愛恋の呪縛

サラ

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第148話

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 (駄目だ……今は、思い出すなっ………………)



 そして現在。
 虎珀は頭を抱えながら、苦しみに耐えていた。
 脳裏に蘇ってくる、過去の記憶を思い出しながら。

 龍禅という男を知った、あの日。
 気を抜けば思い出してしまう、全ての始まりであるあの日は、虎珀にとっては大切な思い出であり、きっかけだった。
 思い出したくない時に限って、思い出してしまう。
 でも、魁蓮が封印されていた1000年間は、その悲しみの方が大きくて、龍禅のことを思い出す暇などなかった。
 だから、その間は苦しみにもがくことなんて1度もなかったのに……。





【お前は、俺を誰だと思ってんだよ!他の誰かに似てるなら、誰かと重ねてんならっ......
 二度と!俺に関わってくんじゃねえ!!!俺は龍牙だ!他の誰でもない、龍牙って妖魔だ!!俺と誰かを重ねてんじゃねえ!!迷惑なんだよ!!!!!!】





 龍牙に言われたあの言葉が、重りのようにずっしりと襲いかかってくる。
 まさか、そんなふうに思っていたなんて、微塵も気が付かなかった。
 だからこそ、申し訳なさと不甲斐なさで、罪悪感にも見舞われる。

 落ち着こうと現世に来たというのに、結局静かな場所に来てしまったせいで、気晴らしも出来ずに余計に考えてしまう。
 虎珀は深呼吸をすると、ゆっくりとその場に立ち上がって、そのまま城へと戻った。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 一旦心を落ち着かせた虎珀は、真っ直ぐに食堂へと向かった。
 先に夕餉を済ませていいとは言ったものの、何も口にしないのは司雀に失礼だ。
 遅く来てしまったことに申し訳なさを感じながら、虎珀は食堂の扉を開ける。



「ただいま戻りっ」

「あっ、虎珀!」



 戻ってきたことの報告をしようとした途端、中から聞こえた日向の声に、虎珀の言葉はかき消された。
 虎珀が顔を上げると、何やら慌てた様子で日向が駆け寄ってくる。



「ねぇ虎珀。龍牙、見てない?」

「龍牙……?いや、見ていないが」

「虎珀も!?あれっ、もうどこ行ったんだろ……」



 虎珀は、日向の発言と態度から察した。



「……龍牙がいないのか?」



 虎珀が尋ねると、日向は不安そうな表情でコクリと頷いた。
 龍牙がどこかへ勝手に行くことは、今に始まった話では無い。
 いつもフラフラと好きな所へ行っては、ケロッとした様子で城に帰ってくる。
 だから、別に気にすることなんて無い。
 普段ならそう言って片付けられる。
 だが、今回ばかりは違った。



「魁蓮、どうです?」

「……無いな」



 中から聞こえる、司雀と魁蓮の声。
 虎珀が魁蓮へと視線を向けると、魁蓮は赤い瞳を光らせて、外を見ていた。
 それが問題だったのだ。

 いつもならば龍牙が居なくなったとしても、魁蓮はなんとも思わない。
 またどこかへ遊びに行っているのだろう、などと適当なことを言って気にしない。
 だが今回は、どうしてか彼も龍牙の行方を探しているのだ。
 それだけでは無い、皆が心配している理由はもうひとつ。



「もう夕餉の時間は過ぎているんですけどね……」



 龍牙は、何よりも食事が大好きだ。
 どんなに忙しくても、どんなに体がキツくても。
 必ずご飯の時間には、食堂へ来る。
 それはこの城に来た時から変わらない、彼の絶対に譲れない決まり事だった。
 1度だって、食事の時間に遅れたことがない龍牙が、今日に限っていない。
 珍しい状況に、司雀も不安になっている。



「魁蓮さん」



 その時、城の外に出ていた忌蛇が戻ってきた。
 忌蛇は真っ直ぐに魁蓮へと向かうと、口を開く。



「城下町近辺の町も見たけど、いなかった」

「…………」



 忌蛇の言葉を聞いた魁蓮は、ため息を吐きながら赤い瞳の光を消す。



「黄泉にいないならば、現世か……
 仕方ない、楊を向かわせるか」



 そう言うと魁蓮は、足元に小さな黒い影を作り出し、楊を呼び寄せた。
 すると、黒い影から引き寄せられるように楊が姿を現す。
 楊は魁蓮の頭上を一回り飛ぶと、ゆっくりと魁蓮の肩へと降りてきた。



「楊、龍牙の姿が見えん。恐らく現世だ。
 すまんが、龍牙の姿をっ」



 その時だった。





 ドォォォォォン!!!!!!!!!





