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第159話
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あれは何だったんだ?
日向が見たあの景色は、何が起きていた?
どうして仙人である黒神が人々を?
見せつけられた残酷な過去の記憶に、日向は胸が苦しくなってくる。
自分が今まで見てきた仙人とは、まるで違う。
あれはもう、怪物のようだった。
何も言わず、怯える人々を気にも留めず、ただ望むままに斬り殺して……。
(仙人の、英雄じゃないのっ……?)
でも、どうして無関係の日向が、黒神の記憶を見ることが出来たのか。
何も分からない日向は、魁蓮をじっと見つめる。
理由は定かでは無いが、魁蓮の影に触れた途端に起きた現象だ。
少なくとも、魁蓮がそのきっかけを作った。
日向は魁蓮を見つめながら、以前虎珀が話してくれたことを思い出す。
【大昔に存在したと言われる、史上最強の仙人のことだ。その当時、黒神は妖魔たちの天敵で、誰一人として彼に傷をつけることが出来なかったらしい】
【え、すげぇ。英雄じゃん】
【だが、その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない。その冷酷な様から、「黒神」という異名で呼ばれていた】
【仙人なのに、周りの人はみんなどうでもよかったってこと?だいぶ冷めてんな、そいつ。
でも、そんな強い仙人を魁蓮は倒したってこと?】
【ああ。あくまで言い伝えではそう語られている。でも魁蓮様は、「興味無い」の一点張りだがな。相手が誰であろうと、人間である以上はどうでもいいんだろう】
(魁蓮は昔、黒神を倒したっ……)
それは、揺るがない真実。
いつどこで、魁蓮が黒神を倒したのかは分からない。
だがあの悲劇が起きた後、黒神が仙人として生きることは出来ないだろう。
裏切り行為とも言えることをしたのだ。
もし魁蓮が黒神を倒したのならば、考えられるのはあの夜の時か、それ以降のどこかで。
だがそれよりも…………。
【その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない】
虎珀のあの言葉、今になって理解した。
日向が今まで見てきた仙人は、敵である妖魔と戦い、現世の平和を築いてきた。
まさに平和の象徴、皆の憧れ。
そんな仙人の中で、史上最強と言われた黒神。
だがその男は、強い力を持っていたにも関わらず、誰の味方にもならない。
挙句、妖魔と人間を無境なく殺す。
(何が、英雄だっ……………………)
そんなの、英雄では無い…………悪魔だ。
「魁蓮っ……」
日向は、やっと力が入り始めた体を動かして、魁蓮の元へと行こうとする。
確かめたかった、彼に何があったのか。
思えば、彼と出会ってからというもの、不思議なことばかり起きていた。
黒神の記憶を見る前から、非現実的なことだらけ。
何故、自分はこの力を持って生まれたのか。
何故、鬼の王の封印を解くことが出来たのか。
何故、司雀は初めから日向を迎えてくれたのか。
何故、異型妖魔は自分を狙うのか。
何故、不思議な夢を見るようになったのか。
自分の周りで起きていることが、全て自分と何かしら関係がある。
いや、違う……。
何もかも全てが、日向を中心に起きている。
(ねぇ、魁蓮っ……お前は何を知っているの……)
今までの記憶が、ふと蘇る。
今日まで出会ってきた者たちの、言葉の数々。
司雀は言っていた。
【私は初めから、日向様が魁蓮のものだからという理由で、接してはいません。
貴方だから、今こうして接しているのです】
初めて見た異型妖魔は言っていた。
【オマエ、コロス……アルジ、メイレイ】
忌蛇を助けに行った時、誰かが言っていた。
【貴方を待っていた。
貴方の力があれば、この森を救い、この毒も消すことが出来る……
私の、残りの力を全て捧げます。
どうか……救ってください……昔のように】
そして決定的だったのは……巴だ。
【何でここにいるのよっ……一体どういうつもり!?
答えなさい!何でここにいるの!?アンタっ、自分が何をしているのか分かっているの!?
どうして魁蓮の近くにいるのよっ……アンタのせいでっ、アンタがいたせいでっ…………
彼はっ、苦しんだっていうのに!!!!!!!】
【今更戻ってくるなんて、頭イカれているの!?アンタっ、魁蓮の気持ちを軽んじているんじゃないでしょうね!?どの面下げて、戻ってきたのよ!!!!!
