愛恋の呪縛

サラ

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第159話

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 あれは何だったんだ?
 日向が見たあの景色は、何が起きていた?
 どうして仙人である黒神が人々を?
 見せつけられた残酷な過去の記憶に、日向は胸が苦しくなってくる。
 自分が今まで見てきた仙人とは、まるで違う。
 あれはもう、怪物のようだった。
 何も言わず、怯える人々を気にも留めず、ただ望むままに斬り殺して……。



 (仙人の、英雄じゃないのっ……?)



 でも、どうして無関係の日向が、黒神の記憶を見ることが出来たのか。
 何も分からない日向は、魁蓮をじっと見つめる。
 理由は定かでは無いが、魁蓮の影に触れた途端に起きた現象だ。
 少なくとも、魁蓮がそのきっかけを作った。
 日向は魁蓮を見つめながら、以前虎珀が話してくれたことを思い出す。





【大昔に存在したと言われる、史上最強の仙人のことだ。その当時、黒神は妖魔たちの天敵で、誰一人として彼に傷をつけることが出来なかったらしい】

【え、すげぇ。英雄じゃん】

【だが、その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
 妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない。その冷酷な様から、「黒神こくしん」という異名で呼ばれていた】

【仙人なのに、周りの人はみんなどうでもよかったってこと?だいぶ冷めてんな、そいつ。
 でも、そんな強い仙人を魁蓮は倒したってこと?】

【ああ。あくまで言い伝えではそう語られている。でも魁蓮様は、「興味無い」の一点張りだがな。相手が誰であろうと、人間である以上はどうでもいいんだろう】





 (魁蓮は昔、黒神を倒したっ……)



 それは、揺るがない真実。
 いつどこで、魁蓮が黒神を倒したのかは分からない。
 だがあの悲劇が起きた後、黒神が仙人として生きることは出来ないだろう。
 裏切り行為とも言えることをしたのだ。
 もし魁蓮が黒神を倒したのならば、考えられるのはあの夜の時か、それ以降のどこかで。
 だがそれよりも…………。





【その男は仙人でありながら、他の仙人を仲間と認識せずに、たった1人で行動していたらしい。
 妖魔は倒しても、人間を守っていた訳ではない】





 虎珀のあの言葉、今になって理解した。
 日向が今まで見てきた仙人は、敵である妖魔と戦い、現世の平和を築いてきた。
 まさに平和の象徴、皆の憧れ。
 そんな仙人の中で、史上最強と言われた黒神。
 だがその男は、強い力を持っていたにも関わらず、誰の味方にもならない。
 挙句、妖魔と人間を無境なく殺す。

 

 (何が、英雄だっ……………………)



 そんなの、英雄では無い…………悪魔だ。



「魁蓮っ……」



 日向は、やっと力が入り始めた体を動かして、魁蓮の元へと行こうとする。
 確かめたかった、彼に何があったのか。

 思えば、彼と出会ってからというもの、不思議なことばかり起きていた。
 黒神の記憶を見る前から、非現実的なことだらけ。
 何故、自分はこの力を持って生まれたのか。
 何故、鬼の王の封印を解くことが出来たのか。
 何故、司雀は初めから日向を迎えてくれたのか。
 何故、異型妖魔は自分を狙うのか。
 何故、不思議な夢を見るようになったのか。
 自分の周りで起きていることが、全て自分と何かしら関係がある。
 いや、違う……。

 何もかも全てが、日向を中心に起きている。



 (ねぇ、魁蓮っ……お前は何を知っているの……)



 今までの記憶が、ふと蘇る。
 今日まで出会ってきた者たちの、言葉の数々。



 司雀は言っていた。

【私は初めから、日向様が魁蓮のものだからという理由で、接してはいません。
 、今こうして接しているのです】





 初めて見た異型妖魔は言っていた。

【オマエ、コロス……アルジ、メイレイ】





 忌蛇を助けに行った時、誰かが言っていた。

【貴方を待っていた。
 貴方の力があれば、この森を救い、この毒も消すことが出来る……
 私の、残りの力を全て捧げます。
 どうか……救ってください……のように】





 そして決定的だったのは……巴だ。

【何でここにいるのよっ……一体どういうつもり!?
 答えなさい!何でここにいるの!?アンタっ、自分が何をしているのか分かっているの!?
 どうして魁蓮の近くにいるのよっ……アンタのせいでっ、アンタがいたせいでっ…………
 彼はっ、苦しんだっていうのに!!!!!!!】

