愛恋の呪縛

サラ

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第209話

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「な、なんだコイツ!?龍!?」

「せ、先輩!この龍、地上をぶち破ってここまで来てます!」

「はぁ!?んな馬鹿なことっ……!」



 3人の仙人は、突如現れた青い龍にてんやわんやだ。
 地上からぶち破られた天井は、まるで隕石でも落ちてきたのかと思うほどに、ぽっかりと大きな穴を開けていた。
 虎珀がその穴に視線を向けると、外は夜だった。
 うっすらと見える星空に、虎珀は目を細める。
 だが今は、夜空が綺麗だなんだと感動している場合では無い。
 その大きな穴から落ちてきた青い龍をどうしようかと、仙人たちは剣を抜いた。



「龍なんてっ、おとぎ話の存在だろうがっ!!」



 仙人たちが剣を構えている中、虎珀は浅い呼吸のまま龍を見つめた。
 確かに仙人の言う通り、龍というのは伝説とか、作り話に出てくる神秘の存在。
 こんな堂々と姿を現す存在では無いどころか、そもそも存在すらしているのか分からないもの。
 なのに虎珀たちの前にいるのは、正真正銘の龍。

 そう……見た目は……。



 (……なんだ……?)



 ふと、虎珀は違和感を抱いた。
 目の前に現れた龍から、何やら異様な気配を感じる。
 神秘的な雰囲気とか、自分たちとはまるで違うとか、そんなものでは無い。
 仙人が気づいているのかは知らないが、虎珀がその龍から感じた気配というのは…………



 (…………?)
 



 その時だった…………。





 ガブッ!!!!!!!!





 虎珀が龍から感じる妖力に集中していると、龍は大きな体からは想像できない速さで、3人の頭に強く噛み付いた。
 一瞬の出来事、仙人という立場であった彼らですら、その速度には対応できず。
 気づいた時には、3人とも首ごと噛みちぎられた。



「っ……!?」



 辺りに飛び散る、仙人たちの血。
 目の前で起きた残酷な光景に、虎珀は息を飲む。
 さっきまで威勢を張ってた仙人たちが、呆気もなく首なしの体になり、無くなった首元から血を流して倒れ込む。
 こんな恐ろしい展開、物語にですら出て来なさそうなものだ。
 虎珀がほんの少し後ずさると、口元を血だらけにした龍は、虎珀へと視線を移した。



 (……やばいっ……)



 もう、妖力がうっすら感じるなんて言っている場合ではなかった。
 今の虎珀は、まさに生と死の狭間。
 今見せつけられた流れを、虎珀もこれから味わうのだろうか。
 そう思うと、背筋がゾッとした。
 逃げる手段は……当然何も無い。
 虎珀はただ、自分を見つめてくる龍を、恐怖心を抱いたまま見つめ返していた。

 その時…………。



「っ……?」



 ふと、龍の体が眩い光に包まれていく。
 龍はその光に飲まれながら、虎珀へと近づいてきた。
 虎珀は近づいてきた恐怖よりも、龍が放つ眩い光に目が耐えられなくなり、ついギュッと閉じてしまった。
 視界が閉ざされた瞬間、何をされるか分からない。

 そんな虎珀の心配は……すぐかき消された。





「虎珀っ!!!!!!!!!」

「っ………………………………?」





 それは、どこかで聞いたことのある声。
 はつらつとしたような、でもどこか震えているような声。
 その声を聞いた瞬間、虎珀の脳内にじわじわとある記憶が蘇ってくる。
 この名前を呼んでくるのは、このバカみたいに明るい声を上げるのは、ずっとこうして遠慮なく近づいてくるのは……一人しかいなかった。
 虎珀は浮かび上がってきた人物の答え合わせをするために、ゆっくりと目を開ける。



