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第158話
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「うっ、ぐっ……」
「小僧………………?」
体を縮こませて、涙を流す日向。
そんな日向の姿に、魁蓮は一気に頭が冷える。
「司雀、何があった……」
魁蓮が司雀に尋ねると、司雀は眉間に皺を寄せた。
「何があったはこちらの台詞ですよ。
その様子だと、無意識だったんですね……」
「……は?」
「では代わりに、ご説明します。
黄泉全体に、貴方の妖力が流れていました。それもかなり強力な……普段の貴方からは考えられない量です。異質すぎたので様子を見に来てみれば……無我夢中で力を放出する貴方と、何度も貴方に呼びかけていた日向様がいました。それに貴方の目は赤く光っていた……それほど、気がおかしくなっていましたか?」
「っ……………………」
「貴方の力が備わっているとはいえ、こんな至近距離で貴方の妖力の圧と気配を全身に浴びれば、日向様といえど安全は保証できません。それは貴方が1番分かっていることでしょう!?
魁蓮……貴方っ、何をしてるのですか……!」
司雀の説明を聞いた魁蓮は、忌蛇の後ろにいる日向に視線を向けた。
司雀の説明が本当ならば、日向はずっとここにいて、魁蓮の妖力を浴び続けたのか。
確かに、僅かだが声は聞こえていた気がする。
自分を呼ぶあの声、振り返れば日向の声だ。
なら、日向がこんなことになってしまったのは……。
魁蓮は、自分の力が制御出来なくなったことと、日向を無意識に傷つけたことに、思考が停止する。
自分でも、何が起きたか分からない。
対して司雀は、何も反応がない魁蓮にため息を吐き、片眉を上げる。
「最近の貴方は、様子がおかしい。力が制御出来ないことなんて、1000年前は無かったでしょう……。
日向様の身を危険に晒すまで追い込まなければ、力が制御できなくなっていることにも気づかないと?」
「………………………………」
「とりあえず、日向様に異常が無いかどうかを確認しますから。1度、日向様は城に帰します。申し訳ありませんが、貴方の意見を聞いている暇はありません。
忌蛇、日向様を城にっ」
その時……。
「まっ、待って…………」
「「「っ…………!」」」
司雀が忌蛇に指示を出した途端、ずっと苦しんでいた日向が、それを止めるように声を絞り出した。
やっと口が聞けるようになると、日向は縮こませていた体を動かして、ゆっくりと顔を上げる。
深呼吸をして、荒くなった息を必死に整えながら、その視線は魁蓮へと向けた。
その瞬間、魁蓮とパチッと目が合う。
「日向様……?どうしたのです?」
「日向?」
司雀と忌蛇は、日向の心配をしている。
でも、今の日向には聞こえていない。
その声が届かないほど、日向は魁蓮に集中していた。
「はぁ……はぁっ………………」
必死に自分を落ち着かせながら、じっと魁蓮を見つめた。
苦しみは、少しずつ引いていく。
だが、涙だけが止まらない。
魁蓮を見れば見るほど、溢れてくる。
(魁蓮っ…………どういうことなんだよっ…………)
声がまだちゃんと出せない代わりに、言い表せない疑問が浮かぶ。
その時、日向の脳裏にある出来事が蘇る。
それは……
強制的に見せられた、ある男の記憶……。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「忌々しいっ……何なんだ、これはっ……」
「か、魁蓮……?」
それは、ほんの数分前のこと。
魁蓮の様子が変だと気づいた日向は、大丈夫かどうかを確かめたくて、魁蓮に手を伸ばした。
自分が何か、悪いことでも言ってしまったのではないか。
そう思い、伸ばした手。
その直後のことだ。
「……えっ?」
魁蓮が何かに悩み始めた瞬間、彼の足元から影が広がった。
