愛恋の呪縛

サラ

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第144話

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 夜 食堂



「ああああああ……………………」

「日向、大丈夫?」



 食堂の大机では、日向と忌蛇が隣同士で座っていた。
 日向の大きなため息に、仮面の汚れを拭いていた忌蛇は、心配になって声をかける。



「もうさぁ、気になることとか訳分からないこととか起きすぎて、頭がほんっとに爆発しそう」

「悩み事……とか?」

「いやぁ、まぁ、近い感じかなぁ……」



 日向はそう言いながら、台所に立って夕餉の支度をしている司雀の背中を見つめた。
 あの後、地下から戻ってきた司雀は、まるで地下での出来事が嘘だったかのように、いつも通りの態度だった。
 普段の優しい笑顔を浮かべ、普通に戻ってきた。
 あれは、無かったことになったのだろうか。
 その司雀の態度のせいで、日向は未だに、黒神の剣のことを聞けずにいた。
 気になっていることには、変わりないのだが。

 それだけではない。
 日向が気にしているのは、龍牙と虎珀のこともそうだ。
 あの2人もイザコザが起きて、何やら不穏な空気を感じる。
 現に2人は、顔を合わせづらいのか、揃って食堂に来ていない。
 呼びに行くにも、事情を軽く知ってしまった日向は、なんて声をかけていいか分からなかった。



「はぁ……もう、どうしよぉ……」



 気になることが同時に押し寄せてきて、頭の処理が全く追いついていない。
 気にする事はない、と言われても、日向はここへ来て1ヶ月以上。
 やはり、友人というか家族というか、ただの妖魔という関係性とは言えなくて、どうしても気にしてしまうのだ。



「いやっ、駄目だこれはっ……!」



 日向は、パンっと両頬を叩く。
 今は何を考えても、何かを気にしていても、答えは出ないままなのだから。
 とにかく、一瞬でも息抜き出来ないものかと、日向はキョロキョロと辺りを見渡して、話のネタを探す。
 その時、日向は忌蛇が持っている仮面に目が止まった。



「……大事にしてるね、その仮面」



 日向の言葉に、ずっと仮面に視線を向けていた忌蛇が顔を上げた。
 そして、優しい眼差しで再び仮面を見つめる。



「まだ、雪が幼い頃にくれた、初めての贈り物だから。前の異型妖魔との戦闘で割れて、目元しか隠せなくなっちゃったけど、今でも変わらず宝物だよ」



 忌蛇は、頬をほんのり染めて微笑む。
 こんなにも1人の人を愛することが出来るなんて、本当に凄いことだ。
 人間と妖魔という、決して対等に生きることが出来ない境界線があるのに、2人はその境界線を超えて愛し合った。
 雪が亡くなって1000年以上経った今も、忌蛇は雪を想い、溢れんばかりの愛を言葉にしている。
 きっと、亡くなった雪も嬉しいだろう。
 日向は雪を想う忌蛇の姿に、笑みを零した。



「いいなぁ、僕もそんな恋してみてぇ。1人の人をずっと愛して、そんで愛されてみたい!」

「ふふっ。日向だったら、きっと素敵な人に出会えるよ。君は優しい人だもん」

「おっ!嬉しいこと言ってくれるじゃん!まあでも、こういう子が好き!とか考えたこと無かったからなぁ。どんな人を好きになるのかは、僕も気になる」

「もう既に出会ってたりして。運命の人に」

「あっはは!そいつはいいね!
 もし既に出会っている人なら、探すしかねえな!」



 そんな話をしていると、ふと食堂の扉が大きな音をたてて開いた。
 日向と忌蛇が同時に視線を向けると……



「あ、魁蓮」



 食堂に入ってきたのは、用事を終えて帰宅してきた魁蓮だった。
 魁蓮の気配を感じた司雀は、夕餉の支度の手を止めて、魁蓮の元へと歩いてくる。



「おかえりなさい、魁蓮。
 すみません、まだ夕餉の支度の最中でしてっ……」

「………………」

「……魁蓮?」



 司雀は、首を傾げた。
 その理由は、何やら魁蓮が妙に大人しい。
 一言も発することなく、大机の前に立って固まっている。
 この態度の違和感には、日向と忌蛇も気づいたようで、どうしたのだろうかと顔を見合わせる。
 司雀が魁蓮の様子を伺っていると、魁蓮は深いため息を吐いた。
 そして……。





