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一章.相生 四朗

5.「分かる」と「分からない」

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 さっきの‥「覚えのない記憶」は何だろう。
 忘れてしまっていた記憶? 否、そんな記憶は「皆の話にはなかった」。
 わざと言わなかった? ‥あり得る。
 だって、「お前の眼が怖くって、小さい頃俺ディスってたわ~」とか「いじめ(?)」のカミングアウトをサラッとしてくる奴とか‥サイコだ。
 だけど‥言った側は「たいしたことない」って忘れてて、言われたほうだけ覚えてるってことは往々にしてある。
 そう言うことかもしれないけど‥さっきの記憶に出て来た子供たちは‥全員ここに居ない奴らだった。
 中高持ちあがりの学校で、小学校からずっと同じって奴らが多い中で‥全員知らないとかってあるだろうか?

 前世の記憶?
 
 ふと‥馬鹿なことが思い浮かんだけど、それはすぐ否定した。
 だって、さっきの記憶の子供たち、どう考えても同時代って感じの服装をしていた。
 あの地点で死んで‥すぐに生まれ変わったとか‥そういうのではない気がする。
 
 誰かに‥憑依した‥とか?
 俺は実はさっきディスられてた「誰か」で、元々この「相生 四朗」とは別の人間だった。そして、‥多分あの事故が原因で俺は‥多分その時近くにいた「相生 四朗」の身体に入った。
 そして、俺の元々の身体と本当の「相生 四朗」の魂はその時死んでしまったのではないか?

 ‥漫画かなんかか‥。
 あり得ない。
 だけど‥
 それっ位、俺はこの「相生 四朗」という身体に違和感がある。

 俺が「学習してきた」相生 四朗という人間。

 四大旧家 相崎、相模、相馬、相生の一つ、相生家の本家の跡取り。
 本家の跡取りは前当主が「こいつは次代の当主として相応しい」と判断した時に、代々受け継がれた名前を襲名する。
 相崎家は「総一郎」相模家は「藤二郎」相馬が「三郎」相生が「四朗」だ。
 この四家は元々兄弟だったらしく、その時それぞれが独立して、今のようになっているらしい。名前はその時の名残ってわけだ。

 跡取りの子供は、襲名するまで全員「信濃」という仮の名前を名乗らなければいけない。幼名っていうの? よくわかんないけど。俺も、昔はその名前だったんだろうけど、覚えてない。十歳の地点ですでに相生 四朗だったからだ。
 戸籍には「本当の名前」が記されてるらしいけど、学校でも「信濃」「四朗」で呼ぶようにお願いしているらしい。それこそ「代々の伝統」らしくって、学校側も「ああ、あの一族ね」って感じで‥通してくれるらしい。(なんだそりゃ)
 つまり、俺は今「相生 四朗」を襲名してるわけだけど、戸籍には別の名前が記されているってわけ。
 そらそうだ。そうしないと、当主、前当主、前々当主全員「相生 四朗」でややこしい。よくわかんないけど、戸籍もそれは許してくれないだろう。「父 四朗 子 四朗って紛らわしいな! 」ってなるんじゃない? よくわかんないけど。
 そんなわけでホントの名前っていうか、個別の名前はあるんだけど、母さんは俺のことを「四朗」って呼ぶ。父さんのことは「四朗さん」で、祖父のことは「お義父様」だ。
 博文は‥「兄ちゃん」としか呼ばないな。お手伝いの清さんは「坊ちゃま」とか「若さま」って自由に呼んでる。そういえば‥ばあ様も「四朗」だし、父さんさえも「四朗」だな。(父さんはややこしくないんだろうか?? )
 
 ホントの名前は‥だけど、そう軽々しく口にしていいものでは無いらしい。特に、俺たちの様な‥敵の多い一族(何それ怖い)は誰にも内緒にしておくくらいがちょうどいい‥らしい。(戸籍には載ってるのに内緒とかいうのが笑えるが)

「名前は、「呪」だからね」

 って、相模 籐二郎様がおっしゃっておられた。
 藤二郎様は俺たちより少し年上の方なんだけど、どこか浮世離れした感じっていうか‥なんか高貴な感じのする方なんだ。
 スピリチュアルなことを時々おっしゃるんだけど、全然胡散臭くなくって‥「成程それが世の道理なんですね」って納得できちゃうんだ。
 一言一言が説得力あるって言うか‥納得できるって言うか‥多分、すっごく頭がいいんだろう。
 その方がおっしゃるんだ、俺は絶対不用意に本名を他人に明かしたりしないでおこう。
 ‥まあ、それ以前に(実は)知らない(覚えてない)んだけどね。

