愛恋の呪縛

サラ

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第149話

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「……だいぶ、落ち着いてきたかな……」



 あれから日向たちは、龍牙を自室の寝台へと運んで、龍牙の手当に集中していた。
 司雀は結界を崩されないようにするため、そのまま食堂に残っている。
 忌蛇は水や手拭いなどを取りに食堂へ行き、虎珀は近くの椅子に座って龍牙の様子を伺っている。

 龍牙は、魁蓮に報告した直後に気を失ってしまった。
 今は眠り続けている状態で、ゆっくり休んでいる。
 何とか、日向の力が効いているようだ。



「でも、現世で何があったんだろう。龍牙って強いんだよね?」

「龍牙がここまで怪我をするのは、滅多に無い……相手が強すぎたか、全力で戦えない理由があったか……
 どちらにせよ、1人で何とかしようとしてたんだろう……助けも、呼ばずに……」



 虎珀は、震える声でそう言った。
 一体、自分たちが見ていない間、彼に何が起きたのだろうか。
 ボロボロになった龍牙の姿に、虎珀は拳をぎゅっと強く握りしめる。
 悔しかった……さっきまで自分も現世にいたというのに、何もせず戻ってきてしまった。
 自分のことばかり考えて、痛い思いをしていたであろう龍牙に気づきもしなかった。
 それが、心底歯がゆい。



「こういう大変な時に限って、なぜ俺は龍牙の近くにいないんだ……何のために、いつも一緒にいるんだよ」

「虎珀……」



 虎珀は、ギリっと歯を食いしばった。
 何よりも龍牙のことを気にかけている彼だからこそ、感じる苦痛というものがある。
 口喧嘩をした直後、こんな大怪我をして戻ってくるなど誰が予想しただろうか。
 あの喧嘩を聞いていた日向は、龍牙と虎珀があまりにもいたましくて仕方ない。
 喧嘩のことも今の状況も、どうにかしてあげたくて。

 ずっと思っていたことを、口にする。



「ねぇ、虎珀。ひとつ聞いていい?」

「……何だ」

「何で、そんなに龍牙のことを気にかけてるの?」

「っ……」



 仲間だから、なんて一言で片付けられるような行動ではない。
 何か、ちゃんとした理由があってのものだと思える虎珀の行動。
 その理由が何なのか、日向は気になっていた。
 何故そこまで、龍牙を気遣うのか。
 溜め込んでいた疑問を尋ねると、虎珀はしばらく黙っていた。
 龍牙の部屋の中、静寂が流れ続ける。
 そして……



「……別に、意味は無い」

「っ……」

「ただ……放っておけないだけだ」



 返ってきたのは、そんな理由だった。
 でも、本当にそうなのだろうか。



「そっか……まあとにかく、龍牙が起きるまで様子を見ておこう」

「……あぁ」



 引っかかるところはあるものの、日向はそれ以上聞けなかった。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その頃。



、という方はいらっしゃいますか?」

「……………………あ?」



 黄泉に突然現れた、謎の女妖魔。
 その女が言った言葉に、魁蓮は眉間に皺を寄せた。
 七瀬日向、それを示すのは一人しかいない。
 だが、その名前は妖魔の世界の中では、全くと言っていいほど知れ渡っていない名前だ。
 それに、魁蓮がずっと守っているため、手を出す者なんていない。
 では何故、この女は知っている?

 すると、女妖魔は怖気づくことなく言葉を続ける。



「勘違いしないで頂きたいのですが、私は争うために来たのではありません。私は、彼に大事な用がありまして。だからここへ来たのです」

「小僧に……?」

「先程、現世の方で青い衣を着た妖魔にも尋ねたのですが、「断る」の一点張りでして。挙句、黄泉に行こうとしていた私を止めようとしてきたので、ご挨拶がてら相手をしたんです。いわゆる、正当防衛です」

「……………………」

「ですが、その妖魔があまりにも会わせないと言い続けるので、もしや王であるあなたの許可が無ければ、不可能なのかと思いまして。
 あ、城の結界についてはすみません。何せ、彼に会うのに邪魔でしたから、いっそ壊そうかと」



 淡々と、でも礼儀正しく、女妖魔は許可を貰おうとしている。
 彼女の口ぶりからして、龍牙にあんな大怪我を負わせたのは、間違いなく彼女だろう。
 となれば、彼女がただの異型妖魔じゃないことは、自ずと分かってくる。
 そんな女妖魔が、なぜ日向に会いたがるのだろう。
 分からないことだらけだが、日向に会わせろなどと言われて、はいそうですかとは言えない。



「否だ」



 当然、魁蓮の返答は却下。
 そもそも、よく分からない謎の女妖魔に、そう簡単に会わせられるわけが無いのだ。
 目的も強さも、何も分からないというのに。

 しかし、魁蓮の返答は予想通りだったのか、女妖魔は困った様子も、驚いた様子もしていない。
 むしろ、「やっぱりね」とでも言うような表情だ。



「はぁ……主様、やはり駄目でしたよ。
 そもそも、彼の後ろ盾が強すぎます……」



 女妖魔は、愚痴をこぼすように独り言を言っている。
 その女妖魔の言葉を、魁蓮はひとつも聞き逃すことのないように耳を傾けていた。
 何故ならば、、あの単語が出てきたからだ。



 (主様……か)



