愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
上 下
241 / 271

第239話

しおりを挟む
 その頃……。



「……えっ……」



 城の食堂では、日向と司雀が向かい合わせで椅子に座っていた。
 司雀は、まるで信じられないとでも言いたげな表情を浮かべて、用意したばかりのお茶を手にしたまま固まっている。
 そんな司雀の前にいる日向は、真剣な表情で司雀を見つめていた。



「あ、あの、日向様……もう一度、言っていただけますか……」



 司雀は躊躇いがちに、日向に尋ねた。
 すると日向は、冷静な雰囲気で答える。



「司雀……僕に、志柳へ行く許可をくれないか」

「っ……!?」



 日向から放たれた言葉に、司雀はドクッと胸が嫌な高鳴りをした。
 その言葉は、司雀が最初に聞いた言葉と同じ。
 聞き間違いなんかではなかった。
 司雀は1つ大きな咳払いをすると、珍しく焦った表情で日向に詰め寄る。



「……突然、何故っ……」

「司雀。お前の言いたいことは、分かってる。僕が志柳へ行くことは、あれだけ魁蓮にダメだって言われてたし」

「そう、ですよ……分かってるなら、どうしてっ」



 司雀の脳内は、酷く混乱していた。

 数分前のことだ。
 司雀が日向のことを心配しながらも食堂の片付けをしていると、日向が突然食堂にやってきた。
 そして日向は司雀に「話がある」と言い出して、今の言葉を伝えたのだ。
 先程泣いていた日向のことが気がかりだった司雀は、積み重なる不安感に襲われて、手が小さく震えていた。
 一体どうして、日向はそのようなことを口にしたのだろうかと。
 司雀は深呼吸をすると、戸惑いながらも日向に訴える。



「日向様、志柳……いえ、今は改名されて瑞杜みずとという土地ですが、そこへ行くことがどういうことか理解していますか……?何があるか分からない未知の世界に、私たちのように戦えない貴方が乗り込む……それはもう、ある意味死にに行くのと変わりません」

「……………………」

「魁蓮と共に行くという話ならば、私だって快く送り出すことが出来たでしょう。でも貴方が私に話を持ちかけてきたということは、そういうことではないのですよね?ならば、許可なんて到底出せません。
 それに、こんなこと魁蓮が許すはずがっ」

「うん……分かってる。だからお願いがあるんだ」

「……えっ?」



 日向が司雀の言葉を遮った、その時。





「あ、いた。日向ぁ~」

「っ?」





 食堂に響いた大きな声。
 日向と司雀が扉の方へと視線を向けると、そこには龍牙、虎珀、そして忌蛇がいた。
 どういうわけか、珍しく3人が一緒にいる。
 龍牙はいつものような笑みを浮かべ、忌蛇はその後ろから、ヒラヒラと日向に手を振っていた。
 その中でも虎珀は先程のことがあったのか、少し気まずそうに日向から目をそらしている。



 (そういや、謝ってなかった……)



 志柳のことで頭がいっぱいだった日向は、虎珀への謝罪を忘れていた。
 尚更、虎珀が気まずく感じるのも無理もない。
 そんな虎珀に気づいたのか、龍牙が虎珀の肩に腕を回すと、ニヤニヤしながら日向に声をかけた。



「日向ぁ~。虎がさぁ、日向のことすっげぇ心配してたぜ~?「俺が、何かやってしまったのかもしれない」って。あと少しでギャン泣きしそうになってたから、忌蛇と一緒に探してあげてたんだぁ~」

「なっ!だ、誰が泣きそうだっただと!?」

「え~?虎しかいないじゃん?それにほら、日向は全然元気そうだぜ。言ったろ?日向は大丈夫だってさ」

「っ…………」



 虎珀は、少し心配そうに日向を見つめる。
 きっと日向が虎珀から走り去った瞬間から、虎珀はずっと日向のことを心配していたのだろう。
 未だに日向を名前で呼ぶことはなく、どこか壁を感じてしまう彼だが、彼は魁蓮と同じようによく周りを見ている。
 ただ冷たいだけの男では無い、ちゃんと優しさがある妖魔なのだ。

