愛恋の呪縛

サラ

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第182話

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 ピチャン……。



 水の落ちる音。
 異型はその音を聞いて、ハッと我に返った。
 一気に呼び起こされた脳に、異型は頭を抑える。



「何ガ、起キタ……?」



 異型は、あることに気づいていた。
 言葉では言い表せないが、何かが変わった。
 それも、良くない方向に。
 そして1番引っかかっているのは、異型が置かれている現状と環境。



 (静カスギル……)



 魁蓮とぶつかり合っていた時に響いていた衝撃音も、崩れた建物から香る砂や煙の匂いも、まるで全て嘘だったかのように、パッタリと無くなってしまった。
 一瞬気を失っていた異型は、何が起きたのかと辺りを見渡す。
 そして、ようやく事の重大さに気づいた。



「何ダ、ココハ……」



 異型の先にある光景。
 それは、終わりの見えない赤い湖。
 敷き詰められた人間と妖魔の死体が埋まっていて、目を細めたくなるほど痛々しく目がくり抜かれていた。
 誰が見ても酷いものだと分かる光景は、感情がほとんどない異型の気持ちも沈めてしまうほど。





【奥義 陽・死花スウファ





 異型は、魁蓮の言葉を思い出す。
 気を失う直前、魁蓮が目の前で大量の妖力を放出したことは分かっていた。
 恐らくあの状況は、どう打開しようと動いても、あの場から逃げ切れる者はいないだろう。
 ではここは、やはり先程魁蓮と戦っていた場所とは、別の空間なのだろうか。
 異型が状況を整理しようと頭を使っていると……





「ほう?やはり、意識を取り戻すのは早いなぁ?」

「ッ……!」





 背後から聞こえたのは、魁蓮の声。
 異型はその声にバッと振り返ると、いつの間にか積み上げられた死体の山の上で、足を組んでくつろぐ魁蓮の姿があった。
 決して座り心地は良い訳がないはずなのに、魁蓮はいつも通りのことをしているとでも言うように、死体を当たり前に椅子代わりにしていた。



「驚いたか?我の奥義は」



 魁蓮は、どこか自慢げに笑みを浮かべた。
 あの笑みは、相手からすれば危険なものだ。
 完全なる余裕の表情、敗北という言葉が無くなったと、そう言い表しているようなものだ。
 だが、異型は既に何となく分かっていたのだ。
 今の自分は、誰よりも危険な場所に立っていると。

 何故なら、体が痛みを感じるほどに、この空間は四方八方から魁蓮の妖力を感じる。
 いや、圧をかけられているのだから。



「ッ……ソナタノ奥義ハ、一体……」



 異型が恐る恐る尋ねると、魁蓮はニヤリと薄ら笑みを浮かべた。



「そうだなぁ、貴様には教えてやってもいいだろう。多少は愉しませてくれた礼だ。
 ここは、ミン……我の全ての技の土台となる影の中だ。普段は内側を顕現することなど無いがな」

「影……」



 異型は、先程までの戦いを思い出す。
 思えば、町全体に張り巡らされていた影があった。
 黒く、それはまるで闇に染まったのようで。
 異型が今までのことを振り返っていると、魁蓮は続けて言葉を発する。



「異型よ。八大地獄というものを知っているか?」

「……八大地獄……?」

「簡潔に言えば、死者が行くとされる地獄の世界。その8つの形相を総じて表すものだ。生前に犯した罪の重さで、受ける罰が決まるという良いものでなぁ。
 我の奥義はその八大地獄の存在に因み、8がある。だが、我の奥義は八大地獄と違い、1つでも掟を破れば、その場で死が確定するものだ」

「ッ……!?」





 魁蓮の奥義 陽・死花スウファ
 で底上げされた妖力により、本来隠されているミンの内側が顕現された空間で行われる技。
 この空間には、魁蓮が定めた8があり、奥義をかけられた者は決して破ってはいけない。
 掟の内容は伏せられているため、奥義にかかった者は手探りで逃れるしか方法が無く、生き延びるのはほぼ不可能な大技だ。

 だがこの技は、必中技ではあるものの必殺ではない。
 そのため、奥義をかけられた者にも機会はある。
 逃れられる可能性が含まれている、妖魔の中では珍しい奥義だ。





「制限時間は無い。この技は我の気分次第で動く。
 だが今回は、貴様に用があるため使った。貴様が我の望む通りに出来るのであれば、命だけは見逃してやろう。ククッ」



 愉しそうに語る魁蓮の姿に、異型は言葉が詰まる。
 逃げられる可能性はあると言っても、ここはまさに地獄だろう。
 死体が残されていて、掟があって、何か1つでもやらかせば死ぬ。
 こんなの、一体誰が生き残れるというのか。



