愛恋の呪縛

サラ

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第151話

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 両親に捨てられた日向は、仙主である仁によって育てられてきた。
 家はもちろん、仙人の拠点である樹。
 家族はそこに住む仙人たちだった。
 瀧と凪を初めとした仙人たちは、両親が居ない日向を優しく迎えてくれた。
 毎日幸せで、辛いことは無かった。

 樹の門から、外に出るまでは。



「今まで仙人だけに囲まれて生きてきた僕はさ、世間の考えってものに疎かったんだよ。ずっと守られて生きてきたから、この世にいるみんな仲がいいんだって。でも、そんなこと無かった」



 瀧と凪と、初めて向かった町。
 人が沢山いて、あちこちから美味しい匂いが漂って。
 新しい世界、新しい光景。
 花々に囲まれたその町を、日向は心から楽しんでいた。
 そんな時だった。



「初めて僕を見た町の商人がさ、食べ物を僕に投げてきたんだ。あははっ、トマトだったかなぁ」



 町中を歩いていると、八百屋を営んでいた男店主が、売り物のトマトを日向に投げつけてきた。
 トマトは見事に日向の顔面へと当たり、日向の顔をグチャっと汚した。
 当時の日向は、自分が何をされたのか理解出来ず、ただぶつけられたトマトの感触を感じることしか出来なかった。




「その時、その商人に言われたんだよ。
 「気味の悪い見た目だ」って。そこから、同じ考えを持っている人たちから、同じように物を投げられたり、暴言吐かれたりして。気軽に町も歩けなかった。あははっ、その日は災難だったよ」



 初めて感じた、自分は他とは違うこと。
 普通に当てはまらない、自分の見た目。
 自分の存在が、世間から見れば異質だということ。

 仙人は、妖魔などの異質な存在をずっと見ているから、見た目に対する抵抗なんて無かった。
 だから、日向のことを気味悪く思う人は居なかったのだ。
 だが、世間は違う。町の人は違う。
 むしろ、町の人々の反応が当たり前だったのだ。
 そこで日向は、学んだ。
 自分は、変だと。



「今は見慣れたせいか、そんなことをしてくる人は居なくなったんだけど……時々、聞こえるんだ。影で僕のことを悪く言う声が。
 気味が悪い、人間じゃない、妖魔の仲間って」





【なにか呪われてるんじゃないか……あの見た目】

【そもそも、人間なのかも怪しい……】

【ちょっと不気味だよな……

 ……】





 蘇るのは、今も尚言われ続ける陰口。
 何度も聞こえないふりをしてきたが、町人たちが話すその言葉は、日向の心に刺さり続けていた。
 まるで刃のように、純粋な日向の心を切り刻む。
 それでも、日向は笑顔で居続けた。



「悲しいことも沢山あるけど、僕はあの町が大好きだよ。家族もいる、大好きな花もたくさん咲いてる。
 僕は、ちゃんと幸せに生きてきたから」



 日向の話を聞いていた魁蓮は、ふと思い出す。
 それはまだ、龍牙が日向のことを認めていなかった頃のこと。
 龍牙が日向に放った、あの言葉。





【見た目も白髪で、青い目とか……変な見た目だし。
 なんか、

【っ!】





 そんな龍牙に対しての、日向の返答……。



 

【気味悪いことくらい、分かってるよ】





 今思えば、あれは完全な地雷だったのだろう。
 心底生意気だった龍牙は、何気ない言葉だったのだろうが。
 しかし、その後龍牙は、気味悪いと発言してしまったことを謝っていた。
 それで少しは、日向も救われたのだろうか。



「でもね、ここへ来てからは無くなったんだよ。気味悪いとか言われることが。それが嬉しかった」



 日向は、嬉しそうにそう語る。
 確かに、妖魔というのは様々な見た目がある。
 強い妖魔は人間に近い見た目をすることから、本物の人間である日向は、むしろ美しく見えるのだろう。
 おまけにこの見た目の色合い、珍しいものを好むことが多い妖魔にとって、日向は良い意味で注目の的だ。
 でも、それが日向にとっては、心地よかったのだ。



「種族は違うけど、僕は息苦しく生きることは無くなったなぁって思う。ここでは、僕を僕として接してくれる人たちが沢山いるから」



 怖いこともあるけれど、自分らしくいれる場所。
 日向にとって黄泉は、そうさせてくれた世界だ。



「だからっ」

「くだらんな」



 段々と嬉しくなってきた日向の言葉を遮る、冷たい声。
 日向が驚いて顔を上げると、魁蓮は食べ終わったスイカの皮を皿に置いて、はぁっとため息を吐いた。



「人間というのは、実にくだらん生物だ。つくづく忌々しい」

「えっ」



 何か、機嫌を損ねることを言ったのだろうか。
 日向は急に不機嫌な素振りをし始めた魁蓮に、少し困惑する。
 あまり、聞きたくない話だったのか。
 そんな不安を抱えていると、魁蓮は日向へと視線を向けてくる。