【今更戻ってくるなんて、頭イカれているの!?アンタっ、魁蓮の気持ちを軽んじているんじゃないでしょうね!?どの面下げて、戻ってきたのよ!!!!!
 アンタが、せいでっ……魁蓮は、生き地獄を味わったのよ!!】

【アンタだけは許さないっ……。
 国を守りきれず、魁蓮から離れたアンタをっ、妾はっ!!!!!!】





 彼女だけは、全てを知っているようだった。
 あの日のことがなければ、日向は自分がたまたま力を持って生まれてきた異質の人間だと、そう終わらせることが出来たのだが……。
 どうやら、そういう訳でもないらしく。



 (魁蓮……過去に、何があったんだ……)



 1000年前、一体何があったのか。
 黒神との間に、何が起きたのか。
 何もかも推測でしかないが、日向のこの力は、ただの生まれつきなんかでは無い。
 皆の発言、見てきたもの、その全てから考えるに、日向はこの国の歴史と、何か関係があるのだ。

 その候補として挙げられるのは……巴が言った、あの言葉。





【どうして死んだはずの花蓮国の殿下が、まして魁蓮の隣にいるのよ!!!】





 ずっと引っかかっていた。
 あの言葉は、まさに過去を指していた。
 魁蓮が、封印される前の……。



「魁蓮っ、聞きたいことがあるんだっ……」

「……聞きたいこと?」



 日向は立ち上がると、魁蓮へと歩み寄る。
 ひとつでは収まらない、彼に対しての質問。
 聞けば、何かが分かる気がした。

 自分の、この力の正体が。
 黒神と、魁蓮の全てが。
 この国の……歴史がっ……。



「お前、昔っ……黒神と何がっ」



 その時だった。





「ピィ!!!」

「っ……!」





 魁蓮に尋ねようとした途端、どこからともなく楊が姿を現した。
 魁蓮に近づこうとしていた日向の前に立ちはだかり、真っ直ぐに日向を見つめている。
 突然現れた楊に、日向は目を見開いて驚いていた。



「……や、楊?急に、どうしたの?」

「………………」

「……楊?」



 尋ねても、楊は鳴くこともしない。
 何か、考え事でもしているのだろうか。
 日向が首を傾げ、様子を伺った……次の瞬間。





 ブワッ!!!!!!!!!!!!





「「「「っ!!!!!」」」」



 楊は突然、魁蓮の技である「ミン」の影へと姿を変えた。
 いきなり目の前に出てきた黒い影に、日向はビクッと肩が跳ね上がる。



「な、何っ!?」



 日向が驚いているのもつかの間。
 影へと姿を変えた楊は、日向にバッと近づいて、そのまま一瞬で日向を飲み込んだ。
 あまりの出来事に、その場にいた全員が反応に遅れ、唖然としていた。



「楊……?何をしている!?」



 主である魁蓮も、これは予想外だったようで。
 魁蓮は少し慌てた様子で、日向に手を伸ばす。
 だが、魁蓮が日向に触れる寸前、影と化した楊は日向と共に姿を消した。
 日向に伸ばした魁蓮の手は、虚しく空をきった。



「っ……小僧!!!!!!!!!」





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 何も無い、何も感じない。
 影に飲み込まれた日向は、真っ暗な空間の中にいた。
 空に浮いているような浮遊感を持ちながら、ただ呆然として。
 幸いにも、意識はあるようだ。



「何が起きた…………?」



 自分は楊に、何をされたのか。
 全て飲み込まれる直前、魁蓮が手を伸ばしてきているのは見えた。
 でも、あと少しのところで届かなかった。
 魁蓮のあの様子から見るに、魁蓮の仕業では無い。
 これは、魁蓮の指示で起きたことでは無く、楊が勝手にしていることなのだろうか。

 だが、肝心の楊の姿は無い。



 (一体、何のつもりで……?)



 そう考えていた、その時。







【何故なんだっ、雅っ……………………】



「っ!」





 日向の脳内に、微かな声が聞こえてきた。
 響いてくる、振動するように聞こえる。
 耳を澄ませると、その声は日向がいる真っ暗な空間の中で響いていた。



 (誰…………?)





【雅っ……教えてくれ…………】





 声は、少しずつハッキリと聞こえてきた。
 声量も大きく、耳を澄まさずとも聞こえる。
 そしてまた、あの名前が聞こえた。
 夢の中で聞いた、あの名前。
 日向がその事に気づくと、声は続けて言葉を発した。





 何故逃げなかった……何故城にいたっ……?

