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第148話
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(駄目だ……今は、思い出すなっ………………)
そして現在。
虎珀は頭を抱えながら、苦しみに耐えていた。
脳裏に蘇ってくる、過去の記憶を思い出しながら。
龍禅という男を知った、あの日。
気を抜けば思い出してしまう、全ての始まりであるあの日は、虎珀にとっては大切な思い出であり、全てを知ってしまうきっかけだった。
思い出したくない時に限って、思い出してしまう。
でも、魁蓮が封印されていた1000年間は、その悲しみの方が大きくて、龍禅のことを思い出す暇などなかった。
だから、その間は苦しみにもがくことなんて1度もなかったのに……。
【お前は、俺を誰だと思ってんだよ!他の誰かに似てるなら、誰かと重ねてんならっ......
二度と!俺に関わってくんじゃねえ!!!俺は龍牙だ!他の誰でもない、龍牙って妖魔だ!!俺と誰かを重ねてんじゃねえ!!迷惑なんだよ!!!!!!】
龍牙に言われたあの言葉が、重りのようにずっしりと襲いかかってくる。
まさか、そんなふうに思っていたなんて、微塵も気が付かなかった。
だからこそ、申し訳なさと不甲斐なさで、罪悪感にも見舞われる。
落ち着こうと現世に来たというのに、結局静かな場所に来てしまったせいで、気晴らしも出来ずに余計に考えてしまう。
虎珀は深呼吸をすると、ゆっくりとその場に立ち上がって、そのまま城へと戻った。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
一旦心を落ち着かせた虎珀は、真っ直ぐに食堂へと向かった。
先に夕餉を済ませていいとは言ったものの、何も口にしないのは司雀に失礼だ。
遅く来てしまったことに申し訳なさを感じながら、虎珀は食堂の扉を開ける。
「ただいま戻りっ」
「あっ、虎珀!」
戻ってきたことの報告をしようとした途端、中から聞こえた日向の声に、虎珀の言葉はかき消された。
虎珀が顔を上げると、何やら慌てた様子で日向が駆け寄ってくる。
「ねぇ虎珀。龍牙、見てない?」
「龍牙……?いや、見ていないが」
「虎珀も!?あれっ、もうどこ行ったんだろ……」
虎珀は、日向の発言と態度から察した。
「……龍牙がいないのか?」
虎珀が尋ねると、日向は不安そうな表情でコクリと頷いた。
龍牙がどこかへ勝手に行くことは、今に始まった話では無い。
いつもフラフラと好きな所へ行っては、ケロッとした様子で城に帰ってくる。
だから、別に気にすることなんて無い。
普段ならそう言って片付けられる。
だが、今回ばかりは違った。
「魁蓮、どうです?」
「……無いな」
中から聞こえる、司雀と魁蓮の声。
虎珀が魁蓮へと視線を向けると、魁蓮は赤い瞳を光らせて、外を見ていた。
それが問題だったのだ。
いつもならば龍牙が居なくなったとしても、魁蓮はなんとも思わない。
またどこかへ遊びに行っているのだろう、などと適当なことを言って気にしない。
だが今回は、どうしてか彼も龍牙の行方を探しているのだ。
それだけでは無い、皆が心配している理由はもうひとつ。
「もう夕餉の時間は過ぎているんですけどね……」
龍牙は、何よりも食事が大好きだ。
どんなに忙しくても、どんなに体がキツくても。
必ずご飯の時間には、食堂へ来る。
それはこの城に来た時から変わらない、彼の絶対に譲れない決まり事だった。
1度だって、食事の時間に遅れたことがない龍牙が、今日に限っていない。
珍しい状況に、司雀も不安になっている。
「魁蓮さん」
その時、城の外に出ていた忌蛇が戻ってきた。
忌蛇は真っ直ぐに魁蓮へと向かうと、口を開く。
「城下町近辺の町も見たけど、いなかった」
「…………」
忌蛇の言葉を聞いた魁蓮は、ため息を吐きながら赤い瞳の光を消す。
「黄泉にいないならば、現世か……
仕方ない、楊を向かわせるか」
そう言うと魁蓮は、足元に小さな黒い影を作り出し、楊を呼び寄せた。
すると、黒い影から引き寄せられるように楊が姿を現す。
楊は魁蓮の頭上を一回り飛ぶと、ゆっくりと魁蓮の肩へと降りてきた。
「楊、龍牙の姿が見えん。恐らく現世だ。
すまんが、龍牙の姿をっ」
その時だった。
ドォォォォォン!!!!!!!!!
