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第一夜
005.聖女、初夜の支度をする。
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「聖女宮は中央に聖女様の住まう邸があり、その周囲に七つの邸がございます。ご夫君は毎日こちらで過ごされます」
ラルスが木の板に図を描いて説明してくれる。わたしが住む場所と夫たちが住む邸は、それぞれ廊下で繋がっており、夫同士で邸を行き来することはできないよう独立しているようだ。それなら、源氏物語の中で描かれていた、女御同士のいじめのようなことは起きないってことね。
わたしは今、リビングみたいな部屋にいる。テーブルやソファ、棚、使っていないけど暖炉もある。めちゃくちゃ広い。五十畳はあるんじゃないかな。夫が七人集まっても大丈夫そうだ。
「ご夫君は毎日四つ時に鍵を開け、廊下を渡ってこちらにいらっしゃいます。来られるご夫君は七人のうち一人だけです。夜は共に眠り、翌日の二つ時までには邸に戻る、という形でございます」
一つ時とか二つ時っていうのは、聖樹殿の時計台で鳴らされる時鐘のこと。朝が一つ時、昼が二つ時、夕方が三つ時、夜が四つ時らしい。今はまだ三つ時が鳴っていない頃。鐘の音は大体四時間おきに鳴るという体感だから、八時、十二時、十六時、二十時、くらいと考えられる。
だから、今、めっちゃお腹が空いちゃって。おやつの時間だもんな。ドレスを脱ぎ、また真っ白なワンピースに着替えたわたしは、遅い昼食を食べながらラルスの話を聞いている。
野菜たっぷりのコンソメっぽいスープに、柔らかなパン。何かの肉の蒸し焼き。農業や畜産業は盛んみたい。あと、木製のものがやたら多い。スプーンもフォークも皿も木製。たぶん、聖樹の枝とかを利用しているんだろうな。
海もあるみたいだけれど、あまりに遠くて塩以外の海産物は干物くらいらしいから、生の魚介類は食べられないと覚悟したところ。刺身が食べられないのはつらいけど、我慢だわ。
「何か、大奥みたい」
「オオク?」
「将軍のハーレム。わたしの場合は女だから、逆ハーレムって言うのかな?」
「ショウ、グン? 聖女様の世界にも同じような規律があるのですね」
規律じゃないし、日本ではとっくに廃れたシステムだけどね。
「給料って出るの?」
「キュウリョウ?」
「お金よ、お金。買い物とか行ってみたいな」
「聖女様は宮から出られませんよ」
ラルスの答えに「嘘でしょ!?」と思わず叫んでしまう。じゃあ、わたしは軟禁状態ってこと? 自由はないの?
「必要なものがあれば買わせますので」
「えぇー! そんなぁ」
ウインドウショッピングとかしてみたかったのになぁ。白いワンピースばかりじゃ飽きちゃう。残念だなぁ。めっちゃ残念。
「さて、本日のご夫君はどなたを選ばれますか? 赤の君になさいますか? それとも青の君?」
「七人でしょ? 日替わりでいいよ。一週間のうち、月曜日は赤の人、火曜日は青の人を呼ぶとか決めておけば」
「イッシュー?」
「一週間……は、ないのかな?」
一月は三十日、〇と五のつく日は休息日なんだそうだ。月は十二ヶ月あるようだけど、一月二月という名前じゃないみたい。
一週間がなくても、日替わりでいいや。二週間夫と一緒に寝て、一日だけ一人で眠る形にしておけば、ぴったりじゃない?
