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五章.周辺事情

2.武生の負い目

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「あの時は、ごめん」

 なんて‥謝れば済むっていうようなことではないことは、分かっている。
 そんな簡単なことではない。
 だけど、だからといって謝らないでいいことなのだろうか? そうとも思えない。だけど、謝りたいという俺の思いはただの、自己満足だということも分かる。
 そんなモヤモヤした思いを今まで何度となくめぐらせてきた。
 四朗はもう気にしていなければいいのに。
 そんな都合のいいことを考えてしまいもする。

「記憶が戻ったんだ」

 って言われたとき、
 ‥どういうことだろう。どういう意味だろう。
 って思った。
 そして、直ぐ「ああ、そういうことにしておけってことか」って納得した。

 四朗は、自分が誰かとすり替わっていたことを俺も気づいていないと思っているのだろう。
 だから、四朗に戻った、ではなく記憶が戻った、と言ったのだろう。

 ‥なら、そう思わせておいたほうがいいのだろう。
 今、四朗が戻ってきて、俺に「戻った」と言ったということは、俺のこと許すってことなんだろうか? それは、俺の都合のいい解釈なのだろうか。
 四朗に確認しない限り、全部推測でしかない。‥本当のことは分からない。
 だけど‥確認するのは怖い。

 考えても分からないなら考えるだけ無駄なんだけど、考えることをやめられない。
 あの時のこと‥実は四朗はそんなに気にしてなくて‥怒ってなかった? 
 それはない。
 その証拠に、四朗はあの時からしばらくは俺を避けていた。学校に行く以外家から出ることもなかった。
 思えばあの時から‥四朗は変わった。元々そう社交的ではなかったが‥あの時以降、一人でいることが増えた。

 「今の四朗」とは想像もできないくらい、四朗は一人だったんだ。それも自ら望んで、だ。

 目立たないわけがない。あの容姿だ。
 だけど決して出しゃばらず、徹底して目立つ行動をしない姿勢でひっそり暮らす四朗は、本当に目立たない生徒だったんだ。常に成績以外では目立っていた相崎は四朗のいい隠れ蓑だった。
 そんな風に暮らす四朗を見るのは辛かった。
 四朗をこんな風にしてしまったのは、俺だ。いつか謝らないといけない。そればかり思っていた。

 ‥俺は四朗に完全な負い目があったんだ。
 そして、10歳の時四朗が事故にあった。俺の目の前で、だ。
 翌日、四朗を病院に見舞った時俺はすぐ、そこに寝ているのが四朗じゃないって気付いた。
 確かに顔は‥見た目は四朗に間違いはなかった。だけど、何か違和感があったんだ。

 俺には‥よく似た顔の他人にしか見えなかったんだ。

 丁度医者から説明を受けているらしく、四朗の傍には四朗の母親はいなかった。
 四朗‥否、四朗によく似た他人には、見たことのない男女が付き添っていた。
 派手な感じ(※ 当時の武生には、華やかっていう形容は分からなかった)の中学生‥高校生には見えなかった‥位の女と、20代の男。両方とも見たことは無かったが、その顔はどことなく四朗と似ていた。
 親戚かな? って思った。
 男の方が俺に気付き、表情のない顔で
「四朗は大丈夫ですよ」
 と言った。
 ただそれだけだったのだけど、俺にはそれが「この子は確かに四朗ですよ」と、念を押している様に聞こえた。
 ゾクリとした。
 まるで生気を感じさせない‥人形の様に異様に綺麗な男だった。額に小さな模様の様な‥赤い痣がある。
 もう一人の女も振り向いて、俺を見る。この女の額にもやっぱり同じ小さな赤い痣があった。
 女はうっすら微笑んでいる。
 だけど、驚くほど温度が感じられなかった。
 冷笑しているわけでは無い。ただ、綺麗な絵画みたいに見えた。
 確かにそこに存在しているのに、まるで残像みたいな存在感のなさ。異様な程の美貌。
 またゾクっとして‥冷や汗が頬を伝った。部屋を出ようと後ろ手に扉の取ってに手をかけた(病院の扉だから当然引き戸だ)俺を引き留めるように‥男が立ち上がり、右手で俺の腕を掴んだ。
 一瞬、とっさに身構えた。
 男の手は冷たいかと思ったが(何となくそんなイメージがあった)そんなこともなく‥それどころか、感触がなかった。
 温度も、感触も、感じられない。
 そのことは俺に更なる恐怖心を抱かせた。
 まるで触れていないかのよう‥だけど、男の手は確かに俺の腕を掴んでいる。
 視覚と触角が一致しない‥
 信じられない光景に、俺は目を見開いた。
 男は、さっきと寸分変わらない無表情と表情のない口調で、俺に
を守ってやってほしい」
 と頼んできた。

 守る? 