「「「「「っ!!!!!」」」」」
外から、大きな衝撃音が聞こえた。
同時に、バキバキと何かが壊れるような音も。
あまりにも近くで聞こえた大きな音に、食堂にいた全員が驚いて顔を上げる。
「い、今の音何?」
大きな音は聞き慣れていない日向は、耳を抑えて肩がすくんでいた。
あんな大きな音、重たい何かが落ちてこなければ出ない音だ。
しかも、かなり近くで聞こえた。
日向がキョロキョロと辺りを見渡して驚いていると、魁蓮が日向の元に近づいてくる。
そして、コツンっと日向の頭をつついた。
「いてっ、何すんだよ!」
「小僧、我の近くにいろ」
「えっ?」
そう言うと魁蓮は日向の腕を掴んで、食堂の1番奥へと引きずり込んだ。
そして、その日向を背後に隠しながら眉間に皺を寄せる。
魁蓮は、何かを感じ取っているのか?
日向が不安そうに辺りを見渡すと、同じものを感じとっているのか、司雀も虎珀も忌蛇も何やら警戒していた。
気配や力などを感じ取ることが出来ない日向は、一体何が起きているのか分からない。
ただ、言われた通り、魁蓮の近くにいることしか出来なかった。
その時。
ガラガラ。
突然、食堂の扉が開いた。
ゆっくりと開かれた扉に、全員が構えて視線を向けると……
「……はぁ、はぁっ……か、いれ、んっ……」
荒い息遣い、掠れた声。
漂う強い鉄のような匂い、赤く染まった体と衣。
ボタボタと床に落ちる……真っ赤な血。
痛々しいほどに重症を負った龍牙が、そこにいた。
その姿に、全員が目を見開く。
「か、いれっ……んっ……かいっ、れ…………」
龍牙は、何度も何度も魁蓮の名前を呼んでいた。
絞り出すような声は、まるで何かを訴えようとしているようで。
だが、全身の力が尽きたのか、龍牙は膝から崩れ落ちる。
床に倒れ込みそうになったその時。
「龍牙っ……!」
たまたま近くにいた虎珀が、龍牙が倒れる寸前のところで体を支えた。
彼を抱きしめて分かる、全身から感じる出血。
ぬめりとした血の感触は、龍牙の怪我の度合いを表していた。
虎珀に支えられた途端、龍牙はガクッと項垂れて、全てを虎珀に委ねた。
「龍牙!」
その状況を見た日向は、魁蓮から離れて龍牙の元へと駆け寄った。
同時に、虎珀と一緒に龍牙のことを支えようと、忌蛇も日向と共に駆け寄る。
まさに今は、緊急事態そのものだ。
「虎珀!怪我見せて!」
「虎珀さん、僕こっち支える!」
日向が見やすいように、忌蛇は虎珀と共に龍牙の体を支えた。
衣を脱がさなくても分かる。
この怪我の具合、以前龍牙が異型妖魔と戦った時より酷かった。
あの時も、少しでも治療が遅れていれば、彼の命が危ない所だった。
つまり、今もあの時のように危険な状態。
今手当しなければ、龍牙が死んでしまう。
その瀬戸際だ。
「虎珀!忌蛇!そのまま支えてて!」
「分かった!」
「うん!」
一刻も早く、この血を止めなければ。
段々と呼吸が浅くなる龍牙に、日向は全力で力を込める。
自分の意識も飛びそうなくらい、日向は龍牙に力を流し込んでいき、彼の出血を止めていく。
だが、一体どうしてこんな怪我を負ったのだろうか。
強いはずの彼が、どうしてここまで。
「龍牙!しっかりして!直ぐに治すから!!」
日向は懸命に呼びかけながら、少しずつ力を込めていく。
早く、早くしなければ。
間に合わなくなる前に。
目の前で死ぬところなど、見たくは無い。
そんな中、魁蓮と司雀は別のことに集中していた。
「……魁蓮、何か変ですね」
「あぁ、そのようだな……。
司雀、念の為構えておけ。合図を出す」
「承知」
魁蓮の指示を受け取ると、司雀はパッと大きな長い杖を出して、全身に力を巡らせていく。