「「「「「っ!!!!!」」」」」



 外から、大きな衝撃音が聞こえた。
 同時に、バキバキと何かが壊れるような音も。
 あまりにも近くで聞こえた大きな音に、食堂にいた全員が驚いて顔を上げる。



「い、今の音何?」



 大きな音は聞き慣れていない日向は、耳を抑えて肩がすくんでいた。
 あんな大きな音、重たい何かが落ちてこなければ出ない音だ。
 しかも、かなり近くで聞こえた。
 日向がキョロキョロと辺りを見渡して驚いていると、魁蓮が日向の元に近づいてくる。
 そして、コツンっと日向の頭をつついた。



「いてっ、何すんだよ!」

「小僧、我の近くにいろ」

「えっ?」



 そう言うと魁蓮は日向の腕を掴んで、食堂の1番奥へと引きずり込んだ。
 そして、その日向を背後に隠しながら眉間に皺を寄せる。
 魁蓮は、何かを感じ取っているのか?
 日向が不安そうに辺りを見渡すと、同じものを感じとっているのか、司雀も虎珀も忌蛇も何やら警戒していた。
 気配や力などを感じ取ることが出来ない日向は、一体何が起きているのか分からない。
 ただ、言われた通り、魁蓮の近くにいることしか出来なかった。

 その時。



 ガラガラ。



 突然、食堂の扉が開いた。
 ゆっくりと開かれた扉に、全員が構えて視線を向けると……



「……はぁ、はぁっ……か、いれ、んっ……」



 荒い息遣い、掠れた声。
 漂う強い鉄のような匂い、赤く染まった体と衣。
 ボタボタと床に落ちる……真っ赤な血。

 痛々しいほどに重症を負った龍牙が、そこにいた。
 その姿に、全員が目を見開く。



「か、いれっ……んっ……かいっ、れ…………」



 龍牙は、何度も何度も魁蓮の名前を呼んでいた。
 絞り出すような声は、まるで何かを訴えようとしているようで。
 だが、全身の力が尽きたのか、龍牙は膝から崩れ落ちる。
 床に倒れ込みそうになったその時。



「龍牙っ……!」



 たまたま近くにいた虎珀が、龍牙が倒れる寸前のところで体を支えた。
 彼を抱きしめて分かる、全身から感じる出血。
 ぬめりとした血の感触は、龍牙の怪我の度合いを表していた。
 虎珀に支えられた途端、龍牙はガクッと項垂れて、全てを虎珀に委ねた。



「龍牙!」



 その状況を見た日向は、魁蓮から離れて龍牙の元へと駆け寄った。
 同時に、虎珀と一緒に龍牙のことを支えようと、忌蛇も日向と共に駆け寄る。
 まさに今は、緊急事態そのものだ。



「虎珀!怪我見せて!」

「虎珀さん、僕こっち支える!」



 日向が見やすいように、忌蛇は虎珀と共に龍牙の体を支えた。
 衣を脱がさなくても分かる。
 この怪我の具合、以前龍牙が異型妖魔と戦った時より酷かった。
 あの時も、少しでも治療が遅れていれば、彼の命が危ない所だった。
 つまり、今もあの時のように危険な状態。
 今手当しなければ、龍牙が死んでしまう。
 その瀬戸際だ。



「虎珀!忌蛇!そのまま支えてて!」

「分かった!」

「うん!」



 一刻も早く、この血を止めなければ。
 段々と呼吸が浅くなる龍牙に、日向は全力で力を込める。
 自分の意識も飛びそうなくらい、日向は龍牙に力を流し込んでいき、彼の出血を止めていく。
 だが、一体どうしてこんな怪我を負ったのだろうか。
 強いはずの彼が、どうしてここまで。



「龍牙!しっかりして!直ぐに治すから!!」



 日向は懸命に呼びかけながら、少しずつ力を込めていく。
 早く、早くしなければ。
 間に合わなくなる前に。
 目の前で死ぬところなど、見たくは無い。

 そんな中、魁蓮と司雀は別のことに集中していた。



「……魁蓮、何か変ですね」

「あぁ、そのようだな……。
 司雀、念の為。合図を出す」

「承知」



 魁蓮の指示を受け取ると、司雀はパッと大きな長い杖を出して、全身に力を巡らせていく。
 魁蓮の合図にいつでも対応できるようにと、神経も集中しながら。
 対して魁蓮は、眉間に皺を寄せた。
 先程から、何か妙な空気の変化を感じていた。
 だが、あまりにもその変化が小さくて、ハッキリとしない。
 1度でも見過ごしてしまえば、分からなくなるほど。



