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第108話
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一方。
「虎の唐揚げ、も~らい~!」
「あ゛っ!!!!このバカ龍!!返せ!!!」
「やなこった~!もう食べたもんね!」
「ふざけるな!!!!!!」
日向と魁蓮が行動を共にしている中、肆魔の4人は全力で夏市を満喫していた。
食べ物ばかり買っている龍牙は、両手いっぱいの屋台飯だけじゃ足りず、遂には隣にいた虎珀が持っていた屋台飯にまで手を出し始めた。
横取りどころか、丸々取られてしまい、虎珀は妖力が体を駆け巡るほどの怒りを漂わせる。
対して龍牙は、取ったばかりの唐揚げを頬いっぱいに詰め込んで、自分のものが取られないようにと逃げていた。
そんな2人の様子を、司雀と忌蛇が歩きながら見守る。
「ふふっ。龍牙といると、虎珀も少々幼くなりますね」
いつもしっかりしている虎珀の、龍牙とじゃれ合う姿に、司雀は笑みをこぼす。
その隣を並んでいた忌蛇は、2人の様子を見守りながらも、キョロキョロと辺りを見渡していた。
どこか落ち着きのない態度に、司雀は気づいて首を傾げる。
「どうしました?忌蛇」
司雀の問いかけに、忌蛇はハッとして顔を上げた。
自分がしていた行動は無意識だったのか、指摘されたことに忌蛇は驚いている。
そして、少し言いにくそうにしながらも、重い口を開いた。
「日向、大丈夫かなって……魁蓮さんがいるから、問題ないと思う、けど……」
「あぁ」
忌蛇は、日向のことをずっと気にしていた。
いつも日向のそばに居るのは龍牙の印象が強いが、忌蛇も日向のことを気にしている1人だ。
過去に人間の少女と過ごした期間があるせいか、過度に心配している面もある。
それは誰が見ても分かるため、司雀は今の言葉だけで、忌蛇が何に対して不安がっているのかを理解した。
「大丈夫ですよ。この黄泉に、まして魁蓮といるのですから。何かあっても守ってくれるはずです」
「……うん」
司雀の言葉に頷きはするものの、忌蛇は納得していないようだった。
恐らく、憶測だけのものではなく、自分の目で見た上で安全だと確認したいのだろう。
絶対的安心感のある魁蓮の隣と言えど、だ。
「魁蓮さんを疑っているわけじゃないんですけど……日向は、良くも悪くも注目を浴びやすい、から……」
「あの見た目、あの力、あの根明な性格。
黄泉に住まう妖魔からすれば、何もかもが珍しいですからね」
「そう、だからっ……そのっ……」
何かあったら、どうしよう。となるのだろう。
正直、忌蛇の言い分には司雀も同感だ。
魁蓮が信じられない訳ではない、むしろ信頼しているからこそだ。
だからこそ、日向に何かあった時、それは魁蓮でもどうすることもできなかった時と言える。
誰も、対処出来ない状況と捉えても過言では無いということ。
(流石に、見捨てるようなことはしないと思いますが……正直、彼の機嫌は予測不能ですからね……)
長年、魁蓮の傍にいる司雀だからこそ考える不安。
その時。
「あ、あの……司雀、さん……」
少しか細い忌蛇の声が、考え事をしていた司雀の耳に届く。
司雀は視線を下げると、少し控えめな態度で、口をあわあわとさせている忌蛇の姿が目に入った。
これは、何か聞きたいことがある際にする態度だ。
「どうしました?」
「……聞きたいことが、あるんだけど……」
「私に答えられることならば、どうぞ?」
司雀は、笑顔で答える。
忌蛇は何かを聞きたい時、こうして許可を貰った上で尋ねてくることが多い。
別に許可など取らなくても、分からないことがあるならばいくらでも教えるのだが、忌蛇なりの気遣いなのだろう。
司雀も、何度も指摘することはしなかった。
だが、そんないつもする流れの中で、一つだけ予想外なことが起きた。
(……おや?)