「なるほど、いいですね。それでは日程表を作ってみましょう」
ラルスは木の板に数字と文字を書き入れていく。一日・八日・十六日・二十三日が赤、二日・九日・十七日・二十四日が青、といった具合に。もちろん、なんて書いてあるのかはさっぱりわからないんだけど。
十五日と三十日は、わたし一人の日。今日は、花中月の一日らしいから、赤の人と一緒に眠るということね。
ラルスは早速宮女官を呼び、日程表を夫たちに届けさせる。都合が悪ければ変更もできると伝えておいたけれど、夫たちから反対意見は出なかった。
皆遠慮しているのかしら? わたしは楽でいいのだけど。まぁ、これから、よね。
「あの、ラルス様」
宮女官のスサンナおばちゃんが、恐る恐るといったふうでわたしのウエディングドレスを持ってきた。カラフルな刺繍になった、お色直し後のドレスだ。
わたしはお風呂に入った直後で、ちょうどタオルで髪を拭いているときだった。ちなみに、寝間着は赤色のワンピース。眠るときは夫の国の色に合わせるみたい。
「婚礼衣装のことで気がついたことがございまして」
ラルスは人払いをし、スサンナの話を聞くことにしたようだ。わたしはあまり水を吸わないタオルを駆使して、必死に髪を拭いていた。めっちゃ必死。この世界にはドライヤーがないんだもの。
電気というものがないから夜の明かりはどうするのかと思っていたら、蓄光石っていうものをランプに入れて持ってきてくれた。昼間に光を集め、夜に利用するみたい。ランプを天井に吊るすと、部屋はそれなりに明るくなる。持ち手のついたランプはアンティークっぽくて可愛らしい。
夜通し明かりが必要な場所にはオイルのランプが使われているらしいのだけど、聖女宮のような木造の邸内ではほとんど使わないんだそうだ。火事が怖いもんね。
「刺繍の色が……八色ございます」
あれ? 七色じゃなかったの? 七つの国で、七人の夫なんでしょ?
ラルスも慌ててドレスを確認する。わたしもタオルを使いながら後ろから覗いてみる。スサンナはランプを手にラルスに説明している。
「これは……」
「わぁ、黒い刺繍だ」
茶色ではない。紺色でもない。真っ黒な蔦のような刺繍が、ドレスの背面にあった。七色と綺麗に調和しており、違和感はない。ランプのせいで黒く見えるのかもしれないけど、でも茶色とは明らかに違う。
八色の糸の何が悪いのかわからないけれど、ラルスは慌てた様子でドレスを抱え、部屋を出ていってしまった。明日の朝、もう一度確認するんだろうな。
しばらくして、時計台のほうから四つ時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「やだ、まだ髪乾いてないのに」
明日は早めにお風呂に入らなきゃ。スサンナが慌ててブラシを持ってきてくれたけれど、生乾きで夫に会う羽目になるのだった。
ラルスが木の板に図を描いて説明してくれる。わたしが住む場所と夫たちが住む邸は、それぞれ廊下で繋がっており、夫同士で邸を行き来することはできないよう独立しているようだ。それなら、源氏物語の中で描かれていた、女御同士のいじめのようなことは起きないってことね。
わたしは今、リビングみたいな部屋にいる。テーブルやソファ、棚、使っていないけど暖炉もある。めちゃくちゃ広い。五十畳はあるんじゃないかな。夫が七人集まっても大丈夫そうだ。
「ご夫君は毎日四つ時に鍵を開け、廊下を渡ってこちらにいらっしゃいます。来られるご夫君は七人のうち一人だけです。夜は共に眠り、翌日の二つ時までには邸に戻る、という形でございます」
一つ時とか二つ時っていうのは、聖樹殿の時計台で鳴らされる時鐘のこと。朝が一つ時、昼が二つ時、夕方が三つ時、夜が四つ時らしい。今はまだ三つ時が鳴っていない頃。鐘の音は大体四時間おきに鳴るという体感だから、八時、十二時、十六時、二十時、くらいと考えられる。
だから、今、めっちゃお腹が空いちゃって。おやつの時間だもんな。ドレスを脱ぎ、また真っ白なワンピースに着替えたわたしは、遅い昼食を食べながらラルスの話を聞いている。
野菜たっぷりのコンソメっぽいスープに、柔らかなパン。何かの肉の蒸し焼き。農業や畜産業は盛んみたい。あと、木製のものがやたら多い。スプーンもフォークも皿も木製。たぶん、聖樹の枝とかを利用しているんだろうな。
海もあるみたいだけれど、あまりに遠くて塩以外の海産物は干物くらいらしいから、生の魚介類は食べられないと覚悟したところ。刺身が食べられないのはつらいけど、我慢だわ。
「何か、大奥みたい」
「オオク?」
「将軍のハーレム。わたしの場合は女だから、逆ハーレムって言うのかな?」
「ショウ、グン? 聖女様の世界にも同じような規律があるのですね」
規律じゃないし、日本ではとっくに廃れたシステムだけどね。
「給料って出るの?」
「キュウリョウ?」
「お金よ、お金。買い物とか行ってみたいな」
「聖女様は宮から出られませんよ」
ラルスの答えに「嘘でしょ!?」と思わず叫んでしまう。じゃあ、わたしは軟禁状態ってこと? 自由はないの?
