愛恋の呪縛

サラ

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第139話

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「虎珀、いるかな」



 食堂から離れた日向は、虎珀の自室へ向かっていた。
 その間、日向の心はずっと落ち着かない。
 不安だらけだからだ。
 
 日向は、ずっと気になっていたことがあった。
 それは、龍牙と虎珀の2人のこと。





【......虎ってさ、俺のことどう思ってんのかな】

【えっ?】

【いつも心配とかしてくれてるけど、実際はそんなこと思ってないんじゃないかなって......】

【なんで急にそんなことを?】

【いや、何か......何となく......】

【虎珀が何か言ったの?】

【........................】





 数日前の、龍牙との会話。
 あれがどうしても気になってしまい、ずっと頭の中にあったのだ。
 普段なら、いつもの喧嘩だと思って気にすることもないのだが、龍牙にしては珍しい反応をしていたため、放っておけなかった。
 そしてあの反応をする原因が、虎珀だということも引っかかる。
 あれはまるで、態度のようで。



 (ずっと龍牙を見守ってる虎珀が、龍牙を困らせたり、傷つけたりするようなことは、しないと思うんだけど……)



 仲の良さは、正直どのくらいかは分からない。
 いがみ合うことも多い2人だから、あれを喧嘩するほど仲がいいと片付けていいものかも難しい。
 でも、城で生活してきて分かったのは……

 虎珀は、龍牙のことを大切に考えている。
 これだけは、十分すぎるくらいに伝わる。
 龍牙がどう受けとっているのかは別として、虎珀は龍牙が本気で嫌がるようなことはしないだろう。
 その考えがあるからこそ、あの龍牙の言葉の数々が気になるのだ。



「とにかく、虎珀に大丈夫かどうかを確認してっ」

「何の用だよ」

「っ……!」



 角を曲がれば、虎珀の部屋がある場所まで来た途端、その角の先から龍牙の声がした。
 日向はそっと歩みを進めていた足を止め、息を殺しながら、ピタッと壁に背中をつける。
 気配を消し、角の先に全てを集中させた。



「龍牙、話がしたい……2人で」



 続いて聞こえたのは、虎珀の声。
 その声はいつもの覇気のある声では無い、どこか弱々しく聞こえる、虎珀にしては珍しいか細い声だ。
 日向はそれが気になってしまい、2人にバレない程度で顔を覗かせた。
 すると見えたのは、龍牙の部屋の前で立ち尽くす2人。
 離れていても分かる、不穏な空気だ。



 (やっぱり、何かあったんだ……)



 日向が様子を伺うと、少し間を開けてから、龍牙の声が聞こえてくる。



「……俺はお前と話すことなんて、無い」

「頼む、聞いてくれ。大事なことなんだ」

「どうせ、また俺じゃない誰かだと思って話してくるんだろ。分かってんだよ」

「違う、そんなことしない。約束する。
 それに、お前に話さなければいけないことがあるんだ。それを聞いて欲しいんだよ」



 (俺じゃない、誰か……?)



 あの2人は、一体何を言っているのだろう。
 会話の内容がちゃんと理解できず、日向の頭の中は疑問だらけだ。
 しかし、2人はどんどん話を進めていく。



「どんな内容だったとしても、俺は虎と話したくない」

「龍牙っ……」

「たとえ本当に俺として話してくれたとしても……お前はまた、俺を別の誰かと重ねるだろ。
 うんざりなんだよ、知らねぇ奴に重ねられんの」



 少し震えている龍牙の声。
 それは悲しんでいるというよりは、溜め込んでいる思いを、懸命に押し殺しているような声。
 ただ冷静になろうと、心の中で言い聞かせているように聞こえた。
 基本、虎珀には何でも言う龍牙が、わざわざ目の前で言葉を押し殺すなど前代未聞。
 ただの喧嘩、なわけがない。




「……悪かった。お前を不快にさせるつもりは無かったんだ。でもっ」

「じゃあ、ほっといて」

「っ……!」

「俺を不快にさせたくないなら、ほっといてくれ」

「龍牙っ……」

「今、日向が城に帰ってきてさ、無事だって分かって安心しきってるところなんだよ。また気分落ち込ませようとすんな。じゃあな」

「っ!待てっ、龍牙!」



 龍牙が自室の扉に手を伸ばした途端、それを許さないかのように、虎珀がパシッとその手を掴んだ。
 思わずしてしまった行動だったのか、虎珀は龍牙の手を掴んだ瞬間、少し驚いた顔をしていた。
 対して龍牙は、目を伏せたまま。
 眉間に皺を寄せて、歯を食いしばっていた。



「……離せよ」

「……できない」

「離せ……」

「嫌だ。お前と話せるまで諦めない」

「……………………」



 じんわりと、力が強くなる虎珀。
 その度に、龍牙の瞳は曇っていく。
 普段の龍牙なら、しつこくされたら手を振り払うと思うのだが、今回はそれをしてこない。
 しかし、それはむしろチャンスだった。
 この手を離してしまえば、今度こそ龍牙に逃げられる。
 だから、虎珀はこの機会を逃すまいと、第1に伝えたいことを言葉にした。