何度も見てきた、魁蓮の技の土台となる影。
その影はじわじわと、たった今枯れさせた裏山を飲み込んでいく。
だが、日向は違和感を持った。
(何か……変)
ほんのわずかに、その影がいつも見ているものとは違うことに気づく。
何が違うのかと問われると、言葉で言うのは難しいのだが、同じものとは言いきれない。
日向がその異変に気づいた、直後。
「……ん?」
何やら、足元に違和感を持った。
触れられているような、何かが這い上がってくるような。
日向がその違和感に気づき、恐る恐る視線を落とすと……
「っ!?」
魁蓮の影から、謎の黒い模様のようなものが、ゆっくりと日向の足を登ってきていたのだ。
模様は痣のように日向を飲み込んで、足から膝、膝から腰、腰から腕へと伸びてくる。
あまりにも恐怖を感じる現象だった。
「えっ、ちょっ、何!?」
日向が驚いていると、模様は一瞬で日向の顔にまで広がってきた。
その時だった…………。
【雅っ…………………………………………】
「っ…………!?」
脳内に、誰かの震えた声が響いた。
それは、日向が夢で聞く声と同じ。
そしてその声が呼ぶのは、1度聞いたあの名前だ。
日向がその声に反応すると、日向の脳内にある1つの風景が見えてきた。
見えるのは、炎に包まれた大きな国。
時刻は真夜中で、真っ暗だ。
雲に覆われた空、炎から立ちあがる黒い煙。
それを見つめる…………誰かの視点。
(だ、誰っ……………………)
明らかに、誰かの視点から見た風景だ。
誰かは分からない、でも確かに日向ではない誰か。
日向は今、誰かの視点からこの風景を見ている。
視線を動かしている訳では無いのに、勝手に動いていくのだ、しかもハッキリと。
これは、誰かの記憶の1部なのだろうか……。
日向はなるがままに意識だけ集中すると、視線は下へと落ちる。
周りの大火事の様子を見た後、その者は自分の手を見つめた。
映っていたのは、真っ赤な血に染まった手。
ぽたぽたと、手のひらから血が垂れている。
よく見つめれば、着ている衣も血だらけだった。
(血だらけ…………何があったの…………)
痛々しく感じるほどの、大量の血。
目を背けたくなるような光景に、日向は吐き気が起きる。
すると、その者は手をゆっくりと下ろした。
そして、今度は足元へと視線を落とす。
ゆっくりと動く視線は、自分の足元にあったあるものに止まった。
するとその者は、真っ赤に染まった手を伸ばす。
それを見た日向は、息が詰まりかけた。
(えっ……待って、あれって……)
視線の者の足元にあった、あるもの。
血だらけの手が伸ばしたのは…………。
史上最強の仙人の、『黒神の剣』だった。
城の地下で見た、あの黒い剣と同じもの。
それに気づいた瞬間、日向は頭が狂いそうになった。
この現実的な風景、この剣。
今、日向が見ているこの視点は、この記憶は……。
(黒神が見てきた、過去の記憶っ……………………)
確信のある答えだった。
血だらけの手で剣を拾い上げたその者は、じっと剣を見つめていた。
その剣も血で赤く染まっていたが、小さく書かれた「黒神」という文字はしっかり見える。
間違いない、これは黒神の視点。
彼の記憶だろう。
でも、どうしてそんなものが見えるのか。
日向が疑問を抱えていると、黒神は剣から視線を外して顔を上げた。
視界に入るのは、大火事で騒ぐ人々。
皆が必死になって、火を止めようとしている。
(火がこんなに……このままじゃ危ないっ……)
見えている大火事の風景は、もうどうしようもないほどに大きなものだった。
人々は、必死に炎に向かって水をかける。
だが、この状況から見て無駄だろう。
(もう駄目だ!早く逃げて!!!!)
水をかけ続ける人々に、日向は届きもしない声を出す。
この風景は、あくまで黒神が見た景色。
つまり、過ぎ去った過去の記憶の1つなのだ。
逃げろと言ったところで、意味が無い。
その時……
(……ん?)