「必要なものがあれば買わせますので」
「えぇー! そんなぁ」
ウインドウショッピングとかしてみたかったのになぁ。白いワンピースばかりじゃ飽きちゃう。残念だなぁ。めっちゃ残念。
「さて、本日のご夫君はどなたを選ばれますか? 赤の君になさいますか? それとも青の君?」
「七人でしょ? 日替わりでいいよ。一週間のうち、月曜日は赤の人、火曜日は青の人を呼ぶとか決めておけば」
「イッシュー?」
「一週間……は、ないのかな?」
一月は三十日、〇と五のつく日は休息日なんだそうだ。月は十二ヶ月あるようだけど、一月二月という名前じゃないみたい。
一週間がなくても、日替わりでいいや。二週間夫と一緒に寝て、一日だけ一人で眠る形にしておけば、ぴったりじゃない?
「なるほど、いいですね。それでは日程表を作ってみましょう」
ラルスは木の板に数字と文字を書き入れていく。一日・八日・十六日・二十三日が赤、二日・九日・十七日・二十四日が青、といった具合に。もちろん、なんて書いてあるのかはさっぱりわからないんだけど。
十五日と三十日は、わたし一人の日。今日は、花中月の一日らしいから、赤の人と一緒に眠るということね。
ラルスは早速宮女官を呼び、日程表を夫たちに届けさせる。都合が悪ければ変更もできると伝えておいたけれど、夫たちから反対意見は出なかった。
皆遠慮しているのかしら? わたしは楽でいいのだけど。まぁ、これから、よね。
「あの、ラルス様」
宮女官のスサンナおばちゃんが、恐る恐るといったふうでわたしのウエディングドレスを持ってきた。カラフルな刺繍になった、お色直し後のドレスだ。
わたしはお風呂に入った直後で、ちょうどタオルで髪を拭いているときだった。ちなみに、寝間着は赤色のワンピース。眠るときは夫の国の色に合わせるみたい。
「婚礼衣装のことで気がついたことがございまして」
ラルスは人払いをし、スサンナの話を聞くことにしたようだ。わたしはあまり水を吸わないタオルを駆使して、必死に髪を拭いていた。めっちゃ必死。この世界にはドライヤーがないんだもの。
電気というものがないから夜の明かりはどうするのかと思っていたら、蓄光石っていうものをランプに入れて持ってきてくれた。昼間に光を集め、夜に利用するみたい。ランプを天井に吊るすと、部屋はそれなりに明るくなる。持ち手のついたランプはアンティークっぽくて可愛らしい。
夜通し明かりが必要な場所にはオイルのランプが使われているらしいのだけど、聖女宮のような木造の邸内ではほとんど使わないんだそうだ。火事が怖いもんね。
「刺繍の色が……八色ございます」
あれ? 七色じゃなかったの? 七つの国で、七人の夫なんでしょ?
ラルスも慌ててドレスを確認する。わたしもタオルを使いながら後ろから覗いてみる。スサンナはランプを手にラルスに説明している。
「これは……」
「わぁ、黒い刺繍だ」
茶色ではない。紺色でもない。真っ黒な蔦のような刺繍が、ドレスの背面にあった。七色と綺麗に調和しており、違和感はない。ランプのせいで黒く見えるのかもしれないけど、でも茶色とは明らかに違う。
八色の糸の何が悪いのかわからないけれど、ラルスは慌てた様子でドレスを抱え、部屋を出ていってしまった。明日の朝、もう一度確認するんだろうな。
しばらくして、時計台のほうから四つ時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「やだ、まだ髪乾いてないのに」
明日は早めにお風呂に入らなきゃ。スサンナが慌ててブラシを持ってきてくれたけれど、生乾きで夫に会う羽目になるのだった。
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