アンタが、死んだせいでっ……魁蓮は、生き地獄を味わったのよ!!】
【アンタだけは許さないっ……。
国を守りきれず、魁蓮から離れたアンタをっ、妾はっ!!!!!!】
彼女だけは、全てを知っているようだった。
あの日のことがなければ、日向は自分がたまたま力を持って生まれてきた異質の人間だと、そう終わらせることが出来たのだが……。
どうやら、そういう訳でもないらしく。
(魁蓮……過去に、何があったんだ……)
1000年前、一体何があったのか。
黒神との間に、何が起きたのか。
何もかも推測でしかないが、日向のこの力は、ただの生まれつきなんかでは無い。
皆の発言、見てきたもの、その全てから考えるに、日向はこの国の歴史と、何か関係があるのだ。
その候補として挙げられるのは……巴が言った、あの言葉。
【どうして死んだはずの花蓮国の殿下が、まして魁蓮の隣にいるのよ!!!】
ずっと引っかかっていた。
あの言葉は、まさに過去を指していた。
魁蓮が、封印される前の……。
「魁蓮っ、聞きたいことがあるんだっ……」
「……聞きたいこと?」
日向は立ち上がると、魁蓮へと歩み寄る。
ひとつでは収まらない、彼に対しての質問。
聞けば、何かが分かる気がした。
自分の、この力の正体が。
黒神と、魁蓮の全てが。
この国の……歴史がっ……。
「お前、昔っ……黒神と何がっ」
その時だった。
「ピィ!!!」
「っ……!」
魁蓮に尋ねようとした途端、どこからともなく楊が姿を現した。
魁蓮に近づこうとしていた日向の前に立ちはだかり、真っ直ぐに日向を見つめている。
突然現れた楊に、日向は目を見開いて驚いていた。
「……や、楊?急に、どうしたの?」
「………………」
「……楊?」
尋ねても、楊は鳴くこともしない。
何か、考え事でもしているのだろうか。
日向が首を傾げ、様子を伺った……次の瞬間。
ブワッ!!!!!!!!!!!!
「「「「っ!!!!!」」」」
楊は突然、魁蓮の技である「冥」の影へと姿を変えた。
いきなり目の前に出てきた黒い影に、日向はビクッと肩が跳ね上がる。
「な、何っ!?」
日向が驚いているのもつかの間。
影へと姿を変えた楊は、日向にバッと近づいて、そのまま一瞬で日向を飲み込んだ。
あまりの出来事に、その場にいた全員が反応に遅れ、唖然としていた。
「楊……?何をしている!?」
主である魁蓮も、これは予想外だったようで。
魁蓮は少し慌てた様子で、日向に手を伸ばす。
だが、魁蓮が日向に触れる寸前、影と化した楊は日向と共に姿を消した。
日向に伸ばした魁蓮の手は、虚しく空をきった。
「っ……小僧!!!!!!!!!」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
何も無い、何も感じない。
影に飲み込まれた日向は、真っ暗な空間の中にいた。
空に浮いているような浮遊感を持ちながら、ただ呆然として。
幸いにも、意識はあるようだ。
「何が起きた…………?」
自分は楊に、何をされたのか。
全て飲み込まれる直前、魁蓮が手を伸ばしてきているのは見えた。
でも、あと少しのところで届かなかった。
魁蓮のあの様子から見るに、魁蓮の仕業では無い。
これは、魁蓮の指示で起きたことでは無く、楊が勝手にしていることなのだろうか。
だが、肝心の楊の姿は無い。
(一体、何のつもりで……?)
そう考えていた、その時。
【何故なんだっ、雅っ……………………】
「っ!」
日向の脳内に、微かな声が聞こえてきた。
響いてくる、振動するように聞こえる。
耳を澄ませると、その声は日向がいる真っ暗な空間の中で響いていた。
(誰…………?)
【雅っ……教えてくれ…………】
声は、少しずつハッキリと聞こえてきた。
声量も大きく、耳を澄まさずとも聞こえる。
そしてまた、あの名前が聞こえた。
夢の中で聞いた、あの名前。
日向がその事に気づくと、声は続けて言葉を発した。
何故逃げなかった……何故城にいたっ……?
