愛恋の呪縛

サラ

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第224話

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 それから虎珀は廃村を後にし、置きっぱなしにしていた食料を回収して、龍禅が待つ崖へと帰っていた。
 その道中、虎珀は魁蓮の姿と、彼が発した言葉を思い返していた。



 (不思議な、妖魔だった……)



 少ない情報しか知らないが、それでも虎珀は、世間が抱く印象と鬼の王自身が、あまりにも違うことに違和感を抱いていた。
 彼は本当に、無境なく殺す残虐非道な鬼の王なのだろうか。
 今日虎珀が見た鬼の王は、殺戮の意思どころか、殺意の欠片も感じなかった。
 そんな男が、本当に……?



「……分からない……何なんだ、本当に……」



 考えれば考えるほど、本当の鬼の王がどんな男なのか分からなくなってくる。
 ただ1つ分かるのは……この世で最も恐れられている男は、恐らくこの世で最も美しい容姿をした男だということ。
 きっと、あれ以上の美人に巡り会うことは、今後無いはずだ。
 なんて馬鹿らしいことを考えていると、いつの間にか崖の近くまで辿り着いていた。



「あ、虎珀ー!おかえりー!」



 虎珀は頭上から聞こえた声に顔を上げると、屋根を作り終えてくつろいでいた龍禅が、大きく手を振りながら虎珀の帰還を待っていた。
 虎珀は龍禅の姿を見た途端、複雑な気持ちになる。



 (鬼の王に会ったって言ったら、なんて言うかな)



 虎珀は軽く手を振り返しながら、食料を持って崖の上へと登っていく。
 ほんの少しの一時だったものの、虎珀は間違いなく鬼の王と接触した。
 言葉を交わし、そして……自分の考えを、褒められた。

 最強の妖魔に認められることは、光栄に思っていいことなのだろうか。
 褒められたことを誇りに思い、今の自分にもっと自信を持っていいのだろうか。
 色んな考えが頭を埋めつくして、虎珀はいつものような冷静さが欠けてしまう。



 (……駄目だ、今は考えるな……)



 虎珀はブンブンと頭を横に振ると、先程あった出来事を一時的に忘れることにした。
 どちらにせよ、気になることはいくつかある。
 考える機会なんて、いくらでもあるのだから。
 虎珀が崖の上にたどり着くと、龍禅は子どものように駆け寄ってきた。



「お疲れ虎珀!おぉ、大量だな!」

「……あぁ。目星をつけた場所が良かった。動物も果物も溢れていて、狩り放題だった」

「ははっ!これはしばらく、狩りの必要は無いな!」

「……どうせすぐ食べ尽くすだろ」

「今度は大丈夫だって!………………多分!」

「信用ならねぇな」



 いつも通りの会話、どうやら何も勘づかれていないようだ。
 こういう時の龍禅は、驚くほどに察するのが早いのだが、今回は上手く隠し通せているようだ。
 まあ、他のことなんてどうでも良くなるくらい、虎珀の収穫してきた量が多いのだ。
 大食らいの龍禅からすれば、積み上げられた食料の方が重要だろう。



「さてと……もう食うか?」

「そうだな!そんじゃあ一発目は~………鹿!」

「珍しいな。イノシシじゃねぇのか」

「たまにはいいだろ~?あぁでも、兎もある!迷うなこりゃ」

「どっちも使えばいい」

「ふふっ、それもそうだな。よしっ!」



 そう言いながら、龍禅は食料の山から鹿と兎を引っ張り出す。
 虎珀は龍禅の乱暴な手つきに呆れながらも、すぐに肉が焼けるようにと、龍禅が予め取ってきた枝などを集め直した。
 もう言葉を交わさずとも、2人は何をすればいいのか、相手が何をするのかを分かりきっている。
 だから、今の各々の行動に口を出されることは無い。

 しかし、虎珀はあることが気になっていて、珍しく口を開く。



「……なぁ、龍禅。ひとつ、聞いていいか?」

「んー?なにー?」



 虎珀は緊張しながら、龍禅に話を振った。
 龍禅は耳を傾けながらも、肉を引っ張り出すという行為を止めることは無い。
 そのいつも通りな態度に感謝しながら、虎珀は重たい口を再び開いて尋ねた。



