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第240話
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【司雀。我が不在の間、小僧を頼む】
【それは構いませんが、なぜ私に?】
【お前は……我に言われたことを、守るだろう?
だからだ。頼んだぞ】
【…………承知しました】
罪悪感は、無いわけでは無い。
長年連れ添ってきた主人にここまで信じてもらえるのは、むしろありがたい限りだ。
もちろん司雀も、その期待や信頼を裏切るようなことはしたことが無い。
そもそも、する必要もなかったのだから。
そしてこのことは、周知の事実。
「……分かりました。志柳へ行くことを許しましょう」
「「「「っ!!!!!!!!」」」」
だから司雀のこの答えは、魁蓮だけではなく、肆魔にとっても信じられないものだ。
そしてこの状況に置いて、司雀がそんな嘘を吐くような男では無いことも、肆魔は知っている。
故に今の言葉は本心、完全なる魁蓮への裏切りだ。
日向は許しを貰えたことにほんの少し安堵するが、そう思っているのは日向だけ。
当然、この答えに彼が黙っているわけが無い。
「……おい、おいっ……司雀っ……」
先程まで目に涙を滲ませていたはずの龍牙は、ギリっと鋭い目つきになり、怒りのままに妖力を纏い始めた。
黄泉の世界では、魁蓮の右に並べるほどの実力を持つ龍牙だ、ただでさえ強い彼が思いのままに放出する妖力なんて、一般の妖魔は簡単に気絶する。
そんな強さの妖力を、龍牙は遠慮なく放出している。
そして強烈な圧を出しながら、龍牙は司雀に近づくと、乱暴に司雀の胸ぐらを掴んだ。
「何言ってんだよ、てめぇ!!!!!!!!」
龍牙の怒声が響き渡る。
乱暴な態度を示した龍牙に、日向たちは衝撃を受けた。
一見、龍牙が司雀を殺しにかかりそうな勢いだ。
そして龍牙の態度をずっと見ていた虎珀は、すかさず龍牙の元へと駆け寄り、司雀の胸ぐらを掴む龍牙の手を引き離そうとする。
「おいっ、龍牙!!何をしている!」
虎珀はなるべく冷静に向き合おうとするが、相手が龍牙となると、そうはいかない。
龍牙は自分の手を掴んできた虎珀を鋭く睨み返し、低い声で告げる。
「……っるせぇよ、どけや……」
「そんなわけにはいかないだろっ、離せ」
「……黙れ……」
「離せと言っているんだっ……!」
「っるせぇんだよ!!!!邪魔すんなクソ虎が!!」
「っ!!!何だとっ……!
今すぐ離すんだ龍牙!!司雀様に無礼な真似をするんじゃない!!!」
だんだんと、虎珀も熱がこもる。
邪魔をしてくる虎珀に痺れを切らしたのか、龍牙はギリっと歯を食いしばると、極限まで貯めた妖力を、怒りの声とともに放った。
「黙ってろよ!!!!
今はそういう問題じゃねぇんだ!!!!!!!」
「っ!!!!!!!!」
虎珀に向かって、怒りの声と妖力を放つ龍牙。
同時に無意識に飛ばした龍牙の妖力の圧は、虎珀の脳内を激しく揺らす。
痺れるような、酷く重い圧だ。
(っ……このっ、バカ野郎がっ……!!!!)
歯を食いしばらなければ、立つことも難しい。
それほどの龍牙の圧に、虎珀は何とか足を踏ん張った。
意識が一瞬飛びそうになった虎珀は、ぶんぶんと頭を横に振って気を取り直し、龍牙の手を更に強く掴む。
「いいからっ、離せっ……今すぐに!!!!!」
「おいおいクソ虎、てめぇもコイツと同じ意見なのかよ……あ?」
「まずは理由を聞け!!!自分とは違う意見だからと、勝手な癇癪を起こすな!!!」
「はぁ……?てめぇは、俺が自分の思い通りになっていないことに苛立ってると思ってんのか……?」
「お前はいつもそうだろ、自分勝手なことばかりでっ」
「だったらてめぇは、自己主張が無さすぎるなぁ?どんなに間違っていても、魁蓮と司雀が正しいと言えば正しいと判断して、てめぇは何でも従うってか?
