愛恋の呪縛

サラ

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第68話

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「これで大丈夫ですよ、他に痛むところは?」

「無い!ありがとな、司雀」



 そして現在。
 忌蛇から事情を聞いた魁蓮と司雀は、修練場へと来ていた。
 司雀は持ってきた救急箱を使って、日向の治療をし、魁蓮は壁にもたれ掛かりながら、その様子を見ている。
 そんな中、日向の耳元で龍牙のすすり泣く声が聞こえる。



「ほら大丈夫だって龍牙、もう泣かんで?」



 あれから龍牙は、後ろから日向に抱きつきながら泣いていた。
 日向の肩に顔を埋めて、日向の服を涙で濡らしている。



「だって、だってぇ……っう……ううっ……
 うわあああん…………」

「ありゃりゃ、大声で泣き始めちゃった」



 大声を出して泣き出した龍牙を、日向は頭を撫でて慰める。
 余程、日向に怪我をさせたことが辛かったようだ。
 日向は龍牙の方へと向き直ると、腕いっぱいに抱きしめて背中をさする。
 龍牙も日向にギュッとしがみつきながら、涙をボロボロと流した。
 そんな子どもっぽい姿を見せる龍牙に、司雀は救急箱を片付けながら声をかけた。



「龍牙、もう大丈夫ですよ。少し強い衝撃を受けただけで、骨は折れていませんでしたから」

「ほら!龍牙聞いた?骨折れてないって。だからもう大丈夫だよ!」

「うぅっ、それでもっ……嫌だぁぁぁ……
 もう、日向と稽古すんの怖いぃぃぃぃ……」

「あはは……トラウマになっちゃったかな」

「みたいですね」



 こういうところは、本当に幼く見える。
 泣きじゃくる龍牙に呆れながらも、日向は優しく背中をさすっていた。



「日向様」

「っ……」



 すると、片付けを終えた司雀が、改めて日向へと向き直る。
 この時点で、日向は何となく予想していた。



「先程、忌蛇から軽くは聞いていますが……念の為に説明していただけますか?日向様の力のことを」

「……うん、分かったよ」



 日向はそう返事をすると、はぁっとため息を吐いた。



「どういう訳か知らんけど、昔から自分の怪我だけ治せなかったんだよ。他人の怪我や病気は完璧に治せるのに、自分の怪我は小さな切り傷でさえ治せない。
 僕のこの力は、僕自身には効かないみたいなんだ」

「………………」

「正直さ、自分のこの力のこともよく分かってねぇのよ。妖魔に効いたのも、忌蛇の毒を消すことが出来たのも、黄泉に来てから分かったことだし。
 なんで自分に効かないのかって言われても、その理由は全然分からない」



 どんな怪我や病気でも治せる、日向の神秘的な力。
 その力は誰もが羨むものだが、なぜかこの力は、本人である日向には一切効かない。
 包丁で指を切ったとしても、そんな些細な怪我でさえ日向には無効だ。
 美しく素晴らしい日向の力の、たった一つの欠点。



「今まではさ、一緒にいた双子の仙人が守ってくれてたんだよ。怪我しないようにって。そのおかげで、大きな怪我はしたこと無かったんだけど……あははっ、なんで自分に効かねぇのかな?勿体ねぇなぁ」

「……………………」

「まあでも、あんまり気にしたことは無い。力を使わなくても治療すればいい話だし、困ったことはねぇよ?」



 日向はケロッとした様子で話す。
 日向の力は、死んだ者には効かない。
 だから、自分が生きているうちに、多くの人々を救いたい。
 力のことは分からないことだらけだが、分かっていることだけでも救えるものは救いたかった。
 自分の命がある限り、その思いは変わらない。



 (そういや、あんまり危ないことはさせないようにしてくれてたなぁ……
 僕、本当に瀧と凪に救われてたんだな……)



 離れてから気づく、2人の存在の大きさ。
 守られてばかりなのは嫌だと考えていたが、力のことを知っている彼らなら、守るのは当然なのだろう。
 魁蓮のように、日向の力に興味を持つ者は大勢現れるはず。
 そう考えると、今までよく無傷で生きてこれたものだ。



「まあ、あんま気にしなくていいよ!稽古中に起きた怪我ってだけだろ?よくあることだ!」



 日向は心配そうに見つめる司雀たちに、ニコッと笑顔を浮かべる。
 生命力、体の頑丈さ、怪我の危険度。
 妖魔と人間ではまるで違うのだ、司雀たちが心配するのも無理もない。
 それを分かっているから、日向も大丈夫だと何度も司雀たちに言い聞かせる。
 その時。



「魁蓮様」



 ふと、様子をずっと見ていた虎珀が口を開いた。
 虎珀はじっと黙って日向たちを見ていた魁蓮に声をかける。 
 魁蓮は視線を向けることも、返事をすることも無かったが、虎珀はそのまま言葉を続けた。



「志柳への調査の件、彼には無理だと思います。
 どうか、考え直していただけませんか」

「えっ……?」



 虎珀の言葉に、日向は笑顔が消える。
 対して虎珀は、真剣な眼差しを魁蓮に向けていた。



「自分は、あの場に居たから分かるんです。彼にとって、あの場所は毒になることも」

「……………………」




 虎珀は、必死だった。
 志柳にいたからこそ、あの場所がどういう場所か知っている。
 あれから1000年経っているとはいえ、根本が変わっていなければ、虎珀の記憶にあるは繰り返される、と。



