愛恋の呪縛

サラ

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第140話

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 虎珀に声をかけることが出来なかった日向は、いつもの庭へと来ていた。
 行き場もなく、ただ落ち着ける場所が欲しくて。
 柔らかい暖かな風を感じながら、呆然と城下町を見下ろす。



「……大丈夫、かな……」



 やはり、あの2人は何かあった。
 いつからなのかは分からないものの、あの様子では、しばらくあの空気を引きずりそうだ。
 手を差し伸べるべきなのかも分からず、日向は深いため息を吐く。
 盗み見していたとはいえ、仲が少し拗れていることを知ってしまった。
 この場合、どうすればよいものか。



「瀧と凪がいてくれたらなぁ……」



 何か困ったことがあれば、日向は2人を思い出す。
 どんなに大変なことが起きても、どうしても解決しない悩み事があったとしても、あの2人がいれば全て明るい方へと向かった。
 仙人としてだけでなく、多くの場面で救世主となってくれた瀧と凪。
 黄泉に来てからというもの、あの2人の有り難さを痛感させられる。
 頼れる2人は、この場合どうするのだろう。
 2人なら……と考えるも、やはり日向だけの力ではどうすることもできない。

 何より、人間と妖魔では、感じ方も違うだろう。



「もう……どうしちゃったんだよ、2人とも……」

「ピィッ!」

「このままじゃ、ずっとあのままな気がする」

「ピィ?」

「でも、僕が首を突っ込んでややこしくなったら……」

「ピィ~!」

「いやでも、本当に2人だけに任せてもっ」

「ピィィィィィ!!!!!!!」

「……………ん?」



 ずっと、鳥の鳴き声がしていた。
 聞こえるのは聞こえる、が気にしていなかった。
 だって、鳥の声なんて聞こえてきても変では無い。
 カラスだって、夕方に鳴いているだろう?
 それと同じ、だからいちいち反応なんてしなくていい、日常的なことなんだ。

 そう、こんなにも執着的でなければ……。



「……………………えっ」



 よく考えれば、妙に近くから聞こえている。
 言うなれば、真隣。
 真隣?鳥の鳴き声が?しかも連続で?
 これは、ちゃんと正常な出来事なのか?
 夢ではない、では何が聞こえている?
 何がそんなに、間近で聞こえてくるのだ?

 聞こえてはいけないものではないだろうか。
 そう考えた途端、日向の背筋がゾッとした。
 あまりにも不気味すぎて、日向は警戒しながら、ゆっくりと隣へと視線を泳がせた。
 そして映ったのは……



「ピィッ!」



 普通の鳥より少し大きい、黒い鷲。
 あの鬼の王と似たような特徴をしている、唯一無二の鳥。



「や、楊!?」



 バサッと翼を広げ鳴くのは、楊だった。
 幽霊や化け物ではないと分かり、日向はドッと力が抜けていく。



「もう楊ー!びっくりしただろー!?」

「ピィ?」



 ただ日向が気が付かなかったのが悪いのだが、楊にそんな気持ちが伝わるはずもなく、楊は理解出来ずにコテンっと首を傾げている。
 日向は自分を落ち着かせると、キョロキョロと辺りを見渡した。



「え、あれ?魁蓮アイツは?一緒じゃないの?」



 楊がいるということは、魁蓮もいる。
 というのが基本なのだが、どれだけ探しても、魁蓮の姿がない。
 ではなぜ、楊はここにいるのか。
 日向が不思議そうに楊を見下ろすと、



「ピィィ!」

「えっ?」



 突然、楊は日向の袖を引っ張り出した。
 破れないように、でも必死に。
 魁蓮の鷲ということもあってか、楊はそれなりに力が強い。
 本気で引っ張られれば、日向が引きずられるほど。
 当然、今引っ張られているのもかなり力があるため、日向は軽くよろけてしまう。



「えっ、なになになに!?」



 日向は体勢を整えようと、その場に立ちあがる。
 直後、それを待っていたかのように、楊はパッと日向から離れた。



「……え?」



 立ち上がるのは、違うのか?
 それとも、立ち上がらせたかったのか?
 楊の考えていることは分からないが、突然離れた楊を、日向は何なんだ?というふうに見つめた。
 すると突然、楊は翼をバサバサと動かして飛んだ。



「ピィッ!」



 そして、ピューっとどこかへ行ってしまう。
 しかし、楊の視線は日向の方へと向けられていた。
 それはまるで、「ついてきて」と言っているよう。



「えっ?」



 楊は、日向に用があったのか?
 ここに魁蓮はいない、恐らく楊の独断で日向の元へ来ているのだろう。
 では、楊がどこかへ飛んでいくのも、日向が関連していること?

 いや違う。
 楊が単独で行動するのは、ほぼ有り得ないと考えていい。
 もし動くとすれば、魁蓮の指示。
 つまり、楊がここにいるのは、魁蓮に何かあったのか?
 だから、日向を呼びに来た…………?



