愛恋の呪縛

サラ

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第210話

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 地下から遠く離れた、静かな山の中。
 人間の足ではあまり到達できない奥深い場所では……白虎と化した虎珀が、鬼の形相で龍禅を地面に押し潰していた。



「……遺言だけは聞いてやるぜ、このバカ龍がっ……」

「あっははぁ……虎珀ったら大胆~……力強すぎて最早ペタンコになりそぉ……」

「黙れ」

「はい……」



 虎珀が怒るのも無理もない。
 あれから龍禅は自分の好きなように空中を舞っていたのだが、あまりにも浮遊感が激しく、虎珀の酔いが限界近くまで達していた。
 そんな時、龍禅は虎珀の体調など気にすることなく、突然地面に向かって急降下したのだ。
 それが引き金だった。
 結果、虎珀は限界を突破して思い切り酔ってしまい、地面におりて早々嘔吐状態。

 そのせいで胃液のあの刺激の強い味が口の中に残って、助けられたとはいえ虎珀は良い気分ではない。



「人助けは褒められたもんだがなぁ……?自分本位でしか動くことが出来ねぇなら、それはもう人助けじゃなくて、ただの暴れ馬だぞクソ野郎……」

「え、えっと……俺、馬じゃなくて龍っ」

「首噛みちぎるぞ」

「ゴメンナサイッ」

「……チッ……」



 虎珀は大きな舌打ちをすると、みるみるうちに普段の姿へと戻っていく。
 近くにあった木に寄りかかって腰を下ろすと、虎珀はため息を吐いた。



「全く……ろくな事ねぇ、テメェといると」



 ポツリと呟いた愚痴、本人が目の前にいようと関係ない。
 だが……そんな虎珀の愚痴が痛くも痒くもないのか、龍禅は何も気にせず虎珀に近づいてくる。
 虎珀が反射的に顔を上げると、龍禅は衣の中から持ち運べる救急道具をバラバラと出し、仙人に切りつけられた虎珀の怪我の治療を始めた。



「おい、何してっ」

「放っておけないでしょうが、こんな怪我」

「……テメェ、俺を人間だと思ってんのか?妖魔だったら、こんな怪我死にはっ」

「死なないにしても、怪我をしたら治す。常識でしょ」

「テメェの常識なんて知らねぇよ」

「まあまあいいから、俺のワガママと思って」

「………………………………」



 何を言っても、言葉を挟まれる。
 きっとこれ以上文句を垂れたところで、龍禅は辛抱強く怪我の手当をしてくるだろう。
 無駄に体力を消費してまで対抗する気にもなれず、虎珀は深いため息を吐いてされるがままになった。

 沈黙が流れる中、虎珀は自分の体へと視線を落とす。
 龍禅の手当は、驚くほど丁寧で完璧だった。
 どこか手馴れているような、まるで本当に人間にするような手つきだ。



「……手馴れてるな」

「ん?あぁ、まあね。志柳には人間もいる。俺ら妖魔に比べれば、ちょっとした怪我でも命取りだろ?だから手当とかしているうちに、慣れてきたんだ」

「……そうかよ」



 確かに、人間にする手当と思えば妥当だ。
 妖魔からすれば過保護のような気もするが、彼が過ごしている環境を考えると慣れるのも納得がいく。
 虎珀としては、人間と同じような手当をされることは不本意でしかないが、生憎虎珀は自分の怪我の手当なんてしたことがない。
 そもそも怪我をした経験だってあまりないからこそ、こういう時どうすればいいのか分からないのが本音だ。
 だから、悔しいが今は助かっていた。



「もう少し待ってな~」



 龍禅は手を動かしながら、優しい声音でそう呟く。
 妖魔とは思えない態度に、虎珀は眉間に皺を寄せた。
 どこまでもいけ好かない、やっぱり志柳に住んでいる奴らとは合わない、と。

 その時、虎珀はあることが気になった。



「……なんでわかったんだ、俺の居場所」



 龍禅は虎珀の質問に、手当をしていた手が止まる。
 思えば、この男はなぜ虎珀の居場所を突き止めたのだろうか。
 あそこは志柳から離れた場所でもあり、加えて地下だった。
 壁の作り、地上からの距離を考えると、地上からは全く見えなかったはず。
 何かしらの印か、あるいは特殊な力を持っていない限り、虎珀を見つけること自体無理だというのに。