「お前……過去に、人間の村を襲ったことはあるか」

「んっ……………えっ?」



 龍禅は、虎珀の質問に振り返る。
 余程質問の内容が意外だったのか、肉そっちのけで虎珀を見つめていた。



「人間の、村?」



 虎珀が気になっていたこと、それは先程の廃村だ。
 あの廃村には、間違いなく龍禅と似通った……いや、ほぼ龍禅と同じ妖力が残っていた。
 仮にも龍禅は、現志柳の長で、言語や行動から見るに只者では無い。
 むしろ、志柳なんかに引きこもっていなければ、それなりにこの世で名を馳せることが出来るくらいの大物だ。
 そんな男と似通った妖力なんて、この世に存在するのはまず無いと考えていい。

 だから、気になっていた。
 あの廃村は、あの場に残っていた妖力の親玉である妖魔によって滅ぼされていた。
 つまり、あの廃村を滅ぼした可能性が高い妖魔は……紛れもなく、龍禅だ。



「村、というか……まあ、なんでもいい。人間の集落とか、大勢集まる場所を襲ったことは……」



 質問をする度に、言葉がつっかえる。
 妖魔からすれば、人間が住む集落などを襲うのは珍しいことでは無い。
 人間からすれば恐怖でも、妖魔からすればただの食料調達。
 仙人が近くに待機しておらず、まして中心地から遠く離れた場所など、まさに格好の的だ。

 だが、虎珀はどうにも信じ難いのだ。
 たった半年ではあるものの、龍禅の姿を間近で見てきた。
 種族による差別もなく、分け隔てなく優しい。
 そんな彼が、守りたいと宣言している人間を襲うだろうか……。



 (違うって、何となくは分かるが……)



 どうにも、何かが引っかかってしまう。
 虎珀が黙って返事を待っていると、龍禅は口を開いた。



「そんなの、あるわけないだろー?」



 龍禅の返答は、否だった。
 虎珀がその返答に耳を傾けていると、龍禅は少し呆れた様子で続ける。



「そもそも俺は、そこらにいる妖魔とは違うんだよー」

「っ……」

「そんなこと聞くなんて、急にどうしたの?虎珀から見た俺は、人間を襲うように見えるわけ?」

「っ!い、いや……そういう訳じゃっ」

「ならいいじゃん。それに、俺がそんなことをする妖魔じゃないってことくらい、虎珀が1番わかってるでしょ?お馬鹿さんだねぇ、虎珀は。一体、何を心配したってのさぁ」



 龍禅はそう言って、ニコッと笑う。
 確かに、その通りだ。
 龍禅がそんなことをする妖魔じゃないことは、この半年間で痛いほど知っている。
 疑う部分なんて、ひとつも無い。

 それでも、気にしてしまうのは……
 あの廃村に残っていた妖力の正体が、彼以外に思いつかないから。
 彼ほど強い妖魔、そうそういない。
 いるとすれば……やはり、鬼の王だけ。
 でも先程彼と話していて、廃村に漂っている妖力が、彼と全く違う妖力だということは既に分かっていた。



「……悪い、変なことを聞いた」



 とはいえ、疑ったことは事実。
 まるで龍禅を信じていないような質問をした虎珀は、自分の質問の浅はかさに目を伏せた。
 そんな虎珀の反応に、龍禅は優しく微笑む。



「ふふっ、気にしてないよ。でも……もし、そう思わせるようなことを俺がしたなら、謝る。ごめんな」

「っ!別に、そんなことはしてない……」

「そう?なら良かった」



 この男は、理不尽なことを聞かれても、1度も責めることはしない。
 本当に、同じ妖魔なのか分からなくなってくる。
 人間と共に住んでいると、やはり根っこから変わってくるのだろうか。
 なんてことを考えながら、虎珀は気を取り直して作業を進めた。



 (まあ、龍禅じゃないなら、どうでもいい……)



 あの廃村は、偶然が重なっただけ。
 もしかしたら、妖力の気配も勘違いだったのかもしれない。
 それに、龍禅が襲った村ではないと分かれば、もう詮索することは残っていない。
 だからもう、気にする必要は無いのだ。
 そう言って虎珀が納得した直後、今度は龍禅がおもむろに口を開いた。



「なあなあ虎珀~。次は俺から質問していい?」

「ん?何だ。俺が答えられることか?」



 虎珀は視線を向けることなく、そう返事をする。
 すると、龍禅は引っ張り出した動物を持ち上げながら、尋ねた。





「虎珀。君、さっきまで?」

「っ……!!!!!!」
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