突如、黒神の足が動いた。
見つめる先にいる人々に向かって、何故か剣を構えながら。
(えっ……待って……何をする気だ……?)
日向の脳内には、疑問が浮かぶ。
助けに行こうとしている?それにしては、足がおぼつかない。
それに、剣は構えたまま。
黒神は仙人だ、見たところ敵はいないが……。
……いや、おかしい。
日向は、ある違和感に気づいた。
黒神が構えた剣は、何故か人々に向いている。
標的を捉えたように、切っ先は人々を指していた。
同時に黒神の歩く足は、速度を上げる。
必死に火を消そうとしている、人々に向かって……。
(え、待って……ちょっと、まさかっ……!!!)
黒神は、歩く速度を上げた。
早くなる足と、見切れていく風景。
すると近づいてくる黒神に気づいたのか、1人の男がこちらを見つめてきた。
そして、何やらほっとしたような笑顔を浮かべている。
「あっ!黒神様!ようやく戻られ、て…………。
こ、黒神様?どうしたのですか?」
男は、異変に気づいた。
向かってくるのは、剣を構える人物。
声をかけられているにも関わらず、その声には答えない。
当然、ほっとした表情を浮かべていた男は、段々と顔色が悪くなっていく。
だが怖いのは、この視点を見ている日向も同じだ。
(頼む!お願い、逃げて!!!!!!!!)
予測できてしまった。
黒神が今、何をしようとしているのか。
どうして剣を下ろさず、男に向かっているのか。
分かりたくもない、見たくもない。
出来れば、予想した未来になって欲しくない。
でも、黒神の足は……止まらない。
「こ、黒神様っ……何をっ!!!!!!!」
男は、目を見開いた。
恐怖で歪んだ顔、それがはっきり見える。
その顔を見た途端、ドクンッと心臓が嫌な音を立てた。
そして男の瞳に映るのは、黒神が振り上げた剣の光。
(駄目だああああああああ!!!!!!!!!!)
腹の底から出た日向の悲痛の声は、虚しくも届くはずもなく。
黒神は、異変に気づいて逃げようとしていた男の背中に向かって剣を振り下ろし、致命傷といえる切り傷を刻んだ。
「ぎゃあああああ!!!!!!!!!!!!」
男は、悲鳴を上げながら倒れた。
目の前で、激しく血が飛び散る。
残酷な光景だった。
あまりの衝撃に、日向は涙が溢れてくる。
(何で……何でっ!?!?!?!?!?)
なぜ、斬った?
なぜ、傷つけた?
なぜ、止めなかった?
なぜ、男の声に答えなかった?
なぜ、なぜ、なぜ………なぜ!?
同じ視点から見ているはずなのに、日向には全く理解が出来なかった。
仙人である黒神の、彼の行動が。
「きゃああああああ!!!!!!!!!」
その時、男の近くにいた若い女性が悲鳴をあげた。
悲鳴を聞いた周りの人々も、目の前で起きている出来事に、恐怖を感じた表情を浮かべている。
四方八方から、困惑の声と悲鳴が聞こえた。
すると黒神は、斬られて倒れた男から視線を外し、怯える人々を見つめる。
見えるのは、顔を青ざめる人々。
「黒神、様っ…………?」
「お、おい!な、何してるんだ!!!」
「お母さんっ、怖い!!!!!!!」
恐怖、絶望、憤怒。
様々な感情を宿した人々の目が、こちらを見ている。
じっと、まっすぐに。
だが……黒神は、気にしていないようだった。
男への興味が無くなると、黒神は怯える人々に向かって、剣を向けた。
先程と、同じ。
(ちょっと待って……待って!!!!!!!!)