お前だけでも、逃げることは出来ただろう!?
国と民が大事なのは、痛いほど知っている。
だがあの夜だけは、逃げるべきだった!!!
約束を守ってくれたのは分かっている!
でも俺はっ、逃げて欲しかった!!!
異変に気づいた時点で、助けを呼んで欲しかった!
なのに何故……俺をっ…………何故っ………。
声は、怒っていた。
いや、焦っている?
どっちとも取れる声に、日向は頭が混乱する。
名前を呼んでいたことから察するに、この声は「雅」という人物に話しかけているのか?
どうしていつも、自分を大事にしない…………?
雅っ、俺はっ…………俺はっ…………
俺はお前をっ……守りたかっただけなのにっ……。
(ん?この声……どこかで………………)
その時、日向はある違和感に気づいた。
空間に溢れるその声は、1人だけの声だった。
溢れんばかりの思いを、言葉にしてぶつけている。
だが日向は、この声に聞き覚えがあった。
夢の中にあった少年の声に近いが、どこか聞き馴染みのある声。
日頃から聞いている、この低い声……。
その時、日向はようやく気づく。
(これ……魁蓮の声じゃっ…………)
その声の主が誰かに気づいた時、納得した。
この低い声、思えばずっと聞いていた。
間違いなく魁蓮の声だったのだ。
似ているとか、近いとかではない、彼の声だ。
でもどうして魁蓮の声が?
それに、一人称が我ではなく、俺だ。
日向が疑問を抱えていると、魁蓮の声は続いた。
何故、俺が生きている……!?
俺は守れなかった、何も守れなかったんだ!!!
そんな奴は、生きる資格などないっ…………
死ぬべきだった!!死ぬべきは俺だった!!!
なのに、何故!?!?!?!?
(魁蓮……一体、何を言っているんだ……?)
黒神は死んだ、悲劇は止まったんだ…………。
だが、黒神が死んだところで意味が無い!!!
何も残っていないんだ!!守るべきものが!!
何もかも死んだ、国も、花も、全てだ!!!
彼奴が好きだった蓮も、全て消えたっ…………。
でも俺は、今もまだ生きている…………。
こんなの、許されるわけが無いっ……。
魁蓮の声は、だんだんと震えてきた。
これは、何かを押し殺している時に出る声。
我慢している、溢れだしている気持ちを抑えるように。
だが、その声があまりにも苦しんでいるように聞こえて、日向は不安になる。
(魁蓮……ねぇ、何があったんだよ……。
この声は何っ、何の話をしているんだ……!?)
なあ、雅…………教えてくれっ…………。
俺はっ……どうすればいいんだっ…………。
お前が居ないのならばっ……
こんな世界っ、生きる意味も無いんだっ……。
生きるべきは、お前だったのにっ……。
俺はっ、俺はっ……………
(魁蓮っ……魁蓮!!!!!)
聞いていられなくなった。
彼らしくない、まるで魁蓮じゃないようだった。
我慢が出来なくなった日向は、大声で魁蓮の名前を呼ぶ。
だが……日向の声は、魁蓮の言葉で跳ね返される。
もう、限界だっ…………
頼むっ……誰か俺をっ…………
''殺してくれっ……………''
「ピィ」
「……えっ」
脳内に響いていた魁蓮の声。
その声が終わった直後、日向の耳に聞こえたのは楊の鳴き声だった。
日向が我に返って顔を上げると、目の前に楊がいた。
楊は大きな目で、日向を見つめている。
「楊………」
「ピィ」
この時、日向はある考えが浮かんだ。
そういえば、この楊という鳥は何者なのだろう。
魁蓮の力が宿っている鷲、ではあるらしいが。
本当にそれだけなのだろうか。
日向が城の地下の存在を知ったのも、黒神の剣の在処を知ったのも、全ては楊のおかげ。
何も知らない者が出来る行動では無い。
ふと、日向は楊に尋ねる。
「楊……お前、何者……?」
不安を抱えたまま、日向が尋ねると……。
楊は、目を伏せた。
そして…………小さく口を開いた。
『どうか、無礼をお許しください。
主君がいない場所で、貴方と話したかったのです』
「っ!?!?!?!?」
まるで当たり前のように、楊から青年のような声がした。
日向は衝撃のあまり、顔が青ざめる。
日向が見たあの景色は、何が起きていた?