許可を貰ったら、大体は直ぐに質問をしてくる忌蛇が、何故かすぐに話を切り出さない。
言いにくいとしても、気になることは聞かなければスッキリしないだろう。
が、それを踏まえても、すぐに質問してこないのは何故だろうか。
そんな司雀の疑問は、忌蛇がやっと口を開いたことで、吹っ飛んでしまった。
「魁蓮様って……
昔、愛していた人でもいたんですか……?」
「っ………………」
息が、詰まりかけた。
忌蛇がすぐに切り出して来なかった理由も、なんとなくだが理解した。
内容が内容だから、浅はかな気持ちで尋ねられるようなものではない。
きっと、悩んだ末で決めたものだろう。
覚悟して聞いてくれたのは、よく頑張ったと褒めてあげたいところだが……
司雀にとっては、息苦しくなりそうなものだった。
「……どうして、そのようなことを……?」
「あ、いやっ……ふと、思い出したんです。
以前、僕の毒が暴走して制御できなかった時、魁蓮さんと話したことを」
それはまだ、忌蛇の中に猛毒が宿っていた頃。
森の中に突然現れた異型妖魔との戦いの後、抑えられなくなった猛毒の暴走に、忌蛇の精神が折れかけていたあの日のことだ。
あの時、忌蛇はどうしようもなく死にたかった。
愛する雪と出会った森が、自分の毒のせいで壊れていく光景を目にして、生きる希望も、生きる資格も泡のように消えた。
どうせなら、自分も泡のように消えて無くなりたい。
そう思うほどには、あの時の忌蛇は絶望の底に落ちていた。
「当時は、自分のことで頭がいっぱいだったから、気にしなかったけど……時折思い出すと、魁蓮さんの発言が気になって……」
蘇る、魁蓮の言葉の数々が。
【時折、お前を見て、考えていたことがある。
妖魔は本当に、感情が無い存在なのかと】
【本当に感情が無いならば、お前は人間を愛することなど出来ないはずだ。教えられたところで、くだらないと済まされる。
だがお前は、今でも女を想い続けている】
【妖魔は感情がないというのは偽りで、本当は知らないだけでは無いのか……教えられれば、与えられれば、妖魔にも感情というものが芽生えるのでは無いのか……でなければ、お前のそれに説明がつかない】
【まあ我はそれを分かって尚、くだらないと思うがな】
今思えば、おかしな点がいくつもあった。
愛はくだらない、どうでもいい、面倒なもの。
魁蓮はいつもそう言うから、そうなのだろうと勝手に解釈していたが、どの言葉も愛というものが何なのかを知っていなければ、出てこない言葉だ。
事前に愛というものが何かを理解しているから、だからこそ、愛はくだらないと言える。
感情こそ無い妖魔の、その頂点に立つ彼がだ。
そして思い出す。
自分の発した言葉と、その言葉に返した魁蓮の返答。
【魁蓮さん……貴方に、分かりますかっ……
誰よりも愛している人を、自分の手で殺めてしまうのは、何よりも苦しくて、辛いんです……でもこれは、心から愛していた証拠とも言える……。
それでも貴方は、愛はくだらないと思うんですか】
【……………………】
【愛する人を、失う気持ちがっ……貴方にっ……】
【我はそれを知らんからな。他者がどうこうするのはどうでもいいが、我自身となれば話は別だ。
我はそれでも、愛はくだらんと考えている】
【っ………………】
【だがまあ、それらは時に強さとなるのも事実……】
今なら分かる、あれは嘘だったと。
いや、違う。嘘と本音が混ざりあっている。
言葉が上手いこと交差して、結果的に「くだらない」と言えるように組み立てているのだ。
ただ話を聞くだけでは分からない、普段本音を語らない魁蓮が、珍しく吐いた本音。
「魁蓮さんは……愛を、愛する気持ちを知っているんじゃないのかなって……」
忌蛇が出した結論。
それは、司雀の耳には痛いものだった……。
「だから、司雀さんに聞いたら分かると思って。魁蓮さんがこの世に誕生した時から、ずっと一緒なんでしょう?」
期待の眼差し。
気持ちは分かる、魁蓮の辞書とも言える司雀は、誰も分からない情報だって持っている。
でもそれを、そう簡単に口にしないのも司雀だ。
教えてくれない、という考えが頭に無かったのか、忌蛇は答えてくれるのを前提に視線を向けてくる。
でも、答えは既に決まっていた。
「……さぁ、どうでしょう」
「っ……」
司雀は、誤魔化した。
馬鹿にしている訳ではない、忌蛇に話したくないという訳ではない。
ただ、言わない方が、魁蓮のためだと思った。
だから、知らないフリをする。
「私にも、その点は存じ上げません。彼は、自分のことを話したがらない人ですから」
「そ、そっか……」
もちろん、答えてくれると思っていた忌蛇は、司雀の返答に少々驚いている。
今まで、何度も教えてくれた司雀が、魁蓮のこととなると話さなくなる。
これは、知らないからという訳では無いことは、うっすらとだが忌蛇も分かっていた。
でも、畳み掛けて聞く気にもなれない。
誤魔化す理由が、あるのだろう。
そう思ったから。
そして、その気遣いは、司雀にも伝わった。
申し訳なさを感じながらも、そのまま過ごす。
【司雀、我はっ………………
何故、彼奴を今でもっ、覚えている……?