「大丈夫っ!?虎珀!!!!!」



 虎珀の前にいたのは……龍禅だった。
 ……予想通りだった。
 虎珀は龍禅の姿に目を見開くと、龍禅は涙目になりながら虎珀へと駆け寄ってくる。



「ごめんっ、ごめん遅くなって!!!痛かったよなっ……?苦しかったよな……?ごめんなぁ、俺がもっと早く来ていればっ……」

「お前っ、何してっ……」

「あっ!そんなことより、鎖をっ!」



 龍禅は虎珀の言葉に気づかず、右腕に妖力を溜める。
 そして、虎珀を縛り付けていた鎖に狙いを定めた直後……



「おらぁっ!!!!!」



 龍禅が振り上げた腕から、妖力の籠った斬撃が飛ばされた。
 斬撃は剣の如く、その鎖を断ち切る。
 鎖の切れる音が大きく鳴り響くと、虎珀は脱力から前へと倒れ込んだ。



「危ないっ……!」



 だが寸前のところで、龍禅が虎珀を支える。
 解放された直後、虎珀の体に妖力がふつふつと蘇ってきた。
 とはいえ、散々痛めつけられたせいか、今は妖力をこめる力も無い。
 ぐったりとした体を龍禅に支えられながら、虎珀はゆっくりと顔を上げる。



「てめぇっ……何で、ここにっ」



 虎珀が尋ねた瞬間……



「あああああ!!!!!血が出てるぅぅ!!!!」



 虎珀は悲鳴をあげた。



「……はっ……?」

「とにかく、すぐ止血しないと!……って、あぁもう何ここ!!薄暗いし息つまりそうだわ!!!!治療する環境としても最悪だろ!!!!」

「ちょっ……」

「壁も床も血だらけだし!?あんのクソ仙人ども、一体どんだけの奴をここで痛めつけたんだよ!ああ!殺して清々した!!!!!」

「お、おいっ……」

「っと!俺の愚痴はいいわ!それより虎珀優先!」



 そう言うと龍禅は、虎珀の体をガシッと掴むと、グイッと肩に担いだ。
 突然の浮遊感と担ぎあげられたことに、虎珀は血の気が引く。



「ばっ……!てめぇっ、何してっ」

「ごめん虎珀!龍の姿で外に出ると、騒ぎ起きるかもしんねぇからこのままで!本当は、あっちの姿の方が安定してるから、なってあげたいんだけどぉ……」

「んなことっ、聞いてねぇ……!下ろせ!!」

「えぇっ!?嫌だよ!!後ですぐに下ろすから、今は我慢してて!!!」

「知らねぇよ!!いいからっ」

「とりあえず、行くか!!!」

「はっ……?ちょっ、待っ」



 龍禅は足に妖力を込めると、まるでバネでも足についたのかと思うほど、地上よりさらに高く飛び上がった。
 完全に、空に浮いていた。
 決して自分の力では到達しない到達点に、虎珀は更に顔が青ざめていく。
 そんな虎珀に気づかないまま、龍禅はあることを思い出した。



「あっ、虎珀酔いやすい方?」

「……えっ?」



 その質問に、虎珀は息が詰まる。
 なぜそんなことを尋ねてくるのか……なんて、考えたくはなかった。



「お、お前……ど、どういうことだ……?何をっ」

「あぁ、でもごめんね!加減できないわ!
 ちょっと酔うくらいは、許してね!あっはは!」

「ちょちょ、ちょっと、待っ……!!!
 ああああああああああ!!!!!!!!!!!」



 そう言うと龍禅は、虎珀を抱えたまま空中移動した。
 まさに恐怖そのものの動きに、虎珀は自分でも驚く叫び声を上げていた。





「下ろせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
 あああああああああああ!!!!!!!!!!」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 龍禅と虎珀が離れてから、数十分後。
 龍禅が開けた穴の衝撃音を聞きつけ、2人の妖魔がその地下へやってきた。