どうして仙人である黒神が人々を?
見せつけられた残酷な過去の記憶に、日向は胸が苦しくなってくる。
自分が今まで見てきた仙人とは、まるで違う。
あれはもう、怪物のようだった。
何も言わず、怯える人々を気にも留めず、ただ望むままに斬り殺して……。
(仙人の、英雄じゃないのっ……?)
でも、どうして無関係の日向が、黒神の記憶を見ることが出来たのか。
何も分からない日向は、魁蓮をじっと見つめる。
理由は定かでは無いが、魁蓮の影に触れた途端に起きた現象だ。
少なくとも、魁蓮がそのきっかけを作った。
日向は魁蓮を見つめながら、以前虎珀が話してくれたことを思い出す。
【大昔に存在したと言われる、史上最強の仙人のことだ。その当時、黒神は妖魔たちの天敵で、誰一人として彼に傷をつけることが出来なかったらしい】
【え、すげぇ。英雄じゃん】
【だが、その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない。その冷酷な様から、「黒神」という異名で呼ばれていた】
【仙人なのに、周りの人はみんなどうでもよかったってこと?だいぶ冷めてんな、そいつ。
でも、そんな強い仙人を魁蓮は倒したってこと?】
【ああ。あくまで言い伝えではそう語られている。でも魁蓮様は、「興味無い」の一点張りだがな。相手が誰であろうと、人間である以上はどうでもいいんだろう】
(魁蓮は昔、黒神を倒したっ……)
それは、揺るがない真実。
いつどこで、魁蓮が黒神を倒したのかは分からない。
だがあの悲劇が起きた後、黒神が仙人として生きることは出来ないだろう。
裏切り行為とも言えることをしたのだ。
もし魁蓮が黒神を倒したのならば、考えられるのはあの夜の時か、それ以降のどこかで。
だがそれよりも…………。
【その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない】
虎珀のあの言葉、今になって理解した。
日向が今まで見てきた仙人は、敵である妖魔と戦い、現世の平和を築いてきた。
まさに平和の象徴、皆の憧れ。
そんな仙人の中で、史上最強と言われた黒神。
だがその男は、強い力を持っていたにも関わらず、誰の味方にもならない。
挙句、妖魔と人間を無境なく殺す。
(何が、英雄だっ……………………)
そんなの、英雄では無い…………悪魔だ。
「魁蓮っ……」
日向は、やっと力が入り始めた体を動かして、魁蓮の元へと行こうとする。
確かめたかった、彼に何があったのか。
思えば、彼と出会ってからというもの、不思議なことばかり起きていた。
黒神の記憶を見る前から、非現実的なことだらけ。
何故、自分はこの力を持って生まれたのか。
何故、鬼の王の封印を解くことが出来たのか。
何故、司雀は初めから日向を迎えてくれたのか。
何故、異型妖魔は自分を狙うのか。
何故、不思議な夢を見るようになったのか。
自分の周りで起きていることが、全て自分と何かしら関係がある。
いや、違う……。
何もかも全てが、日向を中心に起きている。
(ねぇ、魁蓮っ……お前は何を知っているの……)
今までの記憶が、ふと蘇る。
今日まで出会ってきた者たちの、言葉の数々。
司雀は言っていた。
【私は初めから、日向様が魁蓮のものだからという理由で、接してはいません。
貴方だから、今こうして接しているのです】
初めて見た異型妖魔は言っていた。
【オマエ、コロス……アルジ、メイレイ】
忌蛇を助けに行った時、誰かが言っていた。
【貴方を待っていた。
貴方の力があれば、この森を救い、この毒も消すことが出来る……
私の、残りの力を全て捧げます。
どうか……救ってください……昔のように】
そして決定的だったのは……巴だ。
【何でここにいるのよっ……一体どういうつもり!?
答えなさい!何でここにいるの!?アンタっ、自分が何をしているのか分かっているの!?
どうして魁蓮の近くにいるのよっ……アンタのせいでっ、アンタがいたせいでっ…………
彼はっ、苦しんだっていうのに!!!!!!!】
【今更戻ってくるなんて、頭イカれているの!?アンタっ、魁蓮の気持ちを軽んじているんじゃないでしょうね!?どの面下げて、戻ってきたのよ!!!!!
