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第六章 穏やかな日々

第百二話 プレゼント

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 朝食から始まったデ、デ、デー……お出かけは、とてもとても楽しいものだった。劇は見応えがあって、どんどん引き込まれたし、街の散策は物珍しいものばかりで興味を引かれてばかりだ。
 本屋さんでは、魔法書みたいなのもあったが、それよりもドラゴンが表紙に描かれた魔物図鑑が気になって、じっと見ていると、ライナードがいつの間にか側に来ていて、自分の恋愛小説と一緒に買ってくれた。


(うん、次は、ちゃんと俺がお金を出さなきゃな)


 一応、書庫の整理で働いた分のお給料があるため、物の相場は良く分からないし、お金の価値もちょっと中途半端だが、ちゃんと支払えるはずだ。


(もらったのは金貨が二十枚……これが多いのか少ないのかもまだ、良く分かってないんだよなぁ……)


 ただ、本を買う時、金貨をライナードが出していたから、きっとそんなに高い価値ではないだろう。日本円で金貨一枚が数千円といったところかもしれない。

 もはや、常態化しつつある手を繋ぐという行為を、やはりちょっと恥ずかしく思いながらも行うと、ライナードは柔らかく微笑んで次はチョコ通りになることを告げてくる。


(……あぁ、もうっ、ライナードが可愛く見える俺の目は、きっとおかしいっ)


 妙にドキドキしながら、俺はチョコ通りを一緒に目指し、懐かしいチョコの香りに思わず顔を綻ばせる。


「美味しそうな匂いだな」

「む、いくつか自分達用にも買って帰るか?」

「あっ、それも良いかも」


 ただ、通りを見ていると、チョコもそうだが、特に飴細工が素晴らしいということに気づく。と、いうより、どんな小さな店でも、ただの丸い飴ばかりではなく、立派な飴細工が売られているのは、何とも珍しい。


「魔族は凝り性が多いからな。それに、飴細工はヴァイラン魔国の名物だ」


 そう言われてみれば、納得のいくことは多い。そして、確かに飴もヴァイラン魔国の名物だとは聞いていたものの、まさか、こんなに精密な飴細工があるとは思ってもみなかった。


「あれって、ブローチにしか見えないけど、飴細工なんだよな? あっ、あれとかは、家の形……おぉっ、花ばっかりもあるっ!」


 宝飾品にしか見えない飴細工があるかと思えば、ありがちな形の飴細工もある。


「し、城? っていうか、これって……」

「マリノア城だな」

「だよ、な」


 ヴァイラン魔国のお城であるマリノア城の形をした飴細工まで見つけた俺は、本当に色々な種類があるもんだと感心する。


(って、そうじゃないっ! お土産、買わなきゃっ)


 色々と美味しそうなものばかりで目移りするが、とりあえず、俺は丸いマーブル模様の飴玉だとか、中に蜜が入っている飴玉だとか、猫の顔型のチョコだとか、瓶にいくつも入っているタイプの飴玉やチョコを選んで、買おうとして……いつの間にか、ライナードに先を越されるのを繰り返す。


「ライナード、俺、払いたいんだけど……」

「む……だが、カイト、お金の価値が分かっていないと、ぼったくられるぞ?」

「ぐっ……い、いや、でも」

「それに、使用人達のお土産ならば、俺が払っても問題ないだろう?」


 そう正論で攻められると、こちらとしてはぐうの音も出ない。


「オネガイシマス」

「む」


 俺が頼めば、途端にライナードは嬉しそうな顔になる。


(でも、ライナードのお土産だけは、俺がちゃんと買うんだ!)


 チョコ通りにある雑貨屋さんもいくつか回り、俺は、ライナードには何が良いのかを必死に考える。そして……。


(あっ、この万年筆……)


 見つけたのは、小さな桜らしき花が描かれた黒の可愛らしい万年筆。ただ、可愛らしいといっても、子供向けというわけではなく、女性へのプレゼント向けらしく、その旨が少し上にポップアップされている。


(ライナードは女性じゃないけど、可愛いもの、結構好きだよな?)


 チラリとライナードを見れば、ライナードは心得たようにさっさとその万年筆を手に取ろうとして……。


「待って! これだけは、俺が払いたいからっ」


 そう言って、ライナードより先に万年筆を手に取れば、ライナードは少し固まった後、なぜか青い顔をして、ぎこちなくうなずく。


「……なら、一緒に買いに行こう。そうすれば問題ない」


 なぜ、そんなに悲壮な顔をしているのかと問いかけたい気持ちはあったものの、今は買い物が先だと言い聞かせ、一緒に店員の居るカウンターに行き、購入する。万年筆は、ライナードが値引き交渉した結果、金貨三枚だった。
 お店の人に頼んで、万年筆をラッピングしてもらった俺は、ホクホク顔でそれを受け取る。しかし、そうすると、ライナードはなぜか、悲壮感をより強めた顔になる。


「カイト、それは……」

「うん? もちろん、プレゼントだ」

「プレ、ゼント……」


 その表情に、絶望をありありと浮かべたライナードに、俺は疑問符しか浮かばないものの、もうここまで言ってしまっているのだから、渡してしまおうと考える。


「はい、ライナード」

「………………む?」


 万年筆をライナードの前に差し出すも、なぜか、ライナードの反応が鈍い。


「えっと……ライナードに、プレゼント」

「…………っ!?」


 俺の言葉に、ライナードは徐々にその顔から絶望を退かせ、驚きの表情になる。


「その、いつもお世話になってるし、それに、今日も出掛けるの、誘ってくれたし……だから、その……」


 改めて口にすると、何だか恥ずかしい。そして、ライナードが中々受け取ってくれないから不安にもなる。俺は、少しずつライナードから目を逸らすようにうつむく。


「えっと、やっぱり、この万年筆は不味かったか? 確かに女性向けだったけど、ライナードは好きなんじゃないかと「カイトっ!」わぷっ」


 やっぱり、ダメだったかと思いながら、早口で言い訳をしていると、ふいに、ライナードから抱きつかれる。


「嬉しい。ありがとう、カイト」

「う、うん」


 ギュウギュウと抱き締められて、俺は、今、混乱中だ。そして…………何か柔らかいものが、一瞬、おでこに当たる。


「本当に、嬉しい。ありがとう」

「う、うん、どういたし、まし、て……?」


 返事をしている間に、俺は、先程、ライナードから何をされたのかに思い至り、ボンッと顔を赤くする。


(キ、キ、キ、キ、キス、されたっ!?)


 その後のことは、正直、あまり覚えていない。ライナードに連れられて馬車に乗ったことは確かだが、放心状態はかなり長かったようで、気づいた時は、屋敷の部屋で夕食を食べていた。


「本日は、良き日となったようで、何よりです」


 そんなノーラの言葉がとどめとなり、俺は、しばらく思考を放棄するのだった。
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