 そしていつもなら、日向もここで有難いと感じるのだろうが……今の日向は、優先したいことがあった。



「ちょうど良かった。3人にも、聞いて欲しいんだ」

「「「???」」」



 3人は、いつもと違い真剣な表情で話す日向に、少しばかりの違和感を抱きながらも、耳を傾けた。
 そもそも、食堂に漂う張り詰めたような空気感から、2人がただの雑談をしている訳では無いことは、龍牙たちにも容易に理解出来ていた。

 そして日向は4人全員の視線が集まったのを確認すると、真っ直ぐに言葉をぶつけた。




「志柳で、調べたいことがあるんだ。出来れば、魁蓮がいない間に調べに行きたい。だから……。
 僕が1で志柳へ行って、それを確かめてくる。そしてこのことを、どうか魁蓮には黙ってて欲しい」





 日向の発言の後、食堂は酷く静まり返った。
 全員が目を見開いて、開いた口が塞がらない。
 今の言葉は幻聴だったのだろうか、そう思いたいほどには、受け止めきれない言葉だった。
 そしてその静寂は、すぐに破られる。



「……っ、人間っ!!!!!!!」



 最初に反応したのは、虎珀だった。
 虎珀は自分の肩に回っていた龍牙の腕を振り払うと、怒りを顕にした表情のまま日向に近づいて、ガシッと激しく日向の両肩を掴む。



「貴様っ、何を言っているんだ!?1人で志柳に行く……?冗談じゃない!!!魁蓮様の言葉を、忘れたのか!?」

「……忘れてない。修行も、志柳へ行くことも、全部禁止された。でも、行かなきゃいけないんだ。
 だから、魁蓮には内緒で行く」

「っ!?な、何だとっ……ふざけるのも大概にっ」



 その時。
 虎珀の怒声で我に返った龍牙が、目に涙を滲ませながら日向の元へと駆け寄ってきた。
 そして虎珀に乗っかるように、龍牙は優しく日向の肩に手を置いて、そして詰め寄る。



「待ってよ日向っ、どういうこと……?
 日向が今言ったこと、嘘だよねっ……?」

「………………」

「なんで、そんなこと言ったの……?
 ね、ねぇっ……ただの冗談だよねっ……?」



 龍牙は、酷く慌てていた。
 瞳がグラグラと揺れ動き、呼吸はどこか浅くなっている。
 やっと出来た守るべき存在である日向、そんな日向がこんなことを言い出してしまっては、いつもふざけてばかりの龍牙といえど、笑って流すようなことは出来ない。
 だがどう見ても混乱状態な龍牙が目の前にいたとしても、日向の考えが覆ることはない。



「理由は、上手く言えない……でも、これは僕にとって大切なことなんだ。行かないままでは終われない」



 日向は、自分の肩に置かれた2人の手をゆっくりと離すと、再び司雀に向き直る。
 魁蓮がいないこの場において、全ての最終的な判断は司雀が担っている。
 ならば、説得すべきは司雀だ。
 日向はゴクリと唾を飲み込むと、司雀を真っ直ぐに見つめて、そして告げた。





「司雀。僕は……知りたいんだ。全部。
 そして……助けたい」

「っ……」





 知りたい、全部……そして、助けたい。
 その言葉にどんな意味が込められているのか、ただ1人、司雀だけには伝わっていた。

 日向が言った、全部知りたい。という言葉。
 その言葉には、主に魁蓮のことが含まれていた。
 彼に関する全てのこと、そしてそれらに繋がっているであろう、天花寺雅という存在。
 彼らの過去に何があったのか、この国では何が起きたのか、魁蓮は何を求めていたのか。
 魁蓮は、一体どんな風に生きてきたのか。

