愛恋の呪縛

サラ

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第188話

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 ぼんやりとした視界。
 いつの間にか閉じていた瞳を開け、魁蓮は天井を見つめた。



 (ここは……)



「あっ、魁蓮!起きたんだな!」

「………………っ………………?」



 ふと、日向の声が聞こえてきた。
 まだ覚めきっていない頭のまま、魁蓮は日向の声がした方へと視線を向ける。
 するとそこには、何故か安心しきった日向の姿が。
 魁蓮はそんな日向を暫く見つめ続けて、ようやく脳が覚醒した。
 日向がいると理解した途端、魁蓮はバッと上体を起こす。



「小僧っ……何故、お前がっ……」

「ああ!ちょっ、いきなり起きんなって!治ったとはいえ、すぐ動いていいわけじゃねぇんだから!」



 驚きを隠せない魁蓮とは違い、日向はいきなり体を動かした魁蓮を叱る。
 そこで魁蓮はようやく気づいた。
 ここは日向の部屋の中で、自分は日向の寝台の上で寝ていて、そしていつの間にか傷も体のだるさも消えている。
 ここに日向がいる時点で、どうしてなのかは聞かずとも察した。



「……使ったのか、力」

「は?当然だろ。どうせお前は、怪我のこと黙っておくつもりだったんだろうけどな?」

「……………………」



 日向はムスッと頬を膨らませながら、少し乱れた魁蓮の衣に手を伸ばし、よいしょと整える。
 だいぶ治したものの、完治した訳では無い。
 だが、よくここまで大人しく眠ってくれていたものだ。
 おかげで予定より早い時間には、魁蓮の怪我を全て無くすことが出来そうだった。



「ったく、本当にお前は言ったこと守らねぇな?怪我したら言えって何回言えば分かるんだよ」



 それでも日向はまだ怒っていた。
 当然だ、怪我していることを隠そうとするなと指摘しているのに、いつまでも話してくれないのだから。
 周りのことはちゃんと見るくせに、自分のことはまるで見えていない。
 日向はそんな魁蓮が、本当に心配で仕方なかった。



「傷も化膿してて、結構酷かったぞ?僕が気づかなかったら、どうするつもりだったんだよ」

「知らん、お前には関係ない」

「おい、次それ言ったらぶん殴るからな。
 脅しじゃねえ、マジで殴るからな?」

「……………………」



 日向の少し怒っている声音に、魁蓮は口を閉じる。
 こうは言っているが、魁蓮も怒られるようなことをした自覚はある。
 何度も何度も忠告してくれているのに、一向に怪我したことを伝えない。
 もちろん、今回のことも言うつもりは無かった。
 でもそれが、いかに日向の怒りを誘うのかは、嫌でも魁蓮だって分かっていた。
 だから、これ以上の反抗は出来ない。

 暫く沈黙が続く中、ふと日向は口を開いた。



「……3ヶ月、何してたん……」

「…………」

「僕たちには顔を見せないで、何してたんだよ……」



 日向は、ずっと聞きたかったことを口にした。
 一体、彼はどこにいて、何をしていたのだろう。
 分からないことだらけのまま時間だけが過ぎて、ただ心配と不安だけが募る日々だった。
 こうして会えたのも、たまたま寝る時間を過ぎても起きていたからで、単なる偶然に過ぎない。
 せっかくの機会、治療するだけしてこのまま終わるつもりはなかったが……



 (多分、教えてくれないよな……)



 この時点で、魁蓮は何も話してくれないのだろうと日向は思っていた。
 きっと、いつものように誤魔化すのだと。
 それでも聞いたのは、何も聞かないのはスッキリしないから。
 だからせめてもの期待を胸に、勇気をだして口にしてみた。
 返事が返ってこないと分かっていながら、日向は自分が抱いていた疑問を聞く。



「……それこそ、お前には関係ない」



 案の定だ。
 いつものように、魁蓮は何も話してくれない。
 分かっていたことなのに、いざはっきり言われてしまうと、やっぱり寂しいものだ。
 日向はキュッと小さく下唇を噛みながら、悔しさと寂しさを押し殺した。



