命の番人

小夜時雨

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何がために人は戦う

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「刀鍛冶は武器の補給のためにも必須だったから、私は戦地に赴いたことは一度もなかったのです」
「そうですか」
 
 男はそっけなくそう答えた。この鍛冶屋に何としても刀を作らせたいので、何か勘に触らせる訳にもいかない。その事について「甘ちゃんだ」とか「現実を知らない無知だ」などと辛辣な言葉が次々と湧き出たが、ぐっとこらえる。

「あの頃の私は刀については自分の実力を魅せつけるものだと思っていたから、武器としての認識は足りていなかった。それに、国が何かにつけて゛国を豊かにするため゛と戦を繰り返していたのを鵜呑みにしていたんです。」

 あの頃の私は本当に無知でした。 と男が言いたかったことを鍛冶屋は自分自身で嘲笑うように呟いた。

「今はそう言った大義名分も無くなりましたな」

 男は今も戦を続けているこの国の状況を思い出してそう言った。今や他国を攻めるなど国の持つ兵だけでこと足りるので、徴集令も出ず、民も戦に関心のない者が多い。そのため、国民に反感を持たれぬように戦の度に作り、公表していた大義名分も、今はなくなってしまった。
 つまり、国王達がただ力をつけたいだけで、民にとっては何のためにもならない戦を仕掛けているのである。

「この国は少しずつおかしな方向に向かってきています。民には分かりにくいですが、昔の頃と比べてみるとよくわかる。」
 
 鍛冶屋が男の言葉に頷いた。

「それでも、昔は生活が少しでもよくなるようにと国王を信じ、国土が広がることを頼りにしながら民は生きてきたので、今、民のほとんどは昔ほど生活は困窮していません。だから、当分国への反感が生まれることは少ないと思います。」

 男は納得がいかないとは思ったが、理屈にかなっていると思った。人は大した不自由がなければ、大抵は見て見ぬ振りを決め込むからだ。自分自身に争いの火の粉さえかからなければ、それで良い。そうして傍観を決め込むのだ。
 一方、武力によって飲み込まれた民達には不満が募る。このままこの方針で進めれば、いずれかは国で反乱が起きるはずだ。
 男が両親や故郷の人々の敵討ちを企てたのはもう一つの理由がある。自分の企てによって人々がこの国のおかしい所に気がつき、国におかしいと意を唱えるものを増やしたいのだ。
 目の前にいる刀鍛冶の作った刀で戦うとしても、王城に乗り込めばほぼ間違いなく討ち死にするだろう。死ぬことは恐ろしい。あの戦火の中で、死への恐怖を知った。しかし、自分は無意味に死ぬのではないとそう奮い立たせてここにいるのだ。

「あなたは私がなぜ刀を作るのをやめたかわかりますか。」

 そう問うてきた刀鍛冶の言葉に首を横に振った。この理由を知らなければ、刀を作るよう説得するにもしょうがない。男は鍛冶屋の話に再び耳を傾けるのだった。
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