 魁蓮の記憶喪失の、本当の原因は何か……。
 日向は、それがちゃんと知りたかった。
 そして、魁蓮の悩みを解決してあげたかった。



「っ…………」



 その時、司雀の脳内に、過去の会話が蘇る。
 苦痛の記憶の中で最も鮮明で、おそらく全ての分岐点になったであろう会話。

 魁蓮との、会話が。


















【全て、消し去ってきた】

【……えっ……】

【この国にはもう、黒神に関することはほとんど残されてはおらぬ。志柳を除いて、な】

【魁蓮。本当に、真実を明かすつもりは無いのですか】

【あぁ。その必要は無い】

【………………………………】

【……なんだ】

【……いえ、ただ……居た堪れないです……。
 私のように真実を知る側は、叫び出したいです】

【………………】

【私だけではありません、巴様だってっ】

【案ずるな、司雀。我には、お前と覇冥ハメイ……いや、ヤンがいる。それだけでも救われているのだ。
 まあ見ていろ、我はやり遂げてみせる。

 雅が思案した、鬼の王 魁蓮を……


















「……本当に、知りたいですか……?」



 日向を見つめ返す司雀から出てきたのは、震えたか細い声だった。
 胸の奥に広がる苦しい気持ちを押し殺しながらも、日向の考えを冷静に聞こうとする気持ちが混濁している。
 司雀は今、自分がどんな顔をしているのか分からない。
 そんなことを考える余裕だって、既に無い。
 だが……これは、何かのかもしれない。
 そう、思ったのだ。



「知りたい、ですか……の真実をっ……」

「っ……!」



 司雀の言葉に、日向は目を見開いた。
 彼ら……それはきっと、黒神・天花寺雅、そして魁蓮のことだろう。
 妖魔も、仙人も、全てが全盛の時代だった1000年以上前の花蓮国、そして史上最強の仙人と、鬼の王が同時に存在していた時代……。
 司雀の言葉からして、それらに関することが少なからず志柳に残されているのは、間違いなかった。
 日向はコクリと頷くと、少し切ない笑みを浮かべながら続ける。



「だって、僕には知る権利があると思うんだ。
 それに……アイツのこと、知らないままなのは嫌だから」

「っ……」

「ちゃんと知りたい、悲しいことも辛いことも。
 アイツだけが抱えてるもんを、少しでも軽くしてあげたい」



 誰だって、好きな人のことは知りたいだろう。
 好きなものは何なのか、嫌いなものは何なのか、趣味は何か、何が得意なのか。
 ほんの些細なことでも、くだらない事でも、相手のことを知れるのは嬉しいことだ。
 何一つ語らない相手なら、尚更。



「だからお願い、司雀。
 ちゃんと帰ってくるって、約束するから」



 真剣な、日向の眼差し。
 その熱意は、司雀に真っ直ぐ向けられていた。



 (あぁ……やっぱり貴方は、彼のっ……)



 長年、魁蓮を支え続けてきた司雀。
 魁蓮はいつも独りよがりで、壁を作って、何も話してくれなくて、ずっと孤独の中。
 独りにしたくないからと大きく両手を広げても、魁蓮がその中に入ってくることは1度もなかった。
 あの赤い瞳に、穏やかな光を宿すことも無く、ただ1人でこの世を歩き続けて。
 いつしか、彼に近寄ろうとする者はほとんど居なくなっていた。

 そんな中、1000年以上経った今の時代に、1人の少年が立ち上がってきた。
 種族も寿命も思考も、何もかも違う少年が、1000年以上孤独という名の殻に閉じこもる魁蓮に、その殻を破ってまで寄り添おうとしてくれている。
 その存在が、司雀にとってどれだけ偉大か。



 (……もう、良いですよね……魁蓮……)



 司雀はゆっくりと目を閉じ、届きもしない声で魁蓮に尋ねる。
 きっと、彼ならば「駄目だ」というだろう。
 任された使命を果たさなければいけないが……何も司雀は、私情を無理やり押さえ込んでまでするつもりはなかった。

 だから……もう、迷わない。





「……分かりました。志柳へ行くことを許しましょう」

「「「「っ!!!!!!!!」」」」





 司雀の答えは…………応だった。
 そしてこれは、司雀が初めて魁蓮との約束を、破った瞬間だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

みどりとあおとあお

うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。 ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。 モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。 そんな碧の物語です。 短編。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

処理中です...