「そっか……」



 重たい口を開け、そう返事をする。
 そんなぎこちない返答しか出来なかった。
 半分、諦めもある。
 この男は、いつまでも隠し事だらけなのだと。
 それとも、自分だから話してくれないのだろうか、司雀ほど信頼出来る人物でないと嫌なのか。
 なんて、激しい思い込みをしてしまう。
 魁蓮が何も話してくれないのは、今に始まったことでは無いのに。
 まあなんにせよ、今から色々聞いたところで教えてはくれないだろう、と日向が思っていた……その時。





「……すまない」

「…………えっ」





 ふと、そう呟く魁蓮の声がした。
 日向が顔を上げると、魁蓮は顔を背けている。
 今の言葉は、日向の聞き間違いなのか。
 でも魁蓮は、間を空けることなく言葉を続けた。



「あの日……お前があれほど、怒るとは思わなかった。傷つけた……だから、すまない」

「えっ……あっ」



 そこで日向は理解した。
 あの日、恐らく3ヶ月前のことを言っているのだろう。
 魁蓮を心配する肆魔に対して、魁蓮が言った言葉。
 それに怒った日向のことを。



 (もしかして、あの日のことを謝ってるのか……?)



 あれは、もう3ヶ月前のこと。
 それなりに時間は経っているはずなのに、今こうして謝罪をしてくるということは、頭の片隅にずっとあったのだろうか。
 ずっと、日向に謝罪をしようと考えてくれていたのだろうか。
 そう考えると、何だか少し反応に困ってしまう。
 だって、今になって謝罪されるとは思わないだろう。



「い、今謝ってくんのかよ……ほんと、急だな……」

「……………………」

「いや、でも……そういうのは、僕より肆魔の皆に謝るべきだろ……何で、僕に謝ってくるわけ……?」



 でもこれは本音だった。
 謝罪をする相手は、少なくとも自分では無い。
 酷い言葉を浴びせた肆魔に謝るべきだろう。
 でも、自分に謝ってきたのは本当に意外だった。
 魁蓮は、どういう理由で謝ってきたのか。
 日向が恐る恐る尋ね返すと、魁蓮はゆっくりと振り返り、横目で日向を見つめた。



「さあな。ただ……
 お前の怒った顔が、妙に脳裏に焼き付いていた。思い出す度に、少々落ち着かなかった……」

「えっ……」

「お前は喧しいほどよく笑う餓鬼のくせに、どうしてか怒った表情の方が浮かび上がっていた……それに、あの表情は……興が湧かん、我好みでは無い」

「っ……………………」

「……これ以上は、我も分からん。だから聞くな」



 そう言うと魁蓮は、視線を下げた。
 後頭部をポリポリとかいて、言葉では言い表せないもどかしさに少し困っている。
 そんな魁蓮の姿に、日向はじわっと胸が熱くなった。
 ぎこちない言葉だったが、日向には伝わった。



「もしかして……ずっと気にしてた……?」

「…………………………」

「……僕が怒ったこと、ずっと気にしてくれてたんだね……頭のどこかで悪いことをしたって思ってて、少しは罪悪感があったってことでしょう?
 僕を……傷つけたって、自覚があった……」 

「っ……………………」



 きっと魁蓮が感じているもどかしさは、悪いことをしたと思っているのに、日向に謝罪しなかったからだろう。
 怒らせた自覚があったのに、そのまま放置して3ヶ月顔を合わせなかった。
 だから想像以上にもどかしさが膨れ上がって、忘れられなかったのだろう。
 そしてようやく日向の顔を見た時、謝らなければと考えてくれたのだろう。



 (3ヶ月間……ずっと……)



 日向は、じんわりと胸が熱くなる。
 まさか、こんなことが起きるとは思わなかった。
 魁蓮は平気で他人を傷つけることがあるし、それを悪いと思わないことも多い。
 日向には理解できない思考だったのだが、どうやらそれだけでは無かったらしい。
 ちゃんと悪い事をしたと、誰かを傷つけたと自覚ができて、遅れながらも謝罪をしてくれる。

 魁蓮が日向の怒った表情が好みじゃないって言ったのは、きっと怒っている表情が好きじゃなかったから。
 笑った顔は見たい表情であっても、怒った顔は見たい表情ではなかったと言うことだろう。



