相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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一章.相生 四朗

4.こころあたり

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 目の色がなんだって? 
 自分の記憶の深いところに反応して、酷く気持ちが悪い。

 ‥無理しないでいいんじゃない? 

 心の奥底で、そんな囁きが聞こえた気がした。

 ‥無理に思い出さなくてもいいんじゃない? 

 心を落ち着かせるような声。この声には昔から幾度となく助けられてきた気がする。落ち込んだ時、不安になったとき、この声が聞こえる。

 ‥大丈夫。でんと構えてなさい。大丈夫。何とかなるわよ。

 こんな声まで聞こえるなんて、いや、自分で自分に言い聞かせるなんて。俺は、どれだけ自分に弱いんだろう。
 どれだけ今まで自分のことから逃げてきたんだろう。
 家族から、記憶を与えられるだけ。それを学習するだけ。
 この、「なんだか違和感を覚える顔」とも、今までまともに向き合ってこなかった。

「どうした? 」
 道場についても黙ったまま竹刀を持とうともしない俺に、武生がいぶかしそうな眼を向ける。
「大丈夫か? 具合が悪いなら帰った方がいい。顔色が悪い」
 心配してる‥というより、不機嫌そうに見える様な表情で俺を見る。
 俺の幼馴染は‥愛想が無く表情に乏しく‥ちょっと強面だ。(あと、口数もすくない)

 相馬武生。相馬家の跡取りで一歳年上の相馬三郎さんの弟で、相馬家の次男。
 幼馴染同士だが、何かといえば昔からいちゃもんつけて絡んでくる相崎と、俺との仲介役っていう言い方もなんだが、まあ、ケンカしないように監視するお目付け役を、年寄会(と俺たちは呼んでいる。つまりは、一族のお偉いさんたちだ)が命じたのが元々のきっかけだったという。
 今でも気が合わないのは変わらないが、相崎も高校に入ってから、そんなに絡んでこないようになった。
 ‥あれでも大人になったということだろうか。
 ‥チャラくなったのもそういえば、高校に入ってからだった。
 それまでは、チャラくはなかった。女子といることは多かったけど。「かっこいい! 」とか言われても、恥ずかしそうな顔して「やめろよ」とか言ってた。‥嬉しそうではあったけど。
 アレだ。
 嬉しいけど、「そうだろ~!? 」とか言うには照れがあるって感じ。だけど、今はその照れがなくなって‥チャラくなった‥と。
 俺に絡んでくるのは昔からだったんだけど‥中学の頃はもっととげとげしてた。
 顔を見合わせれば
「勝負だ! 」
 無視すれば
「逃げるのか! 」
 ‥こっちは、昔の記憶がないもんだからあんまり表には出たくないってのに‥
 ホント、迷惑だった。
 だけど、‥幼馴染として俺が何も覚えてないのが悔しかったり悲しかったりもあったのかもな‥って今振り返ったら思ったり。
 武夫曰く
「奴は昔からあんな感じだぞ。いつも我が儘勝手だから、四朗の都合なんて考えたりしなかった。今も、四朗に記憶がないっていうの覚えてないのかもよ? 」
 ‥在り得そう。
 俺は確かに言ったし謝ったけど‥聞いてなかったということもあり得る‥。
 といっても、何度も説明するのもおかしいしなあ‥
 で結局「今まで以上に(武夫談)」相崎のことは無視することにしてたんだけど‥。
 ‥あれだ。「絡んでたら注目度が上がるから」とかいうクソみたいな理由で俺に絡んでくるってわけだ。

 まあ‥でも、もう俺も(俺は? )大人だから相崎が売ってくる喧嘩を買うことはない。だから、武生ももう、お目付け役なんてやめてもいいんじゃないか? とは思うんだけど‥
 ‥武夫は真面目だからそういいうわけにはいかないんだろう。(今度年寄会に言っておこう)