 (とまあ‥)それ位‥
 俺は「相生 四朗」で、それ以外の何者でもなかった。‥はずだった。
 まさか、自分に対して「ホントに自分は‥自分なんだろうか」って疑問を持つ日が来るとはなあ‥。


 俺は、‥覚えてないんだけど、四歳にして相生 四朗を襲名した稀代の天才だったらしい。
 それは、相生家始まって以来のことであるらしい。
 つまり、父さんが四歳の俺に「こいつにもう当主を譲っても大丈夫! 」って思ったってこと。
 ‥なにそれ、いい加減じゃね? ‥でも、父さんはそういういい加減なことはしないし‥それ以前に先々代つまりおじい様がそんなことを許すわけがない。だから多分「二人からみて承認できるレベル」だったんだろう。
 「相生 四朗」としての「能力」が十分だった。
 それが何なのかしら‥俺には分からない。他の記憶同様忘れてしまっているのだ。
 だけど、

「消えたのか…」

 あの時の、祖父の驚愕と絶望の混じった視線。
 たぶんその「消えた何か」が、「相生 四朗としての能力」だったんだろう。
 それは‥外からみて分かるものらしい。‥誰が見てもわかるとかじゃないかもしれないが、少なくともじい様には分かって、絶望した。
 だから、じい様はあの時「その必要は、ない」(お得意先に俺のことを次代の当主として紹介する必要は無い)って言った。俺には(少なくとも今の俺には)その資格がないから。

 「分かる」と「分からない」
 じい様には「分かった」けど、俺には「分からない」
 だけど、それはきっと父さんにも「分かっていない」

 ‥頭がどうにかなっちゃいそうだ。

 そう言えば、相崎も「分かる」って言ってた。

「わかるんだよ。本気出してるか出してないか」「目の色が‥」
 相崎が言った、目。
 そう言えば‥じい様も‥あの時俺を見て言った。「消えたのか」って。
 俺を‥正確に言えば‥俺の目の奥を見て‥

 目を見たら「分かる」

 藤二郎様は目が見えない。生まれつき見えなかったらしい。だけど、藤二郎様は(藤二郎様曰く)
「見えないからこそ、「見える」ものもある」
 っておっしゃってた。
 もしかして‥おじい様にもそういう能力があるのかもしれない。(なんか‥あっても不思議じゃない気もする)

 あの盲目の麗人は、あの時、何かが(もしかしたら何もかも? )分かったのだろう。
 俺が「今まで」にはあった何かを失ってしまったことを‥。

 記憶を失ったばかりの頃。俺はまず家族の質問攻めにあったんだけど、結局思い出せなくて‥一時期凄く落ち込んでた時期があったんだ。そんな時、俺をお屋敷に呼んで下さったのが藤二郎様だった。
 藤二郎様は色々聞いたりしなかった。ただ、お茶を振る舞ってくださって、

「名前を自分で言ってみて? 」

 って、優しく微笑んでおっしゃったんだ。俺は首を傾げたけど、「藤二郎様がおっしゃるなら‥」って思って

「相生 四朗です」

 ってまっすぐ藤二郎様を見つめて言った。
 それを聞いて、(というか、見てって感じだった)多分、藤二郎様は「見えないからこそ「見える」もの」をご覧になったんだろう。藤二朗様はもう一度ゆっくりと頷かれた。

「‥早く思い出すといいね」

 見えたんだろうけど‥藤二郎様はあえてそのことは何も触れずに、ただ優しく、そうとだけおっしゃった。

 何を? ‥何を思い出すんだろう。
 記憶? それとも、「相生 四朗としての能力」? 
 ‥単純に考えればそうなんだろうけど、何故か俺にはあの時そんな風には聞こえなかったんだ。

 だから、ずっと‥じい様の言葉と共に俺のこころの奥底にずっと引っかかっていたんだ。

 ‥違和感ってやつだ。

 今までは「記憶が戻れば全部わかる」って思ってたけど‥もしかして、そういうレベルの問題じゃないのかも‥。

 寧ろ、自分は‥相生 四朗じゃない。
 そういう可能性の方があるんじゃないか??

 ‥俺の中でこの仮説は確信に変わりつつあった。
 あれはただの事故じゃなかったんだ。そして、これはただの記憶喪失なんかじゃない。

 俺は、相生 四朗なんかじゃなかったんだ。
 ‥入れ替わり。
 
 俺は‥「うっかり」相生 四朗の身体に入り込んだ全く別の人間なのだ‥!

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