 (魁蓮……お前ってやつは、本当に……)



「ははっ、ありがとう魁蓮。謝ってくれて。
 僕の方こそ、ちょっと強く言いすぎた。お前があんな言い方をするのは、ちゃんと理由があるって分かってたはずなのに。その場限りの感情で喋っちまって……僕も、ごめん」

「……………………」



 日向も、しっかりと頭を下げて謝った。
 そうだ、こうして言葉を交わせばいい。
 司雀も言っていた、魁蓮の言葉をそのままの意味で鵜呑みにしないでくれ、と。
 深読みなんて出来ないけれど、魁蓮は酷い言葉を吐くだけの男では無い。
 もう、それを分かっている。

 そしてそれは、肆魔もきっと分かっている。
 だからどれだけ酷いことを言われても、彼らは魁蓮の背中を追いかけるのを辞めないのだろう。
 魁蓮の冷たい言葉は、自分たちを思っての言葉がほとんどだから。



「へへっ、良かった話せて。3ヶ月も会えなかったから、どうしようかと思ってたけど」

「あ?無駄な心配をしていたのか」

「ごめんなさいねぇ?僕たち人間は、感情っていう面倒なものがあるんだから。妖魔よりかは繊細なの。会えない間も、色々と考えてしまうもんなんだよ」

「ふん……忙しない」

「ははっ、かもね。
 さて、まだ治療の途中なんだわ。そのままじっとしててなー」



 魁蓮との話を切り上げて、日向は再び魁蓮の体へと手をかざす。
 魁蓮もそれ以上は何も言わず、上体を起こしたまま、日向の好きにさせた。
 そして日向の手に力が込められた途端、魁蓮はあることに気づく。



「……小僧、力が強くなったな」

「おっ!分かる!?自主練してんのよ!あと肆魔の皆も手伝ってくれてさぁ。僕、結構成長してんだぜ?暇あったら見せてやるよ!」

「……何故、力をつける?」

「え?何故って……そりゃあ、強くなりたいからっしょ。守られてばっかなんて情けないし」



 戦いに不向きな力だとしても、なにか役に立つ力になるかもしれない。
 そんな期待も含まれた自主練だった。
 この3ヶ月、日向の力は大きく成長していて、きっと魁蓮も驚くことだろう。

 なんて考えていた日向だったが、魁蓮は意外な反応を見せてきた。



「小僧、お前が強くなる必要は無い」

「えっ……は?何で」

「言ったはずだ。
 お前は我だけのもので、お前は我が守ると。お前が強くならずとも、我が万物から守ってやる。お前が力をつける必要など無いくらいに、な」

「っ……!」



 魁蓮のさりげない言葉に、日向はボンッと顔が赤くなる。
 忘れていた、この男は平気でこんなことを口にする男だった。
 日向はいよいよ反応に困り果て、キョロキョロと目が泳ぐ。
 本当に心臓に悪いったらありゃしない。



「そ、それは嬉しい……けど……。
 これは、僕の自己満もあるから……その、強くなりたいってのは本音だけど、役に立ちたいってのもある。だから、まあ……大目に見て……」

「……小僧の我儘ということか?」

「え?あぁ、まぁ、そうなるかな……」

「……ならば、仕方ないな」

「我儘だったらいいんかい…………」



 日向は小さくツッコミながら、ふふっと笑った。
 こうして改めて言われると、とても安心する。
 魁蓮は本当に日向を守ろうとしてくれるのだと、再確認できるから。
 残虐非道だと言われるが、しっかり仁義はあって、やたらと真面目な部分もある。
 そんな意外な一面は、日向は好きだった。

 なんて、そんなことは口には出来ないが。



「あ」  



 その時、魁蓮は何かを思い出したように声を漏らした。
 直後、魁蓮は自分の手元に小さな影を作り出し、グッと中に手を突っ込む。
 一体何をしているのだろうかと日向が首を傾げると、魁蓮は影からあるものを取りだした。
 そしてそれを、日向に差し出す。



「土産だ」

「…………えっ、これって…………」
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