「では、始めよう」



 魁蓮はそう言うと、空間へ瞬時に妖力を流し込んだ。
 その時。



「ア゙ア゙……」

「ッ……!?」



 ふと、異型は何者かに腕を掴まれた。
 同時に聞こえてきたのは、苦しそうな声。
 恐る恐る視線を下げると……

 湖の中に埋まっているはずの死体が、まるで蘇ったかのように顔を出し、異型の体を湖の中へと引きずり込もうとしている。
 異型はそのことに気づき、ギョッとした。
 その姿を見ていた魁蓮は、「あぁ」と声を漏らし、何かを思い出したように手を叩く。



「言い忘れていたが、ここにいる死体は動くぞ?まあせいぜい怨霊とでも思え」

「オ、オンリョウ……!?」

「それらは生というものを求め続けている故、生者を酷く妬んでいる。それ故に、この空間へ招かれた生者を生きて返さぬよう、引きずり込もうとしているのだ。
 なに、心配せずとも抵抗は出来る。まあ貴様が、恐怖を抱かず我と語り合えるならばなぁ?」



 魁蓮はそう説明しながら、不気味に笑った。
 必殺ではないとはいえ、明らかに生きて返さないつもりなのがよく分かる。
 相手に生き残れる可能性があると思い込ませ、恐怖から逃れようともがき苦しむ様を、高いところから眺めて愉しむ。
 なんという悪趣味さだろうか。

 身体的にも精神的にもイカれている魁蓮に、異型は僅かに残っていた余裕も消え去り、今は恐怖で埋め尽くされていた。



「我の奥義のことは、もう良いだろう。
 では異型、今から我が尋ねること全てに、嘘偽りなく答えるのだ。良いな?」



 何も整理が追いついていない異型など気にもせず、魁蓮は自由に話を進め始めた。
 異型は自分の体を掴んでくる異型たちの手を必死に振り払いながら、魁蓮の言葉に耳を傾ける。



「断ル!ソナタ二話スコトナド、何モ無イ!!!」



 異型は、歯向かうことを辞めなかった。
 先程町で戦っていた時の感覚は無く、ただただ逃げ出したいと思うほどには怖かったが、魁蓮に負けるという考えは持ちたくなかった。
 可能性が0に近いとしても、戦いはまだ終わっていない。
 生きている限りは、まだ戦っているのだと。
 異型はそう言い聞かせて、恐怖を抱きながらも、魁蓮に歯向かう。

 しかし……



「主とやらに忠実だなぁ?余程、愛されているのか?それとも、一方的に慕っているだけか?ククッ、ハハハッ……実にくだらんなぁ、愚かで無様」



 魁蓮は、愉しんでいた。
 鬼の王の恐怖は、いついかなる時でも計り知れない。
 黄泉という世界を作り出しただけあって、本物の地獄の支配者のようだった。



「では1つ目だ、異型。
 貴様らの主とやらは、どこにいる?」



 そして魁蓮は、勝手に質問を始める。



「言ワナイ!」

「ふん。では、貴様ら異型の正体は何だ」

「言ワナイ!!」

「貴様らの目的を話せ。覡を捕え何をする」

「言、ワナイッ……!!!」

「ククッ……これは実に、頑固だなぁ?」



 何も聞いても異型は一切答えない。
 その頑固強さに、魁蓮は呆れて笑いが零れる。
 主に忠実なのはいいことではあるものの、予想以上の口の硬さに魁蓮は驚いていた。
 やはり、主の存在に近い立場にいればいるほど、忠実さも強くなるのだろうか。

 これ以上聞いても、きっと異型は口を滑らせない。
 そう考えた魁蓮は、口を閉じ、じっと異型を見つめた。



「ふん………………」



 死体たちから逃れようと、必死になって抵抗する異型の姿。
 実に滑稽だと思いながら、魁蓮はあぐらをかいて、膝の上で肘をつく。

 ふと、魁蓮はあることを思いついた。



 (今なら……)



 すると魁蓮は、じわっと瞳に光を宿した。
 赤く光る瞳を、魁蓮は異型の体の中へと映す。
 思えば、魁蓮はこれ程強い力を持った異型を見たことがない。
 戦いを忘れ、正体を暴くことに集中すれば、何かしらの手がかりが掴めるのではないか。
 そう考えた魁蓮は、異型のを見つめた。



「………………」



 だがそこにあったのは、今まで見てきたものと同じ。
 複数の呪いが複雑に絡み合い、不思議なことになっている。
 当然、その呪いが何なのかは分からなかった。
 でも、ここで諦めてしまっては、今後いつ彼のような強い妖魔が現れるか分からない。
 だからせめて、今のうちに1つくらいは……

 と、そう思った瞬間。



「………………ん?」



 魁蓮は、ある違和感に気づく。
 複雑に絡み合った呪い、魁蓮はその呪いを深く見つめた。
 すると、何やら別のものが見えてくるのだ。
 それは呪いなどでは無い、もっと身近にあるようなもの。



 (……どういうことだ)



 見えたのは、2種類の異質の力。
 妖魔が持つと、仙人が持つ、その2つ気配。
 そして……異型の体の中心に集まる、豆粒程の大きさとなった、6つのしんぞうだった。
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