 ドカッ。





 重たい何かを、大机の真ん中に置く。



「……えっ」



 魁蓮が大きな音をたてて置いたのは、黒色のなみなみ模様がついた黄緑色の球体。
 よく見る普通のものとはあまり変わらない見た目だが、その大きさは似ても似つかず、圧巻のもの。
 誰もが目を引かれる、100年に一度の珍しい食べ物。

 日向が城下町で見た幻のスイカが、そこにあった。



「おや、幻のスイカではありませんか」



 大机に置かれたスイカに、司雀は目を見開いて驚く。
 意外なものが出てきて、ずっと仮面を拭いていた忌蛇も、思わず手を止めて口を開けながら固まっていた。
 司雀はキョロキョロとスイカを見つめると、両腕でスイカを抱え上げる。



「わっ、重い……。
 魁蓮、一体どうしたんです?これ。今までは興味すら持っていなかったというのに」



 司雀はスイカの重さを感じながら、ずっと黙っている魁蓮に尋ねる。
 一体、魁蓮が何を思って買ってきたのか、理解ができない。

 ただ1人、日向を除いて……。



 (このスイカ……)



 日向は、今日のことを思い出す。
 城下町で見つけた幻のスイカは、100年に1度しか売られない希少な食べ物だ。
 妖魔のように長生きできない日向は、当然興味を持ち、どんな味がするのだろうと気になっていた。
 だが、あまりにも高額だったため、落ち込みながらも渋々諦めたものだった。
 きっと、もう味わえないものだろうと思っていた。



 (まさか……さっきの話を、覚えてて……)



 日向は、ゆっくりと顔を上げて魁蓮を見つめた。
 その時、たまたま同じように魁蓮も日向を見てきたため、2人はバチッと目が合ってしまう。
 その瞬間、日向はドクンッと心臓が高なった。
 綺麗な赤い瞳に見つめられ、息が詰まりそうな程、急に緊張が走ってしまう。
 しかし、そんな日向を他所に、魁蓮は日向から視線を外して口を開いた。



「ただの、気まぐれだ。別に構わんだろう」

「えっ、貴方がそんなことを言うなんて。随分と珍しいこともあるのですね」

「……ったく、一言多いぞ司雀」



 魁蓮はそう言うと、日向達に背を向けて食堂を出ていこうとする。
 そんな魁蓮の言動に、日向は苦笑していた。

 当然だ、このスイカは日向のことを考えて買ってきたわけが無い。
 たまたま日向と見に行って、目に止まったから、本人の言う通り気まぐれで買ってきたものだろう。
 自分の話を聞いたからなどと、浮かれたような考えをしてしまったことに、日向は内心恥ずかしくなってくる。
 自惚れも大概にしなければいけない。



「あとは……」

「…………?」



 ふと、魁蓮が声を漏らした。
 日向が顔を上げると、魁蓮は扉の前で立ち止まっている。
 そして、横目で振り返ってきた。



「我慢は……あまり、良くない。叶えられる範疇の望みであれば……まあ、何だ。
 たまには我儘を聞いてやるのも……悪くは、ない」

「っ……………………」

「そういう理由だ……」



 その言葉で、日向は確信した。
 ちゃんと、魁蓮は覚えてくれていたのだ。
 興味はない、なんてことを口にしながらも、しっかりと日向の言葉は聞いていて。
 そして、我慢はしなくていいからと、こうして日向の何気ないちょっとした願いを叶えてくれた。

 彼にとって100年は、人間と違って短いものかもしれない。
 幻でも、これからも何度も目にするものかもしれない。
 それでも、魁蓮は日向のことを考えて、こうして行動してくれた。
 不器用に、遠回しで伝えてくれた魁蓮に、日向は胸が熱くなる。