魁蓮の合図にいつでも対応できるようにと、神経も集中しながら。
対して魁蓮は、眉間に皺を寄せた。
先程から、何か妙な空気の変化を感じていた。
だが、あまりにもその変化が小さくて、ハッキリとしない。
1度でも見過ごしてしまえば、分からなくなるほど。
「か、いれんっ……」
その時、気を失う直前だった龍牙が、先程と同じように魁蓮の名を呼んだ。
魁蓮は警戒心を緩めることなく、視線だけ龍牙へと送ると、龍牙は必死に口を動かした。
「魁、蓮……たい、へんだっ……奴が……ゴホッゴホッ」
「……奴?」
魁蓮が片眉を上げると、龍牙は力を振り絞って声を出した。
「異型、妖魔がっ…………来るっ……!!!!」
直後。
「っ……!」
魁蓮は、僅かな気配を感じ取った。
何の前触れもない、不穏な気配。
先程感じ取っていた空気に紛れている。
本当に微量なその空気と気配が……黄泉の中へ入ってくる感覚が伝わってくる。
黄泉の中へ……素早く、この城に。
「司雀!」
「はいっ!」
魁蓮が合図を出すと、司雀は持っていた杖をガンっと床に叩きつける。
すると一瞬で、城全体を覆い尽くす大きな結界が張られた。
その時だった。
ガンっ!!!!!!!!!!!!!!!
「「「「わっ!!!!!!!」」」」
城全体に響き渡った轟音。
その音に、魁蓮以外の全員が耳を塞ぐ。
城に張った結界に、何かが激しくぶつかってきた。
轟音と共に、司雀の張った結界がグラグラと振動している。
すると、何やら司雀が、驚いたような表情で魁蓮へと視線を向けた。
「魁蓮!今の衝撃で、結界にヒビがっ!」
「っ……!」
(……ヒビが入っただと……?)
司雀の言葉に、魁蓮は目を見開いた。
司雀が今張った結界は、そこまで強度のものではない。
とはいえ、彼の結界術は強力かつ完璧だ。
少し力を弱めて作った結界でも、大きな攻撃でなければ破れないほどには硬度なもの。
そんな結界が、今のたった一撃でヒビが入るなど……今までならばありえない事が起きている。
もちろん、それがどれほど異常なことなのかは、魁蓮も十分分かっている事だった。
そして、魁蓮は思い出す。
龍牙が言った言葉を。
【異型、妖魔がっ…………来るっ……!!!!】
あの言葉が本当だとしたら、誰が黄泉に来たかは一目瞭然。
そして龍牙の怪我を見る限り、その人物が今まで見てきた奴らとは違うことも分かる。
「チッ…………」
魁蓮は小さく舌打ちをすると、赤い瞳をガッと光らせた。
そして、食堂の中から上を見上げる。
結界にヒビを入れた人物を探すように、四方八方に視線を巡らせていると、何やら真っ黒な炎のようなものを見つけた。
結界の周りを飛んでいたそれは、ゆっくりと城の上で立ち止まる。
そこに、いる。
「司雀、結界を城下町まで広げろ」
「えっ?な、何か居るのですか?」
「あぁ……面倒なのが、一体。小僧を頼むぞ」
すると魁蓮は、フッと姿を消した。
司雀は言われた通り、城下町まで結界を広げる。
(魁蓮っ……)
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
食堂から出た魁蓮は、瞬間移動で結界の外へと出てきていた。
寝静まる黄泉の世界、その中に紛れ込んできた異質な空気と気配。
結界の外へ出た瞬間、それは更に強く感じる。
「おや……噂通り、驚く程に美形なのですね」
「……………………」
その時、背後から聞こえた女の声。
魁蓮は横目で振り返ると、司雀が張った結界の上に、1人の女妖魔がいた。
見た目は人間そのものと言えるほど人間に近いのだが、何故か女の体はツギハギだらけ。
少し痛々しい見た目をした、異型妖魔だった。
そして気になるのが、女の頬にあるもの。
(……何だ?)
