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96話、弟。
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『駅に着いたから、今から帰るよ』
姉ちゃんからのメッセージは、定時ちょっとすぎに入っていた。
前期試験は午前中だけで終わっていたので、午後は買い出しと料理の仕込みに時間を使うことができた。
豚の角煮、鯛の昆布シメ、焼き大根の味噌汁、ほうれん草とベーコンのソテー、白菜の浅漬け。我ながら、結構頑張ったと思う。久々に圧力鍋を使ったよ。
姉ちゃんが大好きな出し巻きは今から作る。味噌汁を作るときに取った出汁を残しておいたから、それを卵液に使って。
喜んでくれるといいなぁ、とにやにやしながら、手際よく玉子を巻いていく。板長に仕込まれたから、もうほとんど失敗しない。
本当に板長にはお世話になったから、店長と幸せになってくれるといいなぁ。それにしても、フジコちゃんをコウイチが捕まえるなんて、どんな奇跡が起こるかわからないなぁ。
「……」
出し巻きを切り分けて、大根おろしを皿の隅に置く。ふと、時計を見ると、結構な時間がたっていた。
メッセージを受信して、何分、たった?
駅からマンションまで、十五分もかからないのに、姉ちゃんはまだ帰ってこない。
「まさか」
また、変な人に絡まれたり、刺されそうになったりしているのでは!?
思わず、スマートフォンを引っつかんで、サンダルに足を突っ込んで、玄関のドアを押し開ける。
「わ、姉ちゃん!?」
押し開いたドアの先に、姉ちゃんがぼんやりと立っていた。
「どうしたの、何かあったの?」
「え、ううん、何も」
見るからに顔色が悪い姉ちゃんを部屋に入れて、ソファに座らせる。テーブルには、既に料理を置いてある。それを姉ちゃんはぼんやりと見つめている。
熱射病にでもなったのか?
熱はなさそうだけど。
「姉ちゃん、あと少しでできるから、ちょっと待ってて」
出し巻きを運んで、ご飯をよそって――と、姉ちゃん?
茶碗を持ったままの俺に、後ろから姉ちゃんが抱きついてきた。背中に顔を埋めているようで、姉ちゃんの表情がわからない。腕が震えている。
「何か、あったんだね?」
茶碗をおいて、姉ちゃんの腕を引っ張る。姉ちゃんをこちらに向かせると、ボロボロと涙を流している。化粧もボロボロだ。
泣くほど俺の料理が嬉しいというわけではないだろう。
姉ちゃんがまた抱きついてきて、俺の胸に顔を埋めて嗚咽を繰り返す。何があったかわからないが、これは、夕食どころではなさそうだなぁ。
「姉ちゃん? ソファに行こう?」
姉ちゃんがいやいやを繰り返すので、問答無用で引きずっていく。泣き顔を見られたくなくて抱きついてくる癖があるだけなので、別にキッチンにいたいというわけではないはず。
冷房の効いたリビングのソファの定位置に座らせようとすると、やはり抱きついてきて、押し倒される。
たぶん、積極的に俺を襲っているわけでもないだろう。
「姉ちゃん」
意図がわからないと、対処のしようがないなぁ。
髪を撫でながら、姉ちゃんの嗚咽がおさまるのを待つ。料理が冷めるとか、姉ちゃんの化粧がお気に入りのシャツに染み込むとか、気にしない。姉ちゃん以上に大事なものなんて、俺にはないのだから。
「マドカ」
姉ちゃんの睫毛が動いて、遠慮がちに俺を見上げる。濡れた瞳。ティッシュを渡すと、素直に受け取る。
ぐいと腰を引っ張って、姉ちゃんの顔を俺の顔に近づける。姉ちゃんは慌てて顔を伏せようとするけれど、逃がさない。
「マドカ、どうしたの」
「……っ、ショウ、あの」
「うん?」
姉ちゃんは仕方なくといった感じで、俺の耳元に顔を埋めた。このほうが声を聞き取りやすい。
姉ちゃんの熱い体を抱きしめて、背中をゆるゆると撫でる。ブラウスの肌触りがいい。スカートも、ストッキングも、好きだ。
「私、ショウのこと、好き、なの」
「うん」
「でも、どう、しても……どうしても……その、こわくて」
処女だから、じゃない。
姉ちゃんが言いたいのは、俺たちの関係性のことだ。すぐにわかる。
姉ちゃんは、最初、ものすごく葛藤していた。それを俺が無理やり「ゴム、つけて」と言わせたのだ。俺自身の欲望のために。
姉ちゃんは真面目だから、俺の前では「姉」であろうとする。「ショウの姉だから」ということを念頭において行動する。
だから、「姉」として「弟」と関係を持ってはいけないと、今も葛藤している。
今なら――引き返せるのではないか、と考えているのだ。
