愛恋の呪縛

サラ

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第128話

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 その後。
 日向は自分を守ったせいで怪我をした龍牙の治療を行っていた。
 傍には虎珀と忌蛇もいて、虎珀は少し不安そうな表情を浮かべながら、龍牙の様子を伺っていた。
 龍牙本人は、至って何ともないような態度をしているが、龍牙の怪我は見た限りでは軽いものでは無い。
 放置すれば、悪化するほどのものだ。
 緊張が走る中、日向は慎重に力を使う。



「......よし、これで大丈夫」



 日向がしばらく力を使い続けた結果、龍牙の怪我は跡形もなく消え、元通りになっていた。
 龍牙はキョロキョロと自分の体を確認して、怪我が無くなったことに感動していた。



「やっぱ日向の力って凄いな!綺麗に怪我無くなった!」

「元はと言えば、僕のせいだし。ごめん、龍牙」

「謝んなよ日向!俺は、日向が無事で良かった!」



 本当に大丈夫だよ、と言うように、龍牙は溢れんばかりの笑みを日向に向けた。
 その笑顔に、日向も張り詰めていた心が緩んでいく。

 あれから魁蓮は、日向のことを龍牙たちに任せて自室に戻ってしまった。
 そして司雀は、何事も無かったかのように、食堂へと行ってしまった。
 魁蓮は、一体巴と何の話をしたのか司雀に聞くのかと思っていたが、魁蓮は驚く程に触れることは無かった。
 気になる点は幾つかあるのに、わざと触れないようにしているのは、司雀を気遣ってからなのか。



 (巴って妖魔、初めて会ったけど怖かったな......)



 少しでも気が緩んでしまえば、先程までの出来事を思い出してしまう。

 本来、日向は人間だから、妖魔からすれば殺す対象なのだ。
 この黄泉に来てから、それが麻痺してしまって忘れていたが、人間がここにいるのはおかしいことだ。
 むしろ、日向を一瞬でも殺そうとしていた巴の行動の方が正解なのだろう。
 異常なのは、こちら側なのだから。





【どうして魁蓮の近くにいるのよっ……アンタのせいでっ、アンタがいたせいでっ…………
 彼はっ、苦しんだっていうのに!!!!!!!】

【今更戻ってくるなんて、頭イカれているの!?アンタっ、魁蓮の気持ちを軽んじているんじゃないでしょうね!?どの面下げて、戻ってきたのよ!!!!!】

【アンタが、せいでっ……魁蓮は、生き地獄を味わったのよ!!】





 脳裏に蘇る、巴の言葉の数々。
 あれは確実に、日向に向けられた言葉だった。
 胸の内から湧き上がる怒りを含んだ、日向にぶつける言葉だったが、日向からすれば、なんの事だかさっぱり分からない。



 (僕のせいで、魁蓮が..................どういうこと)



 考えれば考えるほど、訳が分からない。
 彼女は一体、何を言っていたのだろうか。
 先程の出来事は、誰も話題に出そうとしない。
 答え合わせなんて出来るはずもなく、ただ悩み続けるしか無かった。



 (そういえば、巴さんは僕のことを......殿下って)



「だーかーら、もう大丈夫だって」

「っ......?」



 考えることに集中していた日向は、ふと聞こえてきた龍牙の声に、意識が現実へと引き戻される。
 パッと顔を上げると、何やら面倒そうな表情を浮かべた龍牙と、龍牙のことを心配している虎珀の姿が目に入った。



「お前の大丈夫は信用ならないんだ。お前はいつも隠すから、ちゃんと確かめないと」

「いや、日向が治してくれたんだから平気だって」

「しかしっ」

「あーもー、面倒くさいなぁ虎は。しつこいー」



 過保護並みの虎珀の態度。
 いつもの光景だが、やはり先程のことが引っかかって、虎珀もいつも以上に心配せずにはいられないのだろう。
 しかし、虎珀の言い分も、分からなくは無い。
 放っておけば、龍牙は我慢してでも平気な顔して済ませるはずだから。
 何度も何度も鬱陶しくしている龍牙に、虎珀は手を伸ばした。



「面倒くさいとか言うな。だいたい、昔からお前は、いつも1人で溜め込んでっ」



 その時。



 バシッ!!!!



「「「っ!!!!」」」



 龍牙に伸ばした虎珀の手は、龍牙の手によって強く弾かれてしまった。
 突然のことに、その場にいた全員が固まる。
 直後、重低音のようなため息が、龍牙の口から吐かれた。



「......しつこいっつってんだろ、クソが。ろくに心配してねぇくせに、うぜぇんだよ」

「っ!」



 低い、龍牙の声。
 その声に、手を弾かれた虎珀は、その手の行き場を失ったまま驚いて龍牙を見つめている。
 対して龍牙は、眉間に皺を寄せて、目を伏せていた。



「心配しているフリとか、いらねぇよ。ほっとけ」

「ふ、フリ......?そんなわけないだろ。俺はっ」

「俺の事なんて、眼中にねぇくせに。一丁前に心配とかしてくんな」

「な、何を言っているんだ龍牙。俺はただっ」



 少し戸惑った虎珀の声。
 しかしその声は、龍牙が勢いよく立ち上がったことにより、遮られてしまった。
 立ち上がった龍牙は、ギリっと歯を食いしばりながら、虎珀を睨みつける。