女の頬には、何やら黒い蝶の模様と数字があった。
数字は、「伍」を表している。
何かの順番なのだろうか。
魁蓮は赤い瞳の光を消すと、ゆっくりと体ごと振り返る。
「城の結界を破ろうとしたのは、貴様か。
何者だ、名乗れ」
魁蓮が尋ねると、女は礼儀正しく一礼した。
「初めまして、鬼の王。お噂はかねがね。
私は、主様の命を受けて参りました。名はありませんので、適当に数字の「伍」とでも呼んでください。以後お見知り置きを」
「………………」
余裕が含まれた、礼儀正しい態度。
異型妖魔にしては、かなり知能がしっかりしているようだ。
魁蓮が女妖魔の様子を伺っていると、女妖魔はコホンとひとつ咳払いをして、顔を上げる。
そして、口を開いた。
「鬼の王、早速で申し訳ないのですが……私はある方に会いに来たのです。
七瀬日向、という方はいらっしゃいますか?」
「……………………あ?」
そして現在。
虎珀は頭を抱えながら、苦しみに耐えていた。
脳裏に蘇ってくる、過去の記憶を思い出しながら。
龍禅という男を知った、あの日。
気を抜けば思い出してしまう、全ての始まりであるあの日は、虎珀にとっては大切な思い出であり、全てを知ってしまうきっかけだった。
思い出したくない時に限って、思い出してしまう。
でも、魁蓮が封印されていた1000年間は、その悲しみの方が大きくて、龍禅のことを思い出す暇などなかった。
だから、その間は苦しみにもがくことなんて1度もなかったのに……。
【お前は、俺を誰だと思ってんだよ!他の誰かに似てるなら、誰かと重ねてんならっ......
二度と!俺に関わってくんじゃねえ!!!俺は龍牙だ!他の誰でもない、龍牙って妖魔だ!!俺と誰かを重ねてんじゃねえ!!迷惑なんだよ!!!!!!】
龍牙に言われたあの言葉が、重りのようにずっしりと襲いかかってくる。
まさか、そんなふうに思っていたなんて、微塵も気が付かなかった。
だからこそ、申し訳なさと不甲斐なさで、罪悪感にも見舞われる。
落ち着こうと現世に来たというのに、結局静かな場所に来てしまったせいで、気晴らしも出来ずに余計に考えてしまう。
虎珀は深呼吸をすると、ゆっくりとその場に立ち上がって、そのまま城へと戻った。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
一旦心を落ち着かせた虎珀は、真っ直ぐに食堂へと向かった。
先に夕餉を済ませていいとは言ったものの、何も口にしないのは司雀に失礼だ。
遅く来てしまったことに申し訳なさを感じながら、虎珀は食堂の扉を開ける。
「ただいま戻りっ」
「あっ、虎珀!」
戻ってきたことの報告をしようとした途端、中から聞こえた日向の声に、虎珀の言葉はかき消された。
虎珀が顔を上げると、何やら慌てた様子で日向が駆け寄ってくる。
「ねぇ虎珀。龍牙、見てない?」
「龍牙……?いや、見ていないが」