駄目だ、また同じことが起きる。
また、誰かが殺される。
そう思った時には、もう遅かった。
「やだっ、来ないで!!!!!!!!!」
黒神は、人々に向かって駆け出した。
そして、男と同じように斬っていく。
見えるのは、剣で殺されていく人々。
涙を流し、悲鳴をあげ、必死に助けを求める姿。
(やめてやめてやめてやめて!!!!!!!!!)
届かないと分かっていながら、日向は叫んだ。
殺さないで、止まって、傷つけないで。
何度願っても、それが叶うことは無い。
その時、日向はあることを思い出す。
以前龍牙が教えてくれた話。
【魁蓮って、どんだけ強いの?龍牙でも超強いのに、魁蓮はそれ以上なんだろ?】
【もちろん!魁蓮が1番強いんだ!】
【みんなそう言うけど、昨日の龍牙の戦いみちゃったからさ。あんま実感ないんだよな】
【俺なんて、比べ物にならねぇよ?
なんてったって、黒神を倒したんだからな!】
(っ!!!!!!!)
そうだ。
魁蓮は黒神を倒した、そう言っていた。
史上最強である仙人を、魁蓮は倒したのだ。
となると、この時の悲劇を止めたのは…………。
(……か、魁蓮っ……)
日向は、声を絞り出す。
繰り返される黒神の虐殺。
その残酷な状況を、早く止めたかった。
もう変えようのない過去だとしても、日向は求めた。
(魁蓮!ねぇ、魁蓮!!)
この時、彼はどこに居たのだ。
黄泉の城に居たのか?現世にいたのか?
どこにいるの、早く来て、助けて。
(魁蓮ってば!ねぇ魁蓮!!!!)
どこにいるかも分からない。
それでも日向は、呼び続けた。
同時に大きくなる、人々の悲鳴。
止めて、この悲劇を、お願い。
そう願った瞬間…………。
【秀…………………………?】
(えっ………………………………?)
遠くから、はっきりと聞こえた声。
直後。
「日向様!!!!」
様子を見に来た司雀と忌蛇によって、日向の意識は現実に引き戻されてしまった。
同時に、黒神の記憶はそこで終わった。
「小僧………………?」
体を縮こませて、涙を流す日向。
そんな日向の姿に、魁蓮は一気に頭が冷える。
「司雀、何があった……」
魁蓮が司雀に尋ねると、司雀は眉間に皺を寄せた。
「何があったはこちらの台詞ですよ。
その様子だと、無意識だったんですね……」
「……は?」
「では代わりに、ご説明します。
黄泉全体に、貴方の妖力が流れていました。それもかなり強力な……普段の貴方からは考えられない量です。異質すぎたので様子を見に来てみれば……無我夢中で力を放出する貴方と、何度も貴方に呼びかけていた日向様がいました。それに貴方の目は赤く光っていた……それほど、気がおかしくなっていましたか?」
「っ……………………」
「貴方の力が備わっているとはいえ、こんな至近距離で貴方の妖力の圧と気配を全身に浴びれば、日向様といえど安全は保証できません。それは貴方が1番分かっていることでしょう!?
