【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

文字の大きさ
上 下
91 / 91
番外編

091.ラルスとの初夜(四)

しおりを挟む
「綺麗な指輪ですね」
「そうなの。こっちはラルスのものじゃない? わたしの指には大きいから」

 ベアナードの寄木細工の小箱の中に収められていたのは、ペアリングだ。一つはわたしの指にぴったり。もう一つはラルスのものみたい。左手の薬指にぴったりだ。

「普段使いもできそうなデザインだねぇ」
「デザ……? 普段もこれをつけるのですか? 逢瀬のときだけではなくて? 紫の君の前で?」
「ウィルに申し訳ない? でも、これ、ウィルからの贈り物なんだよねぇ。つけていても、つけていなくても、何か言われそうだよね」
「……確かに」

 つけていたら「順調なのですね」と微笑むだろうし、つけていなかったら「喧嘩でもしたのですか」と笑いそうな気がする。そういう夫だ。

「イズミ様……あの、これ」

 寄木細工の中に、小さな紙が入れてあったみたい。気づかなかった。メッセージカードのようなものなのかな。読んだらしいラルスは、顔を真っ赤にしてわたしにそれを手渡してくる。

「えぇと……『弟でも妹でも、嬉しいな』……ん?」
「子どもたちでしょうか。絵を描いたものもありますね。『赤ちゃん楽しみ』……と、言われましても」

 ウィルフレドがラルスに渡したという命の実を思い出し、「なるほど」と頷く。つまり、夫たちも子どもたちも、ラルスの子どもを生むことに賛成である、と。
 問題は、ラルスの子どもを生んだら「聖女」がどうなるか、だよなぁ。引退かな? 家族皆で暮らせる家を造ってくれるなら、引退してもいいんだけどなぁ。
 それとも、ウィルフレドはもう聖職者たちを掌握済みなんだろうか? 夫たちが結託していたら、その可能性もありそうだ。

「……どうしますか?」
「セックスする前に逆戻りじゃん。どうしようかなぁ」

 三十歳だから、出産にはまだ耐えられると思う。育児はほとんど夫が担ってくれるものだし、子どもたちもお兄ちゃんお姉ちゃんとして協力してくれそうだし。
 カードを見ながら顔を真っ赤にしているラルスは、かなり動揺しているようだ。たぶん、ウィルフレドから命の実を手渡されたときも、そうだったんだろう。
 ラルスに抱きつくと、ビクリと体が跳ねる。そんなに驚かなくてもいいじゃん。

「ラルスはどうしたい?」
「……一番、願ってはいけないことだと、思っていました」
「そうだねぇ。わたしも、そう思ってた。じゃあ、命の実は捨てておく?」

 ラルスの、寂しそうな、悲しそうな、何とも言えない表情。そんな顔するくらいなら、素直に受け取っておけばいいのに。

「イズミ様……」
「うん」
「あの日、イズミ様が一欠片、命の実を食べてくれただけで、私は満足していました。もう、思い残すことなど何もないと、そう思って生きてきました」

 あの日……って、どの日? 命の実を一欠片? あぁ、あの夢? もしかして、あれは、夢じゃなかった? そっかー! なるほどね!

「けれど……実を前にして、私は、浅ましくも」
「孕ませたい?」
「ですから! あなたは、どうしてそう、情緒も何もない言い方しかできないんですか! せっかく柔らかい物言いで、こう」
「わたしにラルスの子どもを生んでもらいたい?」

 ラルスが無言でわたしをベッドに押し倒す。あ、ごめん、怒った? 怒っちゃった? 十年たってもまた説教されちゃうのかな?

「……当たり前じゃ、ないですか」

 絞り出すような声に、情欲を孕む声に、思わずきゅんとしてしまう。

「イズミ様のことが、好きで好きで、どうしようもなくて、諦めなければならないのに諦めきれなくて、生きている間にお会いできるだけでも幸福なことはないと思っていたのに……こんな、どうして、こんな……」
「生むよ」

 生んであげる、でもない。生みたい、でもない。考えていたら、勝手に言葉が出ていた。
 ラルスは、目をまんまるにして、わたしを見下ろしている。あぁ、ほんとイケメン。でも、イケメンじゃなくても別にいいのよ。好きな人との子どもは絶対に愛しいに決まっている。

「ラルスの子ども、生むよ。だから、命の実を食べさせて」
「い、イズミ、さま」
「それとも、もう少し、二人の時間を楽しむ? わたしはどっちでもいいよ」

 ラルスがキスをくれる。優しいキスだ。

「心変わりは、しませんか?」
「するかもね。ほら、子どもって可愛いし。もう一回、七人生んだあとで、ようやくラルスの子ども、ってなるかもしれないね」

 嘘だ。さすがに今から追加で八人生むのはきつい。死んじゃう。
 でも、ラルスには効いたみたいだ。

「しばらくは二人の時間を楽しみたいです。それから……それから、命の実を食べてください」
「ふふ。いいよ。今度はぜんぶ食べてあげる」
「約束ですよ」
「約束ね。わかった」

 笑い合って、抱きしめ合う。幸せな時間だ。さて、二回目はどうかな?

「……イズミ様」
「んー、まだ柔らかいねぇ。お風呂行く? それとも、ちょっと寝る?」

 さすがに抜かずに二回目、という元気と体力はないみたい。十年たったもんねぇ。お互い、歳を取ったもんねぇ。

「ほら、わたしが気を失うまで抱き潰してくれるんじゃなかったの?」

 わたしが得意げにラルスを見上げると、彼の瞳は一瞬でギラリと輝いた。ヤる気が出てきたみたいだ。

「……後悔しても知りませんよ」
「それはそれで楽しみ」

 ……ラルスがねちっこく攻め立ててくるタイプだと知っていたら、わたし、彼を煽らなかったんだよね。本当に。
 知らなかったんだもん。散々焦らされて焦らされて泣いても喚いても挿れてくれないとか、明け方になるまでイカせてくれないとか、知らなかった。鬼畜の所業かよ、ドSかよ、マジ無理、と薄れゆく意識の中で何度思ったことか。
 ドロドロでぐちゃぐちゃな初夜を経験して、でもまた二週間後にはそれを求めてしまうんだろうなと思いながら、わたしは気を失うかのように眠りについた。十年分の愛を注がれて、そりゃもう、大変満足しながら。

「おかあ様! 赤ちゃんできた?」
「いつ生まれる?」
「僕、お兄ちゃんになるの?」

 寝室に入ってきた子どもたちの大合唱を寝ぼけた頭で聞きながら、「幸せだなぁ」と笑うくらいには、わたしは幸福を感じていた。たぶん、これからも、ずっと幸せであり続けるんだろう。大好きな人たちの力によって。
「聖女様と七人の夫たちと一人の愛人は、可愛い子どもたちに囲まれて末永く幸せに暮らしました」なんて後世まで語られるようになるの、最高に幸せな人生じゃないの。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...