愛恋の呪縛

サラ

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第129話

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 ポチャン。



 庭にある小さな池に、龍牙は八つ当たりをするように石を投げ捨てる。
 池はその八つ当たりを受け取るように、大きな水しぶきを上げて、龍牙が投げた石を飲み込んだ。
 しかし、龍牙の不快な思いは拭えず、投げ捨てた石のように、どんどん気持ちも沈んでいくばかり。
 ギュッと膝を抱え込むようにして座ると、龍牙は顔を埋めた。





【お前は、俺を誰だと思ってんだよ!他の誰かに似てるなら、誰かと重ねてんならっ......
 二度と!俺に関わってくんじゃねえ!!!俺は龍牙だ!他の誰でもない、龍牙って妖魔だ!!俺と誰かを重ねてんじゃねえ!!迷惑なんだよ!!!!!!】





「言いすぎた、かな......」



 1人になって、冷静になって、自分の発言に深く後悔した。
 やはり、熱が上がりすぎると、思いがけないことまで言ってしまうものだ。
 その場限りの感情のままに言葉をぶつけてしまっては、言いたいこともちゃんと言えない。
 解決策なんて見いだせず、ただ困らせるだけだ。
 龍牙は自分の発言を後悔しながら、止まることの無いため息を吐き続けていた。



「龍牙?」

「っ......」



 暗い気持ちに沈んでいた龍牙の耳に、明るい声が。
 導かれるように顔を上げると、首を傾げている日向が立っていた。
 日向からすれば、珍しい光景なのだろう。
 いつも元気な龍牙が、まるで子どものように縮こまっているのだから。



「こんな所で、何してんの?虎珀は?」

「あ、えっと......」



 龍牙は、日向の発言で思い出す。
 そういえば、自分は大広間を何も言わずに抜け出してきた。
 迷惑をかけたのは虎珀だけじゃない。



「いやぁ実は、ちょっと揉めちゃってさぁ」

「えっ、喧嘩しちゃったの......?」

「あははっ、大したことないって!いつものこと!ったく、虎はほんとに過保護すぎるっつーか、面倒くさいっつーか。
 お前は俺の母ちゃんか!って」

「..................」

「いや、母ちゃんはねぇな。兄ちゃん?あ、でも俺は兄貴がいるし......父ちゃん?は絶対ないな!あっはは!ならあいつはっ」

「龍牙、何があったの?」

「......えっ」



 言葉を遮られ言われたのは、今1番されたくないような質問の仕方。
 日向の指摘に、今まで保っていた笑顔も、少し引きつってしまう。
 そんな龍牙の元に日向は近づいて、有無も言わせずに隣へと腰掛けた。
 そして、優しい笑みで口を開く。



「何かいつもと違う。ただの喧嘩じゃなかったでしょ?何があったん?」

「っ......」



 鋭いのか、それとも龍牙が分かりやすい態度をしていたのか。
 どちらか分からないが、ただの喧嘩ではないということを指摘され、龍牙は言葉に詰まる。
 あれは、そもそも喧嘩というのだろうか。
 一方的に、龍牙が意見しただけな気もする。
 少し言いにくさを感じながらも、龍牙は更に縮こまって、重たい口を開いた。



「......虎ってさ、俺のことどう思ってんのかな」

「えっ?」

「いつも心配とかしてくれてるけど、実際はそんなこと思ってないんじゃないかなって......」

「なんで急にそんなことを?」

「いや、何か......何となく......」

「虎珀が何か言ったの?」

「........................」



 虎珀は何も言っていない。
 不快になるようなことは、何一つ。
 だから、結果としては龍牙の思い込みなのだが、勘違いでした。と言えるような話でもないのだ。
 この不快な思いが、今日だけの話なら、きっと勘違いで済んでいたのだろう。
 今日だけ、ならば............。



「虎は............」



 何も言っていない、と口にする前に、龍牙は言葉が喉につっかえてしまった。
 考えてみれば、この悩みを明かしたところで、どうなるのか。
 この悩みは、誰かと分かち合うことなど出来ない。
 龍牙だからこそ感じる違和感と不快感から来る、彼だけが抱える悩み。
 それを話したところで、龍牙のは、消え去ってくれるのか?