はっ……てめぇは、ただの操り人形だな」
「何だとっ……!!!!」
久々に見る、龍牙と虎珀の喧嘩。
魁蓮がいない今、これを止められる者は誰もいない。
流石にまずいと気づいた日向は、2人の元へと駆け寄ろうとする。
「龍牙、虎珀、待っ……」
しかし、日向が動き出そうとした直後、日向はガシッと腕を掴まれた。
動きを止められた日向が後ろを振り返ると、そこには真剣な表情で日向を止める忌蛇が。
忌蛇は日向と目が合うと、首を横に振る。
その反応はまさに、「行っちゃダメ」と言っていた。
そんな忌蛇の反応に、日向は目を見開く。
「忌蛇っ、なんでっ……!?」
「気持ちは分かるけど、今は、駄目」
「だって、あのままじゃ2人がっ……それに司雀もっ」
「うん、分かってる。でも……
龍牙さんが居なかったら、僕も龍牙さんと同じことを、司雀さんにしていた、と思う……」
「っ…………!?」
「僕は、今の龍牙さんを、止めたくない。
だから……ごめん、我慢して」
忌蛇はそう言いながら、日向の腕を掴む力を強くした。
そこには、龍牙と似通った怒りを感じる。
珍しい忌蛇の反応に日向が何も言えずにいると、虎珀と言い争いを続けていた龍牙が、バッと矛先を司雀に戻した。
「おい司雀、てめぇっ……何考えてんだよ……何で許可を出した……?その判断をすることが、どんだけ危険な目に合わせることになるか、分かってるよな!?」
龍牙は両手で胸ぐらをつかみ、司雀を睨みつける。
「てめぇ、日向を殺す気なのかよ!!!!」
「……いいえ」
「だったら拒否しろよ!!!俺たちは、日向を守るように魁蓮に頼まれてんだぞ!!ここにいれば安全だから、外にもなるべく行かせないようにしてる!!!なのにてめぇはっ……それに、こんなのは魁蓮がっ」
「えぇ。この判断が、魁蓮にとって最悪なものだということは承知の上です。いつもの私ならば、当たり前に許可なんて出しません。ですが……」
そう言いながら、司雀は日向へと視線を向けた。
司雀も、ちゃんと分かっている。
きっとこの判断は、普通に考えれば間違えている。
誰が考えても、止めるべき瞬間なのだ。
罪悪感と後悔を感じながらも、それでも司雀は、日向の意見を尊重した。
その理由は……難しいことでは無い。
「これが……日向様にとって、最善な判断なのです」
「っ……!」
守らなければならない。
鬼の王が唯一手元に置いて、未だに離さない存在。
肆魔の心を掴み、そして優しさと明るさを向けてきた日向を、ここにいる全員が守りたいと思っている。
司雀も、分かっている。
だが司雀は、日向の考えだって大事だ。
(少しでも、志柳に何か残されているのならば……私は貴方に、知って欲しい……あの、300年間を)
司雀が決意の眼差しを日向に向けると、日向はゴクリと唾を飲み込み、口を開く。
「……みんな、大丈夫だよ」
日向の言葉に、全員が視線を向けた。
龍牙は司雀に対する怒りを抱えながらも、それでも日向には優しい眼差しを向けて、彼の言葉を待っている。
日向は自分の腕を掴む忌蛇の手をそっと離すと、自分の胸に手を当てた。
「やるべき事を終えたら、すぐに帰ってくる。
ここから離れないって魁蓮と約束したんだ。それに僕は、みんなといるのが楽しいから、ちゃんと帰ってくるよ」
今の日向の全ては、魁蓮のもの。
この先の人生も、魁蓮が全て握っている。
本当の意味での自由は無いけれど、日向は嫌ではなかった。
種族は違えど、この黄泉の世界は、非難の目を少しでも向けてくるような現世に比べれば、居心地が良い。
自分を大切に思ってくれる肆魔がいる。
大好きな魁蓮がいる。
心の底から帰りたいと思える場所なのだ。
「魁蓮は、2週間後に帰ってくる。それまでには戻ってくる、必ず。
それに……これは、魁蓮のためでもあることなんだ。今は分からないかもしれないけど、いずれ分かると思う。だから……僕を信じて」
真っ直ぐな、日向の言葉。
認めたくは無い、行かせたくは無い。