 お前だけでも、逃げることは出来ただろう!?

 国と民が大事なのは、痛いほど知っている。

 だがあの夜だけは、逃げるべきだった!!!

 約束を守ってくれたのは分かっている!

 でも俺はっ、逃げて欲しかった!!!

 異変に気づいた時点で、助けを呼んで欲しかった!

 なのに何故……俺をっ…………何故っ………。





 声は、怒っていた。
 いや、焦っている?
 どっちとも取れる声に、日向は頭が混乱する。
 名前を呼んでいたことから察するに、この声は「雅」という人物に話しかけているのか?





 どうしていつも、自分を大事にしない…………?

 雅っ、俺はっ…………俺はっ…………

 俺はお前をっ……守りたかっただけなのにっ……。





 (ん?この声……どこかで………………)





 その時、日向はある違和感に気づいた。
 空間に溢れるその声は、1人だけの声だった。
 溢れんばかりの思いを、言葉にしてぶつけている。
 だが日向は、この声に聞き覚えがあった。
 夢の中にあった少年の声に近いが、どこか聞き馴染みのある声。
 日頃から聞いている、この……。
 その時、日向はようやく気づく。





 (これ……魁蓮の声じゃっ…………)





 その声の主が誰かに気づいた時、納得した。
 この低い声、思えばずっと聞いていた。
 間違いなく魁蓮の声だったのだ。
 似ているとか、近いとかではない、彼の声だ。
 でもどうして魁蓮の声が?
 それに、一人称が我ではなく、俺だ。

 日向が疑問を抱えていると、魁蓮の声は続いた。





 何故、俺が生きている……!?

 俺は守れなかった、何も守れなかったんだ!!!

 そんな奴は、生きる資格などないっ…………

 死ぬべきだった!!死ぬべきは俺だった!!!

 なのに、何故!?!?!?!?





 (魁蓮……一体、何を言っているんだ……?)





 黒神は死んだ、悲劇は止まったんだ…………。

 だが、黒神が死んだところで意味が無い!!!

 何も残っていないんだ!!守るべきものが!!

 何もかも死んだ、国も、花も、全てだ!!!

 彼奴が好きだった蓮も、全て消えたっ…………。

 でも俺は、今もまだ生きている…………。

 こんなの、許されるわけが無いっ……。





 魁蓮の声は、だんだんと震えてきた。
 これは、何かを押し殺している時に出る声。
 我慢している、溢れだしている気持ちを抑えるように。
 だが、その声があまりにも苦しんでいるように聞こえて、日向は不安になる。





 (魁蓮……ねぇ、何があったんだよ……。
  この声は何っ、何の話をしているんだ……!?)





 なあ、雅…………教えてくれっ…………。

 俺はっ……どうすればいいんだっ…………。

 お前が居ないのならばっ……

 こんな世界っ、生きる意味も無いんだっ……。

 生きるべきは、お前だったのにっ……。

 俺はっ、俺はっ……………





 (魁蓮っ……魁蓮!!!!!)





 聞いていられなくなった。
 彼らしくない、まるで魁蓮じゃないようだった。
 我慢が出来なくなった日向は、大声で魁蓮の名前を呼ぶ。

 だが……日向の声は、魁蓮の言葉で跳ね返される。





 もう、限界だっ…………

 頼むっ……誰か俺をっ…………



























 ''殺してくれっ……………''



































「ピィ」

「……えっ」



 脳内に響いていた魁蓮の声。
 その声が終わった直後、日向の耳に聞こえたのは楊の鳴き声だった。
 日向が我に返って顔を上げると、目の前に楊がいた。
 楊は大きな目で、日向を見つめている。



「楊………」

「ピィ」



 この時、日向はある考えが浮かんだ。
 そういえば、この楊という鳥は何者なのだろう。
 魁蓮の力が宿っている鷲、ではあるらしいが。
 本当にそれだけなのだろうか。
 日向が城の地下の存在を知ったのも、黒神の剣の在処を知ったのも、全ては楊のおかげ。
 何も知らない者が出来る行動では無い。

 ふと、日向は楊に尋ねる。





「楊……お前、何者……?」





 不安を抱えたまま、日向が尋ねると……。
 楊は、目を伏せた。
 そして…………小さく口を開いた。





『どうか、無礼をお許しください。
 主君がいない場所で、貴方と話したかったのです』

「っ!?!?!?!?」





 まるで当たり前のように、楊から青年のような声がした。
 日向は衝撃のあまり、顔が青ざめる。
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