魁蓮……貴方っ、何をしてるのですか……!」
司雀の説明を聞いた魁蓮は、忌蛇の後ろにいる日向に視線を向けた。
司雀の説明が本当ならば、日向はずっとここにいて、魁蓮の妖力を浴び続けたのか。
確かに、僅かだが声は聞こえていた気がする。
自分を呼ぶあの声、振り返れば日向の声だ。
なら、日向がこんなことになってしまったのは……。
魁蓮は、自分の力が制御出来なくなったことと、日向を無意識に傷つけたことに、思考が停止する。
自分でも、何が起きたか分からない。
対して司雀は、何も反応がない魁蓮にため息を吐き、片眉を上げる。
「最近の貴方は、様子がおかしい。力が制御出来ないことなんて、1000年前は無かったでしょう……。
日向様の身を危険に晒すまで追い込まなければ、力が制御できなくなっていることにも気づかないと?」
「………………………………」
「とりあえず、日向様に異常が無いかどうかを確認しますから。1度、日向様は城に帰します。申し訳ありませんが、貴方の意見を聞いている暇はありません。
忌蛇、日向様を城にっ」
その時……。
「まっ、待って…………」
「「「っ…………!」」」
司雀が忌蛇に指示を出した途端、ずっと苦しんでいた日向が、それを止めるように声を絞り出した。
やっと口が聞けるようになると、日向は縮こませていた体を動かして、ゆっくりと顔を上げる。
深呼吸をして、荒くなった息を必死に整えながら、その視線は魁蓮へと向けた。
その瞬間、魁蓮とパチッと目が合う。
「日向様……?どうしたのです?」
「日向?」
司雀と忌蛇は、日向の心配をしている。
でも、今の日向には聞こえていない。
その声が届かないほど、日向は魁蓮に集中していた。
「はぁ……はぁっ………………」
必死に自分を落ち着かせながら、じっと魁蓮を見つめた。
苦しみは、少しずつ引いていく。
だが、涙だけが止まらない。
魁蓮を見れば見るほど、溢れてくる。
(魁蓮っ…………どういうことなんだよっ…………)
声がまだちゃんと出せない代わりに、言い表せない疑問が浮かぶ。
その時、日向の脳裏にある出来事が蘇る。
それは……
強制的に見せられた、ある男の記憶……。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「忌々しいっ……何なんだ、これはっ……」
「か、魁蓮……?」
それは、ほんの数分前のこと。
魁蓮の様子が変だと気づいた日向は、大丈夫かどうかを確かめたくて、魁蓮に手を伸ばした。
自分が何か、悪いことでも言ってしまったのではないか。
そう思い、伸ばした手。
その直後のことだ。
「……えっ?」
魁蓮が何かに悩み始めた瞬間、彼の足元から影が広がった。
何度も見てきた、魁蓮の技の土台となる影。
その影はじわじわと、たった今枯れさせた裏山を飲み込んでいく。
だが、日向は違和感を持った。
(何か……変)
ほんのわずかに、その影がいつも見ているものとは違うことに気づく。
何が違うのかと問われると、言葉で言うのは難しいのだが、同じものとは言いきれない。
日向がその異変に気づいた、直後。
「……ん?」
何やら、足元に違和感を持った。
触れられているような、何かが這い上がってくるような。
日向がその違和感に気づき、恐る恐る視線を落とすと……
「っ!?」
魁蓮の影から、謎の黒い模様のようなものが、ゆっくりと日向の足を登ってきていたのだ。
模様は痣のように日向を飲み込んで、足から膝、膝から腰、腰から腕へと伸びてくる。
あまりにも恐怖を感じる現象だった。
「えっ、ちょっ、何!?」
日向が驚いていると、模様は一瞬で日向の顔にまで広がってきた。
その時だった…………。
【雅っ…………………………………………】
「っ…………!?」
脳内に、誰かの震えた声が響いた。
それは、日向が夢で聞く声と同じ。
そしてその声が呼ぶのは、1度聞いたあの名前だ。
日向がその声に反応すると、日向の脳内にある1つの風景が見えてきた。
見えるのは、炎に包まれた大きな国。
時刻は真夜中で、真っ暗だ。
雲に覆われた空、炎から立ちあがる黒い煙。
それを見つめる…………誰かの視点。
(だ、誰っ……………………)
明らかに、誰かの視点から見た風景だ。
誰かは分からない、でも確かに日向ではない誰か。