各々が気持ちを葛藤させる中、日向は諦めず、皆に言葉をぶつける。
「志柳に、僕の知りたいことがあるかは分からない……それでも、ほんの少しでも可能性があるなら、僕は何もせずにはいられないんだ。
約束する。ここに帰ってくるって」
その時。
日向の強い気持ちに誘われるように、日向の神秘的な力が彼の周りをまとい始める。
日向の青い瞳はゆらゆらと美しく揺れ、優しい風がその場に立ち上がる。
そして日向の体には、植物のような模様が浮かび上がり、その力の姿を現した。
そんな日向の姿に、皆が目を見開く。
力とともに伝わる、日向の決意が。
「っ…………」
直後、司雀の胸ぐらを掴んでいた龍牙が手を離すと、ゆっくりと日向に近づく。
そして日向の前へと立ち止まると、包み込むように日向を抱きしめた。
強く、強く。
「……ちゃんと……帰ってくる……?」
「……うん。約束する」
「……絶対?」
「絶対」
「…………………………………」
日向の言葉を聞きながら、龍牙は再び目に涙を滲ませた。
本当は、止めたくて仕方がない。
妖魔が一切立ち入れない無主地の場所に、日向を送りたくは無い。
だが龍牙は、日向のことが大好きだ。
だから……日向の思いを、尊重せずにはいられない。
「……ちゃんと、帰ってくるんだよ……?」
「っ……!」
「魁蓮には、黙っているからっ……その代わり、ちゃんと帰ってきてよ……待ってる、からねっ……」
「……うん。ありがとう、龍牙……」
日向は泣くのを我慢しようとしている龍牙の頭を、優しく撫でた。
そして虎珀と忌蛇も、ここまで来てしまっては何も言えない。
少し複雑な思いを抱えながらも、同じように決意を固める。
心配ではあるけれど、日向の覚悟は認めたいから。
日向はそのことに気づいて、優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、みんな」
心配してくれる存在がいるのは、幸せな事だ。
だからこそ、日向はやり遂げなければいけない。
決して、死ぬようなことは許されない。
こうして日向の志柳行きは、魁蓮がいない場所で決まったのだった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻。
星空を眺め終え、楊の待つ洞窟へと戻ってきた魁蓮は、暫く楊と会話を交わしていた。
そんな洞窟から、遠く離れた場所。
岩山の上から魁蓮を見つめる少年の姿が、1人。
赤い瞳をした黒い鬼の面を被り、袖なしの黒い衣を身にまとっている。
そして、腰には刀を下げていた。
「…………………………」
しんと静まり返る岩山の上で、少年はただじっと魁蓮を見つめていた。
気づかれるかもしれない、そんな気持ちを抱えながら。
その時……
「っ………………」
少年は、ある気配を感じ取った。
その気配は、現世の裏側に存在する黄泉から。
神秘的で、唯一の力……
日向が持つ、全快の力だ……。
『おや、殿下の力を感じますね。
何か動きがあったのでしょうか』
ふと、少年の後ろに立っている大きな木が、ゆさゆさと葉を揺らした。
はたから見れば動いているだけだが、少年にはその木の言葉を聞くことが出来た。
自分に語りかけているのだと理解すると、少年は日向の力を感じながら、腰に下げていた刀を抜く。
その姿に、木は再び声をかけた。
『そろそろ貴方様も、動きたい頃でしょう。半年も休んでいたのですから、存分に暴れてきてみては?』
「……暴れたいわけではない」
『おや、これは失礼しました。
それより……本当によろしいのですか?すぐそこに、いらっしゃるのに』
木は、枝を前方へと揺らした。
その先にいるのは、楊と会話をする魁蓮の姿。
魁蓮は少年には一切気づかず、ただ楊と会話を交わしている。
そんな魁蓮の姿に、少年はこくりと頷く。
「まだいい」
『どうしてです?ずっと会いたかったのでしょう?一言くらい、言葉を交わしても……』
「いや……それは今じゃない。