「か、いれんっ……」



 その時、気を失う直前だった龍牙が、先程と同じように魁蓮の名を呼んだ。
 魁蓮は警戒心を緩めることなく、視線だけ龍牙へと送ると、龍牙は必死に口を動かした。



「魁、蓮……たい、へんだっ……奴が……ゴホッゴホッ」

「……奴?」



 魁蓮が片眉を上げると、龍牙は力を振り絞って声を出した。



「異型、妖魔がっ…………来るっ……!!!!」



 直後。



「っ……!」



 魁蓮は、僅かな気配を感じ取った。
 何の前触れもない、不穏な気配。
 先程感じ取っていた空気に紛れている。
 本当に微量なその空気と気配が……黄泉の中へ入ってくる感覚が伝わってくる。
 黄泉の中へ……素早く、このに。





「司雀!」

「はいっ!」





 魁蓮が合図を出すと、司雀は持っていた杖をガンっと床に叩きつける。
 すると一瞬で、城全体を覆い尽くす大きな結界が張られた。
 その時だった。



 ガンっ!!!!!!!!!!!!!!!



「「「「わっ!!!!!!!」」」」



 城全体に響き渡った轟音。
 その音に、魁蓮以外の全員が耳を塞ぐ。
 城に張った結界に、何かが激しくぶつかってきた。
 轟音と共に、司雀の張った結界がグラグラと振動している。
 すると、何やら司雀が、驚いたような表情で魁蓮へと視線を向けた。



「魁蓮!今の衝撃で、結界にヒビがっ!」

「っ……!」



 (……ヒビが入っただと……?)



 司雀の言葉に、魁蓮は目を見開いた。
 司雀が今張った結界は、そこまで強度のものではない。
 とはいえ、彼の結界術は強力かつ完璧だ。
 少し力を弱めて作った結界でも、大きな攻撃でなければ破れないほどには硬度なもの。
 そんな結界が、今のたった一撃でヒビが入るなど……今までならばありえない事が起きている。
 もちろん、それがどれほど異常なことなのかは、魁蓮も十分分かっている事だった。

 そして、魁蓮は思い出す。
 龍牙が言った言葉を。





【異型、妖魔がっ…………来るっ……!!!!】





 あの言葉が本当だとしたら、誰が黄泉に来たかは一目瞭然。
 そして龍牙の怪我を見る限り、その人物が今まで見てきた奴らとは違うことも分かる。



「チッ…………」



 魁蓮は小さく舌打ちをすると、赤い瞳をガッと光らせた。
 そして、食堂の中から上を見上げる。
 結界にヒビを入れた人物を探すように、四方八方に視線を巡らせていると、何やら真っ黒な炎のようなものを見つけた。
 結界の周りを飛んでいたそれは、ゆっくりと城の上で立ち止まる。

 そこに、いる。



「司雀、結界を城下町まで広げろ」

「えっ?な、何か居るのですか?」

「あぁ……面倒なのが、一体。小僧を頼むぞ」



 すると魁蓮は、フッと姿を消した。
 司雀は言われた通り、城下町まで結界を広げる。



 (魁蓮っ……)





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 食堂から出た魁蓮は、瞬間移動で結界の外へと出てきていた。
 寝静まる黄泉の世界、その中に紛れ込んできた異質な空気と気配。
 結界の外へ出た瞬間、それは更に強く感じる。



「おや……噂通り、驚く程に美形なのですね」

「……………………」



 その時、背後から聞こえた女の声。
 魁蓮は横目で振り返ると、司雀が張った結界の上に、1人の女妖魔がいた。
 見た目は人間そのものと言えるほど人間に近いのだが、何故か女の体はツギハギだらけ。
 少し痛々しい見た目をした、異型妖魔だった。
 そして気になるのが、女の頬にあるもの。



 (……何だ?)



 女の頬には、何やらがあった。
 数字は、「伍」を表している。
 何かの順番なのだろうか。
 魁蓮は赤い瞳の光を消すと、ゆっくりと体ごと振り返る。



「城の結界を破ろうとしたのは、貴様か。
 何者だ、名乗れ」



 魁蓮が尋ねると、女は礼儀正しく一礼した。



「初めまして、鬼の王。お噂はかねがね。
 私は、めいを受けて参りました。名はありませんので、適当に数字の「」とでも呼んでください。以後お見知り置きを」

「………………」



 余裕が含まれた、礼儀正しい態度。
 異型妖魔にしては、かなり知能がしっかりしているようだ。
 魁蓮が女妖魔の様子を伺っていると、女妖魔はコホンとひとつ咳払いをして、顔を上げる。
 そして、口を開いた。





「鬼の王、早速で申し訳ないのですが……私はある方に会いに来たのです。

 、という方はいらっしゃいますか?」

「……………………あ?」
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