アンタが、死んだせいでっ……魁蓮は、生き地獄を味わったのよ!!】
【アンタだけは許さないっ……。
国を守りきれず、魁蓮から離れたアンタをっ、妾はっ!!!!!!】
彼女だけは、全てを知っているようだった。
あの日のことがなければ、日向は自分がたまたま力を持って生まれてきた異質の人間だと、そう終わらせることが出来たのだが……。
どうやら、そういう訳でもないらしく。
(魁蓮……過去に、何があったんだ……)
1000年前、一体何があったのか。
黒神との間に、何が起きたのか。
何もかも推測でしかないが、日向のこの力は、ただの生まれつきなんかでは無い。
皆の発言、見てきたもの、その全てから考えるに、日向はこの国の歴史と、何か関係があるのだ。
その候補として挙げられるのは……巴が言った、あの言葉。
【どうして死んだはずの花蓮国の殿下が、まして魁蓮の隣にいるのよ!!!】
ずっと引っかかっていた。
あの言葉は、まさに過去を指していた。
魁蓮が、封印される前の……。
「魁蓮っ、聞きたいことがあるんだっ……」
「……聞きたいこと?」
日向は立ち上がると、魁蓮へと歩み寄る。
ひとつでは収まらない、彼に対しての質問。
聞けば、何かが分かる気がした。
自分の、この力の正体が。
黒神と、魁蓮の全てが。
この国の……歴史がっ……。
「お前、昔っ……黒神と何がっ」
その時だった。
「ピィ!!!」
「っ……!」
魁蓮に尋ねようとした途端、どこからともなく楊が姿を現した。
魁蓮に近づこうとしていた日向の前に立ちはだかり、真っ直ぐに日向を見つめている。
突然現れた楊に、日向は目を見開いて驚いていた。
「……や、楊?急に、どうしたの?」
「………………」
「……楊?」
尋ねても、楊は鳴くこともしない。
何か、考え事でもしているのだろうか。
日向が首を傾げ、様子を伺った……次の瞬間。
ブワッ!!!!!!!!!!!!
「「「「っ!!!!!」」」」
楊は突然、魁蓮の技である「冥」の影へと姿を変えた。
いきなり目の前に出てきた黒い影に、日向はビクッと肩が跳ね上がる。
「な、何っ!?」
日向が驚いているのもつかの間。
影へと姿を変えた楊は、日向にバッと近づいて、そのまま一瞬で日向を飲み込んだ。
あまりの出来事に、その場にいた全員が反応に遅れ、唖然としていた。
「楊……?何をしている!?」
主である魁蓮も、これは予想外だったようで。
魁蓮は少し慌てた様子で、日向に手を伸ばす。
だが、魁蓮が日向に触れる寸前、影と化した楊は日向と共に姿を消した。
日向に伸ばした魁蓮の手は、虚しく空をきった。
「っ……小僧!!!!!!!!!」
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
何も無い、何も感じない。
影に飲み込まれた日向は、真っ暗な空間の中にいた。
空に浮いているような浮遊感を持ちながら、ただ呆然として。
幸いにも、意識はあるようだ。
「何が起きた…………?」
自分は楊に、何をされたのか。
全て飲み込まれる直前、魁蓮が手を伸ばしてきているのは見えた。
でも、あと少しのところで届かなかった。
魁蓮のあの様子から見るに、魁蓮の仕業では無い。
これは、魁蓮の指示で起きたことでは無く、楊が勝手にしていることなのだろうか。
だが、肝心の楊の姿は無い。
(一体、何のつもりで……?)
そう考えていた、その時。
【何故なんだっ、雅っ……………………】
「っ!」
日向の脳内に、微かな声が聞こえてきた。
響いてくる、振動するように聞こえる。
耳を澄ませると、その声は日向がいる真っ暗な空間の中で響いていた。
(誰…………?)
【雅っ……教えてくれ…………】
声は、少しずつハッキリと聞こえてきた。
声量も大きく、耳を澄まさずとも聞こえる。
そしてまた、あの名前が聞こえた。
夢の中で聞いた、あの名前。
日向がその事に気づくと、声は続けて言葉を発した。
何故逃げなかった……何故城にいたっ……?