俺には、まだやるべきことが残っているから」
その時。
少年の後ろに、複数の妖魔が近づいてきた。
妖魔は少年の姿を見つけると、飢えた獣のように唾液を垂らしながら、少年に殺意を向ける。
少年がそれに気づくと、少年は刀を構え、そして鬼の面を付け直した。
直後……少年の刀に、ある力が宿る。
その光景に、木は優しい声をかけた。
『分かりました、貴方様が望むままに。我々、花蓮国の自然は、いつだって貴方様の味方です。
お気をつけて行ってらっしゃいませ………殲魔夜叉様』
殲魔夜叉。
今のこの時代において、この名を知っている者はどれほどなのか。
知る人ぞ知る彼は、今や伝説に近い存在だ。
そして彼は、ある時代では酷く恐れられていたのだ。
何故ならば……
彼は、殲魔夜叉とは別に……もう1つ名がある。
「喚け、下劣共。
我に牙を向けたこと、地獄の果てまで後悔するがいい」
刀に力を宿した途端、少年はまるで閃光の如く素早い動きで妖魔たちに立ち向かうと、たった一瞬の間に、複数の妖魔を斬り殺した。
何が起きたのかも分からないまま、妖魔たちはその場で朽ち果てる。
「愚行……貴様らなんぞ、腹の足しにもならん」
少年は刀についた血を振り払うと、次なる獲物を求めて駆け出した。
いつだって少年は、この世を駆け抜けてきた。
ただ1つの、野心のために。
「花蓮国……そして……
父さんと母さんは……俺が守る……」
黒い鬼の面をつけた謎の少年。
かつて彼は、殲魔夜叉と呼ばれ恐れられていた。
今の世の人々は知らないだろう。
彼こそ、鬼の王と同様にこの国を騒がせた存在だと。
そして1部の者からは、彼はある理由からこう呼ばれていたのだ。
「鬼の子」と……。
【それは構いませんが、なぜ私に?】
【お前は……我に言われたことを、守るだろう?
だからだ。頼んだぞ】
【…………承知しました】
罪悪感は、無いわけでは無い。
長年連れ添ってきた主人にここまで信じてもらえるのは、むしろありがたい限りだ。
もちろん司雀も、その期待や信頼を裏切るようなことはしたことが無い。
そもそも、する必要もなかったのだから。
そしてこのことは、周知の事実。
「……分かりました。志柳へ行くことを許しましょう」
「「「「っ!!!!!!!!」」」」
だから司雀のこの答えは、魁蓮だけではなく、肆魔にとっても信じられないものだ。
そしてこの状況に置いて、司雀がそんな嘘を吐くような男では無いことも、肆魔は知っている。
故に今の言葉は本心、完全なる魁蓮への裏切りだ。
日向は許しを貰えたことにほんの少し安堵するが、そう思っているのは日向だけ。
当然、この答えに彼が黙っているわけが無い。
「……おい、おいっ……司雀っ……」
先程まで目に涙を滲ませていたはずの龍牙は、ギリっと鋭い目つきになり、怒りのままに妖力を纏い始めた。
黄泉の世界では、魁蓮の右に並べるほどの実力を持つ龍牙だ、ただでさえ強い彼が思いのままに放出する妖力なんて、一般の妖魔は簡単に気絶する。
そんな強さの妖力を、龍牙は遠慮なく放出している。
そして強烈な圧を出しながら、龍牙は司雀に近づくと、乱暴に司雀の胸ぐらを掴んだ。
「何言ってんだよ、てめぇ!!!!!!!!」
龍牙の怒声が響き渡る。
乱暴な態度を示した龍牙に、日向たちは衝撃を受けた。
一見、龍牙が司雀を殺しにかかりそうな勢いだ。
そして龍牙の態度をずっと見ていた虎珀は、すかさず龍牙の元へと駆け寄り、司雀の胸ぐらを掴む龍牙の手を引き離そうとする。
「おいっ、龍牙!!何をしている!」
虎珀はなるべく冷静に向き合おうとするが、相手が龍牙となると、そうはいかない。
龍牙は自分の手を掴んできた虎珀を鋭く睨み返し、低い声で告げる。
「……っるせぇよ、どけや……」
「そんなわけにはいかないだろっ、離せ」
「……黙れ……」
「離せと言っているんだっ……!」
「っるせぇんだよ!!!!邪魔すんなクソ虎が!!」
「っ!!!何だとっ……!