「虎珀も!?あれっ、もうどこ行ったんだろ……」
虎珀は、日向の発言と態度から察した。
「……龍牙がいないのか?」
虎珀が尋ねると、日向は不安そうな表情でコクリと頷いた。
龍牙がどこかへ勝手に行くことは、今に始まった話では無い。
いつもフラフラと好きな所へ行っては、ケロッとした様子で城に帰ってくる。
だから、別に気にすることなんて無い。
普段ならそう言って片付けられる。
だが、今回ばかりは違った。
「魁蓮、どうです?」
「……無いな」
中から聞こえる、司雀と魁蓮の声。
虎珀が魁蓮へと視線を向けると、魁蓮は赤い瞳を光らせて、外を見ていた。
それが問題だったのだ。
いつもならば龍牙が居なくなったとしても、魁蓮はなんとも思わない。
またどこかへ遊びに行っているのだろう、などと適当なことを言って気にしない。
だが今回は、どうしてか彼も龍牙の行方を探しているのだ。
それだけでは無い、皆が心配している理由はもうひとつ。
「もう夕餉の時間は過ぎているんですけどね……」
龍牙は、何よりも食事が大好きだ。
どんなに忙しくても、どんなに体がキツくても。
必ずご飯の時間には、食堂へ来る。
それはこの城に来た時から変わらない、彼の絶対に譲れない決まり事だった。
1度だって、食事の時間に遅れたことがない龍牙が、今日に限っていない。
珍しい状況に、司雀も不安になっている。
「魁蓮さん」
その時、城の外に出ていた忌蛇が戻ってきた。
忌蛇は真っ直ぐに魁蓮へと向かうと、口を開く。
「城下町近辺の町も見たけど、いなかった」
「…………」
忌蛇の言葉を聞いた魁蓮は、ため息を吐きながら赤い瞳の光を消す。
「黄泉にいないならば、現世か……
仕方ない、楊を向かわせるか」
そう言うと魁蓮は、足元に小さな黒い影を作り出し、楊を呼び寄せた。
すると、黒い影から引き寄せられるように楊が姿を現す。
楊は魁蓮の頭上を一回り飛ぶと、ゆっくりと魁蓮の肩へと降りてきた。
「楊、龍牙の姿が見えん。恐らく現世だ。
すまんが、龍牙の姿をっ」
その時だった。
ドォォォォォン!!!!!!!!!
「「「「「っ!!!!!」」」」」
外から、大きな衝撃音が聞こえた。
同時に、バキバキと何かが壊れるような音も。
あまりにも近くで聞こえた大きな音に、食堂にいた全員が驚いて顔を上げる。
「い、今の音何?」
大きな音は聞き慣れていない日向は、耳を抑えて肩がすくんでいた。
あんな大きな音、重たい何かが落ちてこなければ出ない音だ。
しかも、かなり近くで聞こえた。
日向がキョロキョロと辺りを見渡して驚いていると、魁蓮が日向の元に近づいてくる。
そして、コツンっと日向の頭をつついた。
「いてっ、何すんだよ!」
「小僧、我の近くにいろ」
「えっ?」
そう言うと魁蓮は日向の腕を掴んで、食堂の1番奥へと引きずり込んだ。
そして、その日向を背後に隠しながら眉間に皺を寄せる。
魁蓮は、何かを感じ取っているのか?