 虎珀が渋々尋ねると、龍禅は顔を上げる。



「教えてくれたんだよ。君が助けた子に」

「……あ?誰のことだ」

「助けたでしょう?ほら、仙人に追いかけ回されていた小さな妖魔。覚えてる?」

「小さな妖魔……?」



 ふと、虎珀は昼間のことを思い出した。
 虎珀が仙人に捕まる前、確かに彼は小さな妖魔を見かけた。
 3人ほどの仙人に追いかけられ、大怪我を負っていた小さな妖魔……恐らくあの子のことだろう。



「そいつが、何で……」

「あの時、たまたま俺が外に出てたんだ。そしたら、その妖魔が慌てているのを見かけてね。言葉は話せなかったけど、誰かが襲われたってことだけは理解して、案内してもらった。
 そしたら、地面の中から……虎珀の妖力を感じて」

「っ…………」



 虎珀は、目を見開いた。
 龍禅がぶち破ってきた穴は、かなり深かった。
 頑丈に作られたあの場所で、そもそも穴を開けて地下に降りてくるなど、どんなに強い力を持っている妖魔でも簡単にはできない。
 それなのに、この男はその壁を壊してきただけでなく、地上から虎珀の妖力を感じ取ったというのか。
 底知れない龍禅の力に、虎珀は言葉に詰まる。
 その時、龍禅は目を伏せた。



「ごめん。俺がもう少し、早く気づいてあげられれば、虎珀も怪我をせずに済んだかもしれないのに」

「…………はぁっ?」



 虎珀は、龍禅の言葉に片眉をあげる。
 この男は一体、何を言っているのだろう。
 虎珀は龍禅の言葉に引っかかり、自分の腕を優しく掴んでいた龍禅の手を、乱暴に振り払う。
 その事に、龍禅は戸惑いの表情を浮かべた。



「えっ、虎珀。どうしっ」

「テメェ、自分が何言ってんのか分かってんのか」

「はっ……?」

「俺はな、テメェの家族でも何でもねぇんだよ。志柳の連中でもねぇし、誰かと群れてるわけでもねぇ。
 それなのに、何でテメェは悔やんでる?俺たちは他人だろ。俺が何処で怪我してようと、関係ねぇわ」



 価値観のすれ違い、というべきか。
 龍禅がどんな価値観を持っているのかは分からないものの、少なくとも虎珀とはそりが合わない。
 ずっと独りで生きている虎珀からすれば、他人に情けをかけられるのはまっぴらだ。



「テメェは、俺がテメェの尊敬している黒神って仙人と似てるから、それが理由で助けたんだろうけど……はっきり言って迷惑なんだ。もしほんの少しでも、俺とそいつを重ねてるなら…………鬱陶しいからやめてくれ」



 礼儀としては、きっと最低だろう。
 龍禅が助けに来なかったら、虎珀は今生きていなかったかもしれない。
 今手当してもらわなければ、どこかで怪我が悪化して、苦しみながら死んでいたかもしれない。
 それなのに、こんな言葉しか出てこない。
 本当は……ありがとうの一言を伝えるべきだと、虎珀は頭で分かっているのに。



 (……言えよ、俺……)



 変な自尊心が邪魔をして、相手が志柳の人物だからという理由だけで、お礼の一言も言えないなんてダサすぎる。
 どういう関係であっても、どういう状況であっても、救ってくれたのは事実であって……。
 それでも虎珀は、ありがとうが言えない。
 善悪を重んじる虎珀にとっては、心底歯がゆい。

 突き放すような言い方をしてきた虎珀に、龍禅は動きが止まる。
 目を逸らしながら話す虎珀の姿に、龍禅は口を閉じた。
 その直後……



「っ……………………」



 龍禅は、振り払われたばかりの手を近づけて、再び虎珀の腕へと伸ばした。
 そして虎珀の腕を掴むと、今度はゆっくり手当を進めていく。
 だが、口は開かないまま。



「おい……」



 虎珀は、そんな龍禅の行動に戸惑う。
 冷たい言葉を吐いても、この男は手当をする気なのか。
 一体何を考えて……。
 虎珀はギリッと歯を食いしばると、再び龍禅の手を振り払おうとしながら、口を開く。



「おいっ!もういいから、さっさと離っ」

「よくねぇわ!!!!!」

「っ……!?」



 その時……突然龍禅は虎珀に叫んだ。
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