「......龍牙?」



 虎珀の名前を言いかけた龍牙に、日向は不安そうな表情で龍牙の顔を覗いてきた。
 妖魔よりかは、はるかに感情や思いがある人間の日向ならば、きっと龍牙の苦しみだって分かってくれるかもしれない。
 他の誰かでは無い、他者に寄り添うことが出来る、明るい性格の日向ならば。
 でも、こればかりは......駄目だ。



「......ははっ!な~んつって!」

「っ......」



 だから、最後はこうして誤魔化すしかないのだ。
 たとえ、大丈夫じゃなかったとしても。

 突然元気な素振りを見せる龍牙に、日向は目を見開いて驚く。



「えっ、え?」

「ごめんごめん!日向を驚かせたくて、わざと悲しんでたの!騙された?」

「えっ、は、はぁ!?何だそれ!」

「あははっ!俺が虎のことで悲しむわけねぇだろ~?日向へのドッキリー!!!」



 龍牙は全力で作り笑いを浮かべ、ニコッと口角を上げる。
 初めて、日向に嘘をついた。
 大好きな日向に、嘘をついた。
 なんという罪悪感なのだろうか、こうして優しく聞いてくれたというのに。
 恩を仇で返すようなことをしてしまい、龍牙は笑顔を浮かべながら、その裏は悲しみに飲まれていた。
 ごめん、と心の中で謝りながら。



「っと、なんか眠たくなってきたから、部屋戻って昼寝でもしようかなぁ」



 そう言いながら、龍牙はスタッとその場に立ち上がる。



「わざわざ部屋戻るの?庭の方が、温かくない?」

「いや、熟睡したいから。ふかふか布団にするっ」

「あははっ、何だそれ」

「へへっ、それじゃあな!日向!おやすみ~」

「ふふっ、おやすみ」



 このままここにいては、ボロが出る。
 そう判断した龍牙は、半ば強引に話を切り上げて、さっさと日向から離れた。
 今のように、何かを察されたりしたら、いよいよ誤魔化すことすら出来なくなる。
 この苦しみは、この悩みは、自分だけが抱えればいい。
 だから......。



 (ごめん、日向......)



 たとえ大好きな人相手でも......隠すのだ。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 龍牙が居なくなったあと、日向は1人考えていた。



「......嘘、ついてるよな」



 それは、龍牙のこと。
 明らかにいつもと違う雰囲気と、どこか無理して笑顔を浮かべて誤魔化す姿。
 彼にしては珍しいというか、分かりやすすぎる違和感に、日向はため息を吐く。
 
 ずっと自分のことを守ってくれている龍牙が、何か悩んでいる。
 同じように力になりたくて、だから遠慮がちに聞いてみたのだが、見事にはぐらかされた。
 教えてくれなかったことが、あまりにも悲しかった。



「僕には、言えないことなんかなぁ......」



 悩みの原因は、恐らく虎珀だろう。
 名前を言いかけたくらいだ。
 それを分かって尚、話してくれないことに悲しさが募る。



 (どうしたんだろう......)



「喜怒哀楽が喧しいな、お前は」

「っ......!」



 ぼーっとして考え込んでいる日向に、少し馬鹿にしたような声が聞こえてきた。
 特徴ある低い声、声の主は既に分かっている。



「......感情豊かって言ってくんない?魁蓮」



 振り向きながら、日向はその声の主に話しかける。
 日向の振り返った先には、冷静な表情を浮かべた魁蓮が、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
 一体、いつからいたのだろうか。
 日向はムスッとした表情を浮かべながら縮こまる。



「何でここにいるんだよ、部屋戻ったんじゃねぇの」

「我がどこにいようと、勝手だ」

「......そう」



 ビシッと言い返され、日向は適当に返事を返す。
 正直、魁蓮とは先程の巴の件もあって、若干の気まずさを感じていた。
 巴は、少なくとも日向と魁蓮の2人のことを何か言っていた。
 それも、とても重要な感じで。



 (魁蓮は......何か、心当たりあるのかな......)



 この場合、17年しか生きていない日向よりかは、1000年前から生きている魁蓮の方が、心当たりというものはあるはずだ。
 そもそも日向は、瀧と凪が教えてくれるまで、鬼の王なんて名前すら聞いたこともなかった。
 世間知らずなだけかもしれないが、別に深い関係を持つような間柄でもないし、やはり巴の勘違いなのだろうか。





【黙ってないで、何とか言いなさいよ!
 どうして死んだはずの花蓮国の殿下が、まして魁蓮の隣にいるのよ!!!】





 花蓮国の、殿下。
 どういう意味かは分かるものの、それは本来、存在していないものだ。
 だって、花蓮国の殿下は............。





「巴のことだが......悪く思わないでくれ」

「......えっ?」



 考え事をしていた日向に、魁蓮は小さい声でそう口にした。
 丁度、巴について考えていたので、日向はビクッと肩が跳ねてしまう。
 恐る恐る魁蓮へと視線を向けると、魁蓮はどこか、難しい表情をしていた。
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