「お願いします、魁蓮様」



 虎珀は、魁蓮に一礼した。
 だが、日向は納得できなかった。
 ずっと抱きしめていた龍牙をゆっくりと離すと、日向はその場に立ち上がる。



「虎珀、なんで……?」

「………………」

「僕は大丈夫だよ!僕が行けなくなったら、中の情報が掴みにくいんでしょ?皆のためにも、この調査を手伝わせて欲しい!」

「………………」

「絶対に足でまといにならないようにするから!異型妖魔の被害をこれ以上出さないためにも、今ここで立ち向かわなきゃっ」

「小僧」

「っ!」



 訴えかける日向の言葉を、魁蓮が冷たく遮った。
 日向が驚いて言葉を詰まらせると、全員の視線が魁蓮に集中する。
 魁蓮は腕を組むと、深いため息を吐いた。




「小僧以外、出ていけ」

「「「「「っ!」」」」」



 魁蓮の言葉に全員が目を見開く。
 日向は困惑したまま見つめていると、1人冷静な司雀は遠慮なく口を開いた。



「魁蓮、何をお考えですか?」

「黙れ」

「魁蓮……」

「聞こえなかったか?出ていけ……」

「……はぁ……」



 司雀はため息を吐くと、日向の肩に手を置く。
 日向の耳元に顔を寄せると、日向にしか聞こえない声で話した。



「日向様……真っ向から、魁蓮と話してください」

「っ……!?」

「嘘はいけません……ありのままで、魁蓮にぶつけてください……いいですね?」



 日向が驚いて顔を上げると、司雀は困ったように笑った。
 その表情で、今のこの状況が、どれだけ緊張感があるのかが伝わる。
 ゴクリと唾を飲み込んで頷くと、司雀は他の肆魔たちを連れて修練場を出ていった。

 一気に静まり返る修練場。
 日向がじっと魁蓮を見つめていると、魁蓮はやっと日向へと向き直った。



「お前は、つくづく忌々しいな」

「……はっ……?」

「発する言葉全てに、反吐が出る」

「っ!何だと……」



 日向は、眉間に皺を寄せた。
 また、罵るような魁蓮の言葉。
 2人になった瞬間に浴びせられる罵声に、日向は苛立ちが募る。



「いい機会だ、この際言ってやる。
 英雄ごっこをしたければ、他所をあたれ」

「っ!!!!!」



 ギロリと睨んでくる魁蓮の目つき。
 だが、そんな目つきに怖気付くどころか、日向は魁蓮の言葉がグサッと刺さった。
 英雄ごっこ、そんなふうに言われるとは思っていなかったからだ。



「お前は世の中というものを、理解して無さすぎるな。仙人に守られ続けた結果か?実にくだらん」

「……………………」

「守るなどと口先だけで言うのは簡単だろうが、戦えない弱者が口走っていいほど、世の中甘くは無い」

「っ…………」

「お前に何が出来る?小僧。
 夢見がちな発言をするくらいならば、まずは己を見つめ直してみろ。今のお前は、実に無様だからなぁ?」

「っ!!!!!」



 その時。
 黙って聞いていた日向は、ついに我慢の限界が来てしまった。
 無茶だと分かっていながら、魁蓮に駆け出す。
 そして、教えてもらったばかりの体術の動きを、遠慮なく魁蓮にぶつけた。

 拳を振るい、足蹴りをする。
 体を上手く動かしながら攻めるが、魁蓮は龍牙よりも余裕の面持ちで避けていく。



「何が駄目なんだよ!!!」



 日向は魁蓮を攻めながら、胸の内を話した。



「皆を守りたいって思って、何が駄目なんだ!今だって、お前のせいで怯えている人が沢山いるんだぞ!そんな人たちを守るために、僕はここにいる!守りたいと思うのは当たり前だろ!」

「……………………」

「やっと回ってきた僕にしか出来ない役割だ!誰も殺させないために、僕はお前とも戦わなきゃいけない!だからっ」



 ドカッ!!!!!!!



「ゔっ!!!!!!!!」



 攻めながら訴えていた日向は、突如として繰り出された魁蓮の裏拳が頬に当たり、殴り飛ばされる。
 ゴロゴロと床を転がり、頬に感じる痛みに耐えていた。
 ぽたぽたと、鼻と口から血が垂れてくる。
 日向は必死に手で抑えるが、一瞬で感じた衝撃に驚愕している。
 重い一撃、体がすくみそうになった。



無知蒙昧むちもうまい茫然自失ぼうぜんじしつ笑止千万しょうしせんばん

「っ!」



 ギシッ、ギシッ、と。
 魁蓮がゆっくりと日向に近づく足音が響く。
 日向が痛みに耐えながら顔を上げると……



「ん゛っ!!!!!!!」



 顔を上げた瞬間、日向は首を乱暴に捕まれ、そのまま床に押し倒される。
 仰向けで倒されると、逃げられないように日向の上に跨る魁蓮の姿があった。
 日向の首を掴んだまま、ただじっと日向のことを睨みつける。

 静かな修練場で、2人は睨み合った。
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