愛恋の呪縛

サラ

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第109話

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「わお!」



 酒場の女妖魔たちに引っ張られた日向と魁蓮は、城下町にある酒場に辿り着いた。
 この酒場は、魁蓮も顔を出すくらい大人気な酒場だ。
 黄泉で出回っている酒は、ほとんどがこの酒場のもので、長年愛され続けている。

 そしてこの酒場が人気な理由は、もう1つ。



「うおお!あちこち賭け事してるー!」



 広い建物の中、酒を飲んで楽しむ妖魔たちの中では、酒を飲みながら賭博を楽しんでいる妖魔もいる。
 そう、この酒場の醍醐味と言っても過言では無い。
 ここは、ありとあらゆる賭博によって金が行き交う、大人の遊び場でもあるのだ。
 賭博そのものをあまり見たことが無い日向は、何だか悪い雰囲気が漂う酒場の中を、少し緊張しながら見渡す。
 入っただけで、自分も大人になった気分だ。



「な、何か……イケないことしてる感じっ」



 考えていたことをそのまま口に出している時点で、雰囲気は大人とはかけ離れているが、まあ酒場の空気に酔いしれてしまうのも仕方ないだろう。
 目をチカチカとさせながら見渡せば、大金が動いている状況に、緊張が更に加速する。
 上手く行けば、この中から大金持ちだって現れるのだろう。
 そう考えれば、賭博はある意味夢のようなものだ。



「僕ちゃんも、賭け事しちゃう~?」



 緊張している日向に、先程の女妖魔たちが尋ねてきた。
 初々しい反応を見せる日向は、女妖魔たちにとっては可愛くてたまらない。
 最後まで楽しめるようご案内する、とでも言うように、日向の様子を伺っていた。



「いやぁ、僕やった事ないし。お金吹っ飛んだら嫌だからなぁ……でも、気になるー!!!」



 子どもは、1度は大人というものに憧れる。
 酒も、賭博も、そういった類のものは、「大人がするもの」という印象が強いせいで、気にせずにはいられない。
 1度触れるだけでも、自分も大人になったような気がするのだろうか。



「ちなみに、どんなのがあるの?」



 日向が尋ねると、1人の女妖魔が、何やら1枚の紙を持ってきて差し出した。
 紙には、この酒場で行われている賭博の種類が、ズラっと書かれていた。



「ここにある賭博の種類は、結構豊富よ!古くから伝わるものに、最新のものまで!
 特にここでは、が定番よ~。1番人気!」

「花札かぁ」



 花札は、日向がまだ現世にいた頃、瀧と凪が遊んでいるのを見たことがある。 
 あの時は、単純に遊びのためだったのだが、元々花札は賭博として扱われていたものだ。
 賭け事をする上では、しっかり条件は満たしているものだろう。
 何となくだが、日向も花札ならばやり方は知っている。

 だが、せっかくこのような場所に来たのだ。
 できれば、聞いた事のないものに触れてみたい。
 渡された紙をまじまじと見つめ、目をひかれるものを探す。



「……ん?」



 ふと、日向はある文字に目が止まった。



「……やん、ゆみ?」



 日向がポツリと呟くと、隣にいた女妖魔が口を開く。



「ああ、もしかして楊弓ようきゅうのこと?」

「ようきゅう?」

「簡単に言えば、的当てみたいなものよ?よく見る弓矢より小さいものを使って、座ったまま的を射るの。でも最近では、普通の大きさの弓矢も使ってるわ」

「へぇ、弓か……」



 この文字に目が止まった理由は、楊弓の「楊」の文字が、魁蓮の鷲の「やん」と同じ漢字だから、という単純な理由だ。
 とはいえ、的当てならば、案外簡単そうだ。
 しかし、一体どれほどの金が動くのだろう。



「金は、貰ったけどさぁ……」



 そう呟きながら、日向は衣の中に入れていた小袋を取り出す。
 日向は、随分前に司雀からお小遣いを貰っていた。
 お小遣いと言うには、少々大金だが。
 司雀には、自由に使ってくれと言われているのだが、あまり使う機会が無かったため、いざと言う時のためにこうして残しておいたのだ。