 なぜ俺が四朗(偽物)を守る? そもそもなぜこの男がそれを俺に頼む? 
 そもそもこいつは何者だ? 
 男の言っていることは、何もかもがわからなかったが、なぜか「守らなければならない」と思った。‥思わせらえた。
 その日は‥その後どうやって家に帰ったか覚えていない。
 ‥這う這うの体で家に逃げ帰った俺は、その後二三日熱を出して寝込んだ。

 その間俺はずっと、悪夢を見続けたんだ。
 暗い所に小山座りしている四朗。「四朗」って呼ぶと、頭を上げて、寂し気に微笑んで、俺を見る。そして、また俯いて座り込む。
 四朗は何も言わない。俺の事を責めるわけでも、非難するわけでもなく、ただ、一瞬だけ顔を上げて、寂し気に俺をじっと見るだけ。
 そして、座り込んで‥泣いていた(?)四朗は次の瞬間車に轢かれる。
 ‥それは、いつしか、あの時の事故の記憶にと入れ替わっていき、まるであの事故は「俺のせいで」起こったかのように思えるのだった。(※ となるように、月桂が洗脳した)

 四朗は‥俺のことでショックを受けて‥車に飛び込んだ?

 だけど、直ぐ「そんな5年も6年も前のことで‥」って思いなおした。「そんなわけはない」って。
 そんな夢を何度も見た。そして、汗をぐっしょりかいて‥飛び起きる。

 俺は目が覚める度、「今度は「あの四朗」に声をかけないぞ(だって、「あの四朗」は俺の罪悪感が生み出した偽物で、本物の四朗じゃないんだから)」って誓うんだけど、夢の中の俺は四朗に声をかけてしまう。
 ‥俺の意思なんて関係なく、だ。
 あの四朗だけじゃなく、この夢自体‥俺の罪悪感が見せている夢だって思った。
 四朗はそんなこともう思ってない。‥俺が気にしなければ、それで終わることだ。
 だけど‥
 その度に、四朗に対して申し訳ない気持ちになるんだけど‥同時に煩わしい‥もう勘弁してくれって思った。そして、(被害者である四朗に対して)そんなことを思ってしまう自分がたまらなく嫌だった。

 ‥四朗に逆ギレする自分はとんでもない最低野郎だって思った。

 あの男女二人に会ったのはあの時一度きりだった。
 後で誰に(病院のナースやスタッフたちだ)聞いても、あの二人のことを見た者はいなかった。(※ なぜって、病院全員がグルだから。だけど、そんなこと勿論武夫は知らない)
 四朗の家のお手伝いさんも「そんな親戚のことは聞いたことがない」と言った。(※ これはホントに知らない。だって、ホントにそんなものいないんだから)
 四朗の母親には確認していないが、四朗の母親よりこの家のことを知っているお手伝いさんが知らないなら‥四朗の母親にはこのことを言わない方がいいだろう‥と何故かその時はそう思った。
 もしかしたら、それを言うことで他所の家庭に波風を立ててもいけない。(四朗の親父は色男で若いから他所に女がいて、あの女は隠し子だ‥とかかもしれない‥とかだな。あの男は‥隠し子の異父兄弟とか? )
 そんな‥しなくてもいい心配をしたんだ。(冷静に考えたら、四朗は四朗の父親の18歳の時の子どもだから、四朗より年上の子どもがいるとか‥ないだろう。絶対ないとはいいきれないが、かなり考えたくないケースだ)
 小学生の頃の俺は、‥無駄に耳ざとくって、大人ぶっていて、「(根拠もない)いらんことを考える子供」だったんだ。
 四朗の見舞いに四朗の母親(義理)がいないときを見計らって四朗に正体は明かせない四朗の義父兄妹が来ていて、多分、本物の四朗を連れて行った。そして、ここには偽物の四朗を置いて行った。
 さっき、俺に言った「四朗は大丈夫」はつまり、本物の四朗は大丈夫って話で、俺にさっき頼んだ「四朗を守って」は(偽物の)四朗の「秘密」を守って欲しい‥ってことなのでは? 
 そんなくだらないことを想像したんだ(※ これは月桂の催眠は関係ない。勝手に武生が思い込んだだけ)
 そんなくだらないことを‥俺は勝手に想像して、勝手に決めつけた。そして、勝手に「俺だけの秘密にしておこう」って思った。
 ‥今思えば、ホントにくだらないことを考えた。
 

