愛恋の呪縛

サラ

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第152話

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 同時刻 現世



「おーいお嬢ちゃん!こっちにもお酒貰っていいかい~?」

「はーい!すぐ持っていきますね!」



 特別な結界で守られた、ある場所。
 その中では、歪ながらも妖魔が暮らせる空間があった。
 何とか雨風を凌げる程度のもので、楽して過ごせる環境とは言えない。
 それでも、結界内は盛り上がっていた。
 そして今も、若い男妖魔たちが酒を飲み交わしていた。



「遊女ちゃんたち!このご飯超美味い!」

「ほんと!良かった~!おかわり沢山あるから、遠慮せず食べてね!」

「あははっ!そりゃいいや!」



 そんな若い男妖魔たちに紛れていたのは、以前遊郭邸で働いていた遊女である女妖魔たちだ。
 遊郭邸にいた頃とあまり変わらない日常を過ごしているが、皆楽しく動いていた。
 そんな和気あいあいとしている空間を、崖の上から見つめる人物が1人。
 酒の入った小さな盃を手に、守り続けていた可愛い彼女たちが大丈夫か、優しい眼差しで見守っていた。
 女性物の着物を纏う、彼女たちの責任者。
 要だ。



「要さん」



 そんな要に、休憩をしていた柚香が声をかける。
 ゆっくりと背後から近づいて、隣に並ぶと、同じように賑やかな光景を見下ろした。



「だいぶ仲が深まって来ましたよね」

「そうねぇ。初めはどうなるかと思ったけど」



 要は盃に入ったお酒を、零さない程度に揺らす。
 こんなにも楽しい光景が見れるのならば、この安っぽい味のお酒も多少は楽しめるというもの。
 少しピリッとする辛口の酒を胃に流し込み、要は空になった盃を柚香に渡す。



と話したいことがあるの。少し席を外すわ」

「分かりました」



 空の盃を受け取ると、柚香はペコッと一礼する。
 要は背中を向けながら手をヒラヒラさせると、柚香には一切振り返らず、騒ぎまくる空間とは真逆の静かな方へと足を進めた。

 歩けば歩くほど、少しずつ暗くなる。
 あちこちに灯っているロウソクの火を頼りに、要は足元に気をつけながら歩いた。
 お酒で火照っていた頬も、漂う夜風が当たって熱が引いていく。
 道中には丁度いい。



「にしても、ほんと暗いわね」



 多少の愚痴を零しながら、要は進む。
 そして、大きな岩の間にある狭い道が見えてくると、要は深呼吸をして中へと入った。
 ここでは、ロウソクの火なんて無いから、たどり着くまでは慎重に行く必要があった。
 つまずかないように、要は更に慎重に足を進めていく。
 そしてようやく、抜けた先にあるロウソクの火を見つけると、要は足早に向かった。

 そして、たどり着いた。



「ふぅ」



 暗く細い道を抜けた先は、小さな結界が張られた洞窟のような場所。
 あちこちに書物や草花などが置かれており、その様はまるで研究所。
 要はぐるりと見渡しながら、硬い岩の椅子に腰掛ける1人の背中へと近づく。



「アンタの辛気臭い姿は、見るに堪えないわね」



 少し馬鹿にしたようなことを口にすると、背中を向けて項垂れていた人物は、ゆっくりと横目で振り返る。
 そこに居たのは、巴だった。
 長く綺麗な黒髪を揺らし、無断で入ってきた要にムスッとしている。
 よく見れば、どこか巴の目が腫れているように見えた。
 でも、要はそのことについては触れずに、巴が座る椅子とは別の椅子に腰掛けて、ゆったりと足を組む。



「ねぇ、ちょっとはご飯食べたらどうなのよ。小娘たちの料理は定評があるのよ?」

「……そんな気分じゃないわ」

「またそんなこと言って……はぁ。面倒臭いわね」



 何気ない話から始めると、要はコホンと咳払いをする。



「用事があるって行って外に出たアンタが、まさか大泣きして帰ってくるなんてね。
 その日からというもの、まるで戦意消失したみたいに暗くなっちゃって。ちょっと不安定すぎない?」



 要は愚痴るように、そう言葉をこぼす。
 そう、ここ最近の巴は変だった。
 いつものあの威勢のいい姿は、まるで夢だったかのように無くなっていた。
 今は、毎日この洞窟のような場所に引きこもっては、何か作業をしている日々。
 巴のことをよく知っている要は、あまりにも珍しい巴の姿に、どうしても放っておけなかった。



「魁蓮ちゃんに、怒られたりでもしたの~?」



 重苦しい空気を脱するために、要はふざけを含めた言葉を並べる。
 でも、いつもは言い返してくる巴が、どうしてか何も言い返してこない。
 要が言ったことを受け止めるかのように、目を伏せて黙り続けていた。
 そんな巴の姿に、要はため息を吐く。



「誰にも言わないから、何があったのか話してちょうだい。今のアンタ、見てられないのよ」



 涙で腫れた目、疲れ果てた姿。
 美しい見た目とは裏腹な姿に、要は痛々しいものを見るような眼差しを向ける。
 こんなの、黙っている方が無理だ。



「アンタはアタシたちを助けてくれた。信じてくれた。だから、アタシもアンタの役にたちたい。
 お願いだから、話して」



 要は、真剣な表情へと変わる。
 事の始まりは、今より少し前のこと。
 まだ遊郭邸が崩されていない頃、突然巴が乗り込んできた、あの日のことだ。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「それで?妾の殿方……魁蓮は、今どこ?」