「人間は、個性という言葉を知らぬのか?」

「……えっ?」

「小僧のその見た目は如何なる理由があろうとも、お前の個性のひとつ。だから他者が己とは異なるからと、それを否定していい理由にはならんはずだ。皆、違うのは当然だろう?」

「っ……」

「所詮人間というのは、己が貫いたと異なるものを忌み嫌う存在。その者の個性や価値観だと理解もせず、己の価値観を押し付け正当であろうとする。小僧の見た目が気味悪い?ハッ、馬鹿も休み休み言え」



 魁蓮は、呆れたように上を見上げ笑う。
 首を軽く横に振り、「どうしようも無い」と諦めているような素振りだ。
 でも、日向は驚いていた。
 正直、彼はどうでもいいと言うと思っていた。
 だと言うのに、まさかこんな反応をするとは、思わなかった。
 何も言えずに固まっていると、魁蓮は薄ら笑みを浮かべて、日向へと視線を向ける。





「それほど心地良いならば、ここに居れば良い」

「……えっ?」

「案ずるな、小僧。お前の見た目は気味悪くなど無い。
 むしろ……綺麗ではないか。我は気に入っているぞ」

「っ……!」

「次、そのようなことを言う下劣が現れれば、我に報告しろ。我のものに失礼極まりない態度をした罰だ、痛めつけて殺してやる。
 故に、お前は何も気にする事はない。自信を持て。
 今は、我がそばにいる」





 ドクン、ドクン。
 心臓の音が、大きく、そして早く鳴る。
 そんなこと、初めて言われた。
 珍しい見た目だと、気味悪い見た目だと言われ続けてきた人生。
 今は慣れっこになってしまったが、こうして真正面から綺麗だと言われたのは、彼が初めてだ。



「な、何で……そんなことっ……」



 困惑したまま、日向は聞き返す。
 どうして、そんな嬉しいことを言ってくれるのか。
 彼の考えが知りたくてたまらない。
 少し前のめりになりながら尋ねると、魁蓮は片眉を上げた。



「ん?言っただろう?お前は我のものだと。
 故に、お前を傷つける者は、我に歯向かうも同然の行いということだ。そのような愚か者、我が許すと思うか?ククッ」



 魁蓮は、不気味に笑った。
 彼は、自分に反抗してくる存在は、誰であっても許さない。
 王としての自覚も持ち、同時に全てを支配している気持ちもある。
 だからこその行動なのだと。

 でも、日向は嬉しかった。
 今言った言葉の全ては、きっと本気。
 馬鹿にしてる素振りも、嘘をついている素振りも無い。
 本当に、心からの本音のように聞こえた。
 だからこそ、恥ずかしくて落ち着かない。
 だって、魁蓮の今の言葉は……日向を傷つける奴は、誰であろうと許さない。
 そう言っているようにも、聞こえてしまったから。
 自分が思っている以上に、自分はちゃんと守られているのだと。



「い、痛めつけて殺すのは……よ、よくない……」



 日向は、目を伏せた。
 落ち着かない心臓。
 魁蓮の顔を見ることだって、恥ずかしい。



「ククッ……ん?」



 すると魁蓮は、何かを見つけて首を傾げた。



「何だ小僧、顔を赤うして」

「……えっ、赤っ……えっ!?う、嘘っ!」



 魁蓮に指摘され、日向は慌てて頬に手を当てる。
 確かに熱い、火照っている。
 いや、触れる前から分かっていたはずだ。
 熱を持つ頬と、落ち着かない心臓の音。
 今まで何度も経験してきた、この反応。
 その時。



「何だ、風邪か?」



 体調を確かめようと、日向の頬に伸びてくる魁蓮の手。
 ひんやりとした冷たい大きな手は、日向の熱を冷ますどころか、更に熱くさせる。
 触れられているところが、どこかむず痒くて。
 でも……何故か嬉しくて。



「司雀に診てもらうか」

「いやっ、平気……風邪じゃないから」

「ん?では何だ」



 (何だって……そんなのっ……)



 日向は、ギュッと口を閉じる。
 自分の中では初めてのことだから、この気持ちが本当にそうなのかは判断できない。
 誰かから聞いた話や、書物や物語で読んだ程度の知識しかない。
 でもきっと、こういう感じなのだろうと理解するのに、今の気持ちの度合いは十分だった。
 高鳴る鼓動、火照る頬、緊張する気持ち。
 そして、今回の彼の優しい言葉で確信した。
 もう、知らないフリなんて出来なかった。

 知らなかった頃には、戻れやしない。



「魁蓮……ありがとう」

「ん?何がだ」

「ははっ、何でもっ」

「……?」



 日向は、満面の笑みを浮かべた。
 名も知らなかったこの感情。
 話だけは聞いたことのある、儚いもの。
 自分もいつかはと、期待を胸に抱いていた。
 いつか、この気持ちを知る日が来るのだと。
 それが今、成し遂げられたのだ。



「ほら!早くスイカ食っちまおうぜ!」

「はぁ……忙しない奴だ」

「いいじゃん!ほらほら!はよはよ!」

「おい、押し付けてくるな」



 人間と妖魔。
 決して交わることの無いこの世の中で……

 日向は、恋を知った。
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