「これはっ……酷い……」



 地上から地下の状況を確認するのは、地下から漂う血の匂いに鼻を抑える司雀。
 そして、冷たい眼差しで地下を見つめる……
 鬼の王 魁蓮だ。

 魁蓮は司雀をおしのけて地下へと降りると、四方八方から漂う血の匂いと、壁に飛び散ったこれまでの血痕に眉間に皺を寄せる。



「……悪趣味なものだなぁ、実に不愉快だ」



 魁蓮が小さく呟くと、続いて司雀が地下に降りる。
 妖魔である彼から見ても、地下の状況はあまりに酷く、つい目を細めてしまう。
 辺り一面真っ赤に染まった地下は、まさに地獄のようだ。
 そんな司雀とは違い、魁蓮は地下を隅々まで見渡していた。
 今まで捕らわれた者は、ここでどんな仕打ちを受けてきたのか。
 拷問、なんて言葉が生温く感じるような惨状。
 血痕に紛れて残る、壁を爪で掻きむしった痕。
 その光景から、ここでの出来事が酷いものだったと察する。



 (腹いせに使っていた場か……?)



 魁蓮はそっと、血で濡れた壁に触れる。
 そんな魁蓮の行動に驚いたのか、司雀は慌てて口を挟む。



「魁蓮っ……この地下、妖魔と人間の血の匂いが混ざっています……あまり、触れない方がよろしいのでは……?」

「我のすることに、口を出すな司雀。ただの興味だ、邪魔をするな」

「興味って……もう、貴方って方は……」



 困ったように項垂れる司雀を横目に、魁蓮は更に奥へと進む。
 すると魁蓮は、床に転がっている3人の仙人の死体を見つけた。
 その死体は、どういうわけか首がなかった。
 ふと辺りを見渡すと、そこは牢屋のような柵があるが、柵は激しく壊されている。
 頑丈そうに見えるのに、こうもあっさり壊されるようなことがあるのだろうか。

 魁蓮は再び死体を冷たく見下すと、乱暴にドカっと死体を蹴る。
 死体は壁にぶつかると、魁蓮の蹴る力が強すぎたせいか、手足がバラバラとちぎれた。



「ふん……まだ、死にたてか……」

「えっ……?」

「ククッ……恨みでも買ったか?仙人が。
 ハハッ、くだらんなぁ。大馬鹿者だ」



 魁蓮はそう言うと、他の死体に近づいて、グチャっと足で死体の腹部を踏み潰す。
 内臓が潰れるような音を出しながら、魁蓮はニヤリと笑みを浮かべて司雀に視線を向けた。
 その魁蓮の行動に、司雀は顔を歪ませる。



「魁蓮……亡骸を痛めつけるのは、やめてください」

「痛めつけてはおらん。踏んでくださいと言わんばかりに、床に転がっているのだぞ?我は暇つぶしがてら、それを受け入れているだけだが?」

「そんな屁理屈、今はいいですから……
 それより、何か気になることでもありました?」

「ふん……」



 魁蓮はそう言うと、死体から足を上げて地下を見渡す。
 そして、不気味に口角をあげた。



「……似ているなぁ?彼奴に……」

「……?」

「司雀もそう思わぬか……?この地下に、異様な妖力を感じる。そしてその妖力が、彼奴の妖力に似ているとなぁ」

「えっ……?」



 司雀は魁蓮の言葉を聞くと、地下に残っているという妖力の気配に集中した。
 すると、あるひとつの妖力の気配を感じ取る。
 他とは違う、強者のような気配を纏い、格の違いを見せつけるような……そんな存在感。

 そしてその妖力が…………



「……確かに、似てますね……に……」

「だろう?ククッ……まさかと思うが……
 この妖魔の世界において、人間のように、というものがあるのではないか?」

「っ……まさかっ……偶然では?」

「さぁな……?どうだか……ククッ……」



 魁蓮は小さく笑うと、牢屋の中で荒々しく断ち切られた鎖を見つめる。
 その鎖から漂う妖力……魁蓮からすれば、とても興味をひかれるものだった。



「実に、興味深い妖魔がいたものだなぁ?
 いつか我を、愉しませてくれるといいがなぁ……」
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