今すぐ離すんだ龍牙!!司雀様に無礼な真似をするんじゃない!!!」
だんだんと、虎珀も熱がこもる。
邪魔をしてくる虎珀に痺れを切らしたのか、龍牙はギリっと歯を食いしばると、極限まで貯めた妖力を、怒りの声とともに放った。
「黙ってろよ!!!!
今はそういう問題じゃねぇんだ!!!!!!!」
「っ!!!!!!!!」
虎珀に向かって、怒りの声と妖力を放つ龍牙。
同時に無意識に飛ばした龍牙の妖力の圧は、虎珀の脳内を激しく揺らす。
痺れるような、酷く重い圧だ。
(っ……このっ、バカ野郎がっ……!!!!)
歯を食いしばらなければ、立つことも難しい。
それほどの龍牙の圧に、虎珀は何とか足を踏ん張った。
意識が一瞬飛びそうになった虎珀は、ぶんぶんと頭を横に振って気を取り直し、龍牙の手を更に強く掴む。
「いいからっ、離せっ……今すぐに!!!!!」
「おいおいクソ虎、てめぇもコイツと同じ意見なのかよ……あ?」
「まずは理由を聞け!!!自分とは違う意見だからと、勝手な癇癪を起こすな!!!」
「はぁ……?てめぇは、俺が自分の思い通りになっていないことに苛立ってると思ってんのか……?」
「お前はいつもそうだろ、自分勝手なことばかりでっ」
「だったらてめぇは、自己主張が無さすぎるなぁ?どんなに間違っていても、魁蓮と司雀が正しいと言えば正しいと判断して、てめぇは何でも従うってか?
はっ……てめぇは、ただの操り人形だな」
「何だとっ……!!!!」
久々に見る、龍牙と虎珀の喧嘩。
魁蓮がいない今、これを止められる者は誰もいない。
流石にまずいと気づいた日向は、2人の元へと駆け寄ろうとする。
「龍牙、虎珀、待っ……」
しかし、日向が動き出そうとした直後、日向はガシッと腕を掴まれた。
動きを止められた日向が後ろを振り返ると、そこには真剣な表情で日向を止める忌蛇が。
忌蛇は日向と目が合うと、首を横に振る。
その反応はまさに、「行っちゃダメ」と言っていた。
そんな忌蛇の反応に、日向は目を見開く。
「忌蛇っ、なんでっ……!?」
「気持ちは分かるけど、今は、駄目」
「だって、あのままじゃ2人がっ……それに司雀もっ」
「うん、分かってる。でも……
龍牙さんが居なかったら、僕も龍牙さんと同じことを、司雀さんにしていた、と思う……」
「っ…………!?」
「僕は、今の龍牙さんを、止めたくない。
だから……ごめん、我慢して」
忌蛇はそう言いながら、日向の腕を掴む力を強くした。
そこには、龍牙と似通った怒りを感じる。
珍しい忌蛇の反応に日向が何も言えずにいると、虎珀と言い争いを続けていた龍牙が、バッと矛先を司雀に戻した。
「おい司雀、てめぇっ……何考えてんだよ……何で許可を出した……?その判断をすることが、どんだけ危険な目に合わせることになるか、分かってるよな!?」
龍牙は両手で胸ぐらをつかみ、司雀を睨みつける。
「てめぇ、日向を殺す気なのかよ!!!!」
「……いいえ」
「だったら拒否しろよ!!!俺たちは、日向を守るように魁蓮に頼まれてんだぞ!!ここにいれば安全だから、外にもなるべく行かせないようにしてる!!!なのにてめぇはっ……それに、こんなのは魁蓮がっ」
「えぇ。この判断が、魁蓮にとって最悪なものだということは承知の上です。いつもの私ならば、当たり前に許可なんて出しません。ですが……」
そう言いながら、司雀は日向へと視線を向けた。
司雀も、ちゃんと分かっている。
きっとこの判断は、普通に考えれば間違えている。
誰が考えても、止めるべき瞬間なのだ。
罪悪感と後悔を感じながらも、それでも司雀は、日向の意見を尊重した。
その理由は……難しいことでは無い。
「これが……日向様にとって、最善な判断なのです」
「っ……!」
