愛恋の呪縛

サラ

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第189話

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「土産だ」

「…………えっ、これって…………」



 差し出されたものに、日向は思考が止まった。
 目の前に出てきたのは、懐かしいものだった。
 一瞬見て分かるくらいには見慣れたもので、愛おしさすら感じてしまう。
 綺麗に包装された、小さな箱。
 そしてその箱に書かれていた「小夏茶屋」の文字。
 日向は恐る恐る箱を受け取り、その文字を見つめた。



「魁蓮……何で、これをっ……」



 渡されたものは……毎月食べに行くほど大好きだった、小夏茶屋の大福。
 日向の大好物で、本当に愛してやまないもの。
 もう二度と口にすることはないのだと諦めていた好物、それが今、自分の手元にあった。
 懐かしい食べ物を手にしたまま、日向は魁蓮に尋ねてみると、魁蓮はふいっと視線を外して口を開く。
 



「先程、現世であの餓鬼共に会った」

「えっ、餓鬼共って……瀧と凪に会ったの!?」

「訳あってな。それで、賢い方の餓鬼が、お前に渡して欲しいと頼んできた。それだけだ」

「えっ……」



 日向は、もう一度箱に視線を落とした。
 魁蓮の言う賢い方の餓鬼は、恐らく凪のこと。
 そんな凪が、魁蓮に頼み事をしたというのか。



 (凪っ…………)



 日向は、箱を持つ手に力が入る。
 仙人の力では、この黄泉に立ち入ることは不可能。
 どうにか妖魔の力を借りなければ、届け物だって出来やしない。
 それを理解した上で凪はこの大福を買い、そして魁蓮に頼んだのだろうか。
 でもそう考えた上で行動しなければ、そもそも日向にお土産なんて用意しない。

 初めから凪は、魁蓮に頼むつもりでいたのだろう。
 理由はどうあれこれを届けるために、凪は魁蓮に接触したはずだ。
 敵であるはずの、鬼の王に……。



「瀧と凪は、元気だった……?」

「……さぁな。まあ……変わりはなかったと思うが」

「そっか……」



 蘇る、懐かしい記憶。
 本物の兄のように慕ってきた2人が、日向は本当に大好きで。
 この黄泉の生活になれたとはいえ、家族同然に育ってきた2人に会いたいという気持ちは、今でも変わらなかった。
 時折、会えないことに寂しさも感じる。
 だが、日向は2人がずっと元気で、現代最強の仙人として動いていると、ずっと信じている。
 だから、心配することもなかった。



「そっかぁ……凪が、僕に…………」

「……………………」



 箱をじっと見つめる日向の姿を、魁蓮は静かに見つめていた。
 どこか懐かしさを感じているようにも見えるその姿は、何と言うか、幼く健気にも見えた。
 余程、大福が嬉しかったのか。
 それとも……2人に、会いたいと思っているのか。
 魁蓮は視線を落とすと、再び顔を背けて、おもむろに口を開く。



「餓鬼共は、今でもお前を案じていた」

「っ……………………」

「だから…………伝えてきた、小僧は元気だと」



 ボソッと呟くような、魁蓮の声。
 その声が語る言葉に、日向は胸が熱くなった。
 一体彼は、現世で2人とどんな話をしたのだろう。
 聞いても教えてくれないかもしれないが、何となく争ってはいないと感じた。
 きっと、ちゃんと会話をしてきたのだろう。



「……伝えて、くれたの?2人に……僕のこと……」

「……あぁ……」



 そんなこと、したがらない性格なのに。
 むしろ、「どうでもいい」と一言で蹴ってしまうような男なのに。
 敵の2人に日向の近況を報告するとは……。

 日向は、魁蓮が少しずつ変わっている気がした。
 言葉では言い表しにくいが、何かが変わってる。
 初めて会った頃に比べれば、何だか温かくなった気がして…………。



「とりあえず、頼まれたことはした。好きに食え」



 無愛想に言う魁蓮に、日向は笑みが零れる。



 (魁蓮っ……)



