黒板の怪談

星宮歌

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第二章 答えを求めて

第三十三話 きょうだい

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「どう、して……」


 暗がりの中、その声は、とても、とてもか細いものだったが、不自然なくらいに五人の耳にはっきりと届いた。


「どうして、どうして、どうして、どうして」


 同じ言葉を、ずっと呪詛のように繰り返す清美。しかし、それと同時に、彼らの頭の中には、誰かの記憶が流れ込んでいた。

 母親に虐待される日々と、学校で行われる陰湿ないじめによって、追い詰められる心。しかも、いじめを行っている相手が分からないという不気味さが、さらに少女を、清美を追い込んでいるようだった。そして……。


『キミのキョウダイは、ライゲツのキモダメシにサンカするヨ。キミも、サンカできるヨウニ、テハイしよウ』


 そんな言葉を見た直後、五人は全員、膝をついた。


「ねぇ、だれ? だれ? だれ? だれ??」


 きっと、この言葉だけを聞いたとしたら、意味など分からなかっただろう。しかし、五人は知ってしまった。清美がどれだけ苦しんでいたのかを、そして、どれだけ、居るかもしれない兄弟姉妹を羨み、憎んでいたのかも……。


 いつの間にか、背後の音は止んでいた。しかし、目の前の清美は、虚ろな表情のまま、ずっと、ずっと、同じ問いかけを続けている。


「ね、寧子ちゃんっ! しっかりして!」

「ころしてやる、ころしてやる、コロしてやル、コロシテヤル」


 男女のいくつかの声が、清美と混じり合い、憎悪を、殺意を、剝き出しにする。
 一人二人ではない、いくつもの憎悪が向けられ、彼らは誰もが尻込みする。ただし……。


「もしかして……いじめられて、死んだ人の呪い……?」


 その言葉で、ギョロリと、清美であって清美ではないモノが望月を睨む。


「ヤツラが、ワルイッ!」「ぼくは、しにたく、なかった……」「クルシイ、クルシイィッ」「ナンデナンデナンデナンデ」「しねしねしねしねしね」「たす、けて……」


 最後の最後、聞こえた声だけは、きっと清美のものだった。そして……。


「恐らく、清美の兄弟は俺だろう。だが、俺は清美をいじめようと思ったことはないし、そもそも清美が俺の姉か妹だというのも、今初めて、その可能性があると思い至った」


 そう声をあげたのは、芦田だった。そして、それと同時に、ピタリと不気味な声が止まる。


「俺の家は、暴力を振るう父と、それに怯える母、そして、俺と体が弱い弟が一人居る」


 淡々と語られるそれは、その口調とは裏腹に、随分と重いものだった。


「ぼう、りょく……」

「さっき、清美の記憶にあった父親の姿。あれは、俺の父親だろうと思う。俺は、あんな父親のようにはなりたくなくて、強くなりたかった。柔道を習って、どうにか母と弟を守りたかった」


 その言葉の通り、芦田は柔道を必死に習っていて、全国大会にも出場する話が出ていた。ただ、芦田自身は、大会に出るための柔道ではないと、それよりも大切なことがあると言って断ったという話も有名だった。


「俺は子供で、まだ大人のように大きな約束はできない」


 虚ろで、全てに絶望した様子だった清美の前へ、芦田は一歩踏み出す。


「それでも、約束させてくれ。俺が、必ず清美を助けるから」


 固唾を呑んで見守る四人。
 そんな中、ポタリと、清美の頬から雫がこぼれ落ちる。


「あ……」

「俺の家族を傷つけたんなら、誰が相手でも容赦しない。だから、帰ってこい、清美っ」


 そう、手を差し伸べた芦田へ、清美はそっと手を取ろうとして……。


『ユ・ル・サ・ナ・イ』


 深い深い、闇の奥から、男とも女ともつかない声達が響いてきた。
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