 まあともかく。
 俺は四朗に対する同情(父親に裏切られてたとか可哀そう‥)と「負い目」から、四朗の代わりに四朗として暮らすあの子が四朗ではないとばれないようにしなければいけない、と感じるようになっていた。
 そして、それが自分の罪に対する罪滅ぼしになるって‥当時の俺は何故かそう思い込んでいたんだ。(※ 言うまでもなく、月桂がそう思うように仕向けた。武生が繰り返し見た夢(だと武生は思っている)も月桂の催眠術)
 そしていつしかそれは責任感に変わっていった。(※ 月桂の催眠完了)
 
 正直、難しい仕事じゃなかった。
 相手は俺を嫌っている四朗じゃない。アイツは四朗じゃないんだから、俺はアイツに対して罪悪感を感じる必要はない。だけど、「ホントはこいつは本物の四朗で、記憶喪失になった振りをしているだけかも」って思う時はあった。だけど、目の前の四朗(偽物)はやっぱり‥記憶がないだけではなく‥四朗じゃない。
 困惑する度に(※ 時々催眠術が解ける)「いや、俺の罪滅ぼしをしなければ‥」って思いなおした。(※ 月桂が催眠術をかけなおした)
 結局アイツ(偽物の四朗)が誰だかは分からない。そして、何のために入れ替わっていたのかも、分からない。だけど‥どうやら、もう入れ替わる必要はなくなった様だ。

 あの時、四朗に似た女が四朗(偽物)を連れ出して‥いま、ここに居るのは‥本物の四朗だ。

 あの瞬間、俺の使命も同時に終わった。
 四朗はどうやら、俺に今までのことを話す気はなさそうだ。
 ‥だけど、俺も聞く気はない。四朗が話したくないなら俺も聞かない‥とかいうより、きっと俺が聞いても仕方がないことだろうから。(※ 聞く資格があるほど迷惑を掛けられているわけだが)

 これから、俺はどう過ごせばいいんだろうか。否、そう過ごしたいんだろうか。

 もう償いはすんだから、関わる必要はなくなった‥とも思えるし、逆に「それはそれ、これはこれ」って気もする。
 今まで偽物の世話をする = 本物の罪滅ぼしって思ってたことの方が‥おかしいんだ。
 あれこれ考えて頭がこんがらがって、「もういっそ、四朗に関わるのをやめよう」って思ったのに、四朗はまるでそんなのお構いなしに‥まるでなんにもなかったように振る舞ってるんだ。

 それどころか、あの時のことすらなかったかのように‥。 
 
 そうなると、あの事を気にして‥負い目を感じているのは俺だけ? って‥拍子抜けしてしまう。
 だけど、俺のことを許してくれたってことだろうか? それとも‥もう、忘れてしまった? ‥そうだったらいいのに‥って思うのは虫が良すぎるだろう。
 入れ替わっていたと思われるこの7年の間、四朗にとって、あの事が問題にならない程の何かがあったんだろう。
 そして、その出来事により四朗のこころに変化があった。
 俺がうじうじ罪悪感を感じている間も、四朗は前に進んでたってことだろう。

 ‥だけど、(身体の)状況が変わった‥ってことじゃないよな? 
 旅行に行く? 俺は耳を疑った。‥この四朗は本物に見えるけど‥やっぱり偽物なのか? ‥四朗は何を考えているんだ? 


 7年にわたる催眠から解放された混乱もあって、武生はひとり頭を抱え込むのであった。


 ※ 月桂の洗脳
 武生が四朗に対して負い目を感じていることを察知した月桂が、武生に「四朗に対する負い目を決して忘れない」という洗脳をかけた。
 その洗脳を利用して、更に「罪滅ぼしに四朗の望み‥偽物を本物の様に扱う手助けをする」と誘導した。
 因みに、月桂は武生が四朗に対して感じている負い目の内容は知らない。
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