お前だけでも、逃げることは出来ただろう!?
国と民が大事なのは、痛いほど知っている。
だがあの夜だけは、逃げるべきだった!!!
約束を守ってくれたのは分かっている!
でも俺はっ、逃げて欲しかった!!!
異変に気づいた時点で、助けを呼んで欲しかった!
なのに何故……俺をっ…………何故っ………。
声は、怒っていた。
いや、焦っている?
どっちとも取れる声に、日向は頭が混乱する。
名前を呼んでいたことから察するに、この声は「雅」という人物に話しかけているのか?
どうしていつも、自分を大事にしない…………?
雅っ、俺はっ…………俺はっ…………
俺はお前をっ……守りたかっただけなのにっ……。
(ん?この声……どこかで………………)
その時、日向はある違和感に気づいた。
空間に溢れるその声は、1人だけの声だった。
溢れんばかりの思いを、言葉にしてぶつけている。
だが日向は、この声に聞き覚えがあった。
夢の中にあった少年の声に近いが、どこか聞き馴染みのある声。
日頃から聞いている、この低い声……。
その時、日向はようやく気づく。
(これ……魁蓮の声じゃっ…………)
その声の主が誰かに気づいた時、納得した。
この低い声、思えばずっと聞いていた。
間違いなく魁蓮の声だったのだ。
似ているとか、近いとかではない、彼の声だ。
でもどうして魁蓮の声が?
それに、一人称が我ではなく、俺だ。
日向が疑問を抱えていると、魁蓮の声は続いた。
何故、俺が生きている……!?
俺は守れなかった、何も守れなかったんだ!!!
そんな奴は、生きる資格などないっ…………
死ぬべきだった!!死ぬべきは俺だった!!!
なのに、何故!?!?!?!?
(魁蓮……一体、何を言っているんだ……?)
黒神は死んだ、悲劇は止まったんだ…………。
だが、黒神が死んだところで意味が無い!!!
何も残っていないんだ!!守るべきものが!!
何もかも死んだ、国も、花も、全てだ!!!
彼奴が好きだった蓮も、全て消えたっ…………。
でも俺は、今もまだ生きている…………。
こんなの、許されるわけが無いっ……。
魁蓮の声は、だんだんと震えてきた。
これは、何かを押し殺している時に出る声。
我慢している、溢れだしている気持ちを抑えるように。
だが、その声があまりにも苦しんでいるように聞こえて、日向は不安になる。
(魁蓮……ねぇ、何があったんだよ……。
この声は何っ、何の話をしているんだ……!?)
なあ、雅…………教えてくれっ…………。
俺はっ……どうすればいいんだっ…………。
お前が居ないのならばっ……
こんな世界っ、生きる意味も無いんだっ……。
生きるべきは、お前だったのにっ……。
俺はっ、俺はっ……………
(魁蓮っ……魁蓮!!!!!)
聞いていられなくなった。
彼らしくない、まるで魁蓮じゃないようだった。
我慢が出来なくなった日向は、大声で魁蓮の名前を呼ぶ。
だが……日向の声は、魁蓮の言葉で跳ね返される。
もう、限界だっ…………
頼むっ……誰か俺をっ…………
''殺してくれっ……………''
「ピィ」
「……えっ」
脳内に響いていた魁蓮の声。
その声が終わった直後、日向の耳に聞こえたのは楊の鳴き声だった。
日向が我に返って顔を上げると、目の前に楊がいた。
楊は大きな目で、日向を見つめている。
「楊………」
「ピィ」
この時、日向はある考えが浮かんだ。
そういえば、この楊という鳥は何者なのだろう。
魁蓮の力が宿っている鷲、ではあるらしいが。
本当にそれだけなのだろうか。
日向が城の地下の存在を知ったのも、黒神の剣の在処を知ったのも、全ては楊のおかげ。
何も知らない者が出来る行動では無い。
ふと、日向は楊に尋ねる。
「楊……お前、何者……?」
不安を抱えたまま、日向が尋ねると……。
楊は、目を伏せた。
そして…………小さく口を開いた。
『どうか、無礼をお許しください。
主君がいない場所で、貴方と話したかったのです』
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