忘れられるはずだろう……?なのに何故っ……。
どうせなら、全て忘れてしまいたかった…………】
「っ……!」
突如、司雀の頭に蘇る、魁蓮の言葉。
ドクン、と……胸の奥が張り裂けそうになった。
(あぁっ……何で、今っ………思い出すんですかっ)
顔が歪んだ。
同時に、苦しくなった。
司雀は、記憶力はいい方だ。
でも、時折その利点が、厄介だと思う時もある。
誰しも、忘れてしまいたい過去があるだろう。
当然、司雀にもあるということだ。
「司雀さん?」
「っ!」
「だ、大丈夫?顔色、悪いけど……」
息苦しい過去を思い出していた司雀に、忌蛇が優しく語り掛けてきた。
その声は、司雀を現実に引き戻してくれた。
「え、えぇ。大丈夫ですよ。
さあ!龍牙たちを見失う前に、急ぎましょうか」
「う、うん……」
司雀は無理をして、何でも無いと笑顔を浮かべた。
でも内心は……苦しいままだった。
「虎の唐揚げ、も~らい~!」
「あ゛っ!!!!このバカ龍!!返せ!!!」
「やなこった~!もう食べたもんね!」
「ふざけるな!!!!!!」
日向と魁蓮が行動を共にしている中、肆魔の4人は全力で夏市を満喫していた。
食べ物ばかり買っている龍牙は、両手いっぱいの屋台飯だけじゃ足りず、遂には隣にいた虎珀が持っていた屋台飯にまで手を出し始めた。
横取りどころか、丸々取られてしまい、虎珀は妖力が体を駆け巡るほどの怒りを漂わせる。
対して龍牙は、取ったばかりの唐揚げを頬いっぱいに詰め込んで、自分のものが取られないようにと逃げていた。
そんな2人の様子を、司雀と忌蛇が歩きながら見守る。
「ふふっ。龍牙といると、虎珀も少々幼くなりますね」
いつもしっかりしている虎珀の、龍牙とじゃれ合う姿に、司雀は笑みをこぼす。
その隣を並んでいた忌蛇は、2人の様子を見守りながらも、キョロキョロと辺りを見渡していた。
どこか落ち着きのない態度に、司雀は気づいて首を傾げる。
「どうしました?忌蛇」
司雀の問いかけに、忌蛇はハッとして顔を上げた。
自分がしていた行動は無意識だったのか、指摘されたことに忌蛇は驚いている。
そして、少し言いにくそうにしながらも、重い口を開いた。
「日向、大丈夫かなって……魁蓮さんがいるから、問題ないと思う、けど……」
「あぁ」
忌蛇は、日向のことをずっと気にしていた。
いつも日向のそばに居るのは龍牙の印象が強いが、忌蛇も日向のことを気にしている1人だ。
過去に人間の少女と過ごした期間があるせいか、過度に心配している面もある。
それは誰が見ても分かるため、司雀は今の言葉だけで、忌蛇が何に対して不安がっているのかを理解した。
「大丈夫ですよ。この黄泉に、まして魁蓮といるのですから。何かあっても守ってくれるはずです」
「……うん」
司雀の言葉に頷きはするものの、忌蛇は納得していないようだった。
恐らく、憶測だけのものではなく、自分の目で見た上で安全だと確認したいのだろう。
絶対的安心感のある魁蓮の隣と言えど、だ。
「魁蓮さんを疑っているわけじゃないんですけど……日向は、良くも悪くも注目を浴びやすい、から……」
「あの見た目、あの力、あの根明な性格。
黄泉に住まう妖魔からすれば、何もかもが珍しいですからね」
「そう、だからっ……そのっ……」
何かあったら、どうしよう。となるのだろう。
正直、忌蛇の言い分には司雀も同感だ。
魁蓮が信じられない訳ではない、むしろ信頼しているからこそだ。
だからこそ、日向に何かあった時、それは魁蓮でもどうすることもできなかった時と言える。
誰も、対処出来ない状況と捉えても過言では無いということ。