「わかって、るの。もう、関係を、持っちゃって、いるのは、取り返しが、つかないこと、だって」
「うん。でも、今の姉ちゃんは、流されたくない、と思ってる。姉ちゃんが俺を拒絶して、俺に嫌われるんじゃないかって、怯えているんだね?」
「……うん。好き、だけど、これ以上は……その」
「進めない?」
耳元で姉ちゃんがうなずいた。
欲より理性が勝った、ということか。
俺には備わっていない思考回路だ。
「姉ちゃん、俺は、引き返すつもりはないよ。姉ちゃんを手放すつもりもない。姉ちゃんと添い遂げる覚悟があるから、姉ちゃんを抱いたの」
「でも、今は、違う。私は、忘れたから……忘れちゃった、から」
「うん。だから、今なら引き返せるって思ったんだよね。キスだけで終わりにしようって」
できるわけないのに。
姉ちゃんの体が、俺を欲していることくらいわかっている。
姉ちゃんの渇きを、潤して、満たしてあげられるのは、俺だけなのに。
「――わかった」
姉ちゃんが耳元で深いため息を吐き出す。俺が了承した、と思ったのだろう。
まさか。
俺は姉ちゃんを手放さない。絶対に、だ。
「キスして」
「え……?」
「キスして、マドカ」
姉ちゃんはそっと起き上がって、恐る恐る唇に触れた。控えめなキス。時間がたっても、唇は、離れない。
姉ちゃんの頬に触れ、唇を柔らかく食む。姉ちゃんも少し口を開けてそれに応じる。俺のもう一方の腕は姉ちゃんの腰を抱いたままだ。
口内へ舌を侵入させても、追い出されはしない。舌を絡めてきて、もっと、とお願いされる。最後のキスだと思って、しっかり味わおうとする姉ちゃんの顔がいじらしくてかわいい。
どちらのものかわからない唾液を飲み干して、酔わせて欲しいと願う。酔わせて、俺に真実を告げる勇気を与えて欲しい。
「……んっ、は……ショウ、ダメっ」
ち。ブラウスのボタンを外していることに気づかれたか。あと少しで胸がぜんぶ出てくるところだったのに。惜しい。
「ダメ?」
「ダメ」
「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ、好きだよ……大好きだよ」
大好きなんだね。
良かった。まだ、嫌われてない。
「それなら、障害はないよ。ここには、愛し合っている男と女しかいない。セックスをする上で、問題はない」
「でも」
「マドカ」
姉ちゃんの視線をこちらに縛りつけて、俺は笑う。うまく笑えたか、自信ないけど。
「言ったでしょ。何の障害もない、って。どういう意味か、わかるでしょ?」
姉ちゃんは、目を真ん丸にして、俺を見つめる。
「どういう……?」
「マドカ。俺たちは」
姉ちゃんから、「姉」を解放してあげるよ。重くて苦しいだけの背徳の鎖を、今、壊してあげよう。
「――血の繋がった姉弟じゃない」
姉ちゃんからのメッセージは、定時ちょっとすぎに入っていた。
前期試験は午前中だけで終わっていたので、午後は買い出しと料理の仕込みに時間を使うことができた。
豚の角煮、鯛の昆布シメ、焼き大根の味噌汁、ほうれん草とベーコンのソテー、白菜の浅漬け。我ながら、結構頑張ったと思う。久々に圧力鍋を使ったよ。
姉ちゃんが大好きな出し巻きは今から作る。味噌汁を作るときに取った出汁を残しておいたから、それを卵液に使って。
喜んでくれるといいなぁ、とにやにやしながら、手際よく玉子を巻いていく。板長に仕込まれたから、もうほとんど失敗しない。
本当に板長にはお世話になったから、店長と幸せになってくれるといいなぁ。それにしても、フジコちゃんをコウイチが捕まえるなんて、どんな奇跡が起こるかわからないなぁ。
「……」
出し巻きを切り分けて、大根おろしを皿の隅に置く。ふと、時計を見ると、結構な時間がたっていた。
メッセージを受信して、何分、たった?
駅からマンションまで、十五分もかからないのに、姉ちゃんはまだ帰ってこない。
「まさか」
また、変な人に絡まれたり、刺されそうになったりしているのでは!?
思わず、スマートフォンを引っつかんで、サンダルに足を突っ込んで、玄関のドアを押し開ける。
「わ、姉ちゃん!?」
押し開いたドアの先に、姉ちゃんがぼんやりと立っていた。
「どうしたの、何かあったの?」
「え、ううん、何も」
見るからに顔色が悪い姉ちゃんを部屋に入れて、ソファに座らせる。テーブルには、既に料理を置いてある。それを姉ちゃんはぼんやりと見つめている。
熱射病にでもなったのか?
熱はなさそうだけど。
「姉ちゃん、あと少しでできるから、ちょっと待ってて」
出し巻きを運んで、ご飯をよそって――と、姉ちゃん?