日向は今、誰かの視点からこの風景を見ている。
視線を動かしている訳では無いのに、勝手に動いていくのだ、しかもハッキリと。
これは、誰かの記憶の1部なのだろうか……。
日向はなるがままに意識だけ集中すると、視線は下へと落ちる。
周りの大火事の様子を見た後、その者は自分の手を見つめた。
映っていたのは、真っ赤な血に染まった手。
ぽたぽたと、手のひらから血が垂れている。
よく見つめれば、着ている衣も血だらけだった。
(血だらけ…………何があったの…………)
痛々しく感じるほどの、大量の血。
目を背けたくなるような光景に、日向は吐き気が起きる。
すると、その者は手をゆっくりと下ろした。
そして、今度は足元へと視線を落とす。
ゆっくりと動く視線は、自分の足元にあったあるものに止まった。
するとその者は、真っ赤に染まった手を伸ばす。
それを見た日向は、息が詰まりかけた。
(えっ……待って、あれって……)
視線の者の足元にあった、あるもの。
血だらけの手が伸ばしたのは…………。
史上最強の仙人の、『黒神の剣』だった。
城の地下で見た、あの黒い剣と同じもの。
それに気づいた瞬間、日向は頭が狂いそうになった。
この現実的な風景、この剣。
今、日向が見ているこの視点は、この記憶は……。
(黒神が見てきた、過去の記憶っ……………………)
確信のある答えだった。
血だらけの手で剣を拾い上げたその者は、じっと剣を見つめていた。
その剣も血で赤く染まっていたが、小さく書かれた「黒神」という文字はしっかり見える。
間違いない、これは黒神の視点。
彼の記憶だろう。
でも、どうしてそんなものが見えるのか。
日向が疑問を抱えていると、黒神は剣から視線を外して顔を上げた。
視界に入るのは、大火事で騒ぐ人々。
皆が必死になって、火を止めようとしている。
(火がこんなに……このままじゃ危ないっ……)
見えている大火事の風景は、もうどうしようもないほどに大きなものだった。
人々は、必死に炎に向かって水をかける。
だが、この状況から見て無駄だろう。
(もう駄目だ!早く逃げて!!!!)
水をかけ続ける人々に、日向は届きもしない声を出す。
この風景は、あくまで黒神が見た景色。
つまり、過ぎ去った過去の記憶の1つなのだ。
逃げろと言ったところで、意味が無い。
その時……
(……ん?)
突如、黒神の足が動いた。
見つめる先にいる人々に向かって、何故か剣を構えながら。
(えっ……待って……何をする気だ……?)
日向の脳内には、疑問が浮かぶ。
助けに行こうとしている?それにしては、足がおぼつかない。
それに、剣は構えたまま。
黒神は仙人だ、見たところ敵はいないが……。
……いや、おかしい。
日向は、ある違和感に気づいた。
黒神が構えた剣は、何故か人々に向いている。
標的を捉えたように、切っ先は人々を指していた。
同時に黒神の歩く足は、速度を上げる。
必死に火を消そうとしている、人々に向かって……。
(え、待って……ちょっと、まさかっ……!!!)
黒神は、歩く速度を上げた。
早くなる足と、見切れていく風景。
すると近づいてくる黒神に気づいたのか、1人の男がこちらを見つめてきた。
そして、何やらほっとしたような笑顔を浮かべている。
「あっ!黒神様!ようやく戻られ、て…………。
こ、黒神様?どうしたのですか?」
男は、異変に気づいた。
向かってくるのは、剣を構える人物。
声をかけられているにも関わらず、その声には答えない。
当然、ほっとした表情を浮かべていた男は、段々と顔色が悪くなっていく。
だが怖いのは、この視点を見ている日向も同じだ。
(頼む!お願い、逃げて!!!!!!!!)
予測できてしまった。
黒神が今、何をしようとしているのか。
どうして剣を下ろさず、男に向かっているのか。
分かりたくもない、見たくもない。
出来れば、予想した未来になって欲しくない。
でも、黒神の足は……止まらない。
「こ、黒神様っ……何をっ!!!!!!!」
男は、目を見開いた。
恐怖で歪んだ顔、それがはっきり見える。
その顔を見た途端、ドクンッと心臓が嫌な音を立てた。
そして男の瞳に映るのは、黒神が振り上げた剣の光。
(駄目だああああああああ!!!!!!!!!!)