日向が不安そうに辺りを見渡すと、同じものを感じとっているのか、司雀も虎珀も忌蛇も何やら警戒していた。
気配や力などを感じ取ることが出来ない日向は、一体何が起きているのか分からない。
ただ、言われた通り、魁蓮の近くにいることしか出来なかった。
その時。
ガラガラ。
突然、食堂の扉が開いた。
ゆっくりと開かれた扉に、全員が構えて視線を向けると……
「……はぁ、はぁっ……か、いれ、んっ……」
荒い息遣い、掠れた声。
漂う強い鉄のような匂い、赤く染まった体と衣。
ボタボタと床に落ちる……真っ赤な血。
痛々しいほどに重症を負った龍牙が、そこにいた。
その姿に、全員が目を見開く。
「か、いれっ……んっ……かいっ、れ…………」
龍牙は、何度も何度も魁蓮の名前を呼んでいた。
絞り出すような声は、まるで何かを訴えようとしているようで。
だが、全身の力が尽きたのか、龍牙は膝から崩れ落ちる。
床に倒れ込みそうになったその時。
「龍牙っ……!」
たまたま近くにいた虎珀が、龍牙が倒れる寸前のところで体を支えた。
彼を抱きしめて分かる、全身から感じる出血。
ぬめりとした血の感触は、龍牙の怪我の度合いを表していた。
虎珀に支えられた途端、龍牙はガクッと項垂れて、全てを虎珀に委ねた。
「龍牙!」
その状況を見た日向は、魁蓮から離れて龍牙の元へと駆け寄った。
同時に、虎珀と一緒に龍牙のことを支えようと、忌蛇も日向と共に駆け寄る。
まさに今は、緊急事態そのものだ。
「虎珀!怪我見せて!」
「虎珀さん、僕こっち支える!」
日向が見やすいように、忌蛇は虎珀と共に龍牙の体を支えた。
衣を脱がさなくても分かる。
この怪我の具合、以前龍牙が異型妖魔と戦った時より酷かった。
あの時も、少しでも治療が遅れていれば、彼の命が危ない所だった。
つまり、今もあの時のように危険な状態。
今手当しなければ、龍牙が死んでしまう。
その瀬戸際だ。
「虎珀!忌蛇!そのまま支えてて!」
「分かった!」
「うん!」
一刻も早く、この血を止めなければ。
段々と呼吸が浅くなる龍牙に、日向は全力で力を込める。
自分の意識も飛びそうなくらい、日向は龍牙に力を流し込んでいき、彼の出血を止めていく。
だが、一体どうしてこんな怪我を負ったのだろうか。
強いはずの彼が、どうしてここまで。
「龍牙!しっかりして!直ぐに治すから!!」
日向は懸命に呼びかけながら、少しずつ力を込めていく。
早く、早くしなければ。
間に合わなくなる前に。
目の前で死ぬところなど、見たくは無い。
そんな中、魁蓮と司雀は別のことに集中していた。
「……魁蓮、何か変ですね」
「あぁ、そのようだな……。
司雀、念の為構えておけ。合図を出す」
「承知」
魁蓮の指示を受け取ると、司雀はパッと大きな長い杖を出して、全身に力を巡らせていく。
魁蓮の合図にいつでも対応できるようにと、神経も集中しながら。
対して魁蓮は、眉間に皺を寄せた。
先程から、何か妙な空気の変化を感じていた。
だが、あまりにもその変化が小さくて、ハッキリとしない。
1度でも見過ごしてしまえば、分からなくなるほど。
「か、いれんっ……」
その時、気を失う直前だった龍牙が、先程と同じように魁蓮の名を呼んだ。
魁蓮は警戒心を緩めることなく、視線だけ龍牙へと送ると、龍牙は必死に口を動かした。
「魁、蓮……たい、へんだっ……奴が……ゴホッゴホッ」
「……奴?」
魁蓮が片眉を上げると、龍牙は力を振り絞って声を出した。
「異型、妖魔がっ…………来るっ……!!!!」
直後。
「っ……!」
魁蓮は、僅かな気配を感じ取った。
何の前触れもない、不穏な気配。
先程感じ取っていた空気に紛れている。
本当に微量なその空気と気配が……黄泉の中へ入ってくる感覚が伝わってくる。
黄泉の中へ……素早く、この城に。
「司雀!」
「はいっ!」
魁蓮が合図を出すと、司雀は持っていた杖をガンっと床に叩きつける。
すると一瞬で、城全体を覆い尽くす大きな結界が張られた。
その時だった。
ガンっ!!!!!!!!!!!!!!!