守らなければならない。
鬼の王が唯一手元に置いて、未だに離さない存在。
肆魔の心を掴み、そして優しさと明るさを向けてきた日向を、ここにいる全員が守りたいと思っている。
司雀も、分かっている。
だが司雀は、日向の考えだって大事だ。
(少しでも、志柳に何か残されているのならば……私は貴方に、知って欲しい……あの、300年間を)
司雀が決意の眼差しを日向に向けると、日向はゴクリと唾を飲み込み、口を開く。
「……みんな、大丈夫だよ」
日向の言葉に、全員が視線を向けた。
龍牙は司雀に対する怒りを抱えながらも、それでも日向には優しい眼差しを向けて、彼の言葉を待っている。
日向は自分の腕を掴む忌蛇の手をそっと離すと、自分の胸に手を当てた。
「やるべき事を終えたら、すぐに帰ってくる。
ここから離れないって魁蓮と約束したんだ。それに僕は、みんなといるのが楽しいから、ちゃんと帰ってくるよ」
今の日向の全ては、魁蓮のもの。
この先の人生も、魁蓮が全て握っている。
本当の意味での自由は無いけれど、日向は嫌ではなかった。
種族は違えど、この黄泉の世界は、非難の目を少しでも向けてくるような現世に比べれば、居心地が良い。
自分を大切に思ってくれる肆魔がいる。
大好きな魁蓮がいる。
心の底から帰りたいと思える場所なのだ。
「魁蓮は、2週間後に帰ってくる。それまでには戻ってくる、必ず。
それに……これは、魁蓮のためでもあることなんだ。今は分からないかもしれないけど、いずれ分かると思う。だから……僕を信じて」
真っ直ぐな、日向の言葉。
認めたくは無い、行かせたくは無い。
各々が気持ちを葛藤させる中、日向は諦めず、皆に言葉をぶつける。
「志柳に、僕の知りたいことがあるかは分からない……それでも、ほんの少しでも可能性があるなら、僕は何もせずにはいられないんだ。
約束する。ここに帰ってくるって」
その時。
日向の強い気持ちに誘われるように、日向の神秘的な力が彼の周りをまとい始める。
日向の青い瞳はゆらゆらと美しく揺れ、優しい風がその場に立ち上がる。
そして日向の体には、植物のような模様が浮かび上がり、その力の姿を現した。
そんな日向の姿に、皆が目を見開く。
力とともに伝わる、日向の決意が。
「っ…………」
直後、司雀の胸ぐらを掴んでいた龍牙が手を離すと、ゆっくりと日向に近づく。
そして日向の前へと立ち止まると、包み込むように日向を抱きしめた。
強く、強く。
「……ちゃんと……帰ってくる……?」
「……うん。約束する」
「……絶対?」
「絶対」
「…………………………………」
日向の言葉を聞きながら、龍牙は再び目に涙を滲ませた。
本当は、止めたくて仕方がない。
妖魔が一切立ち入れない無主地の場所に、日向を送りたくは無い。
だが龍牙は、日向のことが大好きだ。
だから……日向の思いを、尊重せずにはいられない。
「……ちゃんと、帰ってくるんだよ……?」
「っ……!」
「魁蓮には、黙っているからっ……その代わり、ちゃんと帰ってきてよ……待ってる、からねっ……」
「……うん。ありがとう、龍牙……」
日向は泣くのを我慢しようとしている龍牙の頭を、優しく撫でた。
そして虎珀と忌蛇も、ここまで来てしまっては何も言えない。
少し複雑な思いを抱えながらも、同じように決意を固める。
心配ではあるけれど、日向の覚悟は認めたいから。
日向はそのことに気づいて、優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、みんな」
心配してくれる存在がいるのは、幸せな事だ。
だからこそ、日向はやり遂げなければいけない。
決して、死ぬようなことは許されない。