「司雀。それは食後に食べる。冷やしておけ」

「ふふっ、分かりました」



 魁蓮はそう言うと、食堂を出ていこうとする。
 しかし、日向は魁蓮が出ていく前に立ち上がり、そして駆け出した。
 ただ一直線に、叶えてくれたという嬉しさを抱えて……。

 扉を開けようとしていた魁蓮に、日向は後ろから抱きついた。



「っ……!」



 突如来た背後からの衝撃に、魁蓮は扉へと伸ばした手が止まる。
 自分の腹には、細く白い腕が回ってきている。
 この状況からして、何が起こったかは一目瞭然。



「ありがとうっ、魁蓮!」

「っ…………」



 背中から感じる、陽気な声。
 魁蓮は横目で視線を落とすと、魁蓮の背中に顔を埋めながら、ギュッと溢れんばかりの嬉しさを込めて抱きつく日向がいた。
 日向は笑顔を浮かべ、喜びを伝える。
 そんな日向の姿に、司雀は満面の笑みを浮かべ、忌蛇は大胆すぎる日向の行動に、顔を赤くしていた。



「おやおや日向様ったら。ふふっ」

「ひ、日向……だ、大胆に行ったね……」



 しかし、そんな2人の声は、日向に届いていなかった。
 今の日向は、ただただ嬉しかった。
 買ってくれたという喜びもある。
 でも1番は、彼が日向の話をちゃんと聞いて、そして覚えてくれていたこと。
 その上で、願いを叶えてくれたことだった。



「すっげぇ嬉しい!絶対食べられないんだろうなって、諦めてたからっ……ほんとっ、最高だよお前ー!!どうしよ!ほんとに嬉しい!!」

「………………」

「ありがとな!魁蓮!!
 絶対、一緒に食べよーな!!!」



 日向は、満面の笑みを魁蓮に向けた。
 はにかむ明るい笑顔、喜びが抑えられないとでも言うような、その雰囲気。
 全力で嬉しさを表している日向の姿に、魁蓮は言葉を失った。
 こんなふうに喜んでいるのは、初めて見たからだ。
 感情がハッキリとしている人間だからこそできる、相手へ向ける伝え方。
 どうにも、今の日向が、魁蓮には眩しく見えた。



「………………あっ!」



 その時、日向はようやく魁蓮に抱きついていたことを思い出し、バッと慌てて離れる。
 嬉しかったとはいえ、思わずしてしまった大胆な行動に、日向は自分自身が驚いている。
 そして、恥ずかしさで顔を真っ赤に染め上げた。



「いや、あっ、あの、そのっ……わ、悪ぃ…………」

「……………………」



 日向は恥ずかしすぎて、目を伏せた。
 なんてことをしてしまったのだろうか、子どもすぎる自分の行動に、心底呆れてしまう。
 日向は弁解なんて出来ない状況に、冷静になろうと心を落ち着かせるのに必死だった。
 魁蓮の顔が見れない、いきなり抱きつかれてどう思ったのだろうか。
 なんてことが気になってしまい、ろくに顔を上げることが出来なかった。

 しかし……



「っ…………」



 ふと、ポンっと日向の頭に何かが乗せられた。
 日向がそれを確認しようと顔を上げると、日向の頭には魁蓮の手が乗せられていた。
 日向がその事に驚いていると、魁蓮は視線を外したまま、少し雑に日向の頭を撫でる。
 対して逆の手で、魁蓮は自分の首の後ろを触っていた。
 そして、日向に乗せていた手をゆっくりと離すと、魁蓮は何も言わずに食堂を出ていった。



 (い、い……今の、何っ!!!!!!!!!!!)



 突然頭を撫でられた日向は、硬直状態。
 熱が溜まりに溜まった顔は、どこにも吐き出すことが出来ず、更に日向の心臓の鼓動を早めていた。

 そんな中、2人の様子を見ていた司雀は、両手を口元に持ってきて、心の中でキャッキャと喜んでいる。



 (おやおや、何だか面白いことになってきましたね)



 魁蓮を長年見てきた司雀は知っている。
 魁蓮が自分の首の後ろを触るのは……

 をしている時の、癖だということを。
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