「「「「わっ!!!!!!!」」」」
城全体に響き渡った轟音。
その音に、魁蓮以外の全員が耳を塞ぐ。
城に張った結界に、何かが激しくぶつかってきた。
轟音と共に、司雀の張った結界がグラグラと振動している。
すると、何やら司雀が、驚いたような表情で魁蓮へと視線を向けた。
「魁蓮!今の衝撃で、結界にヒビがっ!」
「っ……!」
(……ヒビが入っただと……?)
司雀の言葉に、魁蓮は目を見開いた。
司雀が今張った結界は、そこまで強度のものではない。
とはいえ、彼の結界術は強力かつ完璧だ。
少し力を弱めて作った結界でも、大きな攻撃でなければ破れないほどには硬度なもの。
そんな結界が、今のたった一撃でヒビが入るなど……今までならばありえない事が起きている。
もちろん、それがどれほど異常なことなのかは、魁蓮も十分分かっている事だった。
そして、魁蓮は思い出す。
龍牙が言った言葉を。
【異型、妖魔がっ…………来るっ……!!!!】
あの言葉が本当だとしたら、誰が黄泉に来たかは一目瞭然。
そして龍牙の怪我を見る限り、その人物が今まで見てきた奴らとは違うことも分かる。
「チッ…………」
魁蓮は小さく舌打ちをすると、赤い瞳をガッと光らせた。
そして、食堂の中から上を見上げる。
結界にヒビを入れた人物を探すように、四方八方に視線を巡らせていると、何やら真っ黒な炎のようなものを見つけた。
結界の周りを飛んでいたそれは、ゆっくりと城の上で立ち止まる。
そこに、いる。
「司雀、結界を城下町まで広げろ」
「えっ?な、何か居るのですか?」
「あぁ……面倒なのが、一体。小僧を頼むぞ」
すると魁蓮は、フッと姿を消した。
司雀は言われた通り、城下町まで結界を広げる。
(魁蓮っ……)
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
食堂から出た魁蓮は、瞬間移動で結界の外へと出てきていた。
寝静まる黄泉の世界、その中に紛れ込んできた異質な空気と気配。
結界の外へ出た瞬間、それは更に強く感じる。
「おや……噂通り、驚く程に美形なのですね」
「……………………」
その時、背後から聞こえた女の声。
魁蓮は横目で振り返ると、司雀が張った結界の上に、1人の女妖魔がいた。
見た目は人間そのものと言えるほど人間に近いのだが、何故か女の体はツギハギだらけ。
少し痛々しい見た目をした、異型妖魔だった。
そして気になるのが、女の頬にあるもの。
(……何だ?)
女の頬には、何やら黒い蝶の模様と数字があった。
数字は、「伍」を表している。
何かの順番なのだろうか。
魁蓮は赤い瞳の光を消すと、ゆっくりと体ごと振り返る。
「城の結界を破ろうとしたのは、貴様か。
何者だ、名乗れ」
魁蓮が尋ねると、女は礼儀正しく一礼した。
「初めまして、鬼の王。お噂はかねがね。
私は、主様の命を受けて参りました。名はありませんので、適当に数字の「伍」とでも呼んでください。以後お見知り置きを」
「………………」
余裕が含まれた、礼儀正しい態度。
異型妖魔にしては、かなり知能がしっかりしているようだ。
魁蓮が女妖魔の様子を伺っていると、女妖魔はコホンとひとつ咳払いをして、顔を上げる。
そして、口を開いた。
「鬼の王、早速で申し訳ないのですが……私はある方に会いに来たのです。
七瀬日向、という方はいらっしゃいますか?」
「……………………あ?」
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