 何度も耳にした、この単語。
 もう、聞き飽きたくらいには聞いている。
 異型妖魔の生みの親と考えられる「主」という存在。
 その命令を受けてきたとなると、この女妖魔はかなりの実力者で、その主にも近い存在だ。
 おまけに、今までの異型妖魔とは何かが違う。
 それが何かは分からないが、直感で思うのだ。
 具体的な違いを探るべく、魁蓮は女妖魔に話を持ちかける。



「貴様らと、その主とやらの目的はなんだ。
 小僧に、何の用がある」



 近頃、異型妖魔の出現は驚くほど無かった。
 被害が減少したのは喜ばしいことだが、同時に情報が掴みづらくなっていた。
 遊郭邸も崩壊したせいで、情報源となっていた要とも連絡がつかない。
 完全なる、八方塞がり。
 そのため、今は少しでも情報が欲しい。
 何とか主という存在に近づけるよう、魁蓮は警戒しながら探る。
 すると女妖魔は、ふぅっと一息つく。



「それに関しては、申し上げることができません。まだ、準備が整っていませんので」

「準備?」

「はい、準備です」



 まるで、当然とでも言いたげな女妖魔の顔。
 主という存在に近い立ち位置に居ると思ったのだが、どうやら近くても教えてくれるわけではないらしい。
 何より、準備とは何に対してのことだろうか。
 日向をわざわざ尋ねてきたとなると、日向が知っていることなのだろうか。
 とはいえ、いくら考えても答えは出てこない。



「何にせよ、小僧は渡さん。あれは我のものだ、去ね」



 魁蓮は、冷たく言い放つ。
 素性も知れず、目的も分からない。
 そんな奴らに会わせられるほど、魁蓮の心は寛大ではない。
 いや、誰であっても断るだろう。
 だが、自分のものに手を出そうとする輩は、誰であっても排除する。
 それが、魁蓮だ。
 1度は見逃している今、それでも彼女が引き下がらないのであれば、魁蓮は真っ先に彼女を殺す。
 今は、その瀬戸際だった。
 
 しかし、女妖魔は諦めるどころか、目を細めて魁蓮を見つめた。



「随分と、大事にしているんですね。彼のこと。
 まるで…………」

「あ?」

「あぁ、失礼。ちょっとした本音です。
 鬼の王ともあろうお方が、人間の少年を守るなんて……本当、面白いこともあったものですね」



 何とも引っかかる言い方だ。
 少し馬鹿にしたような口ぶりは、魁蓮の機嫌を少し損ねるには十分で、魁蓮は僅かに苛立ちを感じながら眉間に皺を寄せる。
 ここまで魁蓮にふざけたようなことを言う妖魔は、あまりいないだろう。
 その姿からも、彼女の不気味さが伺えた。
 魁蓮がじっと様子を伺うと、女妖魔はため息を吐く。



「まあ、七瀬日向に会えないのは想定内でしたから。今回は引き下がりましょう。それに、貴方と戦うのは、負け戦を仕掛けるのと同じですので」

「ほう?随分と聞き分けが良い」

「当然です。貴方と戦っても、勝てないのは分かっています。そもそも、私は戦いをするために来たわけではありませんから」

「ふん………」



 魁蓮の圧が効いたのかは分からないが、何も暴れることなく帰ってくれるらしい。
 面倒事を避けたい魁蓮としては、有難いことだ。
 だが、女妖魔は何かを思い出したように、「あっ」と声を漏らした。



「そうでした。主様からあなたに、手紙があるのです」

「……は?」

、伝えろと言われていますので。
 しっかりと、耳を傾けてくださいね。では」



 魁蓮に有無を言わせないまま、女妖魔はコホンと咳払いをした。
 そして、何やら衣の中から1枚の紙を取り出して、その紙を広げると口を開く。





「それでは……。
 『私からのである、その姿と体の模様は気に入っているかい?私は、よく似合っていると思うよ。その姿を、間近で見るのが楽しみだ。
 明年7月7日。君たちにとって大切なその日に、私は君たちに会いに行こうと考えている。素晴らしいものを用意したんだ、それを贈るよ。それまで、せいぜい彼との日々を楽しむといい。
 次は……を守り抜くことが出来るかな?
 長年続く君の想い、成就することを祈ろう。
 その時は……また、壊してあげるから』」

「………っ………」

「以上です。それでは」





 女妖魔は一礼すると、フッと姿を消した。
 最後まで淡々としていたが、魁蓮の疑問は膨らむばかりだった。
 その場に取り残された魁蓮は、女妖魔が言っていた手紙が、頭の中を埋め尽くす。



「……どういうことだ」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「やはり、駄目でしたか」



 現世の、人が寄り付かない暗い場所。
 そこでは、魁蓮と話し終わったばかりの女妖魔が、書物を読み漁る紅葉に、今日あったことを報告していた。



「我々でも、鬼の王が相手ではしんどいです。七瀬日向に会うには、まずは鬼の王をどうにかしなければ」

「……えぇ、そうですね。ですが、真っ向から行って適う相手ではありません。
 狙うべきは、七瀬日向が、鬼の王の手元から離れている瞬間。そのためには、彼にはに出てきてもらわなければいけませんね……」



 紅葉はそう言いながら、書物にじっと視線を落とした。
 そこに書かれていたのは、史上最強の仙人と言われた黒神のこと。



「……全ては、彼が鍵ですから」
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