「龍牙、これだけは聞いてくれ。俺はお前のことをっ」

「俺、わっかんねぇよ……」

「っ……?」



 虎珀が話し出した瞬間、それを見計らうかのように、龍牙が先程より震えた声を出して遮る。
 あまりにも弱々しく遮ってくるため、虎珀も気になって言葉を続けることが出来なかった。
 どうしたのかと、虎珀が龍牙の顔を伺うと……。



「龍、牙っ…………?」



 虎珀の瞳に映る龍牙は、涙を流していた。
 歯を食いしばり、眉間に皺を寄せながら。
 ただ自分の手を掴む虎珀の手を見つめ、嗚咽を聞かせないように、全身に力を入れて。

 涙で歪む視界の中、龍牙は溢れんばかりのに苦しんでいた。
 苦しくて仕方ないのに、虎珀の手は温かくて。
 ただ、どうしようもなく、今だけは自分の顔を見られたくなかった。



「龍牙、どうした……?」



 当然、見慣れない龍牙の泣き方に、虎珀は困惑している。
 流石に、しつこすぎたのだろうか。
 いつもは大声を上げて泣くことが多いのに、なぜ今は隠そうとするのか。
 しかし、龍牙の涙は止まることなく、遂には虎珀の手へとこぼれ落ちる。
 なぜ、自分は今泣いているのか、龍牙にも分からない。



「り、龍牙っ!わ、悪かった。流石にウザかったな」



 虎珀は慌てて、自分の手をパッと離す。
 離された瞬間、龍牙はグッと更に苦しくなった。



「そ、そのっ……俺は、お前に話を聞いて欲しかっただけなんだ」



 隣にいるのに、虎珀の声が遠く聞こえる。



「でも、流石にしつこい、よな……」



 気遣うような声、きっと心配してくれている。
 嬉しいはずなのに。



「だが、どうしてもこれだけは聞いて欲しいんだ」



 その優しさが、その温もりが……。
 ただ、ただ、本当にどうしようもなく…………。



「もし、嫌なら、無理にとは言わないからっ」

「……だ」

「……?」



 限界が、来てしまった。



「……嫌だっ……」

「…………えっ…………」



 耳を澄まさないと聞こえないほど、小さい声。
 でも、龍牙はその声量が精一杯だった。
 言おうか迷っていたが、もうこの際どうでも良くなった。
 ただ、今のこの状況を打破したかった。
 この……苦しいだけの現状を。



「龍牙っ……?」

「魁蓮も、日向も、司雀も、忌蛇も、みんな大好き。でもっ………………。
 俺は、お前だけは好きじゃないっ………………」

「っ!」

「もうほっといてよっ……どっか行って…………」



 そう言うと龍牙は、止められてしまった手を動かして扉を開けると、虎珀に振り返ることなく部屋へと入ってしまった。
 ピシャンッと強く閉じられた扉。
 虎珀は龍牙に言われた言葉が、ぐるぐると頭の中を埋めつくしていた。



「……ど、ういう……龍っ……………………」



 でも、もう龍牙に声をかける気力すら無くて、動くことも出来なかった。
 ドンッと、重たいものを高いところから落とされたような、強い衝撃。
 その衝撃が、積み重なって襲ってくる。
 そして、虎珀の心を抉った。







「虎珀っ……」



 一連の流れを見ていた日向は、虎珀に声をかけることすら出来ず、気づかれないように後退りした。
 本当は、寄り添ってあげるべきなのだろうが、今の自分に何ができるのだろう。
 2人だけにしか分からない問題を、部外者の日向がどうやって。

 まだ出会って1ヶ月程度なのだ。
 知らないことの方が多い。





【俺、わっかんねぇよ……】





 龍牙のあの言葉。
 あれは、どういう意味だったのだろうか……。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「っ……うっ……」



 自室に入った後、龍牙は寝台に潜り込んでいた。
 どうしてか、先程より涙が溢れてしまい、止まることの無い涙は寝心地のいい枕を濡らしている。
 今はただ、この涙の止め方だけが知りたかった。



「お前なんかっ……好きじゃないっ………………」



 涙とともに、溢れてくる言葉。
 自分に言い聞かせるように呟きながら、胸の苦しみをどうにかしたくて、ギュッと体を丸めていく。
 この苦しさは、どうしようも無い虚しさは、一体なんなんだ。
 他の皆は大好きなのに、なぜ虎珀だけ。
 そして何より……

 どうして、って言えないのだろう。



「っ…………虎っ…………」



 もう、聞こえることの無い声で、扉の向こうにいる者の名を呼ぶ。
 返事が返ってくることなんて、無いのに。
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