 年寄会が相馬に「お目付け役」を命じるのは、だけど、今回が初めてってわけでは無い。
 寧ろ、「よくあること」ならしい。

 火の相崎、水の相生。

 両家はいつも気が合わなくって、それを調整するのは代々相馬の仕事だったらしい。(つまり、俺と相崎に限ったことではないのだ)相馬の次期党首の弟としては、他家の次期党首が同じ年で仲が悪いとなれば、何とかしなければいけないのは、もはや必然のことなのだろう。(気の毒に)

 武生はいつも冷静で、決して出しゃばらない。だけど、言うことはしっかり言うし、時には厳しく俺たちを叱ったりもする。
 俺たち幼馴染三人の中で一番しっかりしているんだ。

「いや、何でもない‥。顔色が良くないのは生まれつきだ」
 俺は、頼りになり、そしてそれ以上に心配性な幼馴染を安心させようとに、っと笑った。
「‥そうか」
 武生が頷く。
 まあ、減らず口をたたけるなら大丈夫だろう。って小さくため息をつく。
 幼馴染だから、俺が「何でもない」と言えばそれ以上どんな言葉も受け付けないことは嫌って程知ってるんだ。(我ながら頑固だという自覚はある)
「武生。俺って‥剣道してる時とかに、時々目の色変わってる? いや、あの慣用句じゃなくってそのままの意味で」
 道着に着替えながら聞くと、
「変わってる」
 同じく道着に着替えながら、武生が即答した。
「‥そうか」
 俺がふう‥とため息をつくと、
「誰かに何か言われた? 」
 微かに、武夫の眉間にしわが寄った。
 あ‥心配してるんだなってそれだけで、分かる。
 俺は小さく首を振って否定して、
「いや、今日相崎に言われてさ。俺、知らなかったから」
 肩をすくめた。
 俺の返事に武生が「ああ」と頷き、「全くしょうがないな相崎は‥」とため息をつき
「別になんてことはない。気にしないでもいい。目の‥病気ってわけではないと思う。見えにくくなるってことではないんだろ? 」
 俺に背を向けて、袴に着替える。
「見えにくくなる‥ってことはない」
 武夫の背中にそう返事する。顔を見なくても、武夫がどんな顔して俺の話を聞いてるかはわかる。
 それっ位付き合いが長い。‥どうやら、四歳位からの付き合いらしいが、残念ながら俺はその時のことを覚えていない。
 俺が覚えてるのは、十歳から‥俺が病院で目を覚ましてからの記憶だ。
 母さんが教えてくれたんだけど、俺が病院に運ばれた時、一緒にいてくれたのも武夫だったらしい。
 それ以来、記憶がない俺を心配して武夫は(きっとそれまで以上に)俺の傍に居て俺をカバーしてくれている。
 ‥七年もずっと一緒だったんだ。そりゃ、誰よりも(家族以外では)親しくなるだろう。

「ならいいじゃないか。わざわざみんなの前でそんなこと言ったのか? みんなの気を引こうと思ってたんだろうよ。まったくしょうがないな。相崎は‥」
 武生が微かに呆れたような顔をして、(見えてない訳だが、分かる)俺もついつられて笑ってしまう。
「さっきの考えごとはそれか? そんなこと、気にしなくていい」
 着替え終わった武夫が振り向いて言った。
 ‥気にしなくていい。
 時折聞こえてくるあの声のように安心する声。
 安心した自分を「ダメだ」と‥頭を振って、振り払う。

 いやだ‥逃げてちゃ駄目だ。俺は‥

 手洗いに駆け込んで、鏡の前に立つ、目の前に敵がいるように想定して意識を集中させる。殺気を漲らせる。
 俺の目は‥
 目の前には、何時もより色素が薄くなった‥琥珀色の眼をした自分。
 アンバーみたい、って相崎が言った目。
 アンバー? いや、これはアンバーじゃない


 ‥××ちゃんの目、怖い。
 ‥肉食動物の目だな! 。
 雑音が‥俺の頭に浮かんで来た。
 ‥頭が痛い‥

 これは‥この目は‥。


「四朗?! 」
「相生! 」
 遠くで誰かの声を聞いた気がした。
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