 しかし、このお小遣い、1つ問題がある。



 (んー………………)



 日向は、そっと後ろを振り返った。
 視線の先には、腕を組んで酒場を見渡す魁蓮の姿。
 そう、日向にお小遣いを渡してくれたのは司雀だが、このお金は元は魁蓮のものなのだ。
 予め渡したお小遣いでは足りない買い物をする時、その分のお金は魁蓮に頼まなければいけない。
 つまり、夏市でお金を使い果たし、万が一足りないとなった時……。
 魁蓮に、お願いしなければいけない。
 正直、そんな状況にはなりたくない。

 なんたって、お金だから。



「お金かぁ………………」



 ただの遊びならば、どれだけ楽だろう。
 本場の賭博場に足を踏み入れた時点で、お金なんてフラッと飛んでいくようなもの。
 お小遣いなんて小さなものを握りしめる日向にとって、賭け事はかなりの痛手だ。

 すると、悩んでいる日向を気遣ったのか、1人の女妖魔がパンっと手を叩いた。



「だったら賭けるのは無しで、単純にお遊びとして触れるのはどうかしら!」



 日向は、その声にバッと顔を上げる。



「え、いいの?」

「もちろんよ!いきなり賭け事なんて、怖いかもしれないし。店主には私たちが事情を話すから、やってみましょ!何より、楽しんで欲しいもの!」

「おー!それならやる!やりたい!ありがとう!!」



 日向はやる気になった。
 お金なしだと、ただの遊びなのだが、初心者の日向からすれば有難い話だ。
 やる気になってくれた日向に、女妖魔たちも一緒になって喜んでいる。
 そして、日向はそのまま女妖魔たちに連れられて奥へと進んだ。
 もう心は、完全に遊ぶ気だ。



 その一方で、酒場は緊張感が走る。
 理由は明らかだ。



「お、おい。あれって……」

「か、魁蓮様じゃねえか!」

「えっ!?今、昼だぜ!?」



 夏市で盛り上がる城下町、そして酒場。
 妖魔たちの気分は浮ついている。
 が、そんな状況でも、圧してしまう気配。
 突然酒場にやってきた魁蓮に、酒場にいた妖魔たちは、目が飛び出てしまうのではないかと心配になるほど、目をかっぴらいて魁蓮を見ていた。
 酔いなんて、吹っ飛んでしまう。

 それもそのはず。
 魁蓮が酒場に顔を出すのは、決まって夜。
 今はしっかり昼。
 本来ならば、来る時間帯では無い。
 それは酒場にいる誰もが知っている事だ。



 (忌々しい小僧だ、全く……)



 視線を向けられていることなど気にもせず、魁蓮はため息を吐く。
 女妖魔たちに連れられているとはいえ、あまりにも好奇心のままに動く日向に、魁蓮はいよいよ面倒くさくなってきた。
 目を離すと、それも面倒。
 でも追いかけるのも面倒。
 面倒なことが板挟みで襲ってきて、溜まりに溜まったため息が、これでもかと言うほどに吐き出される。



「はぁぁぁぁぁぁ……………………………」



 じとっとした目、長いため息、漂う負の雰囲気。
 はたから見れば、完全に機嫌が悪く見える。
 まあ、あながち間違ってはいないのだが。



''す、すっごい機嫌悪くない……!?!?!?''



 酒場にいた全員の気持ちが一致した。
 この黄泉にいる妖魔たちは、魁蓮のことを慕っている者ばかり。
 だが、魁蓮の機嫌が悪いと、怖いと思ってしまうのも事実。
 つまり、今の状況は、極めて危険な香りしかしなかった。



 (えぇ!?なんで機嫌悪いの!?)

 (なんか、めっちゃ眉間に皺寄ってるって!)

 (ねぇ、この酒場壊されるとかある……?)

 (待って待って、司雀様は!?肆魔の皆様は!?)

 ((((司雀様!!何でいないの!?!?))))



 一刻も早く、司雀にここに来て欲しい。
 酒場の妖魔たちは、心から願った。
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