こうして日向の志柳行きは、魁蓮がいない場所で決まったのだった。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻。
星空を眺め終え、楊の待つ洞窟へと戻ってきた魁蓮は、暫く楊と会話を交わしていた。
そんな洞窟から、遠く離れた場所。
岩山の上から魁蓮を見つめる少年の姿が、1人。
赤い瞳をした黒い鬼の面を被り、袖なしの黒い衣を身にまとっている。
そして、腰には刀を下げていた。
「…………………………」
しんと静まり返る岩山の上で、少年はただじっと魁蓮を見つめていた。
気づかれるかもしれない、そんな気持ちを抱えながら。
その時……
「っ………………」
少年は、ある気配を感じ取った。
その気配は、現世の裏側に存在する黄泉から。
神秘的で、唯一の力……
日向が持つ、全快の力だ……。
『おや、殿下の力を感じますね。
何か動きがあったのでしょうか』
ふと、少年の後ろに立っている大きな木が、ゆさゆさと葉を揺らした。
はたから見れば動いているだけだが、少年にはその木の言葉を聞くことが出来た。
自分に語りかけているのだと理解すると、少年は日向の力を感じながら、腰に下げていた刀を抜く。
その姿に、木は再び声をかけた。
『そろそろ貴方様も、動きたい頃でしょう。半年も休んでいたのですから、存分に暴れてきてみては?』
「……暴れたいわけではない」
『おや、これは失礼しました。
それより……本当によろしいのですか?すぐそこに、いらっしゃるのに』
木は、枝を前方へと揺らした。
その先にいるのは、楊と会話をする魁蓮の姿。
魁蓮は少年には一切気づかず、ただ楊と会話を交わしている。
そんな魁蓮の姿に、少年はこくりと頷く。
「まだいい」
『どうしてです?ずっと会いたかったのでしょう?一言くらい、言葉を交わしても……』
「いや……それは今じゃない。
俺には、まだやるべきことが残っているから」
その時。
少年の後ろに、複数の妖魔が近づいてきた。
妖魔は少年の姿を見つけると、飢えた獣のように唾液を垂らしながら、少年に殺意を向ける。
少年がそれに気づくと、少年は刀を構え、そして鬼の面を付け直した。
直後……少年の刀に、ある力が宿る。
その光景に、木は優しい声をかけた。
『分かりました、貴方様が望むままに。我々、花蓮国の自然は、いつだって貴方様の味方です。
お気をつけて行ってらっしゃいませ………殲魔夜叉様』
殲魔夜叉。
今のこの時代において、この名を知っている者はどれほどなのか。
知る人ぞ知る彼は、今や伝説に近い存在だ。
そして彼は、ある時代では酷く恐れられていたのだ。
何故ならば……
彼は、殲魔夜叉とは別に……もう1つ名がある。
「喚け、下劣共。
我に牙を向けたこと、地獄の果てまで後悔するがいい」
刀に力を宿した途端、少年はまるで閃光の如く素早い動きで妖魔たちに立ち向かうと、たった一瞬の間に、複数の妖魔を斬り殺した。
何が起きたのかも分からないまま、妖魔たちはその場で朽ち果てる。
「愚行……貴様らなんぞ、腹の足しにもならん」
少年は刀についた血を振り払うと、次なる獲物を求めて駆け出した。
いつだって少年は、この世を駆け抜けてきた。
ただ1つの、野心のために。
「花蓮国……そして……
父さんと母さんは……俺が守る……」
黒い鬼の面をつけた謎の少年。
かつて彼は、殲魔夜叉と呼ばれ恐れられていた。
今の世の人々は知らないだろう。
彼こそ、鬼の王と同様にこの国を騒がせた存在だと。
そして1部の者からは、彼はある理由からこう呼ばれていたのだ。
「鬼の子」と……。
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