「えっ……あ、楊!ま、待って!」



 そう考えた途端、見過ごせなくなった。
 日向は訳が分からないまま、楊を追いかける。





 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 楊を追いかけてたどり着いたのは、書物庫。
 誰もいない書物庫は、暗い夜のように静かだ。



「ね、ねぇ楊?魁蓮に何か指示されたんじゃねぇの?」



 書物庫へと連れてこられた日向は、困惑している。
 だって、楊は魁蓮の指示で日向の元に来たと思ったのだから。
 だというのに、魁蓮の姿は無い。



「や、楊~?」



 日向が何度も呼ぶものの、楊は黙って飛んでいる。
 一体、彼は何を考えているのだろう。
 魁蓮は、関係ないのだろうか。



「……てか、楊。どこ行ってるの?」



 ふと、日向はあることを疑問に思う。
 そもそも、なぜ誰もいない書物庫に?
 楊も日向も、ここはあまり利用しない場所だ。
 なのに、なぜ楊は。

 そんなことを考えているなど知らず、楊は大きな体をものともしないような動きで、本がたくさん積み上げられた書物庫の中を進んでいく。
 日向は窓から差し込む光を頼りに、楊を見失わないよう必死に追いかける。
 本や巻物ぐらいしか置いていないというのに、書物庫の中は無駄に広く、進んでも進んでも景色が変わらない。

 なぜ楊は、この中へと入ったのだろうか。



「ちょっ、楊!待ってくれ!」



 奥に進めば進むほど、古いものなのか。
 だんだん埃っぽくなってきて、鼻がムズムズする。
 そして、頼りにしていた光も薄くなってきた。
 肉眼で楊を追いかけるのが、やっとな程に。
 そもそも、魁蓮はここにある書物を全て読んだのだろうか。
 難しいことはよく分からない日向からすれば、こんなに要らないのでは?と思ってしまう。
 大事なものだとしても、もう少し整理出来るだろう。
 
 なんて愚痴みたいなことを考えていると、突然楊が地面に降り立った。



「ピィ!」

「えっ?」



 日向がやっとの思いで楊の元に行くと、楊は地面を見つめていた。
 日向も導かれるように、地面に視線を落とすと……



「……花?」



 積み重なる書物の山に紛れて、地面に蓮の花の絵が描かれていた。
 決して大きくない絵は、地面をしっかり見なければ見つけられないほどの大きさ。
 そっと触れると、描かれているというよりは、刻印か何かで焼き付けたような跡だ。



「なんだろう、これ」



 日向がポカンとしていると、隣にいた楊が、先程と同じように日向を引っ張る。
 今、触れたばかりの手を甘噛みして、そして蓮の絵へと近づけた。



「えっ、どうした?」

「ピィー!」



 楊は日向の手を甘噛みしながら鳴く。
 楊は、何かを訴えている。
 日向は必死に頭を動かした。
 
 蓮の花の絵、日向を呼んだ、日向の手…………。



「あっ……」



 日向はある考えが浮かんで、ハッと顔を上げる。
 すると楊は、日向のその反応を見て、パッと甘噛みしていた日向の手から離れた。

 手が解放された途端、日向はその掴まれていた手にを込めていく。
 周りに影響が及ばないよう、微弱な力で。
 そして、再び蓮の絵に触れた。
 直後……………………………





「うわっ…………!」





 力が込められた手で触れた途端、その蓮の絵を中心に、線がゆっくりと現れた。
 日向の力に導かれるように現れた線は、だんだんとその存在を見せ始め……
 線は、扉を描いた。



「こんな所に、扉があったなんて……」



 隠し扉なのだろうか。
 床に綺麗な扉が現れると、扉は静かに開かれた。
 その不思議な現象に、日向は息を飲む。
 ゆっくりと開かれる扉、日向はそれを待っていると、



「……えっ?」



 開いた扉の向こうには、階段があった。
 終わりの見えない暗い階段は、下に続いている。
 どうやら、のようだ。



「何これ……」

「ピィ!」



 暗すぎる、なんなんだこの階段は。
 あまりにも終わりが見えない階段に、日向は恐怖心が煽られる。
 が、そんな日向を他所に、待ってました!というように、楊は元気よくその階段を飛んで下った。
 挑戦心が強いのか、暗いところが好きなのか。
 とにかく、楊の行動に日向は驚愕している。



「えっ、嘘でしょ!?さすがに魁蓮呼んだ方がいいんじゃねえの!?僕、怒られんの嫌なんだけど!!」

「ピィ~」



 扉も開けた、楊は行ってしまった。
 当然、今の日向に逃げるという選択肢などなく、ひとりでに進んでいく楊に、日向は慌ててついて行った。
 緊張しながら、楊から離れないようにと早足で……。
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