俺はルーナの手をとって、目配せをする。
ルーナは、そんな俺の目を見て、力なく頷いた。
「俺はこの世界の人間じゃない。もともとは別の世界に住んでいて、その世界で死んだ後に、ヴァルキリーっていう女性に言われて、この世界にやってきたんだ」
俺がそう話すと、セレナは眉間に皺を寄せた。
考える時の癖なのだろうか、口に手を当てて俯いている。
「……続けなさい」
「お前に噛まれても無事だったのは、ヴァルキリーさんにつけてもらった能力のお陰だ。腹の傷が塞がったのもそうだが、剣とか魔法はこっちに来てから独学で覚えた」
「こっちに来てからどのくらいが経つの?」
「1ヶ月半くらいかな」
「そう。たった1ヶ月半で無手魔法(アイサイトスペル)を覚えたのね。……冗談じゃないわ」
「なあ、頼む! こいつが勇者だっていうのは黙っていてくれないか?」
突然、ルーナが口を挟むと、セレナはギロリと睨みつけた。
「……勇者? 馬鹿じゃないの、小娘。この私が勇者なんかに灰にされるわけないでしょう? この子は、人間如きに召喚された勇者なんて生易しいモノじゃないわ。神に遣わされた英霊(エインヘリヤル)よ」
「エイン……?」
「あーなんか、ヴァルキリーさんもそんな事を言っていたな」
「はあ」
セレナは小さなため息を付くと、なんでわざわざ私の所にとかブツブツ呟いた。
「……いいわ。停戦協定を結びましょう。後、安心しなさい小娘。この子の事は人間には言わないわよ」
セレナはそう言って、腰に手を当てた。
大きな胸がぷるんと揺れる。
ルーナはホッとしたため息をついている。
「グラード! カレリア!」
セレナがそう叫ぶと、突然、扉が開いた。
そして、死人みたいな顔色をした老執事とメイドが入ってくる。
俺は初めて見る人間に対人恐怖症を発動させて、ルーナの手を握る。
え、セレナって一人暮らしじゃなかったの……?
「カレリアは、私とこの子の着替えを用意しなさい。グラードは、そこの小娘に別室でお茶を出して上げなさい。今からこの2人を客人とするわ」
「はい、お嬢様」「かしこまりました、お嬢様」
老執事とメイドがセレナに頭を下げる。
多分、老執事がグラードさんで、メイドがカレリアさんなのだろう。
「今日はもう遅いから、泊まっていきなさい」
セレナのそんな提案に、ルーナは俺をちらりと見てから頷いた。
まあ、たしかに疲れたしな。
「さあ、あなたは私と服を選びに行くのよ。ごめんなさいね、服破いちゃって」
セレナに腕を取られる。
生乳に腕が埋まった。
なんだろう。
みなぎってくる。
「お、おい!」
不満の声を上げるルーナをセレナが、睨みつけて黙らせる。
蛇に睨まれた蛙のようにたじろぐルーナ。
正確には吸血鬼に睨まれたエルフだが。
「心配するな。ただ着替えてくるだけだよ。変なことはしない」
「……本当だな?」
頷きながら、不安そうな表情を浮かべるルーナの頭を空いている手で撫でてやる。
不意にセレナに胸を押し付けられた気がした。
……変なことになっても我慢できる自信は全くなかった。
<i368860|21594>
1
お気に入りに追加
1,238
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる