愛恋の呪縛

サラ

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第86話

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 それから日向は、庭で1人練習していた。
 微量な力を、休むことなく回し続ける。
 問題ないと分かれば、力を込める強さを増していった。



 (昨日は、突然起きたからな……)



 何が原因で、昨日の発作が起こったのか。
 頭に響いた声は、一体誰なのか。
 何故花が咲いたのか。
 分かっていることの方が少なすぎて、何をしようにも慎重になってしまう。



「そもそも、花なんて初めて咲かせたんだけど?」



 何かを意識した覚えは無い。
 花を咲かせる、という考えもしていない。
 ではなぜ日向の力が、「花」という形で表されたのか。
 1番の疑問はそれだった。
 そしてその花が、日向の力が籠っている不思議なものと言うことも謎だ。



「花……」



 日向は座り直して膝をつくと、そっと草むらに触れた。
 そして、力を込めていく。

 だが、特に何も起こらなかった。



「んんんん、分かんねぇ…………」



 日向は天を仰ぎながら、仰向けで寝転ぶ。
 完全にお手上げ状態だ。
 何が辛いかと言えば、教えてくれる人がいないということ。
 似通った力を持っている人はいないため、誰かを真似たりすることも出来ない。
 未知のものに探りを入れるほど、先が思いやられる。



「どうしたもんかなぁ……」



 日向は、眉間に皺を寄せたまま目を閉じた。
 視界が塞がれ、音だけが鮮明に聞こえる。
 その時。






「体たらくなものだなぁ」

「うおっ!」





 頭上から聞こえた声に、日向は目を開けた。
 するとそこには、腰を曲げて、日向を見つめる魁蓮の姿があった。
 魁蓮は目を細め、薄ら笑みを浮かべている。
 日向は、魁蓮が近づいてきたことに、全く気が付かなかった。



「おまっ……もう帰ってきたのか?」

「我がいつ戻ろうと、勝手だろう」

「それはそうだけど、いつも夜遅くに帰ってきてるじゃん」

「今日は現世に用はない。確かめたいことがあっただけだ」

「あっそう……」



 すると日向は、じっと魁蓮を見つめた。



「ん?なんだ」



 魁蓮は、片眉を上げる。
 優しい風が、魁蓮の綺麗な黒髪を揺らした。
 庭の草もカサカサと音を立てて、心を落ち着かせる。
 日向はただ、何も言わずに見つめ続けた。
 さすがに見つめられるのが不快だったのか、魁蓮は眉間に皺を寄せた。



「何とか言え」

「……いやぁ……」

「何だ」



 魁蓮が尋ねると、日向は優しく微笑んだ。



「お前……ほんっと、かっこいい顔してるよなぁ」

「……は?」

「ほら、よく言うじゃん。美人は3日で飽きる~とかって。僕、お前のその顔は飽きない気がするわ。
 うん……まじでかっこいい」



 日向はそう言った。
 突然の日向の発言に、魁蓮は言葉を失う。
 どちらも口を開かず、ただ静かな時間だけが流れて見つめ合う。

 日向は、まるで当たり前のように褒めたが……



 (いきなり、何言ってんだ僕ぅぅぅぅ!?!?)



 本人、内心は大焦りである。
 嘘を言ったつもりはない、むしろ本音だ。
 だが、口にするつもりは全くなかった。
 本当は「なんでもないよ」と言うつもりが、心の声と口に出す声が、真逆になってしまった。
 ボーッとしすぎた結果、恥ずかしいことをしてしまっている。
 
 顔は自然な感じを必死に装いながら、いきなり滑った自分の言葉に、日向は心臓がバクバクと激しく脈を打っていた。
 誰がいきなり、こんな目の前で褒めるのだろう。
 1歩間違えれば、誑しこんでいる行いだ。
 失礼極まりない。



「………………」



 当然、かの有名な鬼の王もポカンとしている。
 軽く目を見開き、日向を見つめ返していた。
 地獄の静寂が、日向をじわじわと追い詰めている。



 (頼む!なんか言ってぇぇぇぇ(泣))



 ずっと黙り込む魁蓮に、日向は心の中で必死に助けを求めた。
 この場合、相手が何も反応しないほど苦しいものは無い。
 日向が真っ直ぐに見つめていると、魁蓮はどこか嫌そうに眉間に皺を寄せ始めた。
 そして、ずっと閉じていた重たい口を開く。



「いきなり何だ小僧、気色悪い」

「仰る通りですごめんなさい!!!!!!!!」



 予想通りというか、魁蓮らしいというか。
 だが……



 (本音を言ったんだけど、気色悪いは傷つく!!!)



 褒めた結果、冷たく跳ね返されるとは考えていなかった。
 いつのまにか心に傷を負った日向は、自分のしてしまった馬鹿な行動に涙する。
 勝手に褒めて、勝手に引かれた。
 展開が早すぎる。



 (あははぁ……もう嫌っ、穴があったら入りたい)



 日向がそう考えていると……



「……ん?」



 ふと、魁蓮の手が日向の頬へと伸びてきた。
 日向が魁蓮を見つめると、魁蓮はどこか優しく微笑む。



「あぁ、そうだなぁ……。
 我も小僧の顔は、存外飽きぬ……」

「……っ!?」

「どうだ?見つめ合いでもしてみるか?」



 魁蓮は、いたずらっぽくニヤッと笑った。
 その顔すらも美しく、日向は頭が混乱する。
 開いた口が塞がらず、顔を真っ赤にした。



「ばっ、バッカじゃねえの!!誰がテメェなんかと見つめ合いとかするかっての!!!!!!
 無駄にいい面、簡単に晒してんじゃねぇよ!!」

「晒してなどおらぬわ。お前が勝手に見惚れているだけだろう、莫迦め」

「みっ、見惚れっ…………
 んなことねぇ!!断じて!!絶対!!一生!!」

「ククッ、良い良い」



 すると突然、魁蓮はヒョイっと片腕で日向を抱えあげた。
 日向はいきなり抱き上げられたことに、さらに困惑する。



「なっ!何してっ」

「何だ?我の顔を好いているのだろう?」

「好きとか言ってねぇわ!!!!!!!!!」

「では、嫌いか?」

「きらっ、いや……嫌いでは……」

「ん……?」



 顎に手を当てて考える日向に、魁蓮はそっと顔を近づけて、覗き込むようにして見つめた。



「だあああ!こっち見んな!!!!
 ちょっ、テメェ!その顔わざとだろ!わざとやってんだろ!!この性悪クソ鬼!!!」

「さて、何のことだが」

「なっ、こんのっ…………下ろせ!!!」



 日向は無理やり暴れて、魁蓮から飛び降りる。
 その反応に、魁蓮はニヤニヤしていた。
 日向の反応が面白いのか、どこか愉しんでいるように見える。
 対して日向は、恥ずかしさで歯を食いしばっていた。



「……ほう?」



 すると魁蓮は、庭に干されていた自分の羽織に目が止まる。
 近くまで行き、じっと羽織を見つめた。



「やるではないか、小僧」

「ん?あっ、そうだろ!頑張ったんだからな!」



 日向が両手を腰に当て、自慢げに言っていると、魁蓮は横目で日向へと視線を移した。



「良い良い、褒めてやろう」

「っ……」



 横顔だけだと言うのに、相変わらず美しい顔をしていた。
 そしてなにより、どこか柔らかく笑っているのが珍しくて、日向は言葉につまる。
 また、知らない一面を見てしまった気がした。



 (自分の面の良さ……自覚してんのかな……)



 やはり、魁蓮は何を考えているのか分からない。
 機嫌よく笑ったと思えば、いきなり不機嫌になったり。
 情緒が掴みにくく、心を読みづらい。



 (ほんと、わかんねぇやつ……)
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