腹の底から出た日向の悲痛の声は、虚しくも届くはずもなく。
黒神は、異変に気づいて逃げようとしていた男の背中に向かって剣を振り下ろし、致命傷といえる切り傷を刻んだ。
「ぎゃあああああ!!!!!!!!!!!!」
男は、悲鳴を上げながら倒れた。
目の前で、激しく血が飛び散る。
残酷な光景だった。
あまりの衝撃に、日向は涙が溢れてくる。
(何で……何でっ!?!?!?!?!?)
なぜ、斬った?
なぜ、傷つけた?
なぜ、止めなかった?
なぜ、男の声に答えなかった?
なぜ、なぜ、なぜ………なぜ!?
同じ視点から見ているはずなのに、日向には全く理解が出来なかった。
仙人である黒神の、彼の行動が。
「きゃああああああ!!!!!!!!!」
その時、男の近くにいた若い女性が悲鳴をあげた。
悲鳴を聞いた周りの人々も、目の前で起きている出来事に、恐怖を感じた表情を浮かべている。
四方八方から、困惑の声と悲鳴が聞こえた。
すると黒神は、斬られて倒れた男から視線を外し、怯える人々を見つめる。
見えるのは、顔を青ざめる人々。
「黒神、様っ…………?」
「お、おい!な、何してるんだ!!!」
「お母さんっ、怖い!!!!!!!」
恐怖、絶望、憤怒。
様々な感情を宿した人々の目が、こちらを見ている。
じっと、まっすぐに。
だが……黒神は、気にしていないようだった。
男への興味が無くなると、黒神は怯える人々に向かって、剣を向けた。
先程と、同じ。
(ちょっと待って……待って!!!!!!!!)
駄目だ、また同じことが起きる。
また、誰かが殺される。
そう思った時には、もう遅かった。
「やだっ、来ないで!!!!!!!!!」
黒神は、人々に向かって駆け出した。
そして、男と同じように斬っていく。
見えるのは、剣で殺されていく人々。
涙を流し、悲鳴をあげ、必死に助けを求める姿。
(やめてやめてやめてやめて!!!!!!!!!)
届かないと分かっていながら、日向は叫んだ。
殺さないで、止まって、傷つけないで。
何度願っても、それが叶うことは無い。
その時、日向はあることを思い出す。
以前龍牙が教えてくれた話。
【魁蓮って、どんだけ強いの?龍牙でも超強いのに、魁蓮はそれ以上なんだろ?】
【もちろん!魁蓮が1番強いんだ!】
【みんなそう言うけど、昨日の龍牙の戦いみちゃったからさ。あんま実感ないんだよな】
【俺なんて、比べ物にならねぇよ?
なんてったって、黒神を倒したんだからな!】
(っ!!!!!!!)
そうだ。
魁蓮は黒神を倒した、そう言っていた。
史上最強である仙人を、魁蓮は倒したのだ。
となると、この時の悲劇を止めたのは…………。
(……か、魁蓮っ……)
日向は、声を絞り出す。
繰り返される黒神の虐殺。
その残酷な状況を、早く止めたかった。
もう変えようのない過去だとしても、日向は求めた。
(魁蓮!ねぇ、魁蓮!!)
この時、彼はどこに居たのだ。
黄泉の城に居たのか?現世にいたのか?
どこにいるの、早く来て、助けて。
(魁蓮ってば!ねぇ魁蓮!!!!)
どこにいるかも分からない。
それでも日向は、呼び続けた。
同時に大きくなる、人々の悲鳴。
止めて、この悲劇を、お願い。
そう願った瞬間…………。
【秀…………………………?】
(えっ………………………………?)
遠くから、はっきりと聞こえた声。
直後。
「日向様!!!!」
様子を見に来た司雀と忌蛇によって、日向の意識は現実に引き戻されてしまった。
同時に、黒神の記憶はそこで終わった。
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