(流石に、見捨てるようなことはしないと思いますが……正直、彼の機嫌は予測不能ですからね……)
長年、魁蓮の傍にいる司雀だからこそ考える不安。
その時。
「あ、あの……司雀、さん……」
少しか細い忌蛇の声が、考え事をしていた司雀の耳に届く。
司雀は視線を下げると、少し控えめな態度で、口をあわあわとさせている忌蛇の姿が目に入った。
これは、何か聞きたいことがある際にする態度だ。
「どうしました?」
「……聞きたいことが、あるんだけど……」
「私に答えられることならば、どうぞ?」
司雀は、笑顔で答える。
忌蛇は何かを聞きたい時、こうして許可を貰った上で尋ねてくることが多い。
別に許可など取らなくても、分からないことがあるならばいくらでも教えるのだが、忌蛇なりの気遣いなのだろう。
司雀も、何度も指摘することはしなかった。
だが、そんないつもする流れの中で、一つだけ予想外なことが起きた。
(……おや?)
許可を貰ったら、大体は直ぐに質問をしてくる忌蛇が、何故かすぐに話を切り出さない。
言いにくいとしても、気になることは聞かなければスッキリしないだろう。
が、それを踏まえても、すぐに質問してこないのは何故だろうか。
そんな司雀の疑問は、忌蛇がやっと口を開いたことで、吹っ飛んでしまった。
「魁蓮様って……
昔、愛していた人でもいたんですか……?」
「っ………………」
息が、詰まりかけた。
忌蛇がすぐに切り出して来なかった理由も、なんとなくだが理解した。
内容が内容だから、浅はかな気持ちで尋ねられるようなものではない。
きっと、悩んだ末で決めたものだろう。
覚悟して聞いてくれたのは、よく頑張ったと褒めてあげたいところだが……
司雀にとっては、息苦しくなりそうなものだった。
「……どうして、そのようなことを……?」
「あ、いやっ……ふと、思い出したんです。
以前、僕の毒が暴走して制御できなかった時、魁蓮さんと話したことを」
それはまだ、忌蛇の中に猛毒が宿っていた頃。
森の中に突然現れた異型妖魔との戦いの後、抑えられなくなった猛毒の暴走に、忌蛇の精神が折れかけていたあの日のことだ。
あの時、忌蛇はどうしようもなく死にたかった。
愛する雪と出会った森が、自分の毒のせいで壊れていく光景を目にして、生きる希望も、生きる資格も泡のように消えた。
どうせなら、自分も泡のように消えて無くなりたい。
そう思うほどには、あの時の忌蛇は絶望の底に落ちていた。
「当時は、自分のことで頭がいっぱいだったから、気にしなかったけど……時折思い出すと、魁蓮さんの発言が気になって……」
蘇る、魁蓮の言葉の数々が。
【時折、お前を見て、考えていたことがある。
妖魔は本当に、感情が無い存在なのかと】
【本当に感情が無いならば、お前は人間を愛することなど出来ないはずだ。教えられたところで、くだらないと済まされる。
だがお前は、今でも女を想い続けている】
【妖魔は感情がないというのは偽りで、本当は知らないだけでは無いのか……教えられれば、与えられれば、妖魔にも感情というものが芽生えるのでは無いのか……でなければ、お前のそれに説明がつかない】
【まあ我はそれを分かって尚、くだらないと思うがな】
今思えば、おかしな点がいくつもあった。
愛はくだらない、どうでもいい、面倒なもの。
魁蓮はいつもそう言うから、そうなのだろうと勝手に解釈していたが、どの言葉も愛というものが何なのかを知っていなければ、出てこない言葉だ。
事前に愛というものが何かを理解しているから、だからこそ、愛はくだらないと言える。
