命の番人

小夜時雨

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過去の過ち

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「いいえ、刀を作るのが嫌いになった、と言うわけではなさそうです」

 男は鍛冶屋の問いに対して、そう答える。彼は刀を作る気は無いと言っていただけであるし、嫌いになっているのであれば、過去の自分のことをあんなにも懐かしむように語るだろうか。過去を悔いているようには見えたが、過去の自分が憎いとは思っていないように感じた。
 男としては以前、故郷を踏みにじったこの国のことも、鍛冶屋のことも許したりはしない。ただ、鍛冶屋がどういった経緯でここにいるのかは興味が出てきた。

「その通り。今でも私は刀を作りたくてたまらない時もあるし、私の技術の集大成をこの世の人に見せつけたいと言う欲望はある。しかし、それと同時に私にはあるものが足らぬのです。」

 男は何が足りなかったのかと尋ねたくなったが、ぐっとこらえる。男はせっかちな性格で、何でもすぐに答えを求める。それが悪い癖だという自覚はあった。

「私はこの国の大戦でも最も激しかった彩の国との戦が終わった後、旅に出ました。全ては刀の技術をより高めるため。各地の独特な技法を知るためでした。しかし、途中で私は衝撃を受けました。近道のために彩の国だった所を通った時、自分の浅はかさを思い知りました。」

 いくら戦がおわってしばらく経ったと言っても、虐殺が起こった場所である。男の故郷も今でも戦の傷跡が残り、苦しめられている人間がいる。そんな状況だ、大戦直後の彩は混迷を極めていたにちがいない。

「家もなく、食べるものもなく、痩せ衰えた子供たち。戦が終わっても、生活はまともに送れず、次々と人が亡くなる状況…。私は戦に対する認識が甘かったのです。」

 ぱちぱちと火床ひどこの火がはぜる音がし、火が鍛冶屋の顔を赤く照らす。

 「私は戦によって土地を得て、豊かになればこの国の人たちは幸せになれると思っていました。自分の作った刀が、みんなの幸福のために使われる。そう誇らしく思っていましたが、戦は同時に大切なものを奪われる人がいることを忘れていたんです。」

 男にすればそんなのは当たり前だと言いたくなるが、この鍛冶屋は一度も戦に赴いたことも、巻き込まれたこともない。馬鹿だと思ったが、本来はそういう人が多いほど幸せになれているはずだ。そう思うとその頃の鍛冶屋が少し羨ましく思えた。

「それで刀を作るのをやめたのですか?」

 刀を作ることに生きがいを感じていたのに、刀の本分を自覚してやめる刀鍛冶など、なかなかいないのではないだろうか。
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