 日向は、再び箱に視線を落とした。
 もう、何もかもが嬉しかった。
 2人のことが聞けた、大好物がまた食べられる。
 だがそれよりも…………





「……嬉しいっ……」

「……?」

「魁蓮は、凪の頼みを引き受けてくれたんだよね……」





 日向は、目に涙を滲ませた。
 何よりも嬉しかったのは、魁蓮の判断だ。
 きっと今までの彼ならば、凪たちと会話をすることすら拒んでいただろう。
 それなのに、今は言葉を交わし日向の近況を伝えるどころか、敵であるはずの凪の頼みを聞いてくれるなんて。
 自分の大切な家族の願いを聞いてくれた魁蓮に、日向は嬉しくて仕方なかった。



「ありがとう……ありがとう!魁蓮!」



 日向は、こみあがってきた嬉しさのまま、魁蓮に満面の笑みを浮かべた。
 魁蓮は元気よく感謝を伝えてくる声に、くるっと振り返る。



「っ…………」



 振り返って、魁蓮は固まった。
 視界に入ってきたのは、驚く程に輝いた笑顔。
 健気で、何とも可愛らしい……。
 その笑顔は、これまでで1番のものだった。
 魁蓮は思わず、言葉を失う。

 そんなことにも気づかず、日向は続けた。



「もうこれ、すっげぇ大好きなの!小さい頃から食べてるもので、毎月買いに行ってたんだ!もう二度と食べられないと思ってたから、また食べることが出来て、もう本当に嬉しい!
 それに、凪の頼みで届けてくれたんだろ?魁蓮は、僕を喜ばせるだけじゃなく、凪の願いも叶えてくれたってことだよ!きっと凪も喜んでるよ!」

「……………………」

「ありがとう魁蓮!これ、届けてくれて。凪のお願いを聞いてくれて。2人に、僕が元気だって伝えてくれて……僕、今すげぇ嬉しい!めっちゃ嬉しい!あははっ、もう言い足りないくらいだよ!
 本当にありがとう、魁蓮!!!」



 日向は、明るく綺麗な笑みを浮かべた。
 真夜中の、少し薄暗い部屋なはずなのに、日向の笑顔は太陽のように輝いていた。
 そしてその中には、花のような可憐さも含まれていて。
 見る者全てを魅了するような、そんな雰囲気だった。

 そんな日向の表情を、魁蓮は見つめ続けていた。



「……………………」



 日向の笑顔は、今まで幾度と見てきた。
 どれも明るくて、どこか可愛らしさもある。
 でも、今目の前にある笑顔は、本当に段違いで……。





【大福をあげた時の日向の表情と言ったら、これまたもう可愛くて可愛くて!天地がひっくり返りそうなほどの衝撃を受けてしまうよ!あの可愛い反応は、男だろうと女だろうと惚れてしまうかもねぇ!】





 先程、凪が言っていた言葉が蘇る。
 あの時は、大袈裟だと思っていた。
 そんな絶賛するほどの笑顔も反応も、きっと無いのだと、どこかで高を括っていた。
 だが…………



 (ああ……これは、確かに…………)



 魁蓮は、目を細めた。
 今なら分かる気がする。

 凪の言っていた、言葉の意味が…………。



「あ、そうだ魁蓮!一緒に食べよ!」



 日向は立ち上がり、箱を開けようとする。



「もう超うまいから!味は僕が保証する!怪我も全部治ったし、このままっ」



 日向が言葉を言い切る直前。
 魁蓮はサッと日向から箱を奪い取り、その箱を近くにあった机の上へと置いた。



「えっ?魁蓮、どうしっ」



 直後…………。



「っ!」



 魁蓮は日向の手を掴み、グイッと優しく引いた。
 そしてそのまま、日向の背中に手を回し……

 日向を、優しく抱きしめた。
 魁蓮は日向の胸元に顔を埋めながら、目を閉じる。



 (今の反応と表情……あぁ、悪くなかった……。
  これは……全く、困ったものだな…………)
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