感情こそ無い妖魔の、その頂点に立つ彼がだ。
そして思い出す。
自分の発した言葉と、その言葉に返した魁蓮の返答。
【魁蓮さん……貴方に、分かりますかっ……
誰よりも愛している人を、自分の手で殺めてしまうのは、何よりも苦しくて、辛いんです……でもこれは、心から愛していた証拠とも言える……。
それでも貴方は、愛はくだらないと思うんですか】
【……………………】
【愛する人を、失う気持ちがっ……貴方にっ……】
【我はそれを知らんからな。他者がどうこうするのはどうでもいいが、我自身となれば話は別だ。
我はそれでも、愛はくだらんと考えている】
【っ………………】
【だがまあ、それらは時に強さとなるのも事実……】
今なら分かる、あれは嘘だったと。
いや、違う。嘘と本音が混ざりあっている。
言葉が上手いこと交差して、結果的に「くだらない」と言えるように組み立てているのだ。
ただ話を聞くだけでは分からない、普段本音を語らない魁蓮が、珍しく吐いた本音。
「魁蓮さんは……愛を、愛する気持ちを知っているんじゃないのかなって……」
忌蛇が出した結論。
それは、司雀の耳には痛いものだった……。
「だから、司雀さんに聞いたら分かると思って。魁蓮さんがこの世に誕生した時から、ずっと一緒なんでしょう?」
期待の眼差し。
気持ちは分かる、魁蓮の辞書とも言える司雀は、誰も分からない情報だって持っている。
でもそれを、そう簡単に口にしないのも司雀だ。
教えてくれない、という考えが頭に無かったのか、忌蛇は答えてくれるのを前提に視線を向けてくる。
でも、答えは既に決まっていた。
「……さぁ、どうでしょう」
「っ……」
司雀は、誤魔化した。
馬鹿にしている訳ではない、忌蛇に話したくないという訳ではない。
ただ、言わない方が、魁蓮のためだと思った。
だから、知らないフリをする。
「私にも、その点は存じ上げません。彼は、自分のことを話したがらない人ですから」
「そ、そっか……」
もちろん、答えてくれると思っていた忌蛇は、司雀の返答に少々驚いている。
今まで、何度も教えてくれた司雀が、魁蓮のこととなると話さなくなる。
これは、知らないからという訳では無いことは、うっすらとだが忌蛇も分かっていた。
でも、畳み掛けて聞く気にもなれない。
誤魔化す理由が、あるのだろう。
そう思ったから。
そして、その気遣いは、司雀にも伝わった。
申し訳なさを感じながらも、そのまま過ごす。
【司雀、我はっ………………
何故、彼奴を今でもっ、覚えている……?
忘れられるはずだろう……?なのに何故っ……。
どうせなら、全て忘れてしまいたかった…………】
「っ……!」
突如、司雀の頭に蘇る、魁蓮の言葉。
ドクン、と……胸の奥が張り裂けそうになった。
(あぁっ……何で、今っ………思い出すんですかっ)
顔が歪んだ。
同時に、苦しくなった。
司雀は、記憶力はいい方だ。
でも、時折その利点が、厄介だと思う時もある。
誰しも、忘れてしまいたい過去があるだろう。
当然、司雀にもあるということだ。
「司雀さん?」
「っ!」
「だ、大丈夫?顔色、悪いけど……」
息苦しい過去を思い出していた司雀に、忌蛇が優しく語り掛けてきた。
その声は、司雀を現実に引き戻してくれた。
「え、えぇ。大丈夫ですよ。
さあ!龍牙たちを見失う前に、急ぎましょうか」
「う、うん……」
司雀は無理をして、何でも無いと笑顔を浮かべた。
でも内心は……苦しいままだった。
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