茶碗を持ったままの俺に、後ろから姉ちゃんが抱きついてきた。背中に顔を埋めているようで、姉ちゃんの表情がわからない。腕が震えている。
「何か、あったんだね?」
茶碗をおいて、姉ちゃんの腕を引っ張る。姉ちゃんをこちらに向かせると、ボロボロと涙を流している。化粧もボロボロだ。
泣くほど俺の料理が嬉しいというわけではないだろう。
姉ちゃんがまた抱きついてきて、俺の胸に顔を埋めて嗚咽を繰り返す。何があったかわからないが、これは、夕食どころではなさそうだなぁ。
「姉ちゃん? ソファに行こう?」
姉ちゃんがいやいやを繰り返すので、問答無用で引きずっていく。泣き顔を見られたくなくて抱きついてくる癖があるだけなので、別にキッチンにいたいというわけではないはず。
冷房の効いたリビングのソファの定位置に座らせようとすると、やはり抱きついてきて、押し倒される。
たぶん、積極的に俺を襲っているわけでもないだろう。
「姉ちゃん」
意図がわからないと、対処のしようがないなぁ。
髪を撫でながら、姉ちゃんの嗚咽がおさまるのを待つ。料理が冷めるとか、姉ちゃんの化粧がお気に入りのシャツに染み込むとか、気にしない。姉ちゃん以上に大事なものなんて、俺にはないのだから。
「マドカ」
姉ちゃんの睫毛が動いて、遠慮がちに俺を見上げる。濡れた瞳。ティッシュを渡すと、素直に受け取る。
ぐいと腰を引っ張って、姉ちゃんの顔を俺の顔に近づける。姉ちゃんは慌てて顔を伏せようとするけれど、逃がさない。
「マドカ、どうしたの」
「……っ、ショウ、あの」
「うん?」
姉ちゃんは仕方なくといった感じで、俺の耳元に顔を埋めた。このほうが声を聞き取りやすい。
姉ちゃんの熱い体を抱きしめて、背中をゆるゆると撫でる。ブラウスの肌触りがいい。スカートも、ストッキングも、好きだ。
「私、ショウのこと、好き、なの」
「うん」
「でも、どう、しても……どうしても……その、こわくて」
処女だから、じゃない。
姉ちゃんが言いたいのは、俺たちの関係性のことだ。すぐにわかる。
姉ちゃんは、最初、ものすごく葛藤していた。それを俺が無理やり「ゴム、つけて」と言わせたのだ。俺自身の欲望のために。
姉ちゃんは真面目だから、俺の前では「姉」であろうとする。「ショウの姉だから」ということを念頭において行動する。
だから、「姉」として「弟」と関係を持ってはいけないと、今も葛藤している。
今なら――引き返せるのではないか、と考えているのだ。
「わかって、るの。もう、関係を、持っちゃって、いるのは、取り返しが、つかないこと、だって」
「うん。でも、今の姉ちゃんは、流されたくない、と思ってる。姉ちゃんが俺を拒絶して、俺に嫌われるんじゃないかって、怯えているんだね?」
「……うん。好き、だけど、これ以上は……その」
「進めない?」
耳元で姉ちゃんがうなずいた。
欲より理性が勝った、ということか。
俺には備わっていない思考回路だ。
「姉ちゃん、俺は、引き返すつもりはないよ。姉ちゃんを手放すつもりもない。姉ちゃんと添い遂げる覚悟があるから、姉ちゃんを抱いたの」
「でも、今は、違う。私は、忘れたから……忘れちゃった、から」
「うん。だから、今なら引き返せるって思ったんだよね。キスだけで終わりにしようって」
できるわけないのに。
姉ちゃんの体が、俺を欲していることくらいわかっている。
姉ちゃんの渇きを、潤して、満たしてあげられるのは、俺だけなのに。
「――わかった」
姉ちゃんが耳元で深いため息を吐き出す。俺が了承した、と思ったのだろう。
まさか。
俺は姉ちゃんを手放さない。絶対に、だ。
「キスして」
「え……?」
「キスして、マドカ」
姉ちゃんはそっと起き上がって、恐る恐る唇に触れた。控えめなキス。時間がたっても、唇は、離れない。
姉ちゃんの頬に触れ、唇を柔らかく食む。姉ちゃんも少し口を開けてそれに応じる。俺のもう一方の腕は姉ちゃんの腰を抱いたままだ。
口内へ舌を侵入させても、追い出されはしない。舌を絡めてきて、もっと、とお願いされる。最後のキスだと思って、しっかり味わおうとする姉ちゃんの顔がいじらしくてかわいい。
どちらのものかわからない唾液を飲み干して、酔わせて欲しいと願う。酔わせて、俺に真実を告げる勇気を与えて欲しい。
「……んっ、は……ショウ、ダメっ」
ち。ブラウスのボタンを外していることに気づかれたか。あと少しで胸がぜんぶ出てくるところだったのに。惜しい。
「ダメ?」
「ダメ」
「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ、好きだよ……大好きだよ」
大好きなんだね。
良かった。まだ、嫌われてない。
「それなら、障害はないよ。ここには、愛し合っている男と女しかいない。セックスをする上で、問題はない」
「でも」
「マドカ」
姉ちゃんの視線をこちらに縛りつけて、俺は笑う。うまく笑えたか、自信ないけど。
「言ったでしょ。何の障害もない、って。どういう意味か、わかるでしょ?」
姉ちゃんは、目を真ん丸にして、俺を見つめる。
「どういう……?」
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