「うっぜぇんだよ!!!お前!!!」

「っ!?」





 怒声。
 大きな声を上げた途端、龍牙はその場から走り出し、勢いよく大広間から飛び出してしまった。



「ちょっ、待て!龍牙!」



 いきなり走り出してしまった龍牙を追いかけるように、虎珀は続いて大広間を飛び出す。
 何が起きた?今のは、何だったんだ?
 巴の時とは別の疑問が生じ始め、日向は唖然としてしまう。
 それは、忌蛇も同じだった。



「忌蛇......今の、どういうこと......?」

「分からない、けど......そっとしておいた方がいいのかもね」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





「龍牙!龍牙!!」



 大広間を飛び出した龍牙は、少し大きな足音をたてながら、廊下を歩いていた。
 そんな龍牙を追いかけながら、虎珀は止まるように声をかける。



「龍牙!どうしたんだ!?何をそんなに怒っている!?」

「...............」

「しつこくしたのは、悪かった。だが、お前のことが心配でっ」

「心配なんかしてねぇだろ!!!!!」

「っ......!」



 立ち止まったかと思えば、龍牙は再び怒声を上げた。
 今まで、虎珀はずっと龍牙のことを見守り続けていたが、こんなにも怒りを顕にしてくるのは初めてだ。
 尻拭いやらお守りやら、龍牙に関しては全く取りこぼしのない虎珀でも、今回ばかりは戸惑いの気持ちが隠しきれていない。



「何で急にそのようなことをっ、俺がお前を心配しているのは嘘だって言いたいのか!?」

「ああそうだよ!お前は俺の事なんて、眼中に無い!心配しているのだって、俺じゃない!」

「俺じゃない......?何を言っているんだ。お前を心配せず、誰を心配しているって言うんだ!?
 そもそも、お前は一体何が言いたくてっ」

!!!!!!!!!!」

「っ........................」



 初めてとも言えるくらい、聞きなれない呼び方。
 いつもの「虎」というあだ名では無い、ちゃんとした呼び方をされ、虎珀は言葉に詰まった。
 叫ぶように虎珀の名を呼んだ龍牙は、肩で息をして、複雑な表情を浮かべながら口を開く。



「気づいてくれよ!!お前は、初めから俺の事なんて見ちゃいない!!!お前が見てるのはっ......
 俺の知らない、別の誰かなんだよ!!!!!」

「っ......!?」

「虎!お前は1度でも、俺自身を見てくれたことあったか!?他の誰でもない、俺自身を!俺じゃなくて、俺という妖魔を!!!!」

「龍牙っ、何言ってっ」

「お前はっ!!!!!
 俺を通して、誰を見ているんだ!!!!!!」

「っ....................................」



 今までの怒声とは違う、震えの入った声。
 それは、龍牙がずっと溜め込んでいた不満だった。

 誰にも言えず、誰かと分かち合うことも叶わず、たった1人だけでしか抱えることが出来ない不快感。
 いつも心配してくれることには感謝だが、龍牙は薄々分かっていたのだ。
 虎珀が自分にこうして接してくるのは、が関係しているからなのだと。



「お前が心配してくれるのも、俺を見守ってくれんのも、全部されてきたから分かってる!伝わってる!
 でもっ、その真意が分からないんだよ!お前はいつも、俺じゃない誰かを見た上で、俺を心配している!俺に関わろうとしている!」

「........................」

「お前は、俺を誰だと思ってんだよ!他の誰かに似てるなら、誰かと重ねてんならっ......
 二度と!俺に関わってくんじゃねえ!!!俺は龍牙だ!他の誰でもない、龍牙って妖魔だ!!俺と誰かを重ねてんじゃねえ!!迷惑なんだよ!!!!!!」



 膨れ上がった不快な思いを言葉に変えて、龍牙は溜め込んでいたものを、残さず全て吐ききった。
 その言葉を受け取った虎珀は、目を見開き、そして唖然としていた。
 まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった、という感想が出てくるところだが......。
 虎珀は龍牙の言葉を聞いた途端、ある声が頭に蘇る。





【虎珀......ごめんね......】





 爪が食い込むほど、虎珀はギュッと拳を握った。
 肌の色が変わるくらいに力が入った拳は、まだ吐き出し場所のない虎珀の思いを、懸命に閉じ込めている。
 龍牙の言葉に、虎珀は何も言い返せない。
 いや、言い返す気なんて無くて、ただ受け止めることしか出来なかったのだ。

 黙ったままの虎珀に、龍牙はズキっと胸が痛む。
 やっぱり、そうだったんだ、と。



「......悪ぃ、1人にして......」

「っ!り、龍牙っ」

「お願いだから......もう、来ないで」



 先程の足取りとは違い、弱った力のまま、せめてもの踏ん張りで歩みを進める龍牙。
 虎珀に背中を向けたまま、決して振り返らずに。
 でも、虎珀はもう止めることは無かった。
 声をかければ、まだ止められる距離にいるのに、まるで大きな壁に阻まれたように、手も足も動かせず、声を出すこともできない。
 実際の距離より、龍牙が遠くに感じる。



「っ......」



 いよいよ龍牙の姿が見えなくなった途端、虎珀は力が抜けたように膝を着いた。
 そして、複雑な思いのまま、胸を抑える。
 溜め込んだ思いの吐き場が無い虎珀は、ただ、その場に捨てるように言葉を出すことしかできない。
 それはいつだって、に向けたもの。





龍禅りゅうぜん......俺は、どうすればいいっ......
 お前がいなければ、俺はっ......」





 膝を着いて嘆く虎珀。
 そんな虎珀の声を聞きながら、虎珀からは見えない壁越しに、魁蓮は静かに背を向けて立っていた。
 龍牙と虎珀の、思いのぶつかり合いを思い出しながら......。
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