命の番人

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
7 / 9

過去の過ち

しおりを挟む
「いいえ、刀を作るのが嫌いになった、と言うわけではなさそうです」

 男は鍛冶屋の問いに対して、そう答える。彼は刀を作る気は無いと言っていただけであるし、嫌いになっているのであれば、過去の自分のことをあんなにも懐かしむように語るだろうか。過去を悔いているようには見えたが、過去の自分が憎いとは思っていないように感じた。
 男としては以前、故郷を踏みにじったこの国のことも、鍛冶屋のことも許したりはしない。ただ、鍛冶屋がどういった経緯でここにいるのかは興味が出てきた。

「その通り。今でも私は刀を作りたくてたまらない時もあるし、私の技術の集大成をこの世の人に見せつけたいと言う欲望はある。しかし、それと同時に私にはあるものが足らぬのです。」

 男は何が足りなかったのかと尋ねたくなったが、ぐっとこらえる。男はせっかちな性格で、何でもすぐに答えを求める。それが悪い癖だという自覚はあった。

「私はこの国の大戦でも最も激しかった彩の国との戦が終わった後、旅に出ました。全ては刀の技術をより高めるため。各地の独特な技法を知るためでした。しかし、途中で私は衝撃を受けました。近道のために彩の国だった所を通った時、自分の浅はかさを思い知りました。」

 いくら戦がおわってしばらく経ったと言っても、虐殺が起こった場所である。男の故郷も今でも戦の傷跡が残り、苦しめられている人間がいる。そんな状況だ、大戦直後の彩は混迷を極めていたにちがいない。

「家もなく、食べるものもなく、痩せ衰えた子供たち。戦が終わっても、生活はまともに送れず、次々と人が亡くなる状況…。私は戦に対する認識が甘かったのです。」

 ぱちぱちと火床ひどこの火がはぜる音がし、火が鍛冶屋の顔を赤く照らす。

 「私は戦によって土地を得て、豊かになればこの国の人たちは幸せになれると思っていました。自分の作った刀が、みんなの幸福のために使われる。そう誇らしく思っていましたが、戦は同時に大切なものを奪われる人がいることを忘れていたんです。」

 男にすればそんなのは当たり前だと言いたくなるが、この鍛冶屋は一度も戦に赴いたことも、巻き込まれたこともない。馬鹿だと思ったが、本来はそういう人が多いほど幸せになれているはずだ。そう思うとその頃の鍛冶屋が少し羨ましく思えた。

「それで刀を作るのをやめたのですか?」

 刀を作ることに生きがいを感じていたのに、刀の本分を自覚してやめる刀鍛冶など、なかなかいないのではないだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

時雨太夫

歴史・時代
江戸・吉原。 大見世喜瀬屋の太夫時雨が自分の見世が巻き込まれた事件を解決する物語です。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

双花 夏の露

月岡 朝海
歴史・時代
とある妓楼で起こった醜聞を廻る、 恋愛+シスターフッドの連作短編第二話。 醜聞を描いて売れっ子になった浮世絵師は、稲尾(いのお)花魁の部屋に入り浸っていた。 けれど、ある日を境にぱたりと妓楼を訪れなくなり……。 こちらで通販受付中です。 https://orangeandpear.booth.pm/items/5256893

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...