 突然遊郭邸に現れた巴は、鋭い目付きで要に問いかける。
 当然、魁蓮はここにいない。
 基本彼がいるのは、黄泉の城の中だ。
 ここへ来ることがあるとしても、魁蓮がこの遊郭邸に足を運ぶことは、ほぼ珍しい。
 故に、いる方が少なかったりする。
 そんな当たり前とも言える情報、巴が知らないはずがない。



「ここには居ないわよ。どうせ黄泉の城でしょ」



 要は警戒しながらも、軽々しく伝える。
 女妖魔と言えど、巴の実力は確かなもの。
 それを要は知っていた。
 そのため、万が一機嫌を損ねて暴れられでもすれば……遊郭邸にいる遊女たちは全滅だ。
 言葉一つ一つが、緊張のものとなる。

 しかし……



「あら、そうなの。なら良かった」

「…………えっ?」



 返ってきたのは、予想外の言葉。
 超がつくほど魁蓮一筋の彼女にとって、魁蓮に会えないことほど苦痛なものは無いはずなのに。
 巴は逆に、魁蓮が居ないことを確認したかったようだ。
 要が眉間に皺を寄せると、巴は真剣な表情を浮かべる。



「要。お願い、力を貸して」

「……何ですって?」

「時間が無いの。できれば、貴方には味方について欲しい。ただそれだけ」



 まさかの言葉だった。
 何を考えているのか分からない、自分中心の身勝手な彼女からの頼み。
 それは、今までの関係性や印象を覆すような、信じられない事だった。
 自分の耳を疑っている要は、何も理解できずに言葉に詰まる。
 だが、巴は本気だった。



「今が絶好の機会なの。今のうちに妾とっ」

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!ひとつも理解が出来ないわ?味方?仲間?何を言っているの?」



 話し続けようとする巴を、要は身振り手振りも含めながら止めた。
 何も分からない、本気なら尚更。
 頭の整理をしようと聞き返すと、巴はぎゅっと下唇を噛み締める。
 そして、言葉を吐き出した。



「魁蓮を、守りたいの。お願い」

「っ…………」



 その言葉は、彼女にとっては当たり前のことで、でも他人に助けを乞うようなことは1度もなかったもの。
 彼のためならと、1人で何でも成し遂げようとした彼女が、今回ばかりは救いの手を求めている。
 珍しいなんてものじゃない。



「……どういうこと」

「今は急いでるから、詳しく話すことは出来ない。それと恐らくだけど……
 じきに、この遊郭邸に異型妖魔が来るわ」

「っ!何ですって!?」



 衝撃な話が、連続して襲いかかる。
 要が目を見開いて驚いている中、巴は至って冷静だった。



「だから、殺される前に助けに来たの。
 その代わり……要、妾に協力して。魁蓮のために」

「……………………」



 巴の、真剣な眼差し。
 彼女は今、何を考えているのだろうか。
 全ての行動の先にいるのは、魁蓮だと言うことは分かるのに。
 そんな簡単に、済ませられるような話じゃない気がする。



「要さんっ……」



 不安そうな遊女たちの声。
 表には出さないが、要はいつだって遊郭邸にいる遊女たちを第一に考えて生きてきた。
 魁蓮から預かった行き場のない娘たちを、ずっと傍で守り続けてきた。
 今、彼女たちが抱えている不安だって、責任者である自分が取り除かなければいけない。
 その使命を胸に、要は深呼吸をする。



「……分かったわ」

「っ……」

「アンタは、魁蓮ちゃんが傷つくようなことはしないって知ってるから。この誘いも、魁蓮ちゃんにとってはいいことなんでしょ。なら、誘いに乗る他ないじゃない」



 半分、賭けでもある。
 巴と手を組んだことなんて、1度もない。
 それでも、愛する人のために奮闘する彼女を放っておけなくて、助けてと救いを求める表情が切なくて。
 一端の愛情なんかでは出来ない、巴なりの覚悟が要には伝わった。



「その代わり、こっちもアンタに頼みがあるわ。
 アタシに助けて欲しいのなら、アンタはここにいる小娘たちも守る対象に入れなさいよね。それが出来ないなら、どんな状況だろうと裏切るから」



 要も、引き下がることはしない。
 世の中、互いに割にあった交換条件というものは必要だ。
 ならば、こちらだって黙ってはいられないのだ。



「もちろんよ。そのつもりだから」



 巴の答えは、あっさりだった。
 どうやら、要が疑うまでも無かったかもしれない。
 そして、その約束を皮切りに、要と遊郭邸にいた遊女たちは避難した。

 後日。
 巴の予想通り、遊郭邸には知識能力がまだ低い異型妖魔の集団によって、建物は崩壊してしまった。
 ただその時には誰もいなかったため、誰1人死ぬことは無かった。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「アンタの行動理念が魁蓮ちゃんってのは、うんざりするほど知ってる。だからこそ、何が起きているのかを教えて欲しいの。魁蓮ちゃんに、何が起きてるの」



 巴自身に協力するという話なら、断っていた。
 だが魁蓮が関係しているとなると、話は別。
 妖魔の頂点に立つ男だからこそ、彼に何かが起きるのは、世の均衡が大きく揺れることにも繋がる可能性がある。
 正直、避けては通れない状況かもしれないのだ。
 ならばせめて、情報を送り合う仲として、昔馴染みとして彼を守りたい。



「だから巴っ」

「……何もかも、悲惨なことばかりだわっ……」



 その時、ふと巴が口を開いた。
 だが、その声に覇気はない。
 要が首を傾げて様子を伺うと、巴はずっと下げていた顔を上げ、要を見つめる。



「いつになったら……あとどれほど待てば